魔法少女の異世界刀匠生活

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第十八章

刀匠-09

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 その話を一緒に聞いていたシドニアとワネットが視線を合わせながら、シドニアが代表してクアンタに問うた。


「それが、菊谷ヤエから受けた真実であり……クアンタやリンナは、将来的に訪れるフォーリナー襲撃に対抗する為、菊谷ヤエにお膳立てをされている、というのか?」

「そうだ。そしてマリルリンデも、元々は人類をフォーリナーから守る為のカウンターとして、この偽りのゴルサに残されたんだ」

「なァる程ねェ。この世界が太陽系第三惑星・地球をベースにした、作られたゴルサだったッつーワケか……いや、信じ難ェ話だが、マジなのかガルラ?」


 初めて知る事実を疑うように、しかし彼は飄々とガルラへ問う。だが、ガルラも容易く、茶を飲みながら頷いたのだ。


「マジだ。何せオレァ、コスモスの同化体に頼まれて、オメェを監視してたワケだしな。伝えても良かったが、伝える理由が無かった」


 それは、クアンタも知らなかった事実である。

  だがクアンタは、マリルリンデに伝える理由がないとはどうしても思えない。


「ふゥん……ま、別にどうでもいい事じャねェか」

「どうでもいい事? 私たちフォーリナーの存在が、そうした悲劇を引き起こしたと言っても過言ではないと――ッ」

「痛ましィねェ、とは思う。ケド、それをオレや、オメェが悔いた所でどうなるンだッつー話だろ」


 全てはマリルリンデがゴルサへと訪れるよりも前の話、マリルリンデが侵略した結果そうなったと言うなら確かに責任は自分にあるが……と、クアンタよりも冷静に語っていく。


「過ぎちまった後の事だし、そもそもそう言う生態の中で生きてるフォーリナーにヨォ、そうした在り方を改めろッつー方が無理……つーか、残酷じャねェか?」

「……残酷?」

「フォーリナーはそうした存在に進化しちまッた末の存在だゼ? 星を丸まる呑み込み、虚力を使って消化する生き物だと考えろよ。栄養補給だ。じャなきャ死ぬッつーのに、それを止めろなンて言えねェダロ?」


 マリルリンデの言う通りではある。クアンタとて虚力を補給できず、長年生き続ければいずれは死……というよりは自身を構成する流体金属の形を維持できず、消滅する。であるのに、虚力を喰らう事を止めろと言われてしまえば、それは確かに残酷とも思える。


「だが、私たちはこうして自我を得て、少ない虚力でも生きる事が出来る。せめて、偽りとは言えこの星を、この星に住まう生命を守る為に」

「おぃおぃクアンタ。オメェ正気かヨ。仲間への呼び込み方が下手すぎてアクビどころか顎が外れるゼ?」


 いつものケタケタとした笑い声ではなく、失笑と言った様子で、マリルリンデはクアンタの言葉を拒絶する。


「オレァ、これからこの星に住まうバカな人類を淘汰しようとしてンだゼ? そんなオレにお誘いが通じると思われてンなら、ちッとばかしオメェは目算が甘すぎンゼ?」

「聴覚機能から聞こえていたと言っただろう。お前の目的は、あくまで愚かな人間の淘汰と選別――つまり、全てではない。そうした淘汰と選別の末に、お前が作り上げた理想の世界でさえも、フォーリナーは食らってしまうんだぞ」

「そォした世界を守る為に戦う、つー事なら確かに分からねェでもねェ。ケド、明日明後日の話ならともかく、数百年から千年だろォ? そんな未来の話をされた所でオレも参ッちまうし――そもそもオメェ、どうしてそンなに責任を感じてやがる?」

「責任……?」

「アァ、分かッた。言われなくても分かッたヨ。オレッつー【個】が『怒りッぽい』のと一緒で、オメェの【個】が持つ性格は……『責任感の強すぎる臆病者』ッつー感じか」


 マリルリンデの言葉に、思わず左腕を胸に当て、後ずさってしまう。

  自分自身の【個】に性格があるなど、彼女は考えた事など無かった。

  しかし今の言葉……というよりクアンタの性格について、リンナは元々知っていた。

  クアンタは責任感を強く感じる傾向にある。初めて災いとの大立ち回りをしていたアメリア皇居での戦いを終えた後は、リンナの無事を何よりホッとしてくれていたし、虚力を失っていた時にリンナへ戦わせてしまったと強く後悔している事も。

  それに以前、源の泉へと向かう道中で姫巫女達の亡骸が襲い掛かってきた時、彼女は幽霊という存在に恐怖していた事もある。

  つまり、クアンタは自分の知らない事に対しての恐怖心が強い子で、もう少し感情表現が人間に近ければ、オドオドとした小動物のようなタイプなのだろうと、リンナには思える。


「おっぱいさんよ。その話はオメェ等には関係のない事だ。責任を感じる事じゃねェ」


 話へ割って入ったガルラが、端的にクアンタへ放った言葉。クアンタは首を傾げ、問う。


「……何故、関係が無い事だと?」

「おいバカ娘。今の話を聞いて、オメェが思った事を言ってやれ」

「え……えっと……」


 そしてリンナも、不意に話を振られてしまった為、何とクアンタへ言えば良いのかが分からなかったが、しかし思った事を言えばいいのかと、僅かに視線を動かしながら口にする。


「んと……正直、その神サマ達はさ、どうして襲われる側のゴルサって星を滅ぼして、襲う側のフォーリナーには何もしないのかな、とは思ったけど……スケールがデカすぎて、よくわかんないよ、アタシには」


