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第二十一章
生きる意味-02
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※注意
ネタバレになってしまい申し訳ございませんが、
今回のお話では、地震などの災害に関する描写が存在します。
ご覧頂いている方の精神的なストレス等に繋がる可能性があるかもしれません。
誠に勝手なお願いではございますが、
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
--------------------------------------------------------------------------------------
振りこまれた拳は、餓鬼の腹部へと突き付けられた。
鳩尾付近に突き付けられた拳は微量に虚力を含んでいる。故に餓鬼にとっては再生できぬ痛みとして残り、彼女は殴られてのけ反る身体を制しながら、雄たけびを上げてアルハットへ殴りかかる。
振るわれる拳、蹴り、そうした攻撃を一つ一つ冷静に回避しつつ、今大きく振りこんだ拳を避けると同時に足をかけ、餓鬼のよろけた身体を地面へ叩きつけると、がら空きになった彼女の背へ、強く蹴りを叩き込んだ。
「がぅ――ッ」
「もう諦めなさい。貴女に勝ち目はない。もしここで貴女が逃げおおせても、きっとイルメール姉さまかシドニア兄さま、サーニスさんが貴女を殺すわ。貴女が手を出した人は、そういう人なのよ」
「やだ……やだやだやだ……死ぬの、死ぬのは……ヤダ……っ」
置きあがり、立ち上がり、アルハットから逃げようとする彼女の背へ、アルハットが指を鳴らし、顕現した刃数十本が一斉に、彼女の背に向けて放たれる。
数本の刃が餓鬼の背中へ突き刺さると、彼女は再び、地へうつ伏せた。
それでも彼女は力を震わせ、立ち上がり、逃げようとする。
そうした彼女を見て――アルハットは、ため息をつきながら彼女へと近付いた。
「貴女の事も、この星のデータベースには載っていたから知っているわ。……貴女は元々、人の虚力を奪う事に消極的だったはずよ。なのにどうして、貴方はヒトを滅ぼそうなんて考えたのかしら」
「お前なんか……お前なんかに、分かるモンかよ……!」
「貴女は、貴女を必要としてくれた愚母という存在を信仰した。愚母という存在が自身の事を頼ってくれることが何より嬉しいと、そう感じたから愚母に付き従う」
「そうだ……アタシにとっちゃ、愚母ママが全部なんだよ……愚母ママはアタシを必要としてくれてる、愚母ママに従おうとしない暗鬼も斬鬼も豪鬼もみんなみんな間違ってるッ!!」
「貴女にとっては愚母こそが、生きる理由?」
「……そうでも、何かに信仰でもしてなきゃ、まともに生きてなんかいられないよ……っ!」
突き立てられた刃を、乱雑に抜き放ち、震える足で立ち上がる餓鬼の姿は弱弱しかったが、しかし吐き出す言葉は、強くも悲し気な狂気を含んでいた。
「アタシ等は、なんで生まれたのさッ!? 欲しくもなかった自我が芽生えて、ヒトの感情を食わなきゃ生きてもいけない! 人の感情を喰らったら、人はそこで生きる意味も価値も、存在の理由も失っちゃうんだよ!? まともな精神や考え方してたら、それを平気に思える筈ないじゃん……!」
餓鬼も決して、そうした考えに無関心だったわけではない。
むしろ彼女は自我が芽生えて間もない頃は、そうした事を自問し、苦悶し、虚力を奪わずに消えかけた事だってある。
そんな彼女が――人への反感情を持つ愚母に信仰したのは、生きる為に虚力を喰らう理由が欲しかったからだ。
「愚母ママは、そんなアタシに生き続ける理由と、虚力を喰らう意味を教えてくれたんだっ! そんな愚母ママの役に立ちたい、役に立てるために強くなりたいと願うってのは、そんなに悪い事!?」
悪い事のハズは無い。
むしろアルハットにとっても、パワーにとっても、餓鬼の願いはとても好ましいものだ。
信仰した愚母という存在の理念はともかく、餓鬼はそんな彼女を信頼し、彼女を助ける為に強くなりたいと願う。
それは、アルハットが領民の為に、姉や兄たちや、リンナやクアンタの為に強くなりたいと願い、事実としてそうなった事と同じだ。
――彼女がもし間違えたとしたら。
――その間違いは恐らく、愚母という存在を信仰した事であろう。
「そりゃ……人類を滅ぼす意味とか……アタシも全然わかんないよ……でも、そんなの理解する意味も、無いんだ……だって、アタシにとって、愚母ママが全部なんだ……愚母ママがしたい事なら……アタシは、アタシは」
「それは狂信よ」
「狂信だって……構わない。だってそうしなきゃアタシ等は、生きる意味すら……死ぬ意味すら、無いんだもん」
餓鬼は既に、アルハットに勝つ方法も、彼女から逃れる方法も無いのだと、理解している。
置換能力はかき消され、肉弾戦闘ではいくらダメージを与えても、彼女の持つマナが再生を果たす。一瞬で彼女をかき消すような、そんな方法でもあれば話は別だが、そんな方法を餓鬼は有していない。
では諦めるか――このまま死ぬ事を、消滅する事を選ぶか?
