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第十五章
母親-14
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シドニアが目を覚ました時、そこはアメリア領首都・ファーフェにある領営病院の一室だった。
広々とした部屋に大きなベッド、清潔な白で包まれた病室には余分な物もなく、シドニアは身体を起こすと、腹部と胸部より痛みが強く走り、思わず悶えた。
「ぐ……ぅッ!」
「情けねェなァ。オメェはもうちっと痛みに慣れなきャ、良い軍師にャなれねェぞ?」
シドニアが眠るベッドの隣、小さな椅子に腰かけながら果実を頬張る、イルメールが。
彼女へと視線をやると――左腕が切り裂かれ、腕に巻きつけられた包帯によって傷口を塞がれている事に初めて気づく。
「姉上、その腕は」
「愚母、とかいう災いにヤられたよ。ま、カルファスとアルハットが義腕作ってくれるみてェだし、問題はねェ」
「問題だらけだ」
「ンで、シドニアはルワンの奴と、ちゃんと別れは済ませたンだな?」
一つの果実を丸まる喰い終えた彼女は、口に残っていた種らしきものまで噛み砕くと、優しくそう問いかけ、シドニアは小さく頷いた。
「一応、オレもアメリアから話は聞いてる。……まぁぶっちゃけるとややこしいから殆ど覚えてねェが、大切なのは『ルワンの奴がリンナの母親でもあった』って事だな」
「……ええ。ですから、リンナにも母さんの亡骸を、見せてあげたい」
「アメリアが許可出して、見に行かせてたらしいぜ。オレもこの病院に閉じ込められてッから、詳しい話はまだ聞いてないけどな」
僅かな沈黙。
イルメールも、何と言っていいのかを図っているかのように思えたが、シドニアはそこで思わず、笑みを溢す。
「何だよ。姉ちゃん見ていきなり笑う奴がいるか?」
「いえ。姉上もそうして他人を慮れるんだな、と思ったら、つい」
「おもんばかる……気ィ遣う、みてェな意味か?」
「そうです」
「弱いオメェ等に気ィ遣ッてばッかだぜこちとら。――あンま姉ちゃんを心配させンじゃねェ」
「姉上は私の事を心配してくれていたのですか?」
「何時だって心配してる。……オメェは自分の事になると鈍感だから気付いてねェかもしれねェけど、オメェの姉達は皆、シドニアとアルハットの事を同じ位好きなんだぜ?」
末っ子のアルハットを、姉達三人が好いている事など、シドニアにも気付いていた。
だが、彼女達がシドニアにも同じ気持ちを抱いてくれていた事に気付いていたかというと――それは否である。
「まずシドニア、オメェを叱らにゃならん」
「叱る……ええ、そうでしょうね」
「オメェはアルハットから貰った情報を、皆に共有する事なく一人で突っ走った。止めるワネットの静止を振り払ってな。
結果として良かったかどうかはともかく、敵が潜入してる可能性が高い、密閉された施設にオレ以外が単身で乗り込もうとするなンざ、愚かモンのやり方だ。
事実、助けに向かったオレがこうなった。オレらが本来守らなきゃいけねェリンナとクアンタも殺される寸前だったし、オメェもそれだけ負傷してる。
シドニア、どうあれオメェの焦りや無謀さが、この事態を引き起こした。それを反省しろ」
「……はい」
「つっても、これはアメリアにも、情報を伝えたアルハットのやり方にも問題があった。だからアメリアとアルハットも叱ってやった。
オメェだけの責任じゃねェし、結果としてルワンを除いて全員生き残ってる。上々の結果だ。だから、反省はしても後悔はすンな」
――難しい事を言う、と。シドニアは僅かに込み上げる息を我慢せず、溢す。
すると彼女もそれを理解しているのか、普段よりも優しく、シドニアの頭を撫でた。
「次は、褒めねェとな」
「……褒める?」
「シドニア、よく頑張った。流石オレの弟だ」
「……褒められるような事を……私は、何も」
「してるだろうが、いっぱい。敵である暗鬼も倒した、ルワンを守ろうとした、情報をマリルリンデって奴から聞き出した。
