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第十八章
刀匠-07
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意識を失っているクアンタを背負い、リンナはマジカリング・デバイスを手に持って、リンナ刀工鍛冶場まで残り数メートルと言った距離に近付いていた馬車を降りる。
シドニアも打刀である【キヨス】と長剣を携えて、先導するワネットへとついていき、リンナも続いた。
鍛冶場へと向かう前に、リンナ宅の庭をワネットが見据えると、十人弱の人間が切り伏せられ、山のように積み上げられていた。
ワネットは、シドニアへ首を横に振って、シドニアも頷く。
「リンナ、工房へと行こう」
リンナよりも大きい背で、庭の先にある惨たらしい光景を見せぬようにしたシドニア。リンナからは、僅かに転がる数人しか姿が見えなかったが、しかしシドニアがそうして自分を気遣った理由が分かるからこそ、深くは尋ねなかった。
――積みあがった人間たちは、既に死んでいたのだろう。そして、その人間たちは元々この家を警護していた、皇国軍人達である筈だ。
誰がこんな事を、と唇を噛みながら、シドニアの手に引かれながら工房へと向かう。
火所から炎が燃え盛る熱と、鼻孔をくすぐるような煙の臭い、そして鉄を叩く金槌の音が響く工房内に入ると――そこには、逆立てた髪の毛が燃えぬように手ぬぐいで隠し、火所の熱によって汗を流しつつも金槌を振るう、一人の男性が。
「帰ったか、バカ娘」
「……親父……っ」
カァン、と。火所によって熱された鋼を打ち付ける金槌の音が、リンナとシドニアの耳を犯した。
鋼を打つ男の姿は、リンナが幼い頃からずっと見続けて来た、父の姿そのものだった。
刀匠・ガルラ。――リンナの目標である。
シドニアはキヨスの柄に手を伸ばし、僅かに抜く。鯉口を切る音に反応したのは、奥で選別されて積み上げられた玉鋼に触れる、マリルリンデだった。
「刀匠が刀を打つ聖域だゼ? それを邪魔しようとすンなよ、シドニア」
「表にいた皇国軍人を斬ったのは貴様か、マリルリンデ」
「いンや、数割はオレだがほとンどガルラが斬ッたゼ?」
今、綺麗な形に整えられた鋼を持ち上げたガルラが、芯鉄としての出来を確かめるように目を細める。
「良い玉鋼だ。余程優遇してもらってンだぁな」
「……うん。アルハットが、色々とやってくれた」
「そうかい」
火所の炎を止め、手ぬぐいで汗を拭いたガルラがシドニアのキヨスへ僅かに触れた。
瞬間、シドニアの腕に伝わる衝撃。急ぎキヨスを引き抜くと、綻び一つなかったキヨスの刃が、真ん中から折れていた。
キヨスの最後を見据えて、リンナは目を細めながらガルラへと問う。
「それが、神霊としての能力……ッて奴?」
「アァ。だが誤解すンじゃねェぞ? その鈍が気にくわねェから折っただけだ。ソイツが皇族様に相応しい名刀なら、折りゃしなかった。テメェの力不足だ」
熱い茶が飲みてぇ、と言いながら工房を後にしようとするガルラ。
リンナは顔を赤くしながら振り返り、クアンタの身体をシドニアに無理矢理預けながら、ガルラの着物を乱雑に掴んだ。
「アンタは、アンタは何を考えてんのさ!? 表の皇国軍人さんたちは、アタシを守る為に……ッ!」
「ここはオレの家だっつっても通してくれなかったからな。切り伏せるしかなかった」
娘の小さな手を振りほどきながら、ガルラが宅内へと入っていく。シドニアはクアンタの身体を抱き抱えながらリンナの肩に触れる。
「……ここは、少し話をしよう。向こうも恐らく、そのつもりだ」
シドニアの言葉に、リンナは怒りを何とか抑え込みつつ、宅内へと入っていく。
そこで庭の向こうからワネットが玄関前に姿を現したので、端的に尋ねる。
「どうだった」
「……残念ですが」
――切り伏せられていた皇国軍人たちは全員、死亡していたという事だ。
シドニアとワネットの脇を抜けるように、マリルリンデもリンナ宅へと入っていく。
そしてそんな彼らの後を追うように、シドニアとワネットもリンナ宅へと入ると、ガルラがシドニアとワネット用に座布団を、意識を失っているクアンタ用にか敷布団を出して、頭を下げた。
「バカ娘が世話になってます」
