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第十五章
母親-10
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何を言っているんだコイツは、と言わんばかりに、暗鬼は今まで狂気の言葉を発していた口を閉じつつ、シドニアを睨んだ。
彼は、打刀である【キヨス】を抜き放つと、そのまま腕をダラリと下げつつ、一歩前に足を出した。
「……は? シドニア。今君は、何と言った?」
「暗鬼は、僕が滅すると言った」
「バカか君は。前にも言ったよね? 君程度の優秀さでボクを何とか出来る」
「黙れ」
聞く必要も無いと、シドニアはバッサリと暗鬼の言葉を遮り、涙で潤う眼を細め、暗鬼を睨みつけた。
その眼には――今までの彼にはない、熱意があるような気がして、マリルリンデは死したルワンを最後に見据えると、シドニアに問うた。
「任せて、良いンだな?」
「貴様に聞かれる筋合いはない」
「なら、任せる。……ルワンの仇、息子のオメェが討ってくれ」
マリルリンデが消えていく。
その姿を見届けた面々は、シドニアへと視線をやり、それに気づいた彼は、アメリアやサーニスに「一人でやらせてくれ」と言った。
「上で、リンナの声が聞こえる。きっと、誰かしらと戦い、苦戦しているんだろう。……サーニスは、彼女達を頼む。僕は大丈夫だ」
「……畏まりました!」
シドニアの決意を聞き届けるかのように。
サーニスはアメリアの手を引き、来た道を戻る様に、駆け出していく。
最後まで、アメリアは弟の事を目で追いかけていたが、シドニアは決して、彼女の方を向かず、暗鬼を見据えていた。
そんなシドニアを置いて、地下室から出ていこうとするサーニスが手を引くアメリアからの「良いのかサーニス!」という言葉に、彼は何も答えない。
「主の使命は、シドニアの隣で、あ奴と共に戦う事なのじゃろう!?」
「今は、アメリア様や領民である、リンナやクアンタを守る事が仕事であり、使命であります」
「じゃが……!」
それ以上、彼女の放つ言葉を聞いていたくなかったのか。
サーニスはアメリアの胸倉を乱雑に掴み、地下室へと通じる階段の壁にアメリアを押し付け、声を荒げた。
「自分だって大切な人をあんな風に殺されたら、自分が殺してやりたいと思うさッ!
今のシドニア様は、シドニア・ヴ・レ・レアルタではなく、ルワン様の息子として、亡き母を弔う為に命を懸けている、一人の男だ!
それを邪魔できる男なんかいないに決まっている、それが分からんなら黙ってろ――ッ!!」
息を荒げ、叫ぶだけ叫んだ彼は――そこで、自分がどれだけアメリアに対し、無礼を働いてしまったかを自覚したのか、僅かに顔を青くした。
「も、申し訳ありません、アメリア様……!」
「……否、吾輩こそ、申し訳なんだ」
アメリアは、ただ静かに謝り、彼が離したサーニスの手を、握り締める。
「行くぞサーニス。リンナやクアンタを、待たせてしもうとる。早くあ奴らを助けんとな」
「……はいっ」
再び、アメリアの手を引いて、走り出すサーニス。
しかし彼らが想像するより、上も下も、地獄の様相を呈していたという事は、間違いない。
**
少しだけ、時間は遡る。
ワネットがイルメールの命令に従い、息を荒げながら収容施設内へと駆け出した先。
斬鬼とクアンタ、リンナと餓鬼が戦うフロアへと辿り着いた時の事である。
クアンタは斬鬼によって振りこまれた斬馬刀の一撃を、カネツグで受けたが、しかしあまりに強烈な一撃故に彼女が弾き飛ばされ、展開されていた第四世代型ゴルタナが強制的に展開を解除させた。
「っ、……損傷、有り」
「クアンタ様!」
リンナが本来使っていたのか、地面に突き立てられていた長太刀【滅鬼】の柄を握り、その刃を投げる事により、クアンタへトドメを刺そうとする斬鬼を遠ざける事に成功したワネットは、彼女の身体を起こしながらフリントロック式の拳銃を二丁取り出し、斬鬼へと撃ち込んだ。
「新手!」
銃弾を全て斬馬刀で弾きつつ、しかし追撃を警戒した斬鬼がより距離を取った事を確認しつつ、ワネットがクアンタよりカネツグを回収し、構えた。
