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第十四章
夢-03
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アメリア領皇居の会議室、先日の夜から行われている五領主での会議は、早朝となるまで続けられていたものの、イルメールはサーニスと身体を動かすと脱走して四領主による話し合いにはなっていたが、しかし残る四人は気にする事無く、今は一人の女性が語る報告に耳を傾けていた。
「以上が、マリルリンデ襲撃の顛末でございます」
シドニアの従者である、ワネット・ブリティッシュであり、彼女は今後のシドニア護衛に必要な人材としてアルハットが霊子移動を用いて迎えに行ったのだが、そこで意図していない報告を受け取る事となる。
マリルリンデによる、シドニア領皇居襲撃事件である。
「シドちゃん、皇居にある資料って、そのマリルリンデが欲しがるようなの、何かあったっけ?」
シドニア領を襲撃したマリルリンデは、名無しの災いは使役したものの、名有りの災いを連れだって行動していなかったことから、独自に行動をしていると思われる。
そんな中で、マリルリンデについて気になる言動は二つ。
一つは、シドニア領にあるとされる【資料】と呼ばれるモノ。
一つは、本来災いにとっては天敵である筈の刀を有しており、その刀を打った人物がガルラと言う男であり、ガルラはマリルリンデにとってのトモダチなのだという。
「資料に関しては、何を求めているかによって異なりますが、資料が多すぎてどれの事だか」
「マリルリンデが知らんであろう、さらにシドニア領皇居にあるような資料と言うと、確かに多すぎてどれか見当もつかんのぉ」
シドニア領皇居は他皇居と異なり、確かに専門的な書物こそ少ないが、皇国軍を率いる国防省長官でもあるシドニアが閲覧できる資料が幾らでもあるし、そもそもシドニア領における各議会の議事録なども絶やさず残されている事から、例えばシドニアの失脚を狙っていたとしてもどれを狙っての事かも分からない。
「シドニア兄さまとワネットさんは、マリルリンデと直接交戦をしています。彼の特徴から想像は?」
「難しい。そもそも奴はクアンタと比較しても、まともな思考回路を有したフォーリナーにも思えんしな」
「ええ、随分と粗悪な言葉遣いで態度も横暴、戦闘能力としても高くはありましたが、強力という程でもありません……という程度の感想しかありませんわ」
「……ワネットちゃん、自分がどれだけバケモノなのか自覚してるぅ?」
過去にワネットとひと悶着あったとされるカルファスが彼女から僅かに距離を取り、左手首の腕輪を何時でも構える事が出来るようにしている。
相当の警戒をしている証拠であり、そのひと悶着という事情を良く知らぬアルハットが首を傾げると、ワネットはクスクスと笑いながら口元を抑えた。
「うふふ、カルファス様は相変わらず冗談がお上手な方ですね。ユーモラスでわたくしも思わず笑いを溢してしまいます。わたくしのような、そこらに居そうな生娘が何故バケモノなのでしょうか?」
「十三歳の頃の私がどれだけ貴女って存在に殺されかけたと思ってんの!? 今でも貴女には恐怖心バリバリなんだよ!?」
「それにわたくし、最近はあまり実戦をしておりませんでしたので、だいぶ腕が落ちたと自覚しております。今ではサーニスの方が実力としては上かと」
「安心せい、シドニアの護衛に主を付ける故、実戦は恐らく何度か行われる事じゃろうて。主ならそこで感覚も取り戻せるじゃろ。……まぁ主にはそのまま刃を抜いたままでいて貰いたかったのじゃが」
「ワネットが暴れると周囲に被害を及ぼすからね」
「むぅ、わたくし暗殺も得意ですのに」
主ら姉弟は本当に苦手じゃ、とため息をつきながら、アメリアは次の話題へ移る。
「資料に関しては現状候補があり過ぎる故な。吾輩はもう一つの方が重要と考えるぞ」
「ガルラというトモダチが打った刀……ガルラはリンナの父君と同じ名ですし、刀匠という特徴も合致します。恐らくは張本人とみて間違いないでしょう」
リンナの育て親、ガルラ。
少ない情報ではあるが、皆が有している情報である。
ガルラは元々リンナ刀工鍛冶場になる前に刀匠として名を馳せており、彼の打った刀として未だにリンナが有している無名の刀は、リンナの刀と比較しても業物であると、誰もが認める逸品だ。
