158 / 285
第十五章
母親-10
しおりを挟む
何を言っているんだコイツは、と言わんばかりに、暗鬼は今まで狂気の言葉を発していた口を閉じつつ、シドニアを睨んだ。
彼は、打刀である【キヨス】を抜き放つと、そのまま腕をダラリと下げつつ、一歩前に足を出した。
「……は? シドニア。今君は、何と言った?」
「暗鬼は、僕が滅すると言った」
「バカか君は。前にも言ったよね? 君程度の優秀さでボクを何とか出来る」
「黙れ」
聞く必要も無いと、シドニアはバッサリと暗鬼の言葉を遮り、涙で潤う眼を細め、暗鬼を睨みつけた。
その眼には――今までの彼にはない、熱意があるような気がして、マリルリンデは死したルワンを最後に見据えると、シドニアに問うた。
「任せて、良いンだな?」
「貴様に聞かれる筋合いはない」
「なら、任せる。……ルワンの仇、息子のオメェが討ってくれ」
マリルリンデが消えていく。
その姿を見届けた面々は、シドニアへと視線をやり、それに気づいた彼は、アメリアやサーニスに「一人でやらせてくれ」と言った。
「上で、リンナの声が聞こえる。きっと、誰かしらと戦い、苦戦しているんだろう。……サーニスは、彼女達を頼む。僕は大丈夫だ」
「……畏まりました!」
シドニアの決意を聞き届けるかのように。
サーニスはアメリアの手を引き、来た道を戻る様に、駆け出していく。
最後まで、アメリアは弟の事を目で追いかけていたが、シドニアは決して、彼女の方を向かず、暗鬼を見据えていた。
そんなシドニアを置いて、地下室から出ていこうとするサーニスが手を引くアメリアからの「良いのかサーニス!」という言葉に、彼は何も答えない。
「主の使命は、シドニアの隣で、あ奴と共に戦う事なのじゃろう!?」
「今は、アメリア様や領民である、リンナやクアンタを守る事が仕事であり、使命であります」
「じゃが……!」
それ以上、彼女の放つ言葉を聞いていたくなかったのか。
サーニスはアメリアの胸倉を乱雑に掴み、地下室へと通じる階段の壁にアメリアを押し付け、声を荒げた。
「自分だって大切な人をあんな風に殺されたら、自分が殺してやりたいと思うさッ!
今のシドニア様は、シドニア・ヴ・レ・レアルタではなく、ルワン様の息子として、亡き母を弔う為に命を懸けている、一人の男だ!
それを邪魔できる男なんかいないに決まっている、それが分からんなら黙ってろ――ッ!!」
息を荒げ、叫ぶだけ叫んだ彼は――そこで、自分がどれだけアメリアに対し、無礼を働いてしまったかを自覚したのか、僅かに顔を青くした。
「も、申し訳ありません、アメリア様……!」
「……否、吾輩こそ、申し訳なんだ」
アメリアは、ただ静かに謝り、彼が離したサーニスの手を、握り締める。
「行くぞサーニス。リンナやクアンタを、待たせてしもうとる。早くあ奴らを助けんとな」
「……はいっ」
再び、アメリアの手を引いて、走り出すサーニス。
しかし彼らが想像するより、上も下も、地獄の様相を呈していたという事は、間違いない。
**
少しだけ、時間は遡る。
ワネットがイルメールの命令に従い、息を荒げながら収容施設内へと駆け出した先。
斬鬼とクアンタ、リンナと餓鬼が戦うフロアへと辿り着いた時の事である。
クアンタは斬鬼によって振りこまれた斬馬刀の一撃を、カネツグで受けたが、しかしあまりに強烈な一撃故に彼女が弾き飛ばされ、展開されていた第四世代型ゴルタナが強制的に展開を解除させた。
「っ、……損傷、有り」
「クアンタ様!」
リンナが本来使っていたのか、地面に突き立てられていた長太刀【滅鬼】の柄を握り、その刃を投げる事により、クアンタへトドメを刺そうとする斬鬼を遠ざける事に成功したワネットは、彼女の身体を起こしながらフリントロック式の拳銃を二丁取り出し、斬鬼へと撃ち込んだ。
「新手!」
銃弾を全て斬馬刀で弾きつつ、しかし追撃を警戒した斬鬼がより距離を取った事を確認しつつ、ワネットがクアンタよりカネツグを回収し、構えた。
「ワネット、私は大丈夫だ。それより、お師匠を」