「ワネット、私は大丈夫だ。それより、お師匠を」
そう、問題はクアンタだけではない。
「あ――ッ!!」
今、リンナが餓鬼によって腹部を思い切り蹴り付けられ、床を転がった。
地面に爪を立てて何とか制動をかけ、乱雑に起き上がった彼女だが、息がかなり上がっていて、動きもやや鈍い。
「アハハハッ! リンナ、アンタ威勢のよさはどうしたのぉ?」
「、うっさい……!」
「ざーこっ、ざこざこ、ざぁこっ!」
リンナを圧倒出来ている現状に気を良くしている餓鬼が、語彙力のない罵倒を続ける中で、ワネットは状況が最悪であると再認識する。
表ではイルメールが、彼女でさえ敵わぬと言う愚母を相手にしている。
その上、中は斬鬼と餓鬼、この時のワネットは確認していないが、サーニスとアメリア、シドニアも回収して逃げねばならぬというのは、非常に難題と言えるだろう。
万事休すか、と。そう考えたワネットを、さらに地獄へと叩き込む事実が舞い降りた。
今、ワネットがやってきた道から、強く吹き飛ばされてきた、イルメールの姿。
彼女は、全身を血だらけにし、それでも尚呼吸をしつつ、諦めて堪るもんかよと、立ち上がる。
「イルメール様!」
「イルメール、アンタ、大丈夫なの!?」
「はぁ……はぁ……っ! あ、あんま……大丈夫じゃ、ねェな……!」
ワネットとリンナの言葉を受け取りながらも、しかし前を向き、彼女と相対する、漆黒の影を身体にまとわせながらイルメールを殺す為に歩を進める女性――愚母を睨んだ。
「全く――イルメールちゃんは手を煩わせてくれるのね、本当に」
苛立ちを隠す事も無く、愚母がそのフロアへとやってくる。
その姿を見据えて、リンナが表情を僅かに青くさせた所を見ると、彼女は本能的に愚母がどれだけ強力なのかを察したのだろう。
――そしてクアンタも、愚母が貯め込んでいる、視認するだけで分かる程に多い虚力量を認識し、身体を立ち上がらせた。
「愚母ママ、どうしてここに?」
「どうしてと言われても、貴女達が不甲斐ないから、と答えるしかないかしら?」
「不甲斐ないとは随分であるな愚母殿。己と餓鬼はくあんた殿やりんな殿を追い詰めている」
「それが愚鈍と言っているのよ、斬鬼。わたくし達が今回標的にしたのは、サーニスくんとアメリアちゃんでしょう?
カルファスちゃんとアルハットちゃんの足止めに行った豪鬼はともかく、どうして貴方達は二人を殺す為じゃなくて、リンナちゃんとクアンタちゃんを狙っているのかしら」
ギロリと睨みつける愚母の勢いに圧され、餓鬼が押し黙ってしまう。
斬鬼は僅かに鼻を鳴らし、興覚めだと言わんばかりに斬馬刀をどこかへと納めると、その場にいる皆へ背を向けた。
「愚母殿が動くのであれば、己は必要ないであろう?」
「全く――斬鬼は何時だって自分勝手ですわね」
まぁいいわと呟きながら、どこかへと消えていく斬鬼を見送った愚母は、全身より無数に伸びる影を顕現させながら、彼女を敵とするイルメール、リンナ、クアンタ、ワネットの四人を見据え、ペロリと舌なめずりをした。
「む……無理だよ……あんなの、勝てっこ……ないよ……っ!」
リンナがあまりに強大な力を感じる様に、ブルブルと身体を震わせている中で。
イルメールとクアンタだけが、真っすぐに愚母へと視線をやりながら、隣り合った。
「クアンタ……オメェは、まだ……動けるか……?」
「問題無い。それよりイルメール、奴の動きを二秒ほどで良いが、止める事は出来るか」
「……はっ、簡単に、言ってくれるなァ……オイッ!」
だが、イルメールはクアンタの言葉が嬉しそうに、笑みを強く浮かべながら、右手で腰に備えていた脇差【ゴウカ】を鞘ごと掴むと、その柄を口で咥え、引き抜いた。
「やってやろうじャねェか――!!」
痛む全身に鞭を打つかのように、駆け出したイルメールの姿を、誰もが無謀だと考えただろう。
敵である筈の餓鬼でさえ、イルメールが何をしようとしているのかを理解できず、口を開けて呆然としていた。
「ワネット、お師匠、餓鬼を頼む」
