魔法少女の異世界刀匠生活

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第十五章

母親-11

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 クアンタが着込むジャージを広げ、胸元を見せるようにした瞬間、彼女の肉体から放出される、四インチ程のスマートフォンデバイス。

  それを手に取ろうとした寸前。


「クアンタ、コレも受け取れ!」


 本来その場にいる筈の無い人物――菊谷ヤエが、フロアの片隅からクアンタに向けて、何か一つのデバイスを、投げ渡した。

  マジカリング・デバイスを左手で持ち、右手でヤエの投げ放った何かを掴み、それに対して首を傾げるクアンタ。


「起動すれば使い方も分かる、いいから早くしろ! 愚母は内包している虚力量が多いから、ちょっと刀が刺さった程度じゃ消滅させられない!」

「了解」


 ヤエから投げられたデバイスは、見た所ブレスレットのような形をしたものだが、主に目を引くのはブレスレットに取り付けられたアタッチメントで、どうやらマジカリング・デバイスを挿し込んで使う物のようだ。

  左手首にデバイスを巻きつけ、中央にある指紋センサーに指をかざして起動した瞬間――ヤエが言ったように、使い方はそれだけで思考回路を駆け巡り、理解できた。

 マジカリング・デバイスを、左手首に装着した新型デバイスのアタッチメントに挿入、指紋センサーに再度触れた後、クアンタはアタッチメントを九十度回転させる。


〈Devicer-Extended・ON〉


  放たれる機械音声に合わせ、音声認識も行われるようになる。

  クアンタは両腕を交差させ、久しぶりの感覚に高揚感に包まれながら――声を張り上げた。


「――変身ッ!」

〈HENSHIN〉


 左手首に装着した新型デバイスより放たれる光に包まれたクアンタ――否、斬心の魔法少女・クアンタは、今までと異なる格好をしていた。

  今までの衣服に加える形で、スカートはロングに伸び、背部には巨大なリボン型スラスターが取り付けられた。

  クアンタの後ろで一つ結びにしている黒髪が薄い朱色を混ぜ合わせただけでなく、腰ほどにまで伸びた所が、どことなくリンナが変身する、災滅の魔法少女に似通っている気もする。

  そして、光が放出し終わり、その輝きが誰の目にも残らなくなった時。


  彼女――【斬心の魔法少女・クアンタ-エクステンデッドフォーム】が、その全身からバチバチと蒼白い光を放出し、その周りにほんの数寸程度の短い刃を無数に顕現させた。


「これなら――イける!」


 普段のクアンタらしからぬ、僅かに感情を昂らせた声と共に、彼女が周囲に顕現させた刃を一斉に、愚母へ向けて放出した。

  空中に浮いていた刃がまるで推進力を得たかのように愚母へと向けて放たれ、クアンタはその様子を見据えながら前進した。

  サーニスの投げ刺した打刀【キソ】の柄を握り、強く押し込むように刺し込んだクアンタと、彼女の行動に合わせ、絶叫を強める愚母。

  だがそれでは殺しきれないと踏んだクアンタは、乱雑にキソを抜き放つと、逆手持ちにし、動きの止まった愚母に向けて一閃を振り込んだ。


「ちょ、調子に、乗らないで――ェッ!」


 叫び散らす愚母が、影を一斉にクアンタへと向ける。

  しかしクアンタが左手首のアタッチメントに触れると、彼女の全身より噴き出した虚力が一瞬だけ影の動きを止めさせた。


「な――ッ!」

「お師匠程ではないがな」


 そう、放出している虚力量は、先日リンナが怒りや戸惑いにより増幅させていた虚力量の、三十分の一にも満たぬ量ではある。

  ではなぜそうした少ない量でも、虚力同士の拡散現象が起こるかと言うと、現在クアンタが左手首に装着する新型デバイス【エクステンデッド・ブースト】による効果だ。

  エクステンデッド――【拡張】や【延長】を意味する言葉通り、このデバイスにはクアンタの能力を拡張する機能があり、虚力増幅装置により増されたクアンタの虚力に加え、クアンタの体内にあるマナ貯蔵庫に存在するマナを虚力と混ぜ合わせ、その虚力による能力や効果を増幅させる延長機能が追加されたのだ。

  その上、本来は彼女の拙い錬成技術――錬金術の技能では一瞬で刃を生成する事など出来ないが、このエクステンデッド・ブーストが演算処理の九十九パーセントを担う事により、想い描くだけでクアンタの肉体を構成する流体金属から刃状の武器を生成する事が出来るようになる。

  まさに、クアンタを強化する為、そして本来マジカリング・デバイスが持つ汎用性を拡張する意味での、エクステンデッド・フォームであると言えるだろう。


  何にせよ、影の動きを一瞬だけでも抑制したクアンタは、そのままキソの刃で影を全て一瞬の内に切り落とすと、そのまま床を蹴りつけ天井に手を付ける。

  それと同時に顕現させた三本ほどの刃が、クアンタの右足に装着されると、天井に付けていた手を押し、愚母へ向けて刃が装着された右足を、思い切り突き付けた。


「くぅッ!!」


 寸での所で身体を僅かに動かした愚母によって、直撃は避けられたが、しかしその右腕を切り落とす事、そしてさらにすれ違いざま、キソの刃で深く切り裂いた事により、彼女はそれ以上の戦闘が出来なくなったと見える。


