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第十八章
刀匠-03
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「そーだよ。固有空間があるせいで、その中で起こってた事がヤエさんの観測対象外になってたみたい。で、前にその中で色々と話を聞いたんだ」
ガルラが観測対象から外れている理由はこれまでで語られた通り、彼が神霊であるから。
そして――
「リンナさんに関しては、完全な観測対象外になっているわけではないが、それでも得られる情報に制限がある。恐らく、ガルラに育てられていた事によって奴の影響を多く受けていた為だろう事が一点」
「もう一点は、多分私とアルちゃんで作った4.5世代型デバイス……マジカリング・デバイスのせいかな、とは思う。アレって固有空間で基礎設計と開発を行ったから、それに関する事……つまり変身とかを観測できなかったんじゃないかな、と思うけど」
「何にせよ、吾輩の仮説は当たっておるのか?」
「ああ、お前の言う通り。既に私の能力など使い物にならない。一応観測は続けているが、現状はガルラが状況をかき乱し過ぎて、私にも未来が良く視えん」
過去や現在を見据える目はある程度動作するという事だが、これに関してもガルラが関わる事、カルファスの固有空間が関わる事、リンナのマジカリング・デバイスが関わる事に関しては相変わらず見えぬのだと言う。
「ではもう言おうと思えば、主は色んな状況を説明できるという事じゃな?」
「流石に相手の災いがどういう能力を持ち得ているか、等の情報を細かく言えるわけではないぞ?」
「言われた所で信用せぬわ。……じゃが、クアンタにやらせたい事や、リンナに未来でやらせたい事を語る位は良いのではないか?」
リンナに何の情報も無しに困難へ立ち向かえというのはあまりにも無責任じゃ、と言うアメリアだが、しかしカルファスとヤエは表情をしかめる。
「聞きたいならカルファスから聞き出して貰って構わんぞ。口止めはしていないが……」
「私からは、皆に話さないよ。話しても意味ないしね。……まぁでも、クアンタちゃんには、教えてもいいんじゃないかな?」
カルファスの言葉に、ヤエも顎へ手を当て、考える。
クアンタはカルファスに視線をやると、クアンタの耳に顔を近づけ、他の誰にも聞こえないように、呟く。
(この星と、地球に関する事。……正直、対災いとか、対マリルリンデには本当に関係ない話だよ。そりゃちょっとは関わってくる事だけど、そう大きく関連した話じゃない。知って、動揺する可能性の方が大きいから、皆には言わないでおこうとしてるだけ)
カルファスの言葉が、そしてヤエの言葉が仮に正しいとすれば、確かに不必要な情報を錯綜させる必要は無いかもしれない。
「クアンタ、どうする? 私も、お前には色々と教えても良いかと考えるが」
だがクアンタとしても、何も情報が無いまま踊らされる事は避けたいと、頷いた。
「――了解、私も知りたい事はそれなりにある。もし今後に必要ないとしても、疑念をそのままにするのは気分が悪い」
シドニア、アメリア、イルメールの三人は、そうしたヤエとクアンタのやり取りを聞きつつ、アルハットへ声をかけた。
「オイ、アルハット。オメェもクアンタに同席して色々聞いてこい」
「え――わ、私も、ですか?」
突然イルメールが、アルハットをクアンタの所へと押すものだから、彼女は困惑を隠せなかったようだ。
だがシドニアとアメリアも頷き、イルメールの判断が正しいと言わんばかりに後押しをする。
「そうだな。カルファスの意見だけで聞く必要が無いと判断するのは軽率だ」
「そしてこの中で、一番中立的な意見としてヤエの話を聞けるのは、主じゃろう。……まぁイルメールは脳筋故に候補から外れただけじゃが」
「お、オレ今褒められた?」
「褒めてませんよ姉上」
三人に後押しされたアルハットは、それが良いのかを確かめるように、ヤエやカルファスへ伺い立てるように視線を向ける。
ヤエは問題ないと頷き、カルファスも「そうだね」と納得している様子だった。
「確かに、私一人で情報を独り占めするのも良くないし、アルちゃんなら私たちだけに留めるか、それとも姉弟全員で共有するかどうか、判断できるでしょう。……それに、地球の事とか気になってたみたいだし、ちゃんと話を聞いてきなさい」
「……はいっ」