「マリルリンデとリンナの父が、友人か。リンナがマリルリンデについて何かを知っている可能性も、無くはないという事か?」
「少なくともマリルリンデって名前だったりについて心当たりが無いんなら、リンナちゃんから情報を得るのは難しいんじゃないかなぁ?」
「むしろ、ガルラ氏の情報を追いかける事の方が、マリルリンデに到達する方法やもしれませんね」
マリルリンデに関しては、現状情報が少なすぎる。
彼が何故、五災刃を率いてシドニア領皇居を襲撃せず、単身で乗り込もうとしていたのか。
それに加え、彼が拝借しようとしていた資料とは何だったのか。
それらがもし、ガルラという謎の多い、リンナの父についてを探れば辿り着けるというのなら、調べる価値がある事なのだろう。
「手分けをするべきだな」
「と言うと、どういう事じゃシドニア」
「私とサーニス、ワネットの三人でリンナとクアンタ、そしてアメリアを護衛すると同時に、この件を二者に伝えて情報を探る。
アルハットとカルファスには私の皇居で資料を整理してもらう。そうする事で時間短縮が出来るだろう」
「別にいいけどさ、どうして私とアルちゃんなの? シドニア皇居ならシドちゃんが一番いいんじゃないのかなぁ?」
「二人は普段から私の書斎だったり資料室に入り込んでいるだろう……正直私より資料の位置を詳細に知り得ているのではないか?」
「あ、バレてた」
「……ご、ごめんなさい。広く浅い情報は、シドニア領が一番あるので、とっかかりを調べるのはあそこが一番なのです……」
「私の皇居を図書館代わりに使うな、と言いたいが、今回はそれが功を奏した形になった。今は叱らんが、今後は改めろ」
カルファスは「てへっ」と言いながら舌を出して反省の色を一切出さないが、アルハットは申し訳なさそうに頭を少し下げた。
「それに加え、皇居ならば防備もある程度整っているし、二人ならば早々やられる事などは無いだろう。いざとなれば霊子移動でどうとでも逃げる事も出来る」
「……そうじゃのぉ。リンナとクアンタについては、アルハットやカルファスに聞き出させるより、付き合いの長いシドニアと吾輩の方が良いじゃろうて」
「イル姉さまはどうするの?」
「イルメールは適当に放置する」
「あの愚姉は下手に触れると火傷する故のぉ」
「イル姉さまの扱い最近ひどくない?」
『酷くない』
最後の言葉はシドニア・アメリア両名の言葉が重なった所で、アルハットとカルファスが霊子端末を取り出した。
『じゃあリンナちゃんのお父さんについて、調べてくるね』
『そしてマリルリンデがなにを調べようとしていたか、それも仮説が立てられそうならば』
「期待せずに待つとしよう」
「検討を祈っとるでの」
霊子移動によって影も形も無くなっていく二者を見送った後、シドニアは腰かけていた椅子に体重を大きく乗せ、装飾の施されているシャンデリアへ視線を向け、フゥと大きく息を吐いた。
「シドニア様、お疲れでございますでしょうか?」
微笑みと共に尋ねたワネットに、シドニアは「そうだな」とだけ返し、目を揉んだ。
「昨日の戦闘、私はあまり役立っていたとは言えんが、それでも生死を分ける死闘であったことは間違いない。加えて昨日から四領主での話し合いが続いていたからね」
「予想もしとらんかった資料探りが入った故に順番は異なってしまったが、アルハットとカルファスの護衛に着任させる皇国軍人の制定も行った上、更には今後の刀搬入先の制定までする事になるとは思わなんだのぉ」
「それにまだ、イルメールに殴られた頬と、叩きつけられた頭が痛い事この上無い」
頬と頭を押さえて少し笑ったシドニアに――アメリアは、僅かに口を結んだ後、彼の隣に立った。
「シドニアよ」
「……なんでしょう、姉上」
「吾輩は……否、吾輩も含めたお主の姉共は少々、たった一人の弟である主と話す事に対し、臆病になっておったのやもしれん」
「どういう事です?」
「主は、どうしてそう才能に拘るのじゃ?」
シドニアは、答えない。否、答える事が出来ないと言う方が正しいかもしれない。
「カルファスは、主の才能主義を否定するがの、吾輩は主の考えに一定の共感をしておる」
「驚きですね。姉上は、そうした才能や個性よりも、人間の特性である数を重要視する傾向があると考えておりましたが」
