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第十五章
母親-09
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――弱き者が許される世界?
才能主義で、強くあるべきと、力が欲しいと、権力を欲し、選民思想に塗れていたシドニアが? と。
暗鬼は、呆然と彼女の言葉を聞いていた。
「この世は常に、強き者が弱き者を食い物にする、弱肉強食の世界じゃ。災いなどがおらんでも、戦いは何時だって起こり得る。
それどころか、マリルリンデの言うように人類は愚かで、弱い者同士ですら食らい合い、滅びゆく事も十分にあり得る程に、歪な世界じゃよ。
さらには吾輩らの持ち得る、シドニアが嫉妬する才能とやらも……どこかで弱者を踏みにじる事があるやもしれん。
じゃから、シドニアが望んだのは何より、強き者を選民し、弱き者を強き者が管理する事で、それぞれがより良い生活を送れる世界を、作ろうとしたのじゃろうな。
……その願いを抱く時間が長くなるにつれ、人間の愚かしさに触れる事で、どんどんと歪んで行った事は、間違いないじゃろうがのぉ」
イルメールにはそうした世界を作る事など出来なかった。
彼女には強さしかなく弱い者の気持ちが分からなかったし、何よりもそうした世界を作る事が出来る頭も無かった。
アメリアにもそうした世界を作る事など出来なかった。
彼女は自分の向き不向きを早々に理解し、腕力というものを早々に諦め、自分に、アメリア領に出来る方法で民を律し、管理する事で、誰もが平等に暮らせる世界を目指す事しか出来なかった。
「吾輩もずっと、シドニアの選民思想は、弱者を切り捨てるものじゃと誤解しておったが――ルワンの手を握り、逃げた話を聞いて、ようやく分かった。
幼き日のシドニアは、愚か者であった父の命でさえ、殺す事を躊躇ったんじゃ。
必要があると、このレアルタ皇国をより、弱者が許される世界にする為に必要な犠牲であると分かっていながら――権力という力に溺れた弱者であるヴィンセントでさえも、救える道があるのではないかと、模索し、その方法が見つからず、自分の無力さに絶望して、母と共に逃げたくなるほどに、追い詰められていたのじゃ」
そんな事をしても、何も救われることは無いと分かっていながらも、彼は現実から逃げ出したかったのだろう。
愛すべき母と共に、どこかへと逃げ出したかったのだろう。
――だが、現実は残酷で、彼の仕出かした行為によって母は投獄された。
そうなっては、もう後戻りなど出来るはずも無い。
だからこそシドニアは――決して笑みも、涙も流さず、父を殺した。
最後まで、毅然とした態度で、父を殺す時も、父の周りを羽虫が集る様にしていた腐敗者共を磔にして罰する時も――その弱者たちを救う事が出来なかった己の無力さを、責め続けながらも、前を向き続けた。
そして弱き者を守る強者としての力を、誰よりも優れた才能を、何時だって求め続けた。
――そうする事が、失った命への、手向けになるのだろうと、自分を誤魔化しながら。
今、サーニスの刀を弾いた姫巫女・ルワンが、足を、手を止める。
そしてサーニスも、ただ真っすぐに刀を構えながらも動きを止め――言葉を放った。
「……自分や、自分の姉であるワネットは、確かに才能ある、強者だったのかもしれません。
しかし、その強者としての力を、ただ振りかざす事しか、我々には出来なかった。それしか、教わって来なかったから」
かつて公権力殺害という仕事を請け負っていたサーニスや、同じく公権力であり魔術師の殺害を主な業務にしていた対魔師のワネットは、その才能を振りかざし、誰かを殺す事でしか、才能を引き出す事ができなかった。