話を聞く覚悟を済ませたアルハットが、クアンタと隣り合ってヤエの下へ。
彼女はフィルター近くまで吸っていた煙草を灰皿に押し付け、クアンタとアルハットの頭に触れる。
「では少し、二人の意識を連れていくぞ」
彼女が何を言っているのかは分からなかったが。
次の瞬間、クアンタとアルハットの両名は、糸の切れた人形のようにその場で倒れ出し、イルメールがそんな二者を筋肉で抱えた。
「……何したンだ?」
「ちょっと二人の意識を、別の次元に送り込んだ。終わったら返すから、それまで身体を保管頼むぞ」
パチン、とヤエが指を鳴らすと、彼女は霊子移動などではなく、自身の眼前に黒い門の様な物を出現させ、その間をくぐり、消えていく。
その姿を見届けたリンナは、イルメールからクアンタを預かり、抱き寄せる。
「……未来のアタシに、やらせたい事……かぁ」
リンナとしても聞きたかった事ではある。
だがこれまでの説明で、ガルラについての情報だけでリンナの頭はほとんどこんがらがっている状況と言ってもいい。
「では、ここは解散で良いじゃろう。これ以上皇族がたむろしておっても意味ないしの」
「ならば私とリンナはクアンタを連れて、シドニア領に戻ります。ワネット」
「かしこまりました、シドニア様」
少々情報が少なく落胆、と言った様子のアメリアがため息をつきながら解散を促すと、シドニアはワネットに指示を出し、ワネットが微笑みと共にクアンタの力無い身体を、リンナに代わって背負った。
「あ、イル姉さまは私と一緒に来て。アルちゃんの身体護衛って意味もあるけど、イル姉さま用の義腕を調整するから」
「分かッた。……おいカルファス。まともなの作ったンだろォな?」
「………………」
「答えがどうであれ怖ェから返事してくれよッ!?」
アルハットの身体を片手で大事そうに抱き寄せたイルメールに「ダイジョウブダヨー」と返事をしつつ、カルファスは霊子端末で、転移準備を開始する。
「シドちゃん、リンナちゃん達は馬車で連れ帰ってあげて」
「ああ。少し時間はかかるがな」
カルファスがシドニアに馬車で帰る様に促したのは、リンナに少しでも考える時間を与える為でもある。
ここ数日は色々と重なってしまったが、リンナにはまだ刀を作ってもらわねばならず、その為に必要なモチベーションを保つのは、注文をしている我々の仕事だとしているのだ。
「ではサーニス、吾輩らも帰るぞ」
「かしこまりました。馬車は既にご用意しておりますので、参りましょう」
先んじて去っていくのはアメリアだ。彼女が去っていった事を確認しつつ、カルファスは霊子転移を開始する。
「じゃあシドちゃん。リンナちゃんをよろしくね」
「お任せを――とは言っても、護衛はワネットですが」
「……任せたよーワネットちゃーん」
「うふふ、お任せくださいな」
霊子転移していく、カルファスとイルメール、抱えられた意識の無いアルハットを見届けたシドニアとリンナ、そしてワネットは、病室を出て馬車へと向かう。
ワネットに背負われたクアンタの意識は、遠のいたまま。
リンナは、そんなクアンタの寝顔を、そっと軽く撫でるのである。
**
クアンタとアルハットは、身体が浮遊しているような感覚を覚えて、目を覚ました。
両足は地面に足を付けている。だが重力が地球やゴルサとは異なるのか、少し身体を動かすだけ身体が浮いてしまいそうになる、夢心地と言ったような感覚。
そして二者がいる場所は、おおよそこの世とは思えぬ程、一面の花畑。
色とりどりの花が咲き乱れ、クアンタとアルハットが幼い少女であれば、駆けまわってしまいたくなる程、夢の様な光景だったろう。
しかし、二者はその光景を訝しみながら、周りを見渡すと、少し離れた先に一つの円卓を見つけた。
円卓は中央に大きめのパラソルが設置され、日の光を差し込まぬようにされている。
既に、腰かけている人物が一人。男性だった。
銀の短髪を整えた端正な顔立ち、皺ひとつないフォーマルスーツを着込んで、片手でフォードル・ドストエフスキーの長編小説【罪と罰】を読んでいる。
『来たか』
男は二人の存在に気付くと本を机に置き、円卓に設置された椅子の二つを引いた。座れ、という意味だろう。
『ヤエ(B)から話は聞いている。彼女もすぐに来るだろうから、ここでゆっくりしていきなさい』
『ここはどこだ』
クアンタがまず問うた言葉に、男は『俺が誰かは聞かないんだな』と笑いつつ、クアンタとアルハットの手を引いて、二者を椅子にエスコートする。