「数を愚とする事こそが愚行じゃ。しかし、カルファスのように才能ある者であり、更には才能を技術に昇華できるような天才が、才能の如何を否定してものぉ、説得力の欠片もないではないか」
「以上が、マリルリンデ襲撃の顛末でございます」
シドニアの従者である、ワネット・ブリティッシュであり、彼女は今後のシドニア護衛に必要な人材としてアルハットが霊子移動を用いて迎えに行ったのだが、そこで意図していない報告を受け取る事となる。
マリルリンデによる、シドニア領皇居襲撃事件である。
「シドちゃん、皇居にある資料って、そのマリルリンデが欲しがるようなの、何かあったっけ?」
シドニア領を襲撃したマリルリンデは、名無しの災いは使役したものの、名有りの災いを連れだって行動していなかったことから、独自に行動をしていると思われる。
そんな中で、マリルリンデについて気になる言動は二つ。
一つは、シドニア領にあるとされる【資料】と呼ばれるモノ。
一つは、本来災いにとっては天敵である筈の刀を有しており、その刀を打った人物がガルラと言う男であり、ガルラはマリルリンデにとってのトモダチなのだという。
「資料に関しては、何を求めているかによって異なりますが、資料が多すぎてどれの事だか」
「マリルリンデが知らんであろう、さらにシドニア領皇居にあるような資料と言うと、確かに多すぎてどれか見当もつかんのぉ」
シドニア領皇居は他皇居と異なり、確かに専門的な書物こそ少ないが、皇国軍を率いる国防省長官でもあるシドニアが閲覧できる資料が幾らでもあるし、そもそもシドニア領における各議会の議事録なども絶やさず残されている事から、例えばシドニアの失脚を狙っていたとしてもどれを狙っての事かも分からない。
「シドニア兄さまとワネットさんは、マリルリンデと直接交戦をしています。彼の特徴から想像は?」
「難しい。そもそも奴はクアンタと比較しても、まともな思考回路を有したフォーリナーにも思えんしな」
「ええ、随分と粗悪な言葉遣いで態度も横暴、戦闘能力としても高くはありましたが、強力という程でもありません……という程度の感想しかありませんわ」
「……ワネットちゃん、自分がどれだけバケモノなのか自覚してるぅ?」
過去にワネットとひと悶着あったとされるカルファスが彼女から僅かに距離を取り、左手首の腕輪を何時でも構える事が出来るようにしている。
相当の警戒をしている証拠であり、そのひと悶着という事情を良く知らぬアルハットが首を傾げると、ワネットはクスクスと笑いながら口元を抑えた。
「うふふ、カルファス様は相変わらず冗談がお上手な方ですね。ユーモラスでわたくしも思わず笑いを溢してしまいます。わたくしのような、そこらに居そうな生娘が何故バケモノなのでしょうか?」
「十三歳の頃の私がどれだけ貴女って存在に殺されかけたと思ってんの!? 今でも貴女には恐怖心バリバリなんだよ!?」
「それにわたくし、最近はあまり実戦をしておりませんでしたので、だいぶ腕が落ちたと自覚しております。今ではサーニスの方が実力としては上かと」
「安心せい、シドニアの護衛に主を付ける故、実戦は恐らく何度か行われる事じゃろうて。主ならそこで感覚も取り戻せるじゃろ。……まぁ主にはそのまま刃を抜いたままでいて貰いたかったのじゃが」
「ワネットが暴れると周囲に被害を及ぼすからね」
「むぅ、わたくし暗殺も得意ですのに」
主ら姉弟は本当に苦手じゃ、とため息をつきながら、アメリアは次の話題へ移る。
「資料に関しては現状候補があり過ぎる故な。吾輩はもう一つの方が重要と考えるぞ」
「ガルラというトモダチが打った刀……ガルラはリンナの父君と同じ名ですし、刀匠という特徴も合致します。恐らくは張本人とみて間違いないでしょう」
リンナの育て親、ガルラ。
少ない情報ではあるが、皆が有している情報である。
ガルラは元々リンナ刀工鍛冶場になる前に刀匠として名を馳せており、彼の打った刀として未だにリンナが有している無名の刀は、リンナの刀と比較しても業物であると、誰もが認める逸品だ。
「マリルリンデとリンナの父が、友人か。リンナがマリルリンデについて何かを知っている可能性も、無くはないという事か?」
「少なくともマリルリンデって名前だったりについて心当たりが無いんなら、リンナちゃんから情報を得るのは難しいんじゃないかなぁ?」