そう、問題はクアンタだけではない。
「あ――ッ!!」
今、リンナが餓鬼によって腹部を思い切り蹴り付けられ、床を転がった。
地面に爪を立てて何とか制動をかけ、乱雑に起き上がった彼女だが、息がかなり上がっていて、動きもやや鈍い。
「アハハハッ! リンナ、アンタ威勢のよさはどうしたのぉ?」
「、うっさい……!」
「ざーこっ、ざこざこ、ざぁこっ!」
リンナを圧倒出来ている現状に気を良くしている餓鬼が、語彙力のない罵倒を続ける中で、ワネットは状況が最悪であると再認識する。
表ではイルメールが、彼女でさえ敵わぬと言う愚母を相手にしている。
その上、中は斬鬼と餓鬼、この時のワネットは確認していないが、サーニスとアメリア、シドニアも回収して逃げねばならぬというのは、非常に難題と言えるだろう。
万事休すか、と。そう考えたワネットを、さらに地獄へと叩き込む事実が舞い降りた。
今、ワネットがやってきた道から、強く吹き飛ばされてきた、イルメールの姿。
彼女は、全身を血だらけにし、それでも尚呼吸をしつつ、諦めて堪るもんかよと、立ち上がる。
「イルメール様!」
「イルメール、アンタ、大丈夫なの!?」
「はぁ……はぁ……っ! あ、あんま……大丈夫じゃ、ねェな……!」
ワネットとリンナの言葉を受け取りながらも、しかし前を向き、彼女と相対する、漆黒の影を身体にまとわせながらイルメールを殺す為に歩を進める女性――愚母を睨んだ。
「全く――イルメールちゃんは手を煩わせてくれるのね、本当に」
苛立ちを隠す事も無く、愚母がそのフロアへとやってくる。
その姿を見据えて、リンナが表情を僅かに青くさせた所を見ると、彼女は本能的に愚母がどれだけ強力なのかを察したのだろう。
――そしてクアンタも、愚母が貯め込んでいる、視認するだけで分かる程に多い虚力量を認識し、身体を立ち上がらせた。
「愚母ママ、どうしてここに?」
「どうしてと言われても、貴女達が不甲斐ないから、と答えるしかないかしら?」
「不甲斐ないとは随分であるな愚母殿。己と餓鬼はくあんた殿やりんな殿を追い詰めている」
「それが愚鈍と言っているのよ、斬鬼。わたくし達が今回標的にしたのは、サーニスくんとアメリアちゃんでしょう?
カルファスちゃんとアルハットちゃんの足止めに行った豪鬼はともかく、どうして貴方達は二人を殺す為じゃなくて、リンナちゃんとクアンタちゃんを狙っているのかしら」
ギロリと睨みつける愚母の勢いに圧され、餓鬼が押し黙ってしまう。
斬鬼は僅かに鼻を鳴らし、興覚めだと言わんばかりに斬馬刀をどこかへと納めると、その場にいる皆へ背を向けた。
「愚母殿が動くのであれば、己は必要ないであろう?」
「全く――斬鬼は何時だって自分勝手ですわね」
まぁいいわと呟きながら、どこかへと消えていく斬鬼を見送った愚母は、全身より無数に伸びる影を顕現させながら、彼女を敵とするイルメール、リンナ、クアンタ、ワネットの四人を見据え、ペロリと舌なめずりをした。
「む……無理だよ……あんなの、勝てっこ……ないよ……っ!」
リンナがあまりに強大な力を感じる様に、ブルブルと身体を震わせている中で。
イルメールとクアンタだけが、真っすぐに愚母へと視線をやりながら、隣り合った。
「クアンタ……オメェは、まだ……動けるか……?」
「問題無い。それよりイルメール、奴の動きを二秒ほどで良いが、止める事は出来るか」
「……はっ、簡単に、言ってくれるなァ……オイッ!」
だが、イルメールはクアンタの言葉が嬉しそうに、笑みを強く浮かべながら、右手で腰に備えていた脇差【ゴウカ】を鞘ごと掴むと、その柄を口で咥え、引き抜いた。
「やってやろうじャねェか――!!」
痛む全身に鞭を打つかのように、駆け出したイルメールの姿を、誰もが無謀だと考えただろう。
敵である筈の餓鬼でさえ、イルメールが何をしようとしているのかを理解できず、口を開けて呆然としていた。
「ワネット、お師匠、餓鬼を頼む」
残る二人にそれだけを残し、クアンタは刀をワネットに預けたまま駆け出すが、彼女の場合は愚母の視線に入らぬよう、物陰に隠れながら先に進むからこそ、愚母による攻撃を受けずにいる。