――そんな彼らに、そうした才能を、弱者を救うという目的の為に振るう事が出来る場所を与えてくれたのは、他でもないシドニアだ。
「シドニア様は自分とワネットに、その才能が欲しいと、無くすのは惜しいと――隣で、戦い続けて欲しいと、手を伸ばしてくれました。
アメリア様の言うように、シドニア様の望む、弱者が許される世界なんて存在は、作る事が出来ぬ【夢】でしかないのやもしれません。
――だが自分は、叶わぬ夢と知りながらも尚、少しでも理想へ近付こうと突き進む、シドニア様の望む未来へと、共に歩むと決めた!」
ゴルタナ、起動……と。
サーニスは、第三世代型ゴルタナを懐から取り出し、宙へ放り、その身に漆黒の装甲を身にまとう事で、覚悟を表明した。
「ルワン様、貴女の夢とする『シドニア様が望む世界』等というのは、貴女やマリルリンデがどれだけ足掻き、人類を粛正し、選民しようと、永遠に来ぬのです。
貴女がしようとしている事は、シドニア様の想いを、願いを、踏みにじる行為なのだと、ご理解ください。
ご理解頂けぬというのならば、シドニア様の隣で戦い続けると決めた、自分が貴女を止めるっ!」
ルワンは、アメリアが語ったシドニアの夢を――そして、シドニアの部下であり、彼と共に歩むと決めたサーニスの言葉を聞いて、揺れ動いていた。
刀を握る手が、僅かに震えて、それでも彼女は、涙を流しながら、シドニアに問うた。
「……シドニア。貴方は……どんな世界が欲しいの……?」
刃の矛先をどこに向ければ良いのかが、ルワンには分からなくなっていたのだろう。
シドニアも、あまりに多くの事があったから、深く思考を回す事など出来ずにいた。
だからこそ。ただ本来のシドニアが、求める世界を、素直に答えたのだ。
「……僕は、弱者の存在が許され、誰もが救われる……そんな世界が、欲しい。
その先に……母さんや、姉上達や……リンナやクアンタや、サーニスやワネット達と……共に笑い合い、日々を慈しむ事が出来る世界があると……そう思うから」
シドニアの言葉を受けて、ルワンは一度目を閉じて、深く息を吐き――そして長太刀を鞘へと納めて、右手の中指にはめ込んだ指輪を、抜いた。
指輪が変身に必要なツールであるのか、彼女の纏っていた姫巫女としての姿が光と共に解除され、元のルワンへと戻っていく。
「マリルリンデ……ごめんなさい」
「謝る事ァねェ」
「私は、かつて貴方と共に戦い、貴方に何度も救われた筈なのに……私は息子の望む未来を掴みたいと思ってしまった。
私やガルラの事を想い、怒り、この世界を許せないと憤る貴方を、裏切る事になってしまう……!
それでも、貴方は私を、許してくれるの……?」
「オメェは姫巫女としての力で、守りたかったモンを、守った過去を、自分なりに受け止めたンだろ? なら、オレにオメェがどうこうと、言う事なンざ出来ねェよ。
だがオレは……ガルラを闇に葬りやがッたこの世界を……ゼッテェ許さねェ。これからも、愚かな人間を、殺していくゼ」
「……ええ。これで、貴方と私は、敵になったのね」
ルワンは、シドニア達へと向けて、歩いていく。
そしてマリルリンデは反対に向けて歩き出す。地下室の奥、そこに立ち、恐らく霊子移動でどこかへと去っていこうとするのだろう。
マリルリンデを見逃したいわけではないが、シドニア達はルワンが手を広げ、今の彼へ斬りかかる事をやめてあげて欲しいと懇願する彼女の意思を、尊重しようとしたのだが――
そこで、思わず暗鬼が、動いてしまった。
暗鬼は、誰にも認識されていない現状を利用し、ルワンの背後へと回ると、彼女の心臓目掛けて、その手刀を突き出し、彼女の胸を貫いたのだ。
