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第十八章
刀匠-10
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リュート山脈奥地に存在する、マリルリンデや五災刃が根城にする地下室に、ガルラはいた。
ふてぶてしく椅子に腰かけ、眼力を強めながら睨む愚母の視線に臆する事も無く、彼は四人の災い達に向けて、口を開く。
「これからの目標は、リンナの刀だ。可能な限り、アイツの鈍を折っていく」
「おいオッサンさー。いきなり現れて挨拶も無くさぁ、ナニ偉そーに命令してくれちゃってんの?」
彼を睨むのは愚母だけではない。愚母の膝に座り、外見年齢と近しい言動でガルラを恫喝する餓鬼もいる。
――ガルラは少しだけ、彼女の粗雑な言葉遣いがリンナに似ている気がして、笑ってしまう。
「餓鬼、少しお話を伺ってみましょう」
「でも愚母ママ」
「彼には得体の知れない力を感じるわ。――しかし、彼を封殺する事は幾らでも可能よ」
「オレは同じ神の位じゃなきゃ殺されねぇぞ?」
「いいえ。貴方は虚力放出の手段がない。つまり、貴方には餓鬼の置換能力が適応可能、というわけですわ」
早々に、愚母はガルラの弱点を見切った。流石に長く災いとして、姫巫女や聖堂教会と渡り合ってきた実力がある。餓鬼とは比べ物にならないほど、洞察力にも優れている。
ガルラは神霊として、人間のように死する事が出来ぬ身ではあるが、餓鬼の置換能力に関しては、神霊であっても人間であっても、その肉体が存在すれば炎に置換できる。
置換された後、ガルラの身体は次元の彼方へと飛ばされてしまう。彼は異次元への単独移動方法が無い事から、死ぬ事は無いにせよ戻る算段も付けられない。つまり、事実上の排斥である。
――唯一神殺しを成し得る存在が、餓鬼なのだ。
「まぁ、確かに貴方が同士となり得る等、信じがたい事ではあります。確かにわたくしも、貴方に見覚えがあります。刀匠・ガルラ」
百幾何の年月を生きて来た愚母と、マリルリンデは旧知の間柄だ。
かつては名有りの災いとしてマリルリンデと相まみえ、殺し合ったこともある。
その後彼女は多くの虚力を体内に有し、母体という存在に昇華されたが故に、マリルリンデと共に行動していたガルラの存在も知り得ている。
――彼ら二人が、かつては姫巫女達を守る為に戦っていた事も。
「本来人間が生き得ない、百幾何を生きる。そんな貴方が神であると言われ、受け入れる事は容易い。……ですが餓鬼の言う通り、突然の来訪と共に貴方が我々を率いる理由が無い事も事実ですわ」
「ハッキリ言やァ良いダロ、愚母。……オメェはオレを切り捨てるつもりもあるンだッてヨォ」
マリルリンデの言葉に、ガルラは苦笑しながら愚母へ「分かる」と頷いた。
「だろうと思ったよ。マリルリンデは気分屋で、自由気ままに動き回るからな。二十年前はルワンもコイツのそういう所に怒りまくってた。母体のアンタが苛立つのも分かる」
「お判りいただけたようで何よりです」
「だがな、この提案を呑まなきゃ、オメェら全員滅ぼされるぜ?」
「……分かんないな、何でそんな事が言える?」
離れて様子を窺っているだけに留めていようとしていた豪鬼が、思わず声を出してしまった。
ガルラとマリルリンデがそちらに視線をやった。
マリルリンデとは色々と話した関係上、少し目を合わせ辛かったが、しかし気になる事は気になるので、尋ねる事に。
「確かに、リンナの刀はオレ等の討伐に必要不可欠だろうよ。だからリンナを守る皇族が邪魔で、気が滅入ってくるから、奴らを先に始末しようって話じゃないか」
「間違っちゃいねェが、リンナを甘く見るな? オメェ等が皇族を殺し尽くして皇国軍や警兵隊の混乱を招いちまっても、その間にアイツは何十本や百本は刀を作れる。その上アイツも戦闘能力を得ちまってるし……それに皇族を全員殺るには、この中の数体は暗鬼の後を追わなきゃならねェぞ? それだけ、今の皇族は優秀だ」
ガルラよりもリンナが勝る点は、間違いなく刀一本を作り上げる間までの時間である。