残る二人にそれだけを残し、クアンタは刀をワネットに預けたまま駆け出すが、彼女の場合は愚母の視線に入らぬよう、物陰に隠れながら先に進むからこそ、愚母による攻撃を受けずにいる。
「ォオオオオオォ――ッ!!」
愚母の放つ無数の影が、次々にイルメールに襲い掛かる中。
彼女は地を蹴ってそれらを避け続けると、彼女の膨らんだ腹部に強く右手の拳を打ち込んだが、あまり効果があるとは言えなかった。
そんなイルメールの上から襲い掛かろうとした影を見据えて――イルメールは、ニヤリと笑いながら今、咥えていたゴウカを吐き出しつつ、右手で掴み、影へと振り込んで、それを叩き切った。
「っ、」
「リンナの虚力が詰まった刀なら、大丈夫みてェだな――ッ!!」
僅かに動揺した様子の愚母、だが動きはまだ止まらない。
無数に向けられる影の猛攻を、全て刀で斬る事など出来ない。
間を抜ける様に駆け出すイルメールは、その背後を取ると、ゴウカの刃を逆手で持ち、今それを振り込んだ。
だが、その行動を見切っていたかのように、イルメールの振るった刃から逃れる様に、身体を変形させる愚母。
それにより、イルメールの攻撃は外れ――今、彼女の周囲に展開された影が、彼女を襲う為、一直線に、伸びるようとする――。
が、その寸前。
どこからか飛来した刀――打刀【キソ】が、イルメールの眼前を横切りながら、愚母のわき腹に、深々と突き刺さった。
「が――ギイイィイイイッ!!」
痛みに悶え、動きを止める愚母。それによりイルメールは顔面から地面に転ぶだけで影に襲われず、そして今、地下通路へと繋がる階段から昇り、刃を投げ放った青年――サーニスが、イルメールの無事を確認しつつ、叫ぶ。
「――行け、クアンタ!」
「了解」
クアンタが刀が刺さった事によるダメージで動きを止めている愚母へと駆け出していく。
彼女は疾く、愚母の両頬に触れると、自分の唇と愚母の唇を――重ね合わせた。
「な――ンンンッ!!」
目の前にあるクアンタの顔に、愚母は驚く様に声を上げるが、しかしクアンタは「よし」と声を上げた後、愚母の腹部を蹴りつけて滑り、距離を取りつつ――唇を親指で、拭った。
「貴様の虚力を貰ったぞ、名も知らぬ災い」
彼は、打刀である【キヨス】を抜き放つと、そのまま腕をダラリと下げつつ、一歩前に足を出した。
「……は? シドニア。今君は、何と言った?」
「暗鬼は、僕が滅すると言った」
「バカか君は。前にも言ったよね? 君程度の優秀さでボクを何とか出来る」
「黙れ」
聞く必要も無いと、シドニアはバッサリと暗鬼の言葉を遮り、涙で潤う眼を細め、暗鬼を睨みつけた。
その眼には――今までの彼にはない、熱意があるような気がして、マリルリンデは死したルワンを最後に見据えると、シドニアに問うた。
「任せて、良いンだな?」
「貴様に聞かれる筋合いはない」
「なら、任せる。……ルワンの仇、息子のオメェが討ってくれ」
マリルリンデが消えていく。
その姿を見届けた面々は、シドニアへと視線をやり、それに気づいた彼は、アメリアやサーニスに「一人でやらせてくれ」と言った。
「上で、リンナの声が聞こえる。きっと、誰かしらと戦い、苦戦しているんだろう。……サーニスは、彼女達を頼む。僕は大丈夫だ」
「……畏まりました!」
シドニアの決意を聞き届けるかのように。
サーニスはアメリアの手を引き、来た道を戻る様に、駆け出していく。
最後まで、アメリアは弟の事を目で追いかけていたが、シドニアは決して、彼女の方を向かず、暗鬼を見据えていた。
そんなシドニアを置いて、地下室から出ていこうとするサーニスが手を引くアメリアからの「良いのかサーニス!」という言葉に、彼は何も答えない。
「主の使命は、シドニアの隣で、あ奴と共に戦う事なのじゃろう!?」
「今は、アメリア様や領民である、リンナやクアンタを守る事が仕事であり、使命であります」
「じゃが……!」
それ以上、彼女の放つ言葉を聞いていたくなかったのか。
サーニスはアメリアの胸倉を乱雑に掴み、地下室へと通じる階段の壁にアメリアを押し付け、声を荒げた。
「自分だって大切な人をあんな風に殺されたら、自分が殺してやりたいと思うさッ!