叱った時と同じくよぉ、やり方がどうであれ、結果は上々だった。その上、これまで褒めてねェ事も合わせて考えたなら、ちゃんと褒めてやらねェといけないだろ?」
シドニアの後頭部を引っ張る形で、その強靭な胸元にシドニアの顔を押し付けたイルメールは、彼の小さな体を、ギュッと抱きしめる。
「ゴメンな、シドニア。オレ等姉妹は、弟であるお前との距離を、ずっと図り間違えてたンだ。
分かンなかッたンだよ、皆。弟の、男のお前との距離が。オレァそれなりに平等な接し方をしてきたつもりだったケドよ、でもアルハットに言われて、気付いた。
今までオレは、オメェを褒めた事がなかった。
オレより頭がいいんだなッて頭を撫でてやった事も、ひょろッちい癖に良い腕してるって褒めてやった事も、サーニスにはしてやッてたケド、オメェにはしてない。だからちぃとばかし恥ずかしいケド、しっかり言わなきゃな。
――お前は、オレ達にとって、自慢の弟だ。胸を張れ」
温かさと、優しさと、そして力強い言葉がそこにはあった。
シドニアが、ずっと欲しかったもの。
優秀な姉達や妹に囲まれ、何時だって比べられてきた彼が欲した、たった一つの望みが、そこに。
――ようやく、認められたんだ。
姉達に、少しでも認められたいと願い、ただ走っていた彼が、二十二年生きてようやく手に入れた、小さな願い。
認められたい。
褒められたい。
どんな些細な事でもいいから。
――それを実感できた時、シドニアは既に枯れる程泣いたと思っていたのに、溢れ出る涙を、止める事が出来なかった。
「シドちゃんッ!!」
突如、病室のドアが勢いよく開け放たれた。
そこにはカルファスが瞳に涙を浮かべつつ、クラウチングスタートの要領で今にも地面を蹴りつけようとする様子があって、事実彼女は地を蹴り、シドニアへと飛び掛かった。大穴の空いた胸に向けてドシンと。
「ぃぃいいっ!! ……つううう、ッ!!」
「カルファス、今のシドニアに思い切り抱きつくんじャねェ、コイツ死ぬぞ!?」
「ゴメン、ゴメンねシドちゃん!! お姉ちゃん全然シドちゃんの気持ちに気付いてなかったよーっ!
褒められたかったんだねそうだったんだねゴメンねお姉ちゃん弟には厳しくしないとって思ってたからずーっと褒めてあげてなかったもんねこれからはアルちゃんにしてるみたいに一緒にお風呂入ったり一緒に寝たりチューしたりしてあげるからねっ!」
「ぞんなズキンジッブはいらないがら、は、離れ……離れてくれカルファス……死ぬ……ッ!」
「ヤダーッ! 十年分のお姉ちゃんからの愛情を叩き込むまでぜーったいに離れてやらないっ!」
「なんじゃこの地獄絵図……」
「私が聞きたいです……」
続けてアメリア、アルハットが病室へと入ってきて、二人がカルファスの両腕を抱える事でシドニアから放すと、胸にジンジンと走る痛みを堪えたシドニアが涙目で「姉からの愛情とはこんなに痛みが走るモノなのか……?」と思わず言葉を漏らしてしまう。
「さて――イルメールからの叱りは頂戴したかのぉ?」
「っ、ええ……胸に響きましたよ……」
「それはカルファスからの突進による痛みじゃと思うがの。……まぁ良い。しばし安静にすれば再生魔術で、ある程度は治す時間を短縮できるじゃろう」
治癒魔術には二種類あり、人間の自然治癒能力を活性化させ、その再生を早める事を主とする再生魔術と、魔術的側面による外科手術を行う医療魔術に分類され、カルファスがイルメールとシドニアに施したのは医療魔術、そして病院がお抱えにしている魔術師が二人に施すのは再生魔術となる。
イルメールはまだまだカルファスによる医療魔術が必要になるが、シドニアの胸や腹に空いた傷は既に塞げているので、あとは再生魔術での自然治癒能力活性で事足りるだろうという判断である。
「それより、母さんとリンナは」
「会わせたぞ。――と言うても、リンナも半信半疑というより、実感が無かったようじゃが。今は安置室にいるぞ」
「そもそも、リンナには義父であるガルラさんとの思い出しかないようですし、母と言われても……という感じでしょうね」
リンナがこの場に居ないので、彼女の気持ちを代弁するかのように、友人であるアルハットが発言すると、シドニアもコクンと頷いた。