『ここは俺の作り上げた世界だ。地球や、君達のいた偽りのゴルサとも異なる、別の次元に作り出した世界だよ』
地球や、ゴルサの事を知り――そして、この今いる場所を『作り上げた』と言った人物が、今一度自分の席に腰かける。
するとタイミングを見計らったかのように、どこからかヤエが現れ、残る一つの椅子にどっしりと座った。
『まぁ座れ、二人とも』
『この男は』
『ん、伊吹。まだ名乗ってなかったのか』
『聞かれなかったからね』
ヤエが『伊吹』と名前らしき言葉を口にしたが、男性はサラリとそう答えながら、どこからかティーポットとカップを取り出して、人数分の紅茶を淹れていく。
『それと、偽りのゴルサについてを語るのならば、Bでは無くてAの方が最適じゃないか?』
『そうだが、あのバカを話に参加させて大丈夫か?』
『俺が説明するよ。この二人は、あのカルファスとかいうヤバい魔術師よりは話しやすそうだし、それにフォーリナーとの会話は初めてだしな。それ位は受け持とう』
『そうか。なら、お前に任せよう』
淹れられた紅茶に、アルハットもクアンタも手は付けない。
伊吹と呼ばれた男と、ヤエの会話を聞き漏らさぬとばかりに、二者は意識を聴覚に向けている。
『では――失礼するよ』
ヤエ(B)は、火の灯いた煙草を咥えたまま、自分の顔面に両手を乗せた。
隠されたヤエの顔。
しかし、今彼女が手を顔から離した瞬間――クアンタとアルハットは、目を見開いて現実を疑った。
そこには、それまでいたヤエの姿が無かった。
それまではオフィスレディと言わんばかりにくたびれたスーツを身にまとっていた彼女が、今着込んでいるのは長袖のセーラー服。
しかも茶髪を後頭部で一つに結っていた髪型も、髪色こそ一緒だが、丁寧に整えられたボブカットになっていて、顔立ちも僅かに幼げにも見える。
『クアンタちゃんと、アルハットちゃんだよねェ?』
ヤエ(B)と入れ替わる様に、いつの間にか姿を現した女性と、伊吹と呼ばれていた男性。
二者はクアンタとアルハットの腰かける椅子と対面になるように椅子の場所を整え、自己紹介を開始する。
『アタシは菊谷ヤエ(A)。混沌を司る神霊【カオス】と同化した神さまのお姉さんでー、クアンタちゃんのマジカリング・デバイスを作った張本人っ!』
『俺は成瀬伊吹。罪を司る神霊【シン】と同化した神さまで――君達の住まう【ゴルサ】という星を作った張本人だ』
ガルラが観測対象から外れている理由はこれまでで語られた通り、彼が神霊であるから。
そして――
「リンナさんに関しては、完全な観測対象外になっているわけではないが、それでも得られる情報に制限がある。恐らく、ガルラに育てられていた事によって奴の影響を多く受けていた為だろう事が一点」
「もう一点は、多分私とアルちゃんで作った4.5世代型デバイス……マジカリング・デバイスのせいかな、とは思う。アレって固有空間で基礎設計と開発を行ったから、それに関する事……つまり変身とかを観測できなかったんじゃないかな、と思うけど」
「何にせよ、吾輩の仮説は当たっておるのか?」
「ああ、お前の言う通り。既に私の能力など使い物にならない。一応観測は続けているが、現状はガルラが状況をかき乱し過ぎて、私にも未来が良く視えん」
過去や現在を見据える目はある程度動作するという事だが、これに関してもガルラが関わる事、カルファスの固有空間が関わる事、リンナのマジカリング・デバイスが関わる事に関しては相変わらず見えぬのだと言う。
「ではもう言おうと思えば、主は色んな状況を説明できるという事じゃな?」
「流石に相手の災いがどういう能力を持ち得ているか、等の情報を細かく言えるわけではないぞ?」
「言われた所で信用せぬわ。……じゃが、クアンタにやらせたい事や、リンナに未来でやらせたい事を語る位は良いのではないか?」
リンナに何の情報も無しに困難へ立ち向かえというのはあまりにも無責任じゃ、と言うアメリアだが、しかしカルファスとヤエは表情をしかめる。
「聞きたいならカルファスから聞き出して貰って構わんぞ。口止めはしていないが……」
「私からは、皆に話さないよ。話しても意味ないしね。……まぁでも、クアンタちゃんには、教えてもいいんじゃないかな?」
カルファスの言葉に、ヤエも顎へ手を当て、考える。
クアンタはカルファスに視線をやると、クアンタの耳に顔を近づけ、他の誰にも聞こえないように、呟く。