 自分の無知ぶりを露見するようで恥ずかしがるリンナだったが、しかしシドニアとワネットも同意見だったのか、頷く。


「私もそう考えた。後にクアンタや刀匠・ガルラのいた地球へと訪れる危険性もある……というのならば、フォーリナーを滅ぼす事によって危機を回避するべきではないか、とな」

「結局、そのゴルサという星を破壊する事を良しとした、三人の神による思惑が合致した結果でしかないように、わたくしにも聞こえます。故に、クアンタ様が強く責任を感じられる理由は無いかと」


 クアンタが何故これまで思考が回らなかったかは不明だが、確かに今後の危険性を鑑みてどちらか一方を殲滅するとしたら、それは侵略側であるフォーリナーであった然るべきだろう。

  だが、神霊と同化した者達は、フォーリナーではなくゴルサの崩壊を選んだというのだ。


「簡単な話で、フォーリナーという存在の正当性を奴らが認めてるって事さ。んでもって、オレが知る限りカオスの同化体は『自分の周り以外興味ない』ってだけ、シンの同化体は『新しい世界を観察できる絶好の機会だった』だけの事。だからお前さんが責任を感じる事はねェ、と言ってる」


 そう言われて、クアンタは自分が確かにそうした責任感や、元々ゴルサで生きていた生命に咎められるのではないかという臆病心が働いていたのではないかと考え、気持ちを落ち着かせる。

  受け入れ切れていないが――しかし、何にせよマリルリンデもガルラも、クアンタと共にフォーリナーからこの星を守る事を拒否したのだ。であれば、この話を続ける意味もない。


「オレァむしろ、そんな臆病者で責任感のあるクアンタちャんに提案だゼ?」

「……ちゃん付けはやめろ、マリルリンデ」

「お前がリンナを守りてェと思うなら、オレ等と一緒に来い」

「私がそんな事を許容するとでも?」

「むしろオメェの心配は、オレの提案を受ける事によって回避できるゼ?」


 思わず、口を閉じてしまうクアンタへ畳み掛ける様に、マリルリンデが言葉を連ねる。


「オレ等フォーリナーは星や文明を根源化によって取り込む。ケドよ、取り込ンだ後には星の質量分、虚力消費が必要になるワケよ」


 例えばゴルサという星を取り込んだ場合、星の質量分虚力の消費量は増加する。今後別の星々を取り込んでいく事も考えると、これまで出会ってきた女性の虚力量を平均値として仮定し計算しても、女性二十億人程度の虚力が必要となる。(リンナのような存在を計算に入れれば変化する場合もあるが)


「つまりオレ等が人類の八割……ゴルサが大体五十億人程度の総人口で、女がその内の半分と仮定すりャ、二十五億人。人類の八割を殺した後じゃ、この星を取り込ンでも利益がねェ。フォーリナーの侵攻を防ぐッて意味じャ、一番理に適った方法じャねェか?」


 マリルリンデも、クアンタを本気で仲間へ引き入れようと考えているわけではない。

  この提言は彼女への保険である。今までの彼女はただリンナを守ると言う単純な目的の為だけに行動していた。だからこそ厄介だった。

  人間は……否、マリルリンデやクアンタのような者でも、その目的が単純化している場合、その目的を覆す事が難しくなる。

  リンナを守りたいという願いの末、クアンタは皇族に協力していた。そして事実今もそうである事は分かっている。

  だが、今のクアンタには『このゴルサという星を守りたい』という、漠然とした目的が生まれてしまっている。

  この星を守る方法は幾つだってあり、マリルリンデが提案した方法は過激でこそあるが、確かな方法の一つである事に変わりはない。

  だからこそ、クアンタは揺れる。

  この星を守る為に八割の人間を切り捨て、残り二割の人間を守ると言うのは、確かな方法ではないのかと、真面目な彼女だからこそ、思考する。

 ――そしてそうした迷いは、いざという時には判断を誤らせるものだ。


「マリルリンデ。その辺にしとけ。おっぱいさんが困ってやがる」

「へェへェ。マ、考えといてクレよクアンタちゃん」


 クアンタの肩にポンと手を乗せたマリルリンデの手を払いのけながらも、しかしクアンタは確かに揺れていた。


「今日はおいとまするとしますわ」


 律義にも玄関から出ていこうとするガルラとマリルリンデを、シドニアとワネットは捕らえる為に動けない。マリルリンデは弱体化しているが、しかしガルラの戦闘能力はあまりにも未知数だ。


「待てよクソ親父ッ!! 好き勝手なコト言うだけ言って出てくのかよっ!」


 玄関へと向かうガルラへと叫び散らすリンナの声に、ガルラは振り返りもしない。


「アァ。シドニア様はともかく、今のオメェは仲間に引き入れる価値もねぇ。確固たる決意も持たずに鈍ばっか打ちやがるオメェなんかにはな」


 だが、と。そこでガルラは言葉を止める。


「あの流通屋に流されてた五本は、及第点だ」

「あの五本?」


 ワネットが呟いた言葉に、リンナも思わず目を見開く。


「……もしかして、皇族用に用意した、五本……?」

「アァ。あれは、オメェの信念が込められた、良い刀だ。オレの遺作にゃ、ほど遠いがな。……アレは、オレには折れねェ」


 じゃあな、と口にして去っていくガルラの姿を、その場にいる全員はただ、見届けるしか出来なかった。
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