瞬間、誰もがルワンの背後にいた暗鬼に、目をやった。
――本来、暗鬼を指揮する立場であろう、マリルリンデさえ、この時は驚嘆の表情を浮かべ、言葉を失ったのだ。
「が……ふっ」
突き刺した腕を抜き、倒れたルワンの身体を、シドニアが抱き留める。
致死量の出血と心臓に空いた穴を認識し、長い命ではないと確信した暗鬼は、そこで「やった……!」と声を上げた。
「暗鬼……テメェ、何してやがるッ!!」
「何しているのか聞きたいのはこっちだマリルリンデッ!!」
売り言葉に買い言葉、と言えば良いか。
暗鬼は怒鳴ってきたマリルリンデへ、怒鳴り返して反論した。
「ルワンは姫巫女の力を持ってる! リンナと違って刀を扱う腕もサーニスと渡り合える一級品で、一度は人類を救っている英雄なんだろう!? そんな女が生きていれば、必ずボク等の障害となるのに、どうして君はそれを放っておけるのさ!?」
シドニアの腕に抱かれ、長くは続かない呼吸を行うルワンに指をさし、叫んで――暗鬼は頭を乱雑に掻いた。
「アァァ、もう! 何だってこんな、何もかも上手く行かないんだよ! 全部、全部君のせいだぞマリルリンデ! 君が変な手をこまねいてくれるから、ボク達の邪魔になったんだ! 君が変に動き回らなきゃ、ボクはアメリアとサーニスの暗殺に動けたんだよ――ッ!!」
アメリアもサーニスも、発狂して理性を無くした暗鬼に、驚いている。
暗鬼はこれまで、物事を俯瞰して冷静に捉え、そして状況を常に好転させる事が出来る頭脳と、能力を持ち得ていた筈だ。
なのに今は――そうした態度などを感じさせぬ、狂気に充ちているようにしか、見えなかった。
……だがそんな事は、シドニアにとって、どうでも良い事だった。
母の胸にぱっくりと空いた、大きな穴。
シドニアは、力の抜けた彼女の身体を抱きながら、溢れる涙をボロボロと流し、母に声をかけ続けた。
「母さん、母さん……ッ!!」
涙が頬を伝い、ルワンの頬に落ちる。
彼女はそんな涙の冷たさを感じ、閉じかかっている目を、強引に開けて――残る力を振り絞り、腕を持ち上げ、シドニアの涙が伝う頬を、血にまみれる手で、拭う。
「……シド、ニア……」
「母さん、駄目だ、死んだら……まだ、まだ僕は、貴女に何も、何も出来ていない……!!
貴女に貰った愛情を返せていない……貴女へ、僕の、夢を……見せて上げられていない……
リンナと、会わせてあげられていない……ッ!!
だから……母さん……ッ!!」
何と言葉をかければよいか分からぬシドニアは、ただ心に浮かんだ言葉を、ずっとかけ続けた。
死んではダメだ、生きていて欲しい、僕の隣に……ずっと……と。
だが――別れは、ホンの一寸先にあって。
「リン、ナに……よろしく……ね……お兄ちゃん……だもの、ね」
その言葉と。
彼女が持っていた、マリルリンデより渡されていた指輪を、シドニアへ手渡した事を最後に。
ルワンは、二度と声を上げる事もなく――持ち上げた腕を、地へ落とした。
誰もが言葉を失い、誰もが失った命へ、何と言葉をかければ良いか、分からぬ中。
暗鬼だけが、声を荒げるのだ。
「姫巫女、姫巫女を殺した! どうだ餓鬼、愚母!! ボクはリンナ一人満足に殺せない餓鬼より、よっぽど優れてるって事だ! アハ、アハハハッ、アハハハハハアアアア――ッ!!」
もう、冷静さの欠片も感じられぬ暗鬼に、マリルリンデは既に何も、感情など沸かす事が出来なかった。
ただ一歩、足を前に出し、暗鬼を殺す為に刀をどこからか顕現させた彼は――
しかし、シドニアがルワンの身体を優しく床へ寝させ、目を閉じ、立ち上がった事で、マリルリンデは足と手を、止めた。
「……マリルリンデ、待て」
「シドニア……?」
「暗鬼は……僕が滅する。貴様は手を出すな」
才能主義で、強くあるべきと、力が欲しいと、権力を欲し、選民思想に塗れていたシドニアが? と。
暗鬼は、呆然と彼女の言葉を聞いていた。
「この世は常に、強き者が弱き者を食い物にする、弱肉強食の世界じゃ。災いなどがおらんでも、戦いは何時だって起こり得る。
それどころか、マリルリンデの言うように人類は愚かで、弱い者同士ですら食らい合い、滅びゆく事も十分にあり得る程に、歪な世界じゃよ。
さらには吾輩らの持ち得る、シドニアが嫉妬する才能とやらも……どこかで弱者を踏みにじる事があるやもしれん。
じゃから、シドニアが望んだのは何より、強き者を選民し、弱き者を強き者が管理する事で、それぞれがより良い生活を送れる世界を、作ろうとしたのじゃろうな。
……その願いを抱く時間が長くなるにつれ、人間の愚かしさに触れる事で、どんどんと歪んで行った事は、間違いないじゃろうがのぉ」
イルメールにはそうした世界を作る事など出来なかった。
彼女には強さしかなく弱い者の気持ちが分からなかったし、何よりもそうした世界を作る事が出来る頭も無かった。
アメリアにもそうした世界を作る事など出来なかった。
彼女は自分の向き不向きを早々に理解し、腕力というものを早々に諦め、自分に、アメリア領に出来る方法で民を律し、管理する事で、誰もが平等に暮らせる世界を目指す事しか出来なかった。
「吾輩もずっと、シドニアの選民思想は、弱者を切り捨てるものじゃと誤解しておったが――ルワンの手を握り、逃げた話を聞いて、ようやく分かった。
幼き日のシドニアは、愚か者であった父の命でさえ、殺す事を躊躇ったんじゃ。
必要があると、このレアルタ皇国をより、弱者が許される世界にする為に必要な犠牲であると分かっていながら――権力という力に溺れた弱者であるヴィンセントでさえも、救える道があるのではないかと、模索し、その方法が見つからず、自分の無力さに絶望して、母と共に逃げたくなるほどに、追い詰められていたのじゃ」
そんな事をしても、何も救われることは無いと分かっていながらも、彼は現実から逃げ出したかったのだろう。
愛すべき母と共に、どこかへと逃げ出したかったのだろう。
――だが、現実は残酷で、彼の仕出かした行為によって母は投獄された。
そうなっては、もう後戻りなど出来るはずも無い。
だからこそシドニアは――決して笑みも、涙も流さず、父を殺した。
最後まで、毅然とした態度で、父を殺す時も、父の周りを羽虫が集る様にしていた腐敗者共を磔にして罰する時も――その弱者たちを救う事が出来なかった己の無力さを、責め続けながらも、前を向き続けた。
そして弱き者を守る強者としての力を、誰よりも優れた才能を、何時だって求め続けた。
――そうする事が、失った命への、手向けになるのだろうと、自分を誤魔化しながら。
今、サーニスの刀を弾いた姫巫女・ルワンが、足を、手を止める。
そしてサーニスも、ただ真っすぐに刀を構えながらも動きを止め――言葉を放った。
「……自分や、自分の姉であるワネットは、確かに才能ある、強者だったのかもしれません。
しかし、その強者としての力を、ただ振りかざす事しか、我々には出来なかった。それしか、教わって来なかったから」
かつて公権力殺害という仕事を請け負っていたサーニスや、同じく公権力であり魔術師の殺害を主な業務にしていた対魔師のワネットは、その才能を振りかざし、誰かを殺す事でしか、才能を引き出す事ができなかった。
――そんな彼らに、そうした才能を、弱者を救うという目的の為に振るう事が出来る場所を与えてくれたのは、他でもないシドニアだ。
「シドニア様は自分とワネットに、その才能が欲しいと、無くすのは惜しいと――隣で、戦い続けて欲しいと、手を伸ばしてくれました。
アメリア様の言うように、シドニア様の望む、弱者が許される世界なんて存在は、作る事が出来ぬ【夢】でしかないのやもしれません。
――だが自分は、叶わぬ夢と知りながらも尚、少しでも理想へ近付こうと突き進む、シドニア様の望む未来へと、共に歩むと決めた!」
ゴルタナ、起動……と。
サーニスは、第三世代型ゴルタナを懐から取り出し、宙へ放り、その身に漆黒の装甲を身にまとう事で、覚悟を表明した。
「ルワン様、貴女の夢とする『シドニア様が望む世界』等というのは、貴女やマリルリンデがどれだけ足掻き、人類を粛正し、選民しようと、永遠に来ぬのです。
貴女がしようとしている事は、シドニア様の想いを、願いを、踏みにじる行為なのだと、ご理解ください。
ご理解頂けぬというのならば、シドニア様の隣で戦い続けると決めた、自分が貴女を止めるっ!」
ルワンは、アメリアが語ったシドニアの夢を――そして、シドニアの部下であり、彼と共に歩むと決めたサーニスの言葉を聞いて、揺れ動いていた。
刀を握る手が、僅かに震えて、それでも彼女は、涙を流しながら、シドニアに問うた。
「……シドニア。貴方は……どんな世界が欲しいの……?」
刃の矛先をどこに向ければ良いのかが、ルワンには分からなくなっていたのだろう。
シドニアも、あまりに多くの事があったから、深く思考を回す事など出来ずにいた。
だからこそ。ただ本来のシドニアが、求める世界を、素直に答えたのだ。
「……僕は、弱者の存在が許され、誰もが救われる……そんな世界が、欲しい。
その先に……母さんや、姉上達や……リンナやクアンタや、サーニスやワネット達と……共に笑い合い、日々を慈しむ事が出来る世界があると……そう思うから」
シドニアの言葉を受けて、ルワンは一度目を閉じて、深く息を吐き――そして長太刀を鞘へと納めて、右手の中指にはめ込んだ指輪を、抜いた。
指輪が変身に必要なツールであるのか、彼女の纏っていた姫巫女としての姿が光と共に解除され、元のルワンへと戻っていく。
「マリルリンデ……ごめんなさい」
「謝る事ァねェ」
「私は、かつて貴方と共に戦い、貴方に何度も救われた筈なのに……私は息子の望む未来を掴みたいと思ってしまった。
私やガルラの事を想い、怒り、この世界を許せないと憤る貴方を、裏切る事になってしまう……!
それでも、貴方は私を、許してくれるの……?」
「オメェは姫巫女としての力で、守りたかったモンを、守った過去を、自分なりに受け止めたンだろ? なら、オレにオメェがどうこうと、言う事なンざ出来ねェよ。
だがオレは……ガルラを闇に葬りやがッたこの世界を……ゼッテェ許さねェ。これからも、愚かな人間を、殺していくゼ」
「……ええ。これで、貴方と私は、敵になったのね」
ルワンは、シドニア達へと向けて、歩いていく。
そしてマリルリンデは反対に向けて歩き出す。地下室の奥、そこに立ち、恐らく霊子移動でどこかへと去っていこうとするのだろう。
マリルリンデを見逃したいわけではないが、シドニア達はルワンが手を広げ、今の彼へ斬りかかる事をやめてあげて欲しいと懇願する彼女の意思を、尊重しようとしたのだが――
そこで、思わず暗鬼が、動いてしまった。
暗鬼は、誰にも認識されていない現状を利用し、ルワンの背後へと回ると、彼女の心臓目掛けて、その手刀を突き出し、彼女の胸を貫いたのだ。
瞬間、誰もがルワンの背後にいた暗鬼に、目をやった。