(この星と、地球に関する事。……正直、対災いとか、対マリルリンデには本当に関係ない話だよ。そりゃちょっとは関わってくる事だけど、そう大きく関連した話じゃない。知って、動揺する可能性の方が大きいから、皆には言わないでおこうとしてるだけ)
カルファスの言葉が、そしてヤエの言葉が仮に正しいとすれば、確かに不必要な情報を錯綜させる必要は無いかもしれない。
「クアンタ、どうする? 私も、お前には色々と教えても良いかと考えるが」
だがクアンタとしても、何も情報が無いまま踊らされる事は避けたいと、頷いた。
「――了解、私も知りたい事はそれなりにある。もし今後に必要ないとしても、疑念をそのままにするのは気分が悪い」
シドニア、アメリア、イルメールの三人は、そうしたヤエとクアンタのやり取りを聞きつつ、アルハットへ声をかけた。
「オイ、アルハット。オメェもクアンタに同席して色々聞いてこい」
「え――わ、私も、ですか?」
突然イルメールが、アルハットをクアンタの所へと押すものだから、彼女は困惑を隠せなかったようだ。
だがシドニアとアメリアも頷き、イルメールの判断が正しいと言わんばかりに後押しをする。
「そうだな。カルファスの意見だけで聞く必要が無いと判断するのは軽率だ」
「そしてこの中で、一番中立的な意見としてヤエの話を聞けるのは、主じゃろう。……まぁイルメールは脳筋故に候補から外れただけじゃが」
「お、オレ今褒められた?」
「褒めてませんよ姉上」
三人に後押しされたアルハットは、それが良いのかを確かめるように、ヤエやカルファスへ伺い立てるように視線を向ける。
ヤエは問題ないと頷き、カルファスも「そうだね」と納得している様子だった。
「確かに、私一人で情報を独り占めするのも良くないし、アルちゃんなら私たちだけに留めるか、それとも姉弟全員で共有するかどうか、判断できるでしょう。……それに、地球の事とか気になってたみたいだし、ちゃんと話を聞いてきなさい」
「……はいっ」
話を聞く覚悟を済ませたアルハットが、クアンタと隣り合ってヤエの下へ。
彼女はフィルター近くまで吸っていた煙草を灰皿に押し付け、クアンタとアルハットの頭に触れる。
「では少し、二人の意識を連れていくぞ」
彼女が何を言っているのかは分からなかったが。
次の瞬間、クアンタとアルハットの両名は、糸の切れた人形のようにその場で倒れ出し、イルメールがそんな二者を筋肉で抱えた。
「……何したンだ?」
「ちょっと二人の意識を、別の次元に送り込んだ。終わったら返すから、それまで身体を保管頼むぞ」
パチン、とヤエが指を鳴らすと、彼女は霊子移動などではなく、自身の眼前に黒い門の様な物を出現させ、その間をくぐり、消えていく。
その姿を見届けたリンナは、イルメールからクアンタを預かり、抱き寄せる。
「……未来のアタシに、やらせたい事……かぁ」
リンナとしても聞きたかった事ではある。
だがこれまでの説明で、ガルラについての情報だけでリンナの頭はほとんどこんがらがっている状況と言ってもいい。
「では、ここは解散で良いじゃろう。これ以上皇族がたむろしておっても意味ないしの」
「ならば私とリンナはクアンタを連れて、シドニア領に戻ります。ワネット」
「かしこまりました、シドニア様」
少々情報が少なく落胆、と言った様子のアメリアがため息をつきながら解散を促すと、シドニアはワネットに指示を出し、ワネットが微笑みと共にクアンタの力無い身体を、リンナに代わって背負った。
「あ、イル姉さまは私と一緒に来て。アルちゃんの身体護衛って意味もあるけど、イル姉さま用の義腕を調整するから」
「分かッた。……おいカルファス。まともなの作ったンだろォな?」
「………………」
「答えがどうであれ怖ェから返事してくれよッ!?」
アルハットの身体を片手で大事そうに抱き寄せたイルメールに「ダイジョウブダヨー」と返事をしつつ、カルファスは霊子端末で、転移準備を開始する。
「シドちゃん、リンナちゃん達は馬車で連れ帰ってあげて」
「ああ。少し時間はかかるがな」
カルファスがシドニアに馬車で帰る様に促したのは、リンナに少しでも考える時間を与える為でもある。
ここ数日は色々と重なってしまったが、リンナにはまだ刀を作ってもらわねばならず、その為に必要なモチベーションを保つのは、注文をしている我々の仕事だとしているのだ。
「ではサーニス、吾輩らも帰るぞ」
「かしこまりました。馬車は既にご用意しておりますので、参りましょう」