事実、これまでリンナの事を友人として接してきたシドニアにとっても、彼女がアルハットと同じく、妹なのだという実感も薄い。
――会った事のない人物の亡骸を見せられ、この人がお前の母だと言われた所で、実感など湧くはずもない。
「ミクニ・バーンシュタインとやらについては?」
「そこはまだ説明しておらん。……どう説明すればよいか分からぬ、というのが現状じゃな」
「リンナが、ガルラさんについてを父ではなく義父だと知っているのかどうかでも、話して良いか異なりますし――コレについてもシドニア兄さまに伺わなければならないと、お待ちしていた形です」
アルハットが取り出したシドニア領における『広報検閲済み回収資料』を見て、彼は首を傾げる。
「そこにはデマやフェイク記事しかないぞ?」
「ええ。――ですが、四年前の一月十八日、ここにガルラさんに関する記述があるんです」
資料を受け取り、読み進めるシドニアだが、彼も四年前のフェイク記事についてを完全に記憶しているわけではない。どこを以てフェイクと判断したか、それを思い出せずにいた。
「そこは、その内ヤエさんに聞けるんじゃないかな、と思う」
落ち着いたのか、カルファスがそう口を開き、イルメールが首を傾げる。
「ヤエさんッて……えっと、神さまのコトか?」
「そう。現状、というよりガルラさん関連とリンナちゃん関連に関して、ヤエさんは多分嘘をつかない。リンナちゃんについてを知ってる今なら、ちゃんと教えてくれると思うよ。
……あの人が今答えられないのは、フォーリナー関連、クアンタちゃんやマリルリンデについてだけだと思うから」
「カルファスはやけに、あの菊谷ヤエなる神についてを知っておるな?」
「前にちょっとだけお話ししたの。……でも、ゴメン。私もこれ以上は言わない……というか、言えない」
口止めでもされているのだろうか、と考えるシドニアとアメリアが視線を合わせ、だが彼女がそうとまで言うとしたら、それなりの理由があるのだろうと考え、それ以上は聞かぬ事にした。
「で、話は変わるけどさぁ……私から、イル姉さまに一つ」
「ん? オレか?」
「うん……あのね、イル姉さま」
首を傾げるイルメールに、カルファスも疑い半分といった表情で、しかし言わねばならぬと少々重たい唇を動かし、言葉を発する。
「……イル姉さま、このままだと死ぬよ?」
「マジかビックリ」
「いや軽く受け止め過ぎでしょ」
しかしその場にいた全員が「そんなバカなコイツが死ぬ筈ないわ」と思っていた事は確かである。
広々とした部屋に大きなベッド、清潔な白で包まれた病室には余分な物もなく、シドニアは身体を起こすと、腹部と胸部より痛みが強く走り、思わず悶えた。
「ぐ……ぅッ!」
「情けねェなァ。オメェはもうちっと痛みに慣れなきャ、良い軍師にャなれねェぞ?」
シドニアが眠るベッドの隣、小さな椅子に腰かけながら果実を頬張る、イルメールが。
彼女へと視線をやると――左腕が切り裂かれ、腕に巻きつけられた包帯によって傷口を塞がれている事に初めて気づく。
「姉上、その腕は」
「愚母、とかいう災いにヤられたよ。ま、カルファスとアルハットが義腕作ってくれるみてェだし、問題はねェ」
「問題だらけだ」
「ンで、シドニアはルワンの奴と、ちゃんと別れは済ませたンだな?」
一つの果実を丸まる喰い終えた彼女は、口に残っていた種らしきものまで噛み砕くと、優しくそう問いかけ、シドニアは小さく頷いた。
「一応、オレもアメリアから話は聞いてる。……まぁぶっちゃけるとややこしいから殆ど覚えてねェが、大切なのは『ルワンの奴がリンナの母親でもあった』って事だな」
「……ええ。ですから、リンナにも母さんの亡骸を、見せてあげたい」
「アメリアが許可出して、見に行かせてたらしいぜ。オレもこの病院に閉じ込められてッから、詳しい話はまだ聞いてないけどな」
僅かな沈黙。
イルメールも、何と言っていいのかを図っているかのように思えたが、シドニアはそこで思わず、笑みを溢す。
「何だよ。姉ちゃん見ていきなり笑う奴がいるか?」
「いえ。姉上もそうして他人を慮れるんだな、と思ったら、つい」
「おもんばかる……気ィ遣う、みてェな意味か?」