今のシドニア様は、シドニア・ヴ・レ・レアルタではなく、ルワン様の息子として、亡き母を弔う為に命を懸けている、一人の男だ!
それを邪魔できる男なんかいないに決まっている、それが分からんなら黙ってろ――ッ!!」
息を荒げ、叫ぶだけ叫んだ彼は――そこで、自分がどれだけアメリアに対し、無礼を働いてしまったかを自覚したのか、僅かに顔を青くした。
「も、申し訳ありません、アメリア様……!」
「……否、吾輩こそ、申し訳なんだ」
アメリアは、ただ静かに謝り、彼が離したサーニスの手を、握り締める。
「行くぞサーニス。リンナやクアンタを、待たせてしもうとる。早くあ奴らを助けんとな」
「……はいっ」
再び、アメリアの手を引いて、走り出すサーニス。
しかし彼らが想像するより、上も下も、地獄の様相を呈していたという事は、間違いない。
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斬鬼とクアンタ、リンナと餓鬼が戦うフロアへと辿り着いた時の事である。
クアンタは斬鬼によって振りこまれた斬馬刀の一撃を、カネツグで受けたが、しかしあまりに強烈な一撃故に彼女が弾き飛ばされ、展開されていた第四世代型ゴルタナが強制的に展開を解除させた。
「っ、……損傷、有り」
「クアンタ様!」
リンナが本来使っていたのか、地面に突き立てられていた長太刀【滅鬼】の柄を握り、その刃を投げる事により、クアンタへトドメを刺そうとする斬鬼を遠ざける事に成功したワネットは、彼女の身体を起こしながらフリントロック式の拳銃を二丁取り出し、斬鬼へと撃ち込んだ。
「新手!」
銃弾を全て斬馬刀で弾きつつ、しかし追撃を警戒した斬鬼がより距離を取った事を確認しつつ、ワネットがクアンタよりカネツグを回収し、構えた。
「ワネット、私は大丈夫だ。それより、お師匠を」
そう、問題はクアンタだけではない。
「あ――ッ!!」
今、リンナが餓鬼によって腹部を思い切り蹴り付けられ、床を転がった。
地面に爪を立てて何とか制動をかけ、乱雑に起き上がった彼女だが、息がかなり上がっていて、動きもやや鈍い。
「アハハハッ! リンナ、アンタ威勢のよさはどうしたのぉ?」
「、うっさい……!」
「ざーこっ、ざこざこ、ざぁこっ!」
リンナを圧倒出来ている現状に気を良くしている餓鬼が、語彙力のない罵倒を続ける中で、ワネットは状況が最悪であると再認識する。
表ではイルメールが、彼女でさえ敵わぬと言う愚母を相手にしている。
その上、中は斬鬼と餓鬼、この時のワネットは確認していないが、サーニスとアメリア、シドニアも回収して逃げねばならぬというのは、非常に難題と言えるだろう。
万事休すか、と。そう考えたワネットを、さらに地獄へと叩き込む事実が舞い降りた。
今、ワネットがやってきた道から、強く吹き飛ばされてきた、イルメールの姿。
彼女は、全身を血だらけにし、それでも尚呼吸をしつつ、諦めて堪るもんかよと、立ち上がる。
「イルメール様!」
「イルメール、アンタ、大丈夫なの!?」
「はぁ……はぁ……っ! あ、あんま……大丈夫じゃ、ねェな……!」
ワネットとリンナの言葉を受け取りながらも、しかし前を向き、彼女と相対する、漆黒の影を身体にまとわせながらイルメールを殺す為に歩を進める女性――愚母を睨んだ。
「全く――イルメールちゃんは手を煩わせてくれるのね、本当に」
苛立ちを隠す事も無く、愚母がそのフロアへとやってくる。
その姿を見据えて、リンナが表情を僅かに青くさせた所を見ると、彼女は本能的に愚母がどれだけ強力なのかを察したのだろう。
――そしてクアンタも、愚母が貯め込んでいる、視認するだけで分かる程に多い虚力量を認識し、身体を立ち上がらせた。
「愚母ママ、どうしてここに?」
「どうしてと言われても、貴女達が不甲斐ないから、と答えるしかないかしら?」
「不甲斐ないとは随分であるな愚母殿。己と餓鬼はくあんた殿やりんな殿を追い詰めている」
「それが愚鈍と言っているのよ、斬鬼。わたくし達が今回標的にしたのは、サーニスくんとアメリアちゃんでしょう?