先んじて去っていくのはアメリアだ。彼女が去っていった事を確認しつつ、カルファスは霊子転移を開始する。
「じゃあシドちゃん。リンナちゃんをよろしくね」
「お任せを――とは言っても、護衛はワネットですが」
「……任せたよーワネットちゃーん」
「うふふ、お任せくださいな」
霊子転移していく、カルファスとイルメール、抱えられた意識の無いアルハットを見届けたシドニアとリンナ、そしてワネットは、病室を出て馬車へと向かう。
ワネットに背負われたクアンタの意識は、遠のいたまま。
リンナは、そんなクアンタの寝顔を、そっと軽く撫でるのである。
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クアンタとアルハットは、身体が浮遊しているような感覚を覚えて、目を覚ました。
両足は地面に足を付けている。だが重力が地球やゴルサとは異なるのか、少し身体を動かすだけ身体が浮いてしまいそうになる、夢心地と言ったような感覚。
そして二者がいる場所は、おおよそこの世とは思えぬ程、一面の花畑。
色とりどりの花が咲き乱れ、クアンタとアルハットが幼い少女であれば、駆けまわってしまいたくなる程、夢の様な光景だったろう。
しかし、二者はその光景を訝しみながら、周りを見渡すと、少し離れた先に一つの円卓を見つけた。
円卓は中央に大きめのパラソルが設置され、日の光を差し込まぬようにされている。
既に、腰かけている人物が一人。男性だった。
銀の短髪を整えた端正な顔立ち、皺ひとつないフォーマルスーツを着込んで、片手でフォードル・ドストエフスキーの長編小説【罪と罰】を読んでいる。
『来たか』
男は二人の存在に気付くと本を机に置き、円卓に設置された椅子の二つを引いた。座れ、という意味だろう。
『ヤエ(B)から話は聞いている。彼女もすぐに来るだろうから、ここでゆっくりしていきなさい』
『ここはどこだ』
クアンタがまず問うた言葉に、男は『俺が誰かは聞かないんだな』と笑いつつ、クアンタとアルハットの手を引いて、二者を椅子にエスコートする。
『ここは俺の作り上げた世界だ。地球や、君達のいた偽りのゴルサとも異なる、別の次元に作り出した世界だよ』
地球や、ゴルサの事を知り――そして、この今いる場所を『作り上げた』と言った人物が、今一度自分の席に腰かける。
するとタイミングを見計らったかのように、どこからかヤエが現れ、残る一つの椅子にどっしりと座った。
『まぁ座れ、二人とも』
『この男は』
『ん、伊吹。まだ名乗ってなかったのか』
『聞かれなかったからね』
ヤエが『伊吹』と名前らしき言葉を口にしたが、男性はサラリとそう答えながら、どこからかティーポットとカップを取り出して、人数分の紅茶を淹れていく。
『それと、偽りのゴルサについてを語るのならば、Bでは無くてAの方が最適じゃないか?』
『そうだが、あのバカを話に参加させて大丈夫か?』
『俺が説明するよ。この二人は、あのカルファスとかいうヤバい魔術師よりは話しやすそうだし、それにフォーリナーとの会話は初めてだしな。それ位は受け持とう』
『そうか。なら、お前に任せよう』
淹れられた紅茶に、アルハットもクアンタも手は付けない。
伊吹と呼ばれた男と、ヤエの会話を聞き漏らさぬとばかりに、二者は意識を聴覚に向けている。
『では――失礼するよ』
ヤエ(B)は、火の灯いた煙草を咥えたまま、自分の顔面に両手を乗せた。
隠されたヤエの顔。
しかし、今彼女が手を顔から離した瞬間――クアンタとアルハットは、目を見開いて現実を疑った。
そこには、それまでいたヤエの姿が無かった。
それまではオフィスレディと言わんばかりにくたびれたスーツを身にまとっていた彼女が、今着込んでいるのは長袖のセーラー服。
しかも茶髪を後頭部で一つに結っていた髪型も、髪色こそ一緒だが、丁寧に整えられたボブカットになっていて、顔立ちも僅かに幼げにも見える。
『クアンタちゃんと、アルハットちゃんだよねェ?』
ヤエ(B)と入れ替わる様に、いつの間にか姿を現した女性と、伊吹と呼ばれていた男性。
二者はクアンタとアルハットの腰かける椅子と対面になるように椅子の場所を整え、自己紹介を開始する。
『アタシは菊谷ヤエ(A)。混沌を司る神霊【カオス】と同化した神さまのお姉さんでー、クアンタちゃんのマジカリング・デバイスを作った張本人っ!』
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