礼儀正しく、綺麗に頭を下げたガルラに、シドニアもワネットも声を発する事が出来なかった。
マリルリンデは居間の隅で胡坐をかいて座り、リンナは落ち着きなくウロウロと身体を動かしている。何を聞けばいいのか、何を言えばいいのかを考えているのだろうと分かる程、口がまごついている。
すぐ用意された湯飲みと茶をシドニアは飲まなかったが、ワネットは毒見として口に含み、そこで茶葉の苦みと同時に感じる旨味を覚え、僅かに口元が緩んでしまう。
「リンナ、茶請けはどこだ?」
「茶請けとか、そんな事言ってる場合じゃ」
「オメェは客人に茶請け出さねェのか! オレ等の商売は信用が何よりだって教えたろうが、このバカ娘ッ!」
ゴン、とリンナの頭を強く殴りつけたガルラが、適当な棚を調べていく。煎餅を見つけ、それを茶請け皿に出したガルラが、音を立てずにちゃぶ台へ置いたので、シドニアは頭を下げつつ、しかし本題に入ろうとした。
「刀匠・ガルラ――とお呼びしても宜しかったですか?」
「ご自由に呼んで下さいなシドニア様。オレ等下々のモンにご自身を下げる様な事をなさらないで下せぇ」
「では、刀匠・ガルラ。お伺いしたい事が、幾つか」
「オレが皇族の敵になるか……という事で良かったですかね?」
シドニアの問いを、ガルラは先読みした。
否、先読みというほどでもない。シドニアの立場、先日のやり取りを考えれば、そうした問いがあるだろうと予想するのは容易かろう。
座布団に腰を下ろしながら、ガルラは短く頭を下げた。
「そのお答えは少し難しいんですがね……その前に、友人であるマリルリンデの話を聞いてやっちゃぁ下さいませんか?」
部屋の隅で胡坐をかくマリルリンデに、視線を向けるリンナ、シドニア、ワネット。
彼はニィと口角を上げて笑うと、リンナとシドニアに、単刀直入ともいえる言葉を投げた。
「リンナ。シドニアにャ一回言ッてるが……オレ等と一緒に来る気はねェか?」
「え……?」
「オレとガルラは、この世界を滅ぼそうと思う。だが、ルワンの子であるオメェとシドニアには、オレ等と一緒に来る権利があると思ッてンだヨ」
何を言ってるのだ、と。
リンナは目を見開いて、マリルリンデを見据えた後、ガルラへと顔を向ける。
ガルラは茶を一口飲んでホッと息をつき、しかし何も言わない。
「親父は……マリルリンデと一緒に、世界を滅ぼす気……なの……?」
「アァ。オレも、一回滅んだ方がいいと思ってるぜ、こんな星は。偽りだらけで、なんもかんもが虚構だ。本物はホントに一握りの、贋作ばかりだ」
平然と言ってのけた父親の言葉に、リンナは駆け寄り、肩を揺さぶり、叫び散らす。
「何言ってんだよッ! アンタ神さまなんでしょ!? なのにどうして、そんな事が言えるっつーのよ!?」
「オレの正体を詳しく知ってるみてェだな。シドニア様たちは、オレの事を?」
知り得ている情報を共有しようとするように尋ねたガルラに、ワネットは頷き、シドニアは同意を声に出す。
「菊谷ヤエから伺っておりますが、事実なのでしょうか?」
「菊谷ヤエ……アァ、コスモスの同化体か。そんな名前だったっけな。二百年近く会ってねぇと、名前も忘れちまうモンだ。オレも歳ですね」
苦笑しつつ、頭を掻いたガルラに、リンナは首を横に振る。
「そんなのどうでもいい! アンタは神さまで、人間を守るのが仕事なんじゃないの!?」
「コスモスの同化体がどう説明したか知らねェが、神霊やオレ等、神霊と同化した元・人間だって、思考や感情を持ってる。だからどう動くかは、個々の勝手だ」
「つまり、親父は」
「あぁ。オレは親友のマリルリンデが望む世界を手に入れる。コイツに従い、戦う」
それ以上何も言う事は無いと言わんばかりに。
ガルラは湯飲みを机に置いた。
「……アンタは、人間が好きなんじゃなかったの……!?」
ガルラは何も答えない。
「戦いは、引き起こされた時点で負けなんじゃなかったの……!?」
ガルラは何も答えない。
「アタシは、そんなアンタの背中を見て、親父みたいな男に……なりたいって……そう思って……ッ!」
「オレは男で、オメェは女だ。そこを間違えンじゃねェよ」
自分を揺さぶるリンナの手を払いながら、ガルラがそうリンナへと言い放つ。
放心するように黙るリンナを見て、シドニアは首を横に振る。
