魔法少女の異世界刀匠生活

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第十六章

菊谷ヤエのドキドキ! 源の泉・探検ツアー(ポロリもあるよ)-01

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 重犯罪者収容施設の一件から既に二日が経過した日の事である。

 カルファスへの五災刃の襲撃、また収容施設でのマリルリンデ侵入等、立て続けに色々な問題が発生した事から、クアンタとリンナは事態の鎮静、及びリンナ刀工鍛冶場周辺の安全確認が済むまでは、アメリア領皇居での生活を余儀なくされていた。

  そんな彼女たちがアメリア領首都・ファーフェにある領営病院に入院している、シドニアの病室へ訪れたのだが……部屋のドアを開けて中を見た瞬間、沈黙せざるを得なかった。


「シドちゃん何で!? 私シドちゃんの身体拭くよ!? 二日も湯浴びしてないから身体べた付くでしょ!? だから私がお姉ちゃんとしてシドちゃんの身体をフキフキしてあげようとしてるだけなんだよ!?」

「皇族としての仕事ほっぽり出して弟の身体を拭きに来るな! 私に対する愛情は理解した! 理解したから貴女も私に普通の姉として接してくれればいいんだと理解してくださいっ! ちょ、脱がすなっ!」

「良いじゃないお姉ちゃんと弟のスキンシップだよっ! シドちゃんが子供の頃は私スレてたから全然そういうのしてないもんお姉ちゃんとしては弟の成長を直に感じる事の出来るこの機会に色々と観察したいんだよ男の子の身体って全然わかんないし!」

「最後の台詞だけで貴女の知的好奇心を満たす為の行動だと分かるぞ!?」


 入院用の脱がしやすい貫頭衣を無理矢理脱がそうとするカルファスと、脱がされそうになりながらも抵抗するシドニアの攻防を見据え、リンナとクアンタは顔を合わせ、頷き、病室のドアを閉めようとした。


「待ってくれクアンタッ、君と私は友人だろう!? 頼む、この愚姉を止めてくれっ!」

「残念だがシドニア、私たちは面倒に巻き込まれたくない」

「リンナッ、先日私と君は同じ母から産まれた兄妹だという事が判明したのだし助けてくれてもいいだろう!?」

「い、いやぁ~、アタシ正直シドニアさんがお兄ちゃんって感覚薄くって……そ、それにホラ、カルファス様も弟とのスキンシップ取りたいだけなんでしょうし……」

「リンナちゃんの言う通りだよシドちゃんお姉ちゃんとしてはスキンシップ取りたいだけなの決して研究目的とか知的好奇心を満たす為の行動じゃないって事を信じてアレ男の子の股間ってこんな感じなんだぁ」

「見・る・なッ!!」


 痛む胸と腹を押さえながらカルファスのホールドより抜け、開けた貫頭衣を慌てて着直したシドニアが、病室の隅でニコニコと笑いながら立つワネットの後ろへと逃げ込んだ。


「そもそも最初からワネットに助けを求めるべきでは?」

「わたくしがカルファス様に干渉すると、何故か殺し合いに発展してしまいますので……」

「ホントに何でなんすかワネットさん……」


 ワネットの後ろに逃げ込んだせいで、シドニアの元へ行こうとするとワネットがギロリとカルファスの事を睨むので、カルファスも「グヌヌぅ」と獲物を取り逃がした獣のような悔しがり方で、ようやく諦めたようだった。


「それで、クアンタとリンナは、何か用かな?」

「ワネットの後ろに隠れつつ平静を装っても皇族としての威厳が無いぞシドニア」

「私は政治家であり皇族であり象徴である。つまり守られている事に問題はないのだ」

「えっと、アメリア様からシドニアさんとイルメールの見舞いに行けって言われたンすけど……」


 皇族達には本来休みなどない。シドニアの負傷に際しては既にアメリアが手を回しており、一時シドニア領の議会などには信用に足る部下へ一任しているという事である。

 カルファスも本来は皇族としての仕事がある筈なのだが――


「カルファス領は別の子機が仕事してるから全然問題無しっ!」

「確かに技術とは仕事の簡略化や省略化の為にも用いられるべきだが姉上の使い方はどこか間違っている気がする……っ!」

「シドニアさんは元気そうっすね」

「時々傷が痛み、姉が暴走してる事以外は概ね問題ない。再生魔術によって数日で完治するだろう。……アメリアはどうしている?」

「仕事をしているらしい。サーニスも引き続き護衛を担当している事から、防衛上も特に問題はないと思われる」

「そうか。で、ここにいる姉を何とかしてほしいのだが」

「自分でやれ。私とお師匠はイルメールの様子を見に行く」


 アメリアに渡されていたお見舞い用のフルーツセットを机に置いたクアンタの動作と、カルファスの「あ」という声が一致する。


「イル姉さまの所行くの?」

「そうだが」

「アルちゃんが見てると思うけど私も行くー。イル姉さまこのままだと死ぬし」

「随分と軽く重大なコト言いませんでしたカルファス様!?」

「いやぁ、私たちも正直半信半疑なんだけど、データ見る限りは疑いようのない事実なんだよねぇ」


 あははー、と笑いながら霊子端末を取り出したカルファスが、どうやらイルメールの身体データ情報を表示したらしい。

 それを見るクアンタとリンナ。リンナは首を傾げて何がおかしいのかを理解できていないようであったが、クアンタは画面をスライドさせながらイルメールの切断された左腕部のデータを閲覧。