リンナは今回の事態に際し、刀自体の出来をワンランク落とした上であれば、短時間で刀工が可能である。
もしそうした数を皇族が指揮する皇国軍人や警兵隊に配備が行き届いてしまえば、人間側がどれだけの被害を被ろうと、災い側の敗北は必至であろう。
「結果としてアイツの刀はほとんどが、オレ基準なら鈍になるが――オメェ等を殺し得る刀かどうかと聞かれたら、それはその通りだ。込められてる虚力量が尋常じゃねェ。全盛期のルワン以上だぜアイツ」
まるで自分の子供を褒められる事が嬉しいと言わんばかりに、ガルラは口を軽くしている。
そうした人物が何故リンナの敵に――と問いたい所は山々だったが、しかし斬鬼が続けて問うた言葉で、その機会は失われた。
「だが現状、皇族以外に我々に敵う者がそう多くいると思えぬのだがな」
「それなりにいるよ。遺伝子改良を続けてるラルク家の長男坊と長女、それに魔術にも精通してるファルマー家のガキも皇国軍所属で、アイツらは災い騒動初期からイルメールに刀の訓練を受けてる。優先して刀も配備されてる連中だ」
そうした皇国軍人の排除は暗鬼と豪鬼が率先して行ってきた。だが、確かに災い達が持つ情報だけでは不十分で、今ガルラの言った者達は排除出来ていない。
「もし数の利で押し込まれたら、一番危険なのはオメェだ豪鬼。オメェの重力操作は一度に大量の人間を相手取る事に向いてねェ」
「……まぁ、確かに」
「それに加えて一番二番連続で面倒な奴を現状で排除出来てねェなら、そいつらを無視してリンナの刀を排除しての、短期決戦に挑むべきだ」
勿論、面倒な奴というのは、一番がカルファスで、二番がクアンタである。
カルファスによって成された【根源化の紛い物】という技術と、クアンタの変身する【エクステンデッド・フォーム】は、どちらも一体一体は強力でも兵力という点で劣る災いには、不利となる要因になる。
「もしレアルタ皇国中の刀を八割以上排除出来れば、奴等も余った刀は国の重要拠点防衛に配備を回さざるを得ねぇ。ンで、そうなる事を嫌って早々に、向こうも一部の優秀な人材だけでの、短期決戦を挑みに来る」
「そして準備の整っていない状態での短期決戦は、わたくし達側の方が有利……そう言いたいのですね?」
「アァ。マリルリンデはお前さんらをしっかり把握して動かしてなかったみてェだが、オレはオメェ等の事もしっかり考えて動かすぜ? ――それに、レアルタ皇国の事はずっと見て来たんだ。その辺の軍師よりは内情に詳しい」
てなわけで、と呟きながら。
ガルラはまず、机にうつ伏せながら我関せずと言った様子でガルラと視線を合わせようとしなかった豪鬼の肩に、ポンと手を置いた。
「豪鬼と愚母以外は全員刀の排除に回れ。豪鬼は、オレやマリルリンデと一緒に来い」
「……? オレは、あちこち動かなくていいのか……? アンタらについていけばいいってのは、楽でいいけどさ……」
「アァ。餓鬼ちゃんは警兵隊周りの刀を排除。邪魔するなら連中も燃やして構わねぇ。斬鬼はイルメール領だ。一人ひとりでもいいし、多人数同時に相手取っても構わん。とにかく、一本でも多くの鈍刀を叩き折れ」
「……ふぅん。ま、いっか。ノッてあげるよオジちゃん」
「了解した。……まぁ、顎で使われるのはあまり気分良いものではないが」
「ほったらかしのままも気分ワリィだろ?」
次々に命令を下していくガルラと、彼の言いなりとなってアジトを出ていく餓鬼や斬鬼の姿を見据え、愚母は少しだけ、気分が悪いと言わんばかりに表情をしかめている。
そんな彼女の隣に座り、小声で話しかけるのは、マリルリンデだ。
「オィ、湿気たツラしてンなァ愚母?」
「……部外者がとやかく言ってくることは、楽しくありませんもの」
「ま。オメェの子宮にオレの分離体が捕獲されてンだ。それ位は自由にやらせてくれヨ」
マリルリンデの分離体は、いわば愚母にとっての保険である。彼が自由に、全能力を発揮できる状況というのは、裏切りの可能性を残されている愚母にとっても都合は良くない。
