魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十一章

生きる意味-01

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 餓鬼という存在がこの世に意思を宿したのは、十二年ほど前の事であった。

  当時は既に姫巫女の一族という存在が既にルワンとリンナしかおらず、加えて災い全体から見ても活動はほとんど行われていなかった事も合わさり、彼女は自分自身の存在が、どういった者かを認識する事に戸惑っていたと言っても良い。

  彼女は元々、名無しの災いであったが、名有りに使役されていたわけでは無く、ただ闇夜に紛れて女性を襲い、虚力を喰らい、食いつないでいただけの存在。

  運よく警兵隊にも皇国軍人にも見つかる事無く、事を果たせていた彼女は、多くの虚力をその身に有するようになると、思考するようになった。


(アタシは……なんでこんなことをしているんだろう……?)


 思考する為の回路も、感情も無い筈の名無しが、多くの虚力を有する事により、名有りへと昇華される。それは珍しい話ではない。

  ないが――通常名無しは、名有りによって組織的に使役されて虚力を収集し、親となる名有りに虚力を献上し、その際に余る虚力を余剰に貰う事が多く、そこから名有りに昇華するというプロセスを遂げる事が多い。

  その際に親となる名有りから名付けられて、初めて意思を有するようになるというのに……餓鬼は、まだこの頃に名付けてくれるような者もおらず、自分に芽生えた意思や感情、人間らしい姿に戸惑いを隠せずにいた。


(これまでのアタシは……どうして人間の、感情を食べてたんだろ……)


 本能というものは恐ろしいもので、彼女はこれまで、何を捕食しているのかを明確に理解などしていなかった。

  強いて言えば人間の感情を喰っている、程度の認識であり、名無しの時には一切考えておらず、思考が関わる様になってようやく何を喰らっているかを考えるようになり、そして最終的に、その意味を探し求めた。

  本能を超え、意味を求めたのだ。

  そうなると、彼女は虚力を食らわなくなった。

  日に日に衰弱していく身体、まだ自分の能力も完全に認識出来ておらず、そのままではただ死に絶えるのを待つだけの彼女に――手を差し伸べたのが、愚母である。


「貴女はどうして人間の虚力を喰らわないのかしら」

「……こ、りょく……? かんじょうの、こと?」


 人里から離れた山奥で、一人倒れて消えかかっていた彼女へ、虚力を分け与えた愚母。

  そんな愚母に、餓鬼はただ気を静める様に膝を折って、目を合わせず、ただ涙をボロボロと流すのだ。


「人間はわたくし達災いとは、相容れぬ存在よ。故に、貴女が人間の感情を喰らう事を躊躇う必要なんてないわ」

「……違うの」

「何が違うと?」

「この間……アタシくらいの、小さな女の子の感情を、食べたら……その子の、お母さんが、凄く……泣いてた」


 虚力を、感情を捕食せねば、自分が生きていけぬことは、本能的に理解している。

  しかし、今まではその結果が伴う事など、考えた事も無かった。

  虚力を捕食した子供の親が、ボロボロと泣きながら、感情を無くして生きる屍となった子供を抱き寄せ、神に祈りながら「元に戻って欲しい」、「変わってあげたい」と嘆く姿を見て――餓鬼は考えるのだ。


「あの子より……アタシが、生きる理由って……なんだろう……って……アタシには、お母さんも、ないのに……アタシが、死んだからって、悲しんでくれる奴も、いないのに……なんで……って」


 彼女はそうして他者の、人間の虚力を捕食する事で生を得る。

  だが生を得てしたい事、成したい事、なりたいものも、何もない。

  それを知らぬのに他者を食いつぶすという、歪な自身の在り方に違和感を覚える――考える子供であったのだろう。


「貴女は賢い子ね」


 だがそんな賢い子供とて、育て方を間違えれば、考え方を誤ってしまえば、歪な形に成長しよう。

  そして――愚母にとって、少女という存在は、歪な形で成長した方が好ましい事は、間違いない。


「もうそんな事を考えなくていいのよ」

「でも」

「だって貴女にはわたくしがいるわ。――貴女の名は、餓鬼。餓鬼よ」

「が……き……?」

「そう。全てを燃やし尽くせる情熱の子供。貴女は人間に終焉を与えるの。そうすれば、わたくしが喜ぶ」

「お姉さんが……喜ぶ?」

「ええ。……わたくしは、貴女の母。貴女はわたくしの子。貴女はわたくしが喜んでくれる、わたくしが望むモノを与えてくれる、親孝行の子になればいい。それが、生きる理由になるのよ」


 どんな形であれ、生きる意味を、生きる理由を与えてくれた愚母という存在は、子供である餓鬼にとっては救いであったのかもしれない。


  しかしその在り方は、餓鬼の純粋な賢さを歪める――悪魔による救いであったのであろう。

  
  
  **
  

  
  錬成の魔法少女・アルハット-エクステンデッド・フォームは、性能的にクアンタのエクステンデッド・フォームとそう大きく変わるわけではない。

  問題は彼女の少ない虚力量でも災いの討滅をしえるだけの虚力増幅装置による還元を受けている事、さらにエクステンデッド・ブーストの拡張機能によって、彼女が有する半無尽蔵のマナと虚力が合わさる事により、彼女の少ない虚力量でも餓鬼の置換能力をかき消す事が出来るように設計されている事である。

  クアンタのエクステンデッド・フォームの場合、彼女の肉体が有する魔術回路と錬成回路にかかる負荷が大きい。故にクアンタの場合は持久戦に持ち込んだ場合にはまだ勝利に至る可能性も残されているだろう。