カルファスちゃんとアルハットちゃんの足止めに行った豪鬼はともかく、どうして貴方達は二人を殺す為じゃなくて、リンナちゃんとクアンタちゃんを狙っているのかしら」
ギロリと睨みつける愚母の勢いに圧され、餓鬼が押し黙ってしまう。
斬鬼は僅かに鼻を鳴らし、興覚めだと言わんばかりに斬馬刀をどこかへと納めると、その場にいる皆へ背を向けた。
「愚母殿が動くのであれば、己は必要ないであろう?」
「全く――斬鬼は何時だって自分勝手ですわね」
まぁいいわと呟きながら、どこかへと消えていく斬鬼を見送った愚母は、全身より無数に伸びる影を顕現させながら、彼女を敵とするイルメール、リンナ、クアンタ、ワネットの四人を見据え、ペロリと舌なめずりをした。
「む……無理だよ……あんなの、勝てっこ……ないよ……っ!」
リンナがあまりに強大な力を感じる様に、ブルブルと身体を震わせている中で。
イルメールとクアンタだけが、真っすぐに愚母へと視線をやりながら、隣り合った。
「クアンタ……オメェは、まだ……動けるか……?」
「問題無い。それよりイルメール、奴の動きを二秒ほどで良いが、止める事は出来るか」
「……はっ、簡単に、言ってくれるなァ……オイッ!」
だが、イルメールはクアンタの言葉が嬉しそうに、笑みを強く浮かべながら、右手で腰に備えていた脇差【ゴウカ】を鞘ごと掴むと、その柄を口で咥え、引き抜いた。
「やってやろうじャねェか――!!」
痛む全身に鞭を打つかのように、駆け出したイルメールの姿を、誰もが無謀だと考えただろう。
敵である筈の餓鬼でさえ、イルメールが何をしようとしているのかを理解できず、口を開けて呆然としていた。
「ワネット、お師匠、餓鬼を頼む」
残る二人にそれだけを残し、クアンタは刀をワネットに預けたまま駆け出すが、彼女の場合は愚母の視線に入らぬよう、物陰に隠れながら先に進むからこそ、愚母による攻撃を受けずにいる。
「ォオオオオオォ――ッ!!」
愚母の放つ無数の影が、次々にイルメールに襲い掛かる中。
彼女は地を蹴ってそれらを避け続けると、彼女の膨らんだ腹部に強く右手の拳を打ち込んだが、あまり効果があるとは言えなかった。
そんなイルメールの上から襲い掛かろうとした影を見据えて――イルメールは、ニヤリと笑いながら今、咥えていたゴウカを吐き出しつつ、右手で掴み、影へと振り込んで、それを叩き切った。
「っ、」
「リンナの虚力が詰まった刀なら、大丈夫みてェだな――ッ!!」
僅かに動揺した様子の愚母、だが動きはまだ止まらない。
無数に向けられる影の猛攻を、全て刀で斬る事など出来ない。
間を抜ける様に駆け出すイルメールは、その背後を取ると、ゴウカの刃を逆手で持ち、今それを振り込んだ。
だが、その行動を見切っていたかのように、イルメールの振るった刃から逃れる様に、身体を変形させる愚母。
それにより、イルメールの攻撃は外れ――今、彼女の周囲に展開された影が、彼女を襲う為、一直線に、伸びるようとする――。
が、その寸前。
どこからか飛来した刀――打刀【キソ】が、イルメールの眼前を横切りながら、愚母のわき腹に、深々と突き刺さった。
「が――ギイイィイイイッ!!」
痛みに悶え、動きを止める愚母。それによりイルメールは顔面から地面に転ぶだけで影に襲われず、そして今、地下通路へと繋がる階段から昇り、刃を投げ放った青年――サーニスが、イルメールの無事を確認しつつ、叫ぶ。
「――行け、クアンタ!」
「了解」
クアンタが刀が刺さった事によるダメージで動きを止めている愚母へと駆け出していく。
彼女は疾く、愚母の両頬に触れると、自分の唇と愚母の唇を――重ね合わせた。
「な――ンンンッ!!」
目の前にあるクアンタの顔に、愚母は驚く様に声を上げるが、しかしクアンタは「よし」と声を上げた後、愚母の腹部を蹴りつけて滑り、距離を取りつつ――唇を親指で、拭った。
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