だからこそ分離体を捕らえたままにして、彼が裏切った場合は分離体を消滅させられるという優位性を確保する事で、彼に全力を出せないようにしておく事が有効なのだ。
「……分かりました。ですが、少しでも怪しい動きを見せれば、その時点でガルラ様を餓鬼に殺らせ、貴方の分離体は完全に虚力へと消化させます」
「それで構わねェよ。……アァ、そうだ。もう一つ、オメェに頼みがある」
マリルリンデが懐から、一つの指輪を取り出した。
その指輪は大き目のリングに透明な宝石が埋め込まれていて、その宝石自体は、特に美術的な価値がないように思える。
「……コレは、なんでございましょう?」
「余る虚力を適当に込めといてくれ。……アァ、一個欲しい? ならやるケド」
「機嫌を取っているつもりですの?」
「マ、ンな所だ。オメェは、個人的に好みではある」
マリルリンデの本心が分からない。彼が愚母を好みというのは、恐らく愚母を手中に収めておきたいが故のリップサービスであるだろうが、しかしこの指輪に虚力を込めておく意味と、そして「欲しいならやる」という言葉の意味も、今一つ理解できていない。
「……なら、コレはわたくしが頂きます。人間の装飾品、少し興味がありましたの」
「なら、それはやる。もう一個コレに、虚力頼んだ」
再び同じ指輪を取り出したマリルリンデ。その指輪も同様に、何の変哲もない指輪でしかなく、何故コレに虚力を籠めるのかが分からなかったが――
「おいマリルリンデ、行くぞ」
「オゥ」
豪鬼を引き連れたガルラに呼ばれた事で、マリルリンデもどこかへと行ってしまう。
愚母は指輪をどの指に差し込めばいいのか、その意味を理解していない。理解する意味もないと、彼女自身も思っている。
だが彼女が何となく、指輪をはめた指は、左手の薬指。
――何故だろうか。ちょっとだけ嬉しい。
少しばかり、胸元とお腹に、熱い感覚が生じた。
その意味が、その訳が理解できずにいた愚母だったが、しかし不快ではなかったからこそ、笑みと共にその感覚を味わうのである。
**
後日。
レアルタ皇国国立美術館に展示されていた、ガルラの名も無き業物の刀が、ガルラ本人によって盗まれた。
ふてぶてしく椅子に腰かけ、眼力を強めながら睨む愚母の視線に臆する事も無く、彼は四人の災い達に向けて、口を開く。
「これからの目標は、リンナの刀だ。可能な限り、アイツの鈍を折っていく」
「おいオッサンさー。いきなり現れて挨拶も無くさぁ、ナニ偉そーに命令してくれちゃってんの?」
彼を睨むのは愚母だけではない。愚母の膝に座り、外見年齢と近しい言動でガルラを恫喝する餓鬼もいる。
――ガルラは少しだけ、彼女の粗雑な言葉遣いがリンナに似ている気がして、笑ってしまう。
「餓鬼、少しお話を伺ってみましょう」
「でも愚母ママ」
「彼には得体の知れない力を感じるわ。――しかし、彼を封殺する事は幾らでも可能よ」
「オレは同じ神の位じゃなきゃ殺されねぇぞ?」
「いいえ。貴方は虚力放出の手段がない。つまり、貴方には餓鬼の置換能力が適応可能、というわけですわ」
早々に、愚母はガルラの弱点を見切った。流石に長く災いとして、姫巫女や聖堂教会と渡り合ってきた実力がある。餓鬼とは比べ物にならないほど、洞察力にも優れている。
ガルラは神霊として、人間のように死する事が出来ぬ身ではあるが、餓鬼の置換能力に関しては、神霊であっても人間であっても、その肉体が存在すれば炎に置換できる。
置換された後、ガルラの身体は次元の彼方へと飛ばされてしまう。彼は異次元への単独移動方法が無い事から、死ぬ事は無いにせよ戻る算段も付けられない。つまり、事実上の排斥である。
――唯一神殺しを成し得る存在が、餓鬼なのだ。
「まぁ、確かに貴方が同士となり得る等、信じがたい事ではあります。確かにわたくしも、貴方に見覚えがあります。刀匠・ガルラ」
百幾何の年月を生きて来た愚母と、マリルリンデは旧知の間柄だ。
かつては名有りの災いとしてマリルリンデと相まみえ、殺し合ったこともある。
その後彼女は多くの虚力を体内に有し、母体という存在に昇華されたが故に、マリルリンデと共に行動していたガルラの存在も知り得ている。