「刀匠・ガルラ。私にもわかりません。貴方は確かに神の位にあるのかもしれない。だがそんな貴方にも、人間の在り様を否定する権利など無い筈だ」
「ええ、その通りでさぁ。ですがシドニア様も勘違いなさってる」
「……勘違い?」
「オレァ『神として人間を裁く』なんざ言ってねェ。この世界で長く生きて来た一人の人間として、同じ人間の在り方が気にくわねェと言ってるんですよ」
ガルラの言葉を受けて、言葉を失う面々。
だが、彼はそんな面々へと言葉をどんどん投げつけていく。
「シドニア様方、現在の皇族は皆、立派な方ばかりだ。しかし、先代までは頂けねェ。頂に立つ者としての矜持を捨て、ただ利益だけを食い潰し、民草の事など見やしねェ」
だがそれは皇族だけの事でも無いと、ガルラは口を決して止めない。
「この二百年で、人間は大きく変わっちまった。レアルタ皇国って国だけじゃねェ。ヒトそのものだ。進化の道を諦め、ただ安穏と来る明日を待つだけの生活……この世界にいる人間の八割はソレだ」
「進化の道を、諦める……?」
「より良い生活を、より良い世界を、誰もが救われ、誰もが喜ぶ世界をと願い、時に争い、傷つき、それでもと前を向く――向上心って言えばいいんですかねェ。カルファス様のような、って言えばわかりやすいか、そんな人間がほとんどいないんだ」
カルファスは人間の進化を――より良い世界を作る為に、魔術で貢献したいと願う女性である。
時々そうした思想・興味が動いて暴走してしまう時はあれど、だがそうした進化を求める姿は尊ぶべき事であると、ガルラは断言する。
「シドニア、オメェには前にも言ッたろ? オレは、オメェの選民思想を叶えるのもイイかも、ッて思ッてる」
以前、ルワンの容れられていた収容所での会話。
ルワンの望みがシドニアの望む世界であると聞いたマリルリンデが、シドニアの選民主義を叶える形で世界を作り替えるのも良い、と言っていた時の事だ。
「進化を果たそうとする人間、進化するに値する人間、進化の先を見据える人間……そうした人間だけが生を勝ち取った世界。それ以外が全員滅んだ世界。今のオレが望むのはそンな世界だ」
リンナやシドニア、そして今の皇族達は確かに、そうした進化に値する人間であるだろうと、マリルリンデは断言した。
――だが、この世界で生きる八割の人間はそうではない、とも。
シドニアも打刀である【キヨス】と長剣を携えて、先導するワネットへとついていき、リンナも続いた。
鍛冶場へと向かう前に、リンナ宅の庭をワネットが見据えると、十人弱の人間が切り伏せられ、山のように積み上げられていた。
ワネットは、シドニアへ首を横に振って、シドニアも頷く。
「リンナ、工房へと行こう」
リンナよりも大きい背で、庭の先にある惨たらしい光景を見せぬようにしたシドニア。リンナからは、僅かに転がる数人しか姿が見えなかったが、しかしシドニアがそうして自分を気遣った理由が分かるからこそ、深くは尋ねなかった。
――積みあがった人間たちは、既に死んでいたのだろう。そして、その人間たちは元々この家を警護していた、皇国軍人達である筈だ。
誰がこんな事を、と唇を噛みながら、シドニアの手に引かれながら工房へと向かう。
火所から炎が燃え盛る熱と、鼻孔をくすぐるような煙の臭い、そして鉄を叩く金槌の音が響く工房内に入ると――そこには、逆立てた髪の毛が燃えぬように手ぬぐいで隠し、火所の熱によって汗を流しつつも金槌を振るう、一人の男性が。
「帰ったか、バカ娘」
「……親父……っ」
カァン、と。火所によって熱された鋼を打ち付ける金槌の音が、リンナとシドニアの耳を犯した。
鋼を打つ男の姿は、リンナが幼い頃からずっと見続けて来た、父の姿そのものだった。
刀匠・ガルラ。――リンナの目標である。
シドニアはキヨスの柄に手を伸ばし、僅かに抜く。鯉口を切る音に反応したのは、奥で選別されて積み上げられた玉鋼に触れる、マリルリンデだった。
「刀匠が刀を打つ聖域だゼ? それを邪魔しようとすンなよ、シドニア」
「表にいた皇国軍人を斬ったのは貴様か、マリルリンデ」
「いンや、数割はオレだがほとンどガルラが斬ッたゼ?」
今、綺麗な形に整えられた鋼を持ち上げたガルラが、芯鉄としての出来を確かめるように目を細める。
「良い玉鋼だ。余程優遇してもらってンだぁな」