それも、餓鬼は否と首を振る。
「アタシは……ただ死ぬわけなんか、いかない」
「死ぬ事に意味を求めるの?」
「アタシからすれば、生きる事に意味を求めるより、死に方に意味を求める方がよっぽど簡単だよ……アタシは、生き方を自分で見つけることが、出来なかった……」
生きる事の意味を与えてくれた愚母に狂信し、彼女の為に生き、そして彼女の為に死ぬ。
このままアルハットに殺されただけでは、彼女の為に死ぬという意味を果たせない。
「アタシは……愚母ママの為に、死ぬ」
餓鬼は、覚悟を決める様に目を開くと、自分の胸に向けて手を突き刺し、身体の中へ手を入れ込むと、人間でいう心臓部分を――握りつぶした。
「ぐ――ごぼっ」
「、何をっ」
アルハットは一瞬の事に驚きつつも、彼女が行った行動をデータベースより検索。
それは災いが――自身に貯め込んだ虚力を放出し、世界の因果を操作する際に行う起動コード。
餓鬼は荒い息を吐きながらブルブルと震え、少しずつ身体を歪に変形させていく。
今、彼女の身体を構成する虚力までもが――世界に向けて放たれ、この世に災厄を振りまくつもりなのだ。
「マズ――!」
急ぎ、彼女を殺そうと駆け出すアルハット。
『愚母ママ……見てて……アタシ、アタシの……虚力が……人間を殺すところ――ッ!!』
刃を餓鬼の腹部へと突き刺すと、そこで虚力の流れは断ち切られた。
だが既に放出されていた虚力は――アルハットの目にも届かぬ、星の中へと浸蝕し、運命を書き換えるのである。
**
レアルタ皇国の属領国・バルトーは、アルハット領やカルファス領、アメリア領と隣接する形で国境が定められている。
国境線と呼ばれる境に建てられた壁と、互いの国から派遣される国境警備を担当する警兵隊の者達による検問が存在し、彼らが国をまたぐ侵入者を防いでいると言っても良い。
壁を一つまたいで、男たちが他愛もない会話をしている。
「最近国境周り、どうです? ウチは何にもないんですけど」
バルトー国家軍備隊・国境警備大隊に所属しているシュツルムは、レアルタ皇国アルハット領製のバスタードソードを携帯しながらそう声をかけると、格子の向こう側から「ウチも特に何も」と声が返ってくる。レアルタ皇国アルハット領警兵隊・二十七警備中隊所属のレスターだ。
「最近国内がバタついてるからな、そっちに不法侵入でもする輩がいるんじゃねぇかと他は警備を強化してるが、この辺は人っ子一人来やしねェ。平和なモンだね」
「バルトーも似たようなもんですよ。レアルタ皇国との属領関係に文句言ってる輩いますけど、ウチの国産品をレアルタ皇国に多く輸出も出来るし輸入品も多く入る、関税もそう高くはない。属領扱いですけど、全然友好国に近い存在だ。コレを喜ばない理由は無いでしょうよ」
「世の中にバカが多く現れた時、それは平和の証拠だ。バカな事を考える余裕があるっつー事だからな」
勉強になります、と笑ったシュツルム。彼らが今いる場所は数ある国境の中で最も人員が少なく、また暇を持て余す場所だと言っても良い。
現在の場所は、バリス火山と呼ばれる休火山の麓付近。記録が残っている限りだと数千年前に一度だけ噴火した事があると言われている火山であり、この火山麓がレアルタ皇国の国境と接触している事から、ここにも国境線が張られ、また警備兵もこうして配備されているのだが、過去この境から密入国者が現れた事は無い。
故にこの場所に勤務する者も限られ、シュツルムとレスターはその数少ない者である。
「それにしても……煙、噴き出してますね」
「小さく、だけどな」
シュツルムが、現在の麓から空を見上げる。正確に言えば空ではなく、バリス火山の上方、その噴火口である。
三十分前から火山口に僅かだが煙の様なものが噴出しているのだ。
加えてこの数分だけで体感できる程の地震が数回、回数を分けて発生していた。
「レスターさんってここの勤務長いんですよね」
「ここはもう五年になるかな」
「あんな風に噴火口から煙が出るのって、噴火とか起こるんですかね?」
「何度か経験はあるが、噴火警戒には当たるな」
「マジですか」
「まぁ安心しろ。噴火口には噴火警戒をする為の魔導機が導入されてるから、オレ達みたいな近隣で仕事をする場合は予兆があれば警告されるし、三十分前から少し煙が出てる程度なら、マグマが噴き出してくるなんて事は無いだろうよ」
バリス火山の噴火口は、長い年月をかけて形成された溶岩盤が作られていて、その隙間から僅かに火山灰や水蒸気が噴出されることがある。その際に小さい地震が適度に起こる事もレスターは幾度か経験しているし、念のための避難も何度か経験はあるが、実際にマグマが噴出した経験はない。
そんな時、二人の立つ国境線付近がグラリと揺れた。幾度目かの地震だ。
「お、また地震か」
「自分、地震って怖いんですよね」
「バリス火山近くはそれなりに地震が多いからな、慣れとけ」
それ程大きい揺れには感じなかったが、地震が多くないレアルタ皇国及びバルトーの人間からすれば、少しでも揺れる事は経験が少なく、それに気付くのである。
問題はそこからだった。
先ほど感じた揺れから、そう時間を経る事無く――今度は縦に強く地面が揺れたのだ。
耳にゴウンと揺れる音が聞こえるような、強い縦揺れ。それにシュツルムとレスターは一瞬身をすくめて「デカいぞ!?」と慌て、近くにある壁へ手を付けた。
瞬間。
噴火口にある溶岩壁を突き破り、マグマの噴出が行われたのだ。
マグマの噴出と共に強く吹き出る煙と火山灰。
粘性の火山が強く吹き上がり、熱風が二者を襲う。地震は既に収まり、二者が立ち上がると――どんどんと下降に向けて噴出したマグマが下ってくる光景が見える。
火山灰をその身に受けながらも、唖然としていたシュツルムとレスターだったが、すぐにレスターは正気に戻りつつ、格子に手を付けながら