――彼ら二人が、かつては姫巫女達を守る為に戦っていた事も。
「本来人間が生き得ない、百幾何を生きる。そんな貴方が神であると言われ、受け入れる事は容易い。……ですが餓鬼の言う通り、突然の来訪と共に貴方が我々を率いる理由が無い事も事実ですわ」
「ハッキリ言やァ良いダロ、愚母。……オメェはオレを切り捨てるつもりもあるンだッてヨォ」
マリルリンデの言葉に、ガルラは苦笑しながら愚母へ「分かる」と頷いた。
「だろうと思ったよ。マリルリンデは気分屋で、自由気ままに動き回るからな。二十年前はルワンもコイツのそういう所に怒りまくってた。母体のアンタが苛立つのも分かる」
「お判りいただけたようで何よりです」
「だがな、この提案を呑まなきゃ、オメェら全員滅ぼされるぜ?」
「……分かんないな、何でそんな事が言える?」
離れて様子を窺っているだけに留めていようとしていた豪鬼が、思わず声を出してしまった。
ガルラとマリルリンデがそちらに視線をやった。
マリルリンデとは色々と話した関係上、少し目を合わせ辛かったが、しかし気になる事は気になるので、尋ねる事に。
「確かに、リンナの刀はオレ等の討伐に必要不可欠だろうよ。だからリンナを守る皇族が邪魔で、気が滅入ってくるから、奴らを先に始末しようって話じゃないか」
「間違っちゃいねェが、リンナを甘く見るな? オメェ等が皇族を殺し尽くして皇国軍や警兵隊の混乱を招いちまっても、その間にアイツは何十本や百本は刀を作れる。その上アイツも戦闘能力を得ちまってるし……それに皇族を全員殺るには、この中の数体は暗鬼の後を追わなきゃならねェぞ? それだけ、今の皇族は優秀だ」
ガルラよりもリンナが勝る点は、間違いなく刀一本を作り上げる間までの時間である。
リンナは今回の事態に際し、刀自体の出来をワンランク落とした上であれば、短時間で刀工が可能である。
もしそうした数を皇族が指揮する皇国軍人や警兵隊に配備が行き届いてしまえば、人間側がどれだけの被害を被ろうと、災い側の敗北は必至であろう。
「結果としてアイツの刀はほとんどが、オレ基準なら鈍になるが――オメェ等を殺し得る刀かどうかと聞かれたら、それはその通りだ。込められてる虚力量が尋常じゃねェ。全盛期のルワン以上だぜアイツ」
まるで自分の子供を褒められる事が嬉しいと言わんばかりに、ガルラは口を軽くしている。
そうした人物が何故リンナの敵に――と問いたい所は山々だったが、しかし斬鬼が続けて問うた言葉で、その機会は失われた。
「だが現状、皇族以外に我々に敵う者がそう多くいると思えぬのだがな」
「それなりにいるよ。遺伝子改良を続けてるラルク家の長男坊と長女、それに魔術にも精通してるファルマー家のガキも皇国軍所属で、アイツらは災い騒動初期からイルメールに刀の訓練を受けてる。優先して刀も配備されてる連中だ」
そうした皇国軍人の排除は暗鬼と豪鬼が率先して行ってきた。だが、確かに災い達が持つ情報だけでは不十分で、今ガルラの言った者達は排除出来ていない。
「もし数の利で押し込まれたら、一番危険なのはオメェだ豪鬼。オメェの重力操作は一度に大量の人間を相手取る事に向いてねェ」
「……まぁ、確かに」
「それに加えて一番二番連続で面倒な奴を現状で排除出来てねェなら、そいつらを無視してリンナの刀を排除しての、短期決戦に挑むべきだ」
勿論、面倒な奴というのは、一番がカルファスで、二番がクアンタである。
カルファスによって成された【根源化の紛い物】という技術と、クアンタの変身する【エクステンデッド・フォーム】は、どちらも一体一体は強力でも兵力という点で劣る災いには、不利となる要因になる。
「もしレアルタ皇国中の刀を八割以上排除出来れば、奴等も余った刀は国の重要拠点防衛に配備を回さざるを得ねぇ。ンで、そうなる事を嫌って早々に、向こうも一部の優秀な人材だけでの、短期決戦を挑みに来る」
「そして準備の整っていない状態での短期決戦は、わたくし達側の方が有利……そう言いたいのですね?」