  だが今のアルハットは――既にその身は人間のそれではなく、魔術回路も錬成回路も、焼き切れるほどの酷使など起こり得ない。

  もし仮に起こり得たとしても有する泉の力によって溢れ出る高純度のマナが、瞬時に自己再生を図る事になる。


  ――つまり餓鬼には、もうアルハットに勝利する方法が無いという事になるのだ。

  ――否、餓鬼だけではない。災いにとって、彼女という存在は、どう足掻いても倒す事の出来ない、絶望である。


「そんなのってないよ……そんなの卑怯じゃん……ッ!」

「ええ、そうかもしれないわね――でも、貴女はそうした戦いに参加していて、これは貴女達が始めたテロなのよ。それを今更、私たちの方が有利だからと、私たちに卑怯汚いというなんて、お門違いも良い所だわ」


 さぁ――と声に出しながら、アルハットが両腕を広げた瞬間、洞窟全体を覆うほどの錬成反応が一瞬にして灯る。

  そして瞬き程の一瞬を経ると――餓鬼の周囲には、空間を全て埋め尽くすほどの刃が無尽蔵に浮き、その切先を全て彼女へと向けた。


「こんなの、錬金術なんかじゃないじゃんか……!」

「ええ。既に錬金術の枠組みなんか超えたわ。魔術投影による刃の顕現、錬金術による刃の精度調整、そして刃内部に虚力を込めて――貴女へプレゼントよ」


 一斉に射出される、既に数える事など出来ない刃の雨。

  防ぐもの等何もない。餓鬼はただ、襲い掛かる刃を一つ一つ見極めながら切先から逃れ、避ける事しか出来ない。

  ひ、ひ、と怯える声を上げながら、息をつく間も無く投擲されていく刃から、致命傷になるものを避け、そうでないものは甘んじて受ける。

  アルハットの虚力量自体がそう多くない事が幸いした。ただ身体を切る程度の傷であれば、再生は出来ずとも消滅する事は無い。ここから逃げ出す事さえ出来れば良いと、この場所へと来るために用いた洞窟へと向けて駆け出した。

  人が一人通れる程度の細い洞窟。そこにもう少しで辿り着くと期待を胸にした彼女だったが――しかし、今のアルハットは残酷だった。

  地面から土が隆起するようにして、唯一の出入り口である洞窟の穴を、塞いだのである。


「え……え、え、え、……!? な、なんで……!」

「逃がすと思っているの? 残念な事に、私はもうこの泉から離れることが出来ない――だから、貴女はここで殺すわ」


 先ほどまでの乱雑な、しかし数の暴力で圧す刃の雨とは異なり、瞬時に正確な刃が、今餓鬼の踵の筋へと突き刺さった。


「が――っ、」


 足の筋を斬られる事により、通常の人間であれば歩く事もままならない。虚力の伴わない攻撃であればすぐに再生は可能だったが、今は多少なりともアルハットの虚力が込められてしまっている。

  故に、再生は遅々として進まない。

  ただ膝をつき、地面に這いつくばり、痛みに耐えながら、どうにかして逃げる方法が無いかと探る餓鬼に、アルハットは少しずつ、近付いてくる。


「や……やだ……死にたく……死にたくない……ッ」

「人を大勢殺しておいて、その言い草は無いでしょう」


 油断は何よりも敵であると、アルハットは知っている。

  故に彼女は少し歪な形の刀を顕現させて手にし、その刃を振り下ろす。

  身体を転がしながら刃を避ける餓鬼。足の筋は再生出来ていなくとも、身体を動かす事は出来ると、恐怖に歪む表情で、アルハットの動きを見据えた。


「生き方なんて……生き方なんて、他になかったんだよ……ッ! アタシ等は、人間の虚力を食わないと死んじゃうんだ! だから、人間を殺すしか」

「貴女達の生態は人間を殺すものではなく、人間の虚力を奪うモノでしょう? ――それは確かに、貴女達がただ虚力を食らうだけの存在であれば、そうである貴女達に同情しながら淘汰したわ。でも、五災刃がやっている事は違う」


 五災刃は無為に人を殺し過ぎた。

  人類滅亡という目的の為に、自分たちが虚力を収集して生き永らえるという目的から逸脱し、人の命を殺めたのだ。

  それは決して許される事ではないと、アルハットは言いながら苦笑する。


「まぁ、今の私は、そんな時代によって移り変わる倫理観なんてものを説くべきではないのだけれど。まだ皇族の立場から抜け出すには、経験が少ないわね」


 餓鬼の胸倉を掴み、彼女の軽い身体を持ち上げる。息苦しそうにしながらも、しかしアルハットの手首を握って、精いっぱいの虚力をつぎ込んで、彼女を炎に置換できぬか確かめるが――つぎ込まれる虚力と同等量の虚力とマナの混合エネルギーを身体に展開する事で、彼女のつぎ込んだ虚力が拡散していく。


「じゃあ……じゃあどうすればよかったのさ……!?」

「さぁ? 貴女も豪鬼のように、災いの在り方に疑問を抱くべきだったのではないかしら? 愚母のような魔女に惑わされる事無く、貴女が貴女なりに、生きる目的を見つけるべきだったのではないかしら?」


 アルハットは源の泉から得た情報によって、この星で生まれ出たモノの情報を全て知り得てしまっている。

  餓鬼の事も、愚母の事も、豪鬼の事も斬鬼の事も。

  そして今、この星にはアメリアの姿が無く――彼女は餓鬼によって置換され、次元の彼方へと投げ込まれてしまった事も。


「私はもう、人間ではない。故にこれ以上、人間の価値観に沿って、貴女達の在り方をどう否定するつもりもないわ。……けれど、貴女がアメリア姉さまに仕出かした事に関しては、恨みを晴らさせて頂戴」
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