「ォオオオオオォ――ッ!!」
愚母の放つ無数の影が、次々にイルメールに襲い掛かる中。
彼女は地を蹴ってそれらを避け続けると、彼女の膨らんだ腹部に強く右手の拳を打ち込んだが、あまり効果があるとは言えなかった。
そんなイルメールの上から襲い掛かろうとした影を見据えて――イルメールは、ニヤリと笑いながら今、咥えていたゴウカを吐き出しつつ、右手で掴み、影へと振り込んで、それを叩き切った。
「っ、」
「リンナの虚力が詰まった刀なら、大丈夫みてェだな――ッ!!」
僅かに動揺した様子の愚母、だが動きはまだ止まらない。
無数に向けられる影の猛攻を、全て刀で斬る事など出来ない。
間を抜ける様に駆け出すイルメールは、その背後を取ると、ゴウカの刃を逆手で持ち、今それを振り込んだ。
だが、その行動を見切っていたかのように、イルメールの振るった刃から逃れる様に、身体を変形させる愚母。
それにより、イルメールの攻撃は外れ――今、彼女の周囲に展開された影が、彼女を襲う為、一直線に、伸びるようとする――。
が、その寸前。
どこからか飛来した刀――打刀【キソ】が、イルメールの眼前を横切りながら、愚母のわき腹に、深々と突き刺さった。
「が――ギイイィイイイッ!!」
痛みに悶え、動きを止める愚母。それによりイルメールは顔面から地面に転ぶだけで影に襲われず、そして今、地下通路へと繋がる階段から昇り、刃を投げ放った青年――サーニスが、イルメールの無事を確認しつつ、叫ぶ。
「――行け、クアンタ!」
「了解」
クアンタが刀が刺さった事によるダメージで動きを止めている愚母へと駆け出していく。
彼女は疾く、愚母の両頬に触れると、自分の唇と愚母の唇を――重ね合わせた。
「な――ンンンッ!!」
目の前にあるクアンタの顔に、愚母は驚く様に声を上げるが、しかしクアンタは「よし」と声を上げた後、愚母の腹部を蹴りつけて滑り、距離を取りつつ――唇を親指で、拭った。
「貴様の虚力を貰ったぞ、名も知らぬ災い」
彼は、打刀である【キヨス】を抜き放つと、そのまま腕をダラリと下げつつ、一歩前に足を出した。
「……は? シドニア。今君は、何と言った?」
「暗鬼は、僕が滅すると言った」
「バカか君は。前にも言ったよね? 君程度の優秀さでボクを何とか出来る」
「黙れ」
聞く必要も無いと、シドニアはバッサリと暗鬼の言葉を遮り、涙で潤う眼を細め、暗鬼を睨みつけた。
その眼には――今までの彼にはない、熱意があるような気がして、マリルリンデは死したルワンを最後に見据えると、シドニアに問うた。
「任せて、良いンだな?」
「貴様に聞かれる筋合いはない」
「なら、任せる。……ルワンの仇、息子のオメェが討ってくれ」
マリルリンデが消えていく。
その姿を見届けた面々は、シドニアへと視線をやり、それに気づいた彼は、アメリアやサーニスに「一人でやらせてくれ」と言った。
「上で、リンナの声が聞こえる。きっと、誰かしらと戦い、苦戦しているんだろう。……サーニスは、彼女達を頼む。僕は大丈夫だ」
「……畏まりました!」
シドニアの決意を聞き届けるかのように。
サーニスはアメリアの手を引き、来た道を戻る様に、駆け出していく。
最後まで、アメリアは弟の事を目で追いかけていたが、シドニアは決して、彼女の方を向かず、暗鬼を見据えていた。
そんなシドニアを置いて、地下室から出ていこうとするサーニスが手を引くアメリアからの「良いのかサーニス!」という言葉に、彼は何も答えない。
「主の使命は、シドニアの隣で、あ奴と共に戦う事なのじゃろう!?」
「今は、アメリア様や領民である、リンナやクアンタを守る事が仕事であり、使命であります」
「じゃが……!」
それ以上、彼女の放つ言葉を聞いていたくなかったのか。
サーニスはアメリアの胸倉を乱雑に掴み、地下室へと通じる階段の壁にアメリアを押し付け、声を荒げた。
「自分だって大切な人をあんな風に殺されたら、自分が殺してやりたいと思うさッ!