「……うん。アルハットが、色々とやってくれた」
「そうかい」
火所の炎を止め、手ぬぐいで汗を拭いたガルラがシドニアのキヨスへ僅かに触れた。
瞬間、シドニアの腕に伝わる衝撃。急ぎキヨスを引き抜くと、綻び一つなかったキヨスの刃が、真ん中から折れていた。
キヨスの最後を見据えて、リンナは目を細めながらガルラへと問う。
「それが、神霊としての能力……ッて奴?」
「アァ。だが誤解すンじゃねェぞ? その鈍が気にくわねェから折っただけだ。ソイツが皇族様に相応しい名刀なら、折りゃしなかった。テメェの力不足だ」
熱い茶が飲みてぇ、と言いながら工房を後にしようとするガルラ。
リンナは顔を赤くしながら振り返り、クアンタの身体をシドニアに無理矢理預けながら、ガルラの着物を乱雑に掴んだ。
「アンタは、アンタは何を考えてんのさ!? 表の皇国軍人さんたちは、アタシを守る為に……ッ!」
「ここはオレの家だっつっても通してくれなかったからな。切り伏せるしかなかった」
娘の小さな手を振りほどきながら、ガルラが宅内へと入っていく。シドニアはクアンタの身体を抱き抱えながらリンナの肩に触れる。
「……ここは、少し話をしよう。向こうも恐らく、そのつもりだ」
シドニアの言葉に、リンナは怒りを何とか抑え込みつつ、宅内へと入っていく。
そこで庭の向こうからワネットが玄関前に姿を現したので、端的に尋ねる。
「どうだった」
「……残念ですが」
――切り伏せられていた皇国軍人たちは全員、死亡していたという事だ。
シドニアとワネットの脇を抜けるように、マリルリンデもリンナ宅へと入っていく。
そしてそんな彼らの後を追うように、シドニアとワネットもリンナ宅へと入ると、ガルラがシドニアとワネット用に座布団を、意識を失っているクアンタ用にか敷布団を出して、頭を下げた。
「バカ娘が世話になってます」
礼儀正しく、綺麗に頭を下げたガルラに、シドニアもワネットも声を発する事が出来なかった。
マリルリンデは居間の隅で胡坐をかいて座り、リンナは落ち着きなくウロウロと身体を動かしている。何を聞けばいいのか、何を言えばいいのかを考えているのだろうと分かる程、口がまごついている。
すぐ用意された湯飲みと茶をシドニアは飲まなかったが、ワネットは毒見として口に含み、そこで茶葉の苦みと同時に感じる旨味を覚え、僅かに口元が緩んでしまう。
「リンナ、茶請けはどこだ?」
「茶請けとか、そんな事言ってる場合じゃ」
「オメェは客人に茶請け出さねェのか! オレ等の商売は信用が何よりだって教えたろうが、このバカ娘ッ!」
ゴン、とリンナの頭を強く殴りつけたガルラが、適当な棚を調べていく。煎餅を見つけ、それを茶請け皿に出したガルラが、音を立てずにちゃぶ台へ置いたので、シドニアは頭を下げつつ、しかし本題に入ろうとした。
「刀匠・ガルラ――とお呼びしても宜しかったですか?」
「ご自由に呼んで下さいなシドニア様。オレ等下々のモンにご自身を下げる様な事をなさらないで下せぇ」
「では、刀匠・ガルラ。お伺いしたい事が、幾つか」
「オレが皇族の敵になるか……という事で良かったですかね?」
シドニアの問いを、ガルラは先読みした。
否、先読みというほどでもない。シドニアの立場、先日のやり取りを考えれば、そうした問いがあるだろうと予想するのは容易かろう。
座布団に腰を下ろしながら、ガルラは短く頭を下げた。
「そのお答えは少し難しいんですがね……その前に、友人であるマリルリンデの話を聞いてやっちゃぁ下さいませんか?」
部屋の隅で胡坐をかくマリルリンデに、視線を向けるリンナ、シドニア、ワネット。
彼はニィと口角を上げて笑うと、リンナとシドニアに、単刀直入ともいえる言葉を投げた。
「リンナ。シドニアにャ一回言ッてるが……オレ等と一緒に来る気はねェか?」
「え……?」
「オレとガルラは、この世界を滅ぼそうと思う。だが、ルワンの子であるオメェとシドニアには、オレ等と一緒に来る権利があると思ッてンだヨ」
何を言ってるのだ、と。
リンナは目を見開いて、マリルリンデを見据えた後、ガルラへと顔を向ける。
ガルラは茶を一口飲んでホッと息をつき、しかし何も言わない。
「親父は……マリルリンデと一緒に、世界を滅ぼす気……なの……?」