「そうです」
「弱いオメェ等に気ィ遣ッてばッかだぜこちとら。――あンま姉ちゃんを心配させンじゃねェ」
「姉上は私の事を心配してくれていたのですか?」
「何時だって心配してる。……オメェは自分の事になると鈍感だから気付いてねェかもしれねェけど、オメェの姉達は皆、シドニアとアルハットの事を同じ位好きなんだぜ?」
末っ子のアルハットを、姉達三人が好いている事など、シドニアにも気付いていた。
だが、彼女達がシドニアにも同じ気持ちを抱いてくれていた事に気付いていたかというと――それは否である。
「まずシドニア、オメェを叱らにゃならん」
「叱る……ええ、そうでしょうね」
「オメェはアルハットから貰った情報を、皆に共有する事なく一人で突っ走った。止めるワネットの静止を振り払ってな。
結果として良かったかどうかはともかく、敵が潜入してる可能性が高い、密閉された施設にオレ以外が単身で乗り込もうとするなンざ、愚かモンのやり方だ。
事実、助けに向かったオレがこうなった。オレらが本来守らなきゃいけねェリンナとクアンタも殺される寸前だったし、オメェもそれだけ負傷してる。
シドニア、どうあれオメェの焦りや無謀さが、この事態を引き起こした。それを反省しろ」
「……はい」
「つっても、これはアメリアにも、情報を伝えたアルハットのやり方にも問題があった。だからアメリアとアルハットも叱ってやった。
オメェだけの責任じゃねェし、結果としてルワンを除いて全員生き残ってる。上々の結果だ。だから、反省はしても後悔はすンな」
――難しい事を言う、と。シドニアは僅かに込み上げる息を我慢せず、溢す。
すると彼女もそれを理解しているのか、普段よりも優しく、シドニアの頭を撫でた。
「次は、褒めねェとな」
「……褒める?」
「シドニア、よく頑張った。流石オレの弟だ」
「……褒められるような事を……私は、何も」
「してるだろうが、いっぱい。敵である暗鬼も倒した、ルワンを守ろうとした、情報をマリルリンデって奴から聞き出した。
叱った時と同じくよぉ、やり方がどうであれ、結果は上々だった。その上、これまで褒めてねェ事も合わせて考えたなら、ちゃんと褒めてやらねェといけないだろ?」
シドニアの後頭部を引っ張る形で、その強靭な胸元にシドニアの顔を押し付けたイルメールは、彼の小さな体を、ギュッと抱きしめる。
「ゴメンな、シドニア。オレ等姉妹は、弟であるお前との距離を、ずっと図り間違えてたンだ。
分かンなかッたンだよ、皆。弟の、男のお前との距離が。オレァそれなりに平等な接し方をしてきたつもりだったケドよ、でもアルハットに言われて、気付いた。
今までオレは、オメェを褒めた事がなかった。
オレより頭がいいんだなッて頭を撫でてやった事も、ひょろッちい癖に良い腕してるって褒めてやった事も、サーニスにはしてやッてたケド、オメェにはしてない。だからちぃとばかし恥ずかしいケド、しっかり言わなきゃな。
――お前は、オレ達にとって、自慢の弟だ。胸を張れ」
温かさと、優しさと、そして力強い言葉がそこにはあった。
シドニアが、ずっと欲しかったもの。
優秀な姉達や妹に囲まれ、何時だって比べられてきた彼が欲した、たった一つの望みが、そこに。
――ようやく、認められたんだ。
姉達に、少しでも認められたいと願い、ただ走っていた彼が、二十二年生きてようやく手に入れた、小さな願い。
認められたい。
褒められたい。
どんな些細な事でもいいから。
――それを実感できた時、シドニアは既に枯れる程泣いたと思っていたのに、溢れ出る涙を、止める事が出来なかった。
「シドちゃんッ!!」
突如、病室のドアが勢いよく開け放たれた。
そこにはカルファスが瞳に涙を浮かべつつ、クラウチングスタートの要領で今にも地面を蹴りつけようとする様子があって、事実彼女は地を蹴り、シドニアへと飛び掛かった。大穴の空いた胸に向けてドシンと。
「ぃぃいいっ!! ……つううう、ッ!!」
「カルファス、今のシドニアに思い切り抱きつくんじャねェ、コイツ死ぬぞ!?」
「ゴメン、ゴメンねシドちゃん!! お姉ちゃん全然シドちゃんの気持ちに気付いてなかったよーっ!