「……切断された左腕部から、細胞が少しずつ破壊されているな」

「うん。おっそいペースで、少ーしずつ少ーしずつね。最初は毒なのかなぁと思ったんだけど、どの毒素とも症状が一致しないし、多分その愚母っていう災いの能力なんだと思うの。魔術的な症状かもしれないと思って私とワネットちゃんで対策講じてみたんだけど、どれもダメでねー。いやぁ参った参ったー」

「いや何でそんな落ち着いてるんですか!? このままだとイルメール死ぬんすよね!?」

「正直イル姉さまは殺しても死ななさそうだから……」

「その気持ちは分からないでもないが」

「クアンタ!? イルメールも一応人の子だぞっ!?」


 とは言っても初めて会った時もそれ以降も、彼女が人間らしい一面を見せた事は、それこそ家族愛はそれなりにあると言う事位しか思い浮かばない。


「私はしばらく休ませて貰う。イルメールに関しては皆に任せるとしよう」


 カルファスがイルメールの部屋に行くと知ったからか、悠々とベッドへ戻り文庫本を取り出したシドニアと、彼の近くに椅子を起き、ペーパーナイフでクアンタが持ってきた果実の一つを手に取り、皮を剥いていくワネットのニコニコとした表情は、恐らく今まで見た彼らの中で一番涼やかな笑顔をしていたと思われる。カルファスが出ていく事が何よりの平和なのだろう。


「ワネットさんとカルファス様ってホント、どんだけ仲悪いんすか?」

「私は正直近付きたくないなァ……マジでワネットちゃんには何度も殺されかかってるからさ」

「ふふふ。それはそっくりそのままお返しいたします。どれだけ追い詰めても最終的には状況をひっくり返されてしまうカルファス様は、正直殺したくても殺せないので」


 早く行け、と言わんばかりにペーパーナイフの刃をチラリと見せるワネットに、カルファスは「べーっだ」と舌を出しながら、クアンタとリンナの背を押して病室を出た。部屋を出る寸前、シドニアは晴れやかな表情で手を振っていた。死ぬ可能性がある姉の見舞いに行く者を見送る態度には見えなかったが。


「しかし、愚母の固有能力による浸蝕現象となると、対処法が思い当たらないぞ」

「そうだよねぇ。思いつくのはリンナちゃんとかクアンタちゃんの虚力をイル姉さまの体内に注入して、拡散させる現象を利用するって事くらいかなぁ?」

「難しいな」

「あれ? そうなの?」

「厳密に言うと、不可能ではないが現実味に欠ける、というものだ」


 イルメールの傷口から体細胞に侵入し、ドンドンと細胞を破壊していく浸蝕現象が愚母の固有能力である場合、対処法としては確かにカルファスが言うようにクアンタやリンナの虚力を、愚母の固有能力とぶつけ合い、虚力同士を反発させることによる拡散現象を利用するしかない。

  だが、固有能力として浸蝕現象という例外を除き、虚力事態は体細胞自体に侵入する事は無い。


「虚力は言ってしまうと、感情を司るエネルギーだ。名有りの災いが持つような、体外へ虚力を放出した際に発現する固有能力とは異なり、体内での作用はあくまで精神的な高揚効果等に留まる」

「高揚効果?」

「例えば、地球には『病は気から』という言葉がある。漢方医学で用いられる気・血・水の考え方によるもので、虚力はこの『気』の部分に大きく関わっている。気の持ちようによって病気の状態が左右される、という意味だ」

「んと……例えば『スゲー体調悪いけど元気だと思い込んだら楽になったぜーっ』みたいなのは、虚力を多く持ってる人の方が有利、みたいな?」


 リンナは思いついた事を適当に言ったが、クアンタはコクンと頷いた。


「概ねその理解で問題はない」

「ウソ、適当ブッコいたのに」

「……アレ? ちょっと待って。もしかしてイル姉さまの細胞壊死が遅いのって、そういう能力だからじゃなくて」

「イルメールがあまり深く考えてない性格故、無意識の内に体内の虚力が高揚現象を引き起こした結果、精神的な高揚が細胞の維持に一役買い、病状の進行を遅らせている可能性はある。完全に防いでいるわけではないだろうが。虚力の量が多ければ浸食を完全に防いでいた可能性ももな」

「うーわ、その仮説がもし正しかったとしたら、イル姉さまじゃなかったら病状が速攻で広がって死んでたかもしれないって事かぁ。イル姉さまがバカで良かったなぁ」

「ちなみに余談だが、地球には『バカは風邪をひかない』という言葉もあるが、コレは風邪をひかないわけではなく、バカは風邪をひいても気付かない場合が多いという説がある」

「なんかさっきからクアンタもカルファス様もすっごくイルメールに対して失礼な事言ってない!? 流石に可哀想だよ!?」
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