「アァ。オレも、一回滅んだ方がいいと思ってるぜ、こんな星は。偽りだらけで、なんもかんもが虚構だ。本物はホントに一握りの、贋作ばかりだ」
平然と言ってのけた父親の言葉に、リンナは駆け寄り、肩を揺さぶり、叫び散らす。
「何言ってんだよッ! アンタ神さまなんでしょ!? なのにどうして、そんな事が言えるっつーのよ!?」
「オレの正体を詳しく知ってるみてェだな。シドニア様たちは、オレの事を?」
知り得ている情報を共有しようとするように尋ねたガルラに、ワネットは頷き、シドニアは同意を声に出す。
「菊谷ヤエから伺っておりますが、事実なのでしょうか?」
「菊谷ヤエ……アァ、コスモスの同化体か。そんな名前だったっけな。二百年近く会ってねぇと、名前も忘れちまうモンだ。オレも歳ですね」
苦笑しつつ、頭を掻いたガルラに、リンナは首を横に振る。
「そんなのどうでもいい! アンタは神さまで、人間を守るのが仕事なんじゃないの!?」
「コスモスの同化体がどう説明したか知らねェが、神霊やオレ等、神霊と同化した元・人間だって、思考や感情を持ってる。だからどう動くかは、個々の勝手だ」
「つまり、親父は」
「あぁ。オレは親友のマリルリンデが望む世界を手に入れる。コイツに従い、戦う」
それ以上何も言う事は無いと言わんばかりに。
ガルラは湯飲みを机に置いた。
「……アンタは、人間が好きなんじゃなかったの……!?」
ガルラは何も答えない。
「戦いは、引き起こされた時点で負けなんじゃなかったの……!?」
ガルラは何も答えない。
「アタシは、そんなアンタの背中を見て、親父みたいな男に……なりたいって……そう思って……ッ!」
「オレは男で、オメェは女だ。そこを間違えンじゃねェよ」
自分を揺さぶるリンナの手を払いながら、ガルラがそうリンナへと言い放つ。
放心するように黙るリンナを見て、シドニアは首を横に振る。
「刀匠・ガルラ。私にもわかりません。貴方は確かに神の位にあるのかもしれない。だがそんな貴方にも、人間の在り様を否定する権利など無い筈だ」
「ええ、その通りでさぁ。ですがシドニア様も勘違いなさってる」
「……勘違い?」
「オレァ『神として人間を裁く』なんざ言ってねェ。この世界で長く生きて来た一人の人間として、同じ人間の在り方が気にくわねェと言ってるんですよ」
ガルラの言葉を受けて、言葉を失う面々。
だが、彼はそんな面々へと言葉をどんどん投げつけていく。
「シドニア様方、現在の皇族は皆、立派な方ばかりだ。しかし、先代までは頂けねェ。頂に立つ者としての矜持を捨て、ただ利益だけを食い潰し、民草の事など見やしねェ」
だがそれは皇族だけの事でも無いと、ガルラは口を決して止めない。
「この二百年で、人間は大きく変わっちまった。レアルタ皇国って国だけじゃねェ。ヒトそのものだ。進化の道を諦め、ただ安穏と来る明日を待つだけの生活……この世界にいる人間の八割はソレだ」
「進化の道を、諦める……?」
「より良い生活を、より良い世界を、誰もが救われ、誰もが喜ぶ世界をと願い、時に争い、傷つき、それでもと前を向く――向上心って言えばいいんですかねェ。カルファス様のような、って言えばわかりやすいか、そんな人間がほとんどいないんだ」
カルファスは人間の進化を――より良い世界を作る為に、魔術で貢献したいと願う女性である。
時々そうした思想・興味が動いて暴走してしまう時はあれど、だがそうした進化を求める姿は尊ぶべき事であると、ガルラは断言する。
「シドニア、オメェには前にも言ッたろ? オレは、オメェの選民思想を叶えるのもイイかも、ッて思ッてる」
以前、ルワンの容れられていた収容所での会話。
ルワンの望みがシドニアの望む世界であると聞いたマリルリンデが、シドニアの選民主義を叶える形で世界を作り替えるのも良い、と言っていた時の事だ。
「進化を果たそうとする人間、進化するに値する人間、進化の先を見据える人間……そうした人間だけが生を勝ち取った世界。それ以外が全員滅んだ世界。今のオレが望むのはそンな世界だ」
リンナやシドニア、そして今の皇族達は確かに、そうした進化に値する人間であるだろうと、マリルリンデは断言した。
――だが、この世界で生きる八割の人間はそうではない、とも。
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