「むしろ、ガルラ氏の情報を追いかける事の方が、マリルリンデに到達する方法やもしれませんね」
マリルリンデに関しては、現状情報が少なすぎる。
彼が何故、五災刃を率いてシドニア領皇居を襲撃せず、単身で乗り込もうとしていたのか。
それに加え、彼が拝借しようとしていた資料とは何だったのか。
それらがもし、ガルラという謎の多い、リンナの父についてを探れば辿り着けるというのなら、調べる価値がある事なのだろう。
「手分けをするべきだな」
「と言うと、どういう事じゃシドニア」
「私とサーニス、ワネットの三人でリンナとクアンタ、そしてアメリアを護衛すると同時に、この件を二者に伝えて情報を探る。
アルハットとカルファスには私の皇居で資料を整理してもらう。そうする事で時間短縮が出来るだろう」
「別にいいけどさ、どうして私とアルちゃんなの? シドニア皇居ならシドちゃんが一番いいんじゃないのかなぁ?」
「二人は普段から私の書斎だったり資料室に入り込んでいるだろう……正直私より資料の位置を詳細に知り得ているのではないか?」
「あ、バレてた」
「……ご、ごめんなさい。広く浅い情報は、シドニア領が一番あるので、とっかかりを調べるのはあそこが一番なのです……」
「私の皇居を図書館代わりに使うな、と言いたいが、今回はそれが功を奏した形になった。今は叱らんが、今後は改めろ」
カルファスは「てへっ」と言いながら舌を出して反省の色を一切出さないが、アルハットは申し訳なさそうに頭を少し下げた。
「それに加え、皇居ならば防備もある程度整っているし、二人ならば早々やられる事などは無いだろう。いざとなれば霊子移動でどうとでも逃げる事も出来る」
「……そうじゃのぉ。リンナとクアンタについては、アルハットやカルファスに聞き出させるより、付き合いの長いシドニアと吾輩の方が良いじゃろうて」
「イル姉さまはどうするの?」
「イルメールは適当に放置する」
「あの愚姉は下手に触れると火傷する故のぉ」
「イル姉さまの扱い最近ひどくない?」
『酷くない』
最後の言葉はシドニア・アメリア両名の言葉が重なった所で、アルハットとカルファスが霊子端末を取り出した。
『じゃあリンナちゃんのお父さんについて、調べてくるね』
『そしてマリルリンデがなにを調べようとしていたか、それも仮説が立てられそうならば』
「期待せずに待つとしよう」
「検討を祈っとるでの」
霊子移動によって影も形も無くなっていく二者を見送った後、シドニアは腰かけていた椅子に体重を大きく乗せ、装飾の施されているシャンデリアへ視線を向け、フゥと大きく息を吐いた。
「シドニア様、お疲れでございますでしょうか?」
微笑みと共に尋ねたワネットに、シドニアは「そうだな」とだけ返し、目を揉んだ。
「昨日の戦闘、私はあまり役立っていたとは言えんが、それでも生死を分ける死闘であったことは間違いない。加えて昨日から四領主での話し合いが続いていたからね」
「予想もしとらんかった資料探りが入った故に順番は異なってしまったが、アルハットとカルファスの護衛に着任させる皇国軍人の制定も行った上、更には今後の刀搬入先の制定までする事になるとは思わなんだのぉ」
「それにまだ、イルメールに殴られた頬と、叩きつけられた頭が痛い事この上無い」
頬と頭を押さえて少し笑ったシドニアに――アメリアは、僅かに口を結んだ後、彼の隣に立った。
「シドニアよ」
「……なんでしょう、姉上」
「吾輩は……否、吾輩も含めたお主の姉共は少々、たった一人の弟である主と話す事に対し、臆病になっておったのやもしれん」
「どういう事です?」
「主は、どうしてそう才能に拘るのじゃ?」
シドニアは、答えない。否、答える事が出来ないと言う方が正しいかもしれない。
「カルファスは、主の才能主義を否定するがの、吾輩は主の考えに一定の共感をしておる」
「驚きですね。姉上は、そうした才能や個性よりも、人間の特性である数を重要視する傾向があると考えておりましたが」
「数を愚とする事こそが愚行じゃ。しかし、カルファスのように才能ある者であり、更には才能を技術に昇華できるような天才が、才能の如何を否定してものぉ、説得力の欠片もないではないか」
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