今のシドニア様は、シドニア・ヴ・レ・レアルタではなく、ルワン様の息子として、亡き母を弔う為に命を懸けている、一人の男だ!
それを邪魔できる男なんかいないに決まっている、それが分からんなら黙ってろ――ッ!!」
息を荒げ、叫ぶだけ叫んだ彼は――そこで、自分がどれだけアメリアに対し、無礼を働いてしまったかを自覚したのか、僅かに顔を青くした。
「も、申し訳ありません、アメリア様……!」
「……否、吾輩こそ、申し訳なんだ」
アメリアは、ただ静かに謝り、彼が離したサーニスの手を、握り締める。
「行くぞサーニス。リンナやクアンタを、待たせてしもうとる。早くあ奴らを助けんとな」
「……はいっ」
再び、アメリアの手を引いて、走り出すサーニス。
しかし彼らが想像するより、上も下も、地獄の様相を呈していたという事は、間違いない。
**
少しだけ、時間は遡る。
ワネットがイルメールの命令に従い、息を荒げながら収容施設内へと駆け出した先。
斬鬼とクアンタ、リンナと餓鬼が戦うフロアへと辿り着いた時の事である。
クアンタは斬鬼によって振りこまれた斬馬刀の一撃を、カネツグで受けたが、しかしあまりに強烈な一撃故に彼女が弾き飛ばされ、展開されていた第四世代型ゴルタナが強制的に展開を解除させた。
「っ、……損傷、有り」
「クアンタ様!」
リンナが本来使っていたのか、地面に突き立てられていた長太刀【滅鬼】の柄を握り、その刃を投げる事により、クアンタへトドメを刺そうとする斬鬼を遠ざける事に成功したワネットは、彼女の身体を起こしながらフリントロック式の拳銃を二丁取り出し、斬鬼へと撃ち込んだ。
「新手!」
銃弾を全て斬馬刀で弾きつつ、しかし追撃を警戒した斬鬼がより距離を取った事を確認しつつ、ワネットがクアンタよりカネツグを回収し、構えた。
「ワネット、私は大丈夫だ。それより、お師匠を」
そう、問題はクアンタだけではない。
「あ――ッ!!」
今、リンナが餓鬼によって腹部を思い切り蹴り付けられ、床を転がった。
地面に爪を立てて何とか制動をかけ、乱雑に起き上がった彼女だが、息がかなり上がっていて、動きもやや鈍い。
「アハハハッ! リンナ、アンタ威勢のよさはどうしたのぉ?」
「、うっさい……!」
「ざーこっ、ざこざこ、ざぁこっ!」
リンナを圧倒出来ている現状に気を良くしている餓鬼が、語彙力のない罵倒を続ける中で、ワネットは状況が最悪であると再認識する。
表ではイルメールが、彼女でさえ敵わぬと言う愚母を相手にしている。
その上、中は斬鬼と餓鬼、この時のワネットは確認していないが、サーニスとアメリア、シドニアも回収して逃げねばならぬというのは、非常に難題と言えるだろう。
万事休すか、と。そう考えたワネットを、さらに地獄へと叩き込む事実が舞い降りた。
今、ワネットがやってきた道から、強く吹き飛ばされてきた、イルメールの姿。
彼女は、全身を血だらけにし、それでも尚呼吸をしつつ、諦めて堪るもんかよと、立ち上がる。
「イルメール様!」
「イルメール、アンタ、大丈夫なの!?」
「はぁ……はぁ……っ! あ、あんま……大丈夫じゃ、ねェな……!」
ワネットとリンナの言葉を受け取りながらも、しかし前を向き、彼女と相対する、漆黒の影を身体にまとわせながらイルメールを殺す為に歩を進める女性――愚母を睨んだ。
「全く――イルメールちゃんは手を煩わせてくれるのね、本当に」
苛立ちを隠す事も無く、愚母がそのフロアへとやってくる。
その姿を見据えて、リンナが表情を僅かに青くさせた所を見ると、彼女は本能的に愚母がどれだけ強力なのかを察したのだろう。
――そしてクアンタも、愚母が貯め込んでいる、視認するだけで分かる程に多い虚力量を認識し、身体を立ち上がらせた。
「愚母ママ、どうしてここに?」
「どうしてと言われても、貴女達が不甲斐ないから、と答えるしかないかしら?」
「不甲斐ないとは随分であるな愚母殿。己と餓鬼はくあんた殿やりんな殿を追い詰めている」
「それが愚鈍と言っているのよ、斬鬼。わたくし達が今回標的にしたのは、サーニスくんとアメリアちゃんでしょう?