――本来、暗鬼を指揮する立場であろう、マリルリンデさえ、この時は驚嘆の表情を浮かべ、言葉を失ったのだ。
「が……ふっ」
突き刺した腕を抜き、倒れたルワンの身体を、シドニアが抱き留める。
致死量の出血と心臓に空いた穴を認識し、長い命ではないと確信した暗鬼は、そこで「やった……!」と声を上げた。
「暗鬼……テメェ、何してやがるッ!!」
「何しているのか聞きたいのはこっちだマリルリンデッ!!」
売り言葉に買い言葉、と言えば良いか。
暗鬼は怒鳴ってきたマリルリンデへ、怒鳴り返して反論した。
「ルワンは姫巫女の力を持ってる! リンナと違って刀を扱う腕もサーニスと渡り合える一級品で、一度は人類を救っている英雄なんだろう!? そんな女が生きていれば、必ずボク等の障害となるのに、どうして君はそれを放っておけるのさ!?」
シドニアの腕に抱かれ、長くは続かない呼吸を行うルワンに指をさし、叫んで――暗鬼は頭を乱雑に掻いた。
「アァァ、もう! 何だってこんな、何もかも上手く行かないんだよ! 全部、全部君のせいだぞマリルリンデ! 君が変な手をこまねいてくれるから、ボク達の邪魔になったんだ! 君が変に動き回らなきゃ、ボクはアメリアとサーニスの暗殺に動けたんだよ――ッ!!」
アメリアもサーニスも、発狂して理性を無くした暗鬼に、驚いている。
暗鬼はこれまで、物事を俯瞰して冷静に捉え、そして状況を常に好転させる事が出来る頭脳と、能力を持ち得ていた筈だ。
なのに今は――そうした態度などを感じさせぬ、狂気に充ちているようにしか、見えなかった。
……だがそんな事は、シドニアにとって、どうでも良い事だった。
母の胸にぱっくりと空いた、大きな穴。
シドニアは、力の抜けた彼女の身体を抱きながら、溢れる涙をボロボロと流し、母に声をかけ続けた。
「母さん、母さん……ッ!!」
涙が頬を伝い、ルワンの頬に落ちる。
彼女はそんな涙の冷たさを感じ、閉じかかっている目を、強引に開けて――残る力を振り絞り、腕を持ち上げ、シドニアの涙が伝う頬を、血にまみれる手で、拭う。
「……シド、ニア……」
「母さん、駄目だ、死んだら……まだ、まだ僕は、貴女に何も、何も出来ていない……!!
貴女に貰った愛情を返せていない……貴女へ、僕の、夢を……見せて上げられていない……
リンナと、会わせてあげられていない……ッ!!
だから……母さん……ッ!!」
何と言葉をかければよいか分からぬシドニアは、ただ心に浮かんだ言葉を、ずっとかけ続けた。
死んではダメだ、生きていて欲しい、僕の隣に……ずっと……と。
だが――別れは、ホンの一寸先にあって。
「リン、ナに……よろしく……ね……お兄ちゃん……だもの、ね」
その言葉と。
彼女が持っていた、マリルリンデより渡されていた指輪を、シドニアへ手渡した事を最後に。
ルワンは、二度と声を上げる事もなく――持ち上げた腕を、地へ落とした。
誰もが言葉を失い、誰もが失った命へ、何と言葉をかければ良いか、分からぬ中。
暗鬼だけが、声を荒げるのだ。
「姫巫女、姫巫女を殺した! どうだ餓鬼、愚母!! ボクはリンナ一人満足に殺せない餓鬼より、よっぽど優れてるって事だ! アハ、アハハハッ、アハハハハハアアアア――ッ!!」
もう、冷静さの欠片も感じられぬ暗鬼に、マリルリンデは既に何も、感情など沸かす事が出来なかった。
ただ一歩、足を前に出し、暗鬼を殺す為に刀をどこからか顕現させた彼は――
しかし、シドニアがルワンの身体を優しく床へ寝させ、目を閉じ、立ち上がった事で、マリルリンデは足と手を、止めた。
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