「、っ……餓鬼、撤退しますっ!」

「はぁっ!? まだサーニスもアメリアもやれてないじゃん愚母ママ!」

「貴女達が愚鈍なせいでしょう!?」


 愚母も冷静さを失いながらも、しかし餓鬼へとそう声をかけつつ、自身の肉体を構成する影を拡散させるように、消えていく。

  その様子を見届けた後、刃を自身へ向けるワネットやリンナとの攻防を行っていた餓鬼も舌打ちをしながら、消えていく。

  まだ、影は朧気ながら残ってはいるが、しかしその程度を斬った所で本体を殺す事は出来ぬだろう。

  静かになった収容施設内、死体や倒壊した建物内の様子を見て、その場にいる面々がどれだけの激戦であったかは計り知れないだろうが――この中で唯一、現状を放置できぬ問題が。


「……やべ、死ぬかも……」


 左腕を二の腕から切り裂かれた上、全身を強く殴打して血だらけとなり、その状態で動き回っていたので出血多量の筈が、何故か生きているイルメールである。


「ワ、ワネット! ひとまず応急処置を自分がする! お前は医療魔術師の手配を頼む!」

「了解!」


 サーニスがエントランスの中にある応急キットを用いて、最低限の止血と消毒でもと動き回り、かつワネットが外へと向かい、医療魔術師の手配へと動こうとしている中、リンナが膝をついてホッと息をつき、クアンタはエクステンデッド・ブーストからマジカリング・デバイスを抜き放ち、変身を解除した。


「使えたな」

「神さま。コレは何だ?」


 今まで物陰に居ただけのヤエに、エクステンデッド・ブーストを示しながら問うと、彼女は煙草に火を付けながら「まさかコイツを使わせる日がこんなに早く来るとはな」と、吐き捨てる様に言う。


「概要はお前も知っての通りだ。お前のマジカリング・デバイスが持つ汎用性を拡張するための新型デバイスで、更にお前の体内に作ってやったマナ貯蔵庫から出せるマナを、虚力の機能延長させる為にも使う他、錬成をほぼ代理で行ってくれるという優れものだ。……まぁ故に、マナ貯蔵庫と錬成回路が無いと、半分以上意味が無いんだがな」

「そうじゃない。こんな物があるなら、もっと早く私に使わせるべきではないのか?」

「おっ、感情がだいぶ……どころか元より増してるなぁ」


 ム、と僅かに口元と眉毛を歪ませ、話をすり替えるヤエへの不愉快を示すと、彼女は「怒るな怒るな」と言って、クアンタの肩に手を置いた。


「……リンナさんには内緒だが、そのエクステンデッド・ブーストは、魔術回路と錬成回路を同時に、それも酷使する関係で、肉体に発生する負荷が大きい。あまり使いすぎるな」

「虚力量さえ管理すれば人間よりも肉体強度が強い、フォーリナーである私が利用する分には構わないのでは?」

「マリルリンデが体の劣化を抑え込めていないように……お前たちの体である流体金属も、完全無欠ではない、というワケだよ」


 小声で交わされる会話を、リンナは勿論他の面々も聞いていない。クアンタはフッと息を付いたあと、今は床で寝転がって顔を赤くし、息を荒らくしているリンナに声をかけた。


「お師匠、大丈夫か?」

「あー……うん。……いや、昨日はあんま、意識してなかったけど……マジで殺し合いって怖いね……」

「申し訳ない。虚力がない時の私は、お師匠を戦力に含めてしまっていた」


 頭を下げ、僅かに落ち込んでいるような様子のクアンタがリンナの身体を起こしたが、そこでリンナがクアンタの頭をコツンと、軽くだが叩いた。


「アンタだってホントは戦うべきじゃないでしょーが。今はアタシにも、力があるんだから、アンタが戦わなきゃいけない時は、アタシも一緒に戦う。……そりゃ、進んで戦いたいワケじゃないけどさ、でもそうしなきゃ生き残れないってんなら、アタシにも戦わせてよ。

 アタシは……アンタのお師匠なんだから」


  汗で濡れながらも、しかし可愛らしい笑顔でニッと白い歯を見せつけたリンナに、クアンタも僅かだが、笑ってしまう。そうした彼女の微笑みを見て、リンナは「感情戻ってんじゃん!」と嬉しそうにしたが――


「……あー。そういえばアンタ、敵のオバサンとチューしてたなぁ?」

「虚力を奪っただけだ」

「……むぅ、なんか複雑……」


 唇を結びながらムムムと、言葉通り複雑そうな表情を浮かべるリンナが、今数人の施設員たちにより担架で運ばれていくイルメールの様子を見届けた。


「あ、そういえばシドニアさんは!?」


 そこでようやくシドニアの事を思い出したリンナとクアンタが、今までイルメールの応急手当に勤しんでいた結果、全身を彼女の血で濡らすサーニスと、彼へ手拭きを渡したアメリアへと、視線をやる。


「……母との訣別を、させてやってくれ」


 アメリアの目は、少しだけ涙で潤んでいる。

  だが、その視線は――リンナにも向けられている事に、今の彼女は首を傾げる事しかできなかった。
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