褒められたかったんだねそうだったんだねゴメンねお姉ちゃん弟には厳しくしないとって思ってたからずーっと褒めてあげてなかったもんねこれからはアルちゃんにしてるみたいに一緒にお風呂入ったり一緒に寝たりチューしたりしてあげるからねっ!」
「ぞんなズキンジッブはいらないがら、は、離れ……離れてくれカルファス……死ぬ……ッ!」
「ヤダーッ! 十年分のお姉ちゃんからの愛情を叩き込むまでぜーったいに離れてやらないっ!」
「なんじゃこの地獄絵図……」
「私が聞きたいです……」
続けてアメリア、アルハットが病室へと入ってきて、二人がカルファスの両腕を抱える事でシドニアから放すと、胸にジンジンと走る痛みを堪えたシドニアが涙目で「姉からの愛情とはこんなに痛みが走るモノなのか……?」と思わず言葉を漏らしてしまう。
「さて――イルメールからの叱りは頂戴したかのぉ?」
「っ、ええ……胸に響きましたよ……」
「それはカルファスからの突進による痛みじゃと思うがの。……まぁ良い。しばし安静にすれば再生魔術で、ある程度は治す時間を短縮できるじゃろう」
治癒魔術には二種類あり、人間の自然治癒能力を活性化させ、その再生を早める事を主とする再生魔術と、魔術的側面による外科手術を行う医療魔術に分類され、カルファスがイルメールとシドニアに施したのは医療魔術、そして病院がお抱えにしている魔術師が二人に施すのは再生魔術となる。
イルメールはまだまだカルファスによる医療魔術が必要になるが、シドニアの胸や腹に空いた傷は既に塞げているので、あとは再生魔術での自然治癒能力活性で事足りるだろうという判断である。
「それより、母さんとリンナは」
「会わせたぞ。――と言うても、リンナも半信半疑というより、実感が無かったようじゃが。今は安置室にいるぞ」
「そもそも、リンナには義父であるガルラさんとの思い出しかないようですし、母と言われても……という感じでしょうね」
リンナがこの場に居ないので、彼女の気持ちを代弁するかのように、友人であるアルハットが発言すると、シドニアもコクンと頷いた。
事実、これまでリンナの事を友人として接してきたシドニアにとっても、彼女がアルハットと同じく、妹なのだという実感も薄い。
――会った事のない人物の亡骸を見せられ、この人がお前の母だと言われた所で、実感など湧くはずもない。
「ミクニ・バーンシュタインとやらについては?」
「そこはまだ説明しておらん。……どう説明すればよいか分からぬ、というのが現状じゃな」
「リンナが、ガルラさんについてを父ではなく義父だと知っているのかどうかでも、話して良いか異なりますし――コレについてもシドニア兄さまに伺わなければならないと、お待ちしていた形です」
アルハットが取り出したシドニア領における『広報検閲済み回収資料』を見て、彼は首を傾げる。
「そこにはデマやフェイク記事しかないぞ?」
「ええ。――ですが、四年前の一月十八日、ここにガルラさんに関する記述があるんです」
資料を受け取り、読み進めるシドニアだが、彼も四年前のフェイク記事についてを完全に記憶しているわけではない。どこを以てフェイクと判断したか、それを思い出せずにいた。
「そこは、その内ヤエさんに聞けるんじゃないかな、と思う」
落ち着いたのか、カルファスがそう口を開き、イルメールが首を傾げる。
「ヤエさんッて……えっと、神さまのコトか?」
「そう。現状、というよりガルラさん関連とリンナちゃん関連に関して、ヤエさんは多分嘘をつかない。リンナちゃんについてを知ってる今なら、ちゃんと教えてくれると思うよ。
……あの人が今答えられないのは、フォーリナー関連、クアンタちゃんやマリルリンデについてだけだと思うから」
「カルファスはやけに、あの菊谷ヤエなる神についてを知っておるな?」
「前にちょっとだけお話ししたの。……でも、ゴメン。私もこれ以上は言わない……というか、言えない」
口止めでもされているのだろうか、と考えるシドニアとアメリアが視線を合わせ、だが彼女がそうとまで言うとしたら、それなりの理由があるのだろうと考え、それ以上は聞かぬ事にした。
「で、話は変わるけどさぁ……私から、イル姉さまに一つ」
「ん? オレか?」
「うん……あのね、イル姉さま」
首を傾げるイルメールに、カルファスも疑い半分といった表情で、しかし言わねばならぬと少々重たい唇を動かし、言葉を発する。
「……イル姉さま、このままだと死ぬよ?」
「マジかビックリ」
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しかしその場にいた全員が「そんなバカなコイツが死ぬ筈ないわ」と思っていた事は確かである。
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