「アァ。マリルリンデはお前さんらをしっかり把握して動かしてなかったみてェだが、オレはオメェ等の事もしっかり考えて動かすぜ? ――それに、レアルタ皇国の事はずっと見て来たんだ。その辺の軍師よりは内情に詳しい」
てなわけで、と呟きながら。
ガルラはまず、机にうつ伏せながら我関せずと言った様子でガルラと視線を合わせようとしなかった豪鬼の肩に、ポンと手を置いた。
「豪鬼と愚母以外は全員刀の排除に回れ。豪鬼は、オレやマリルリンデと一緒に来い」
「……? オレは、あちこち動かなくていいのか……? アンタらについていけばいいってのは、楽でいいけどさ……」
「アァ。餓鬼ちゃんは警兵隊周りの刀を排除。邪魔するなら連中も燃やして構わねぇ。斬鬼はイルメール領だ。一人ひとりでもいいし、多人数同時に相手取っても構わん。とにかく、一本でも多くの鈍刀を叩き折れ」
「……ふぅん。ま、いっか。ノッてあげるよオジちゃん」
「了解した。……まぁ、顎で使われるのはあまり気分良いものではないが」
「ほったらかしのままも気分ワリィだろ?」
次々に命令を下していくガルラと、彼の言いなりとなってアジトを出ていく餓鬼や斬鬼の姿を見据え、愚母は少しだけ、気分が悪いと言わんばかりに表情をしかめている。
そんな彼女の隣に座り、小声で話しかけるのは、マリルリンデだ。
「オィ、湿気たツラしてンなァ愚母?」
「……部外者がとやかく言ってくることは、楽しくありませんもの」
「ま。オメェの子宮にオレの分離体が捕獲されてンだ。それ位は自由にやらせてくれヨ」
マリルリンデの分離体は、いわば愚母にとっての保険である。彼が自由に、全能力を発揮できる状況というのは、裏切りの可能性を残されている愚母にとっても都合は良くない。
だからこそ分離体を捕らえたままにして、彼が裏切った場合は分離体を消滅させられるという優位性を確保する事で、彼に全力を出せないようにしておく事が有効なのだ。
「……分かりました。ですが、少しでも怪しい動きを見せれば、その時点でガルラ様を餓鬼に殺らせ、貴方の分離体は完全に虚力へと消化させます」
「それで構わねェよ。……アァ、そうだ。もう一つ、オメェに頼みがある」
マリルリンデが懐から、一つの指輪を取り出した。
その指輪は大き目のリングに透明な宝石が埋め込まれていて、その宝石自体は、特に美術的な価値がないように思える。
「……コレは、なんでございましょう?」
「余る虚力を適当に込めといてくれ。……アァ、一個欲しい? ならやるケド」
「機嫌を取っているつもりですの?」
「マ、ンな所だ。オメェは、個人的に好みではある」
マリルリンデの本心が分からない。彼が愚母を好みというのは、恐らく愚母を手中に収めておきたいが故のリップサービスであるだろうが、しかしこの指輪に虚力を込めておく意味と、そして「欲しいならやる」という言葉の意味も、今一つ理解できていない。
「……なら、コレはわたくしが頂きます。人間の装飾品、少し興味がありましたの」
「なら、それはやる。もう一個コレに、虚力頼んだ」
再び同じ指輪を取り出したマリルリンデ。その指輪も同様に、何の変哲もない指輪でしかなく、何故コレに虚力を籠めるのかが分からなかったが――
「おいマリルリンデ、行くぞ」
「オゥ」
豪鬼を引き連れたガルラに呼ばれた事で、マリルリンデもどこかへと行ってしまう。
愚母は指輪をどの指に差し込めばいいのか、その意味を理解していない。理解する意味もないと、彼女自身も思っている。
だが彼女が何となく、指輪をはめた指は、左手の薬指。
――何故だろうか。ちょっとだけ嬉しい。
少しばかり、胸元とお腹に、熱い感覚が生じた。
その意味が、その訳が理解できずにいた愚母だったが、しかし不快ではなかったからこそ、笑みと共にその感覚を味わうのである。
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後日。
レアルタ皇国国立美術館に展示されていた、ガルラの名も無き業物の刀が、ガルラ本人によって盗まれた。
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