カルファスちゃんとアルハットちゃんの足止めに行った豪鬼はともかく、どうして貴方達は二人を殺す為じゃなくて、リンナちゃんとクアンタちゃんを狙っているのかしら」
ギロリと睨みつける愚母の勢いに圧され、餓鬼が押し黙ってしまう。
斬鬼は僅かに鼻を鳴らし、興覚めだと言わんばかりに斬馬刀をどこかへと納めると、その場にいる皆へ背を向けた。
「愚母殿が動くのであれば、己は必要ないであろう?」
「全く――斬鬼は何時だって自分勝手ですわね」
まぁいいわと呟きながら、どこかへと消えていく斬鬼を見送った愚母は、全身より無数に伸びる影を顕現させながら、彼女を敵とするイルメール、リンナ、クアンタ、ワネットの四人を見据え、ペロリと舌なめずりをした。
「む……無理だよ……あんなの、勝てっこ……ないよ……っ!」
リンナがあまりに強大な力を感じる様に、ブルブルと身体を震わせている中で。
イルメールとクアンタだけが、真っすぐに愚母へと視線をやりながら、隣り合った。
「クアンタ……オメェは、まだ……動けるか……?」
「問題無い。それよりイルメール、奴の動きを二秒ほどで良いが、止める事は出来るか」
「……はっ、簡単に、言ってくれるなァ……オイッ!」
だが、イルメールはクアンタの言葉が嬉しそうに、笑みを強く浮かべながら、右手で腰に備えていた脇差【ゴウカ】を鞘ごと掴むと、その柄を口で咥え、引き抜いた。
「やってやろうじャねェか――!!」
痛む全身に鞭を打つかのように、駆け出したイルメールの姿を、誰もが無謀だと考えただろう。
敵である筈の餓鬼でさえ、イルメールが何をしようとしているのかを理解できず、口を開けて呆然としていた。
「ワネット、お師匠、餓鬼を頼む」
残る二人にそれだけを残し、クアンタは刀をワネットに預けたまま駆け出すが、彼女の場合は愚母の視線に入らぬよう、物陰に隠れながら先に進むからこそ、愚母による攻撃を受けずにいる。
「ォオオオオオォ――ッ!!」
愚母の放つ無数の影が、次々にイルメールに襲い掛かる中。
彼女は地を蹴ってそれらを避け続けると、彼女の膨らんだ腹部に強く右手の拳を打ち込んだが、あまり効果があるとは言えなかった。
そんなイルメールの上から襲い掛かろうとした影を見据えて――イルメールは、ニヤリと笑いながら今、咥えていたゴウカを吐き出しつつ、右手で掴み、影へと振り込んで、それを叩き切った。
「っ、」
「リンナの虚力が詰まった刀なら、大丈夫みてェだな――ッ!!」
僅かに動揺した様子の愚母、だが動きはまだ止まらない。
無数に向けられる影の猛攻を、全て刀で斬る事など出来ない。
間を抜ける様に駆け出すイルメールは、その背後を取ると、ゴウカの刃を逆手で持ち、今それを振り込んだ。
だが、その行動を見切っていたかのように、イルメールの振るった刃から逃れる様に、身体を変形させる愚母。
それにより、イルメールの攻撃は外れ――今、彼女の周囲に展開された影が、彼女を襲う為、一直線に、伸びるようとする――。
が、その寸前。
どこからか飛来した刀――打刀【キソ】が、イルメールの眼前を横切りながら、愚母のわき腹に、深々と突き刺さった。
「が――ギイイィイイイッ!!」
痛みに悶え、動きを止める愚母。それによりイルメールは顔面から地面に転ぶだけで影に襲われず、そして今、地下通路へと繋がる階段から昇り、刃を投げ放った青年――サーニスが、イルメールの無事を確認しつつ、叫ぶ。
「――行け、クアンタ!」
「了解」
クアンタが刀が刺さった事によるダメージで動きを止めている愚母へと駆け出していく。
彼女は疾く、愚母の両頬に触れると、自分の唇と愚母の唇を――重ね合わせた。
「な――ンンンッ!!」
目の前にあるクアンタの顔に、愚母は驚く様に声を上げるが、しかしクアンタは「よし」と声を上げた後、愚母の腹部を蹴りつけて滑り、距離を取りつつ――唇を親指で、拭った。
「貴様の虚力を貰ったぞ、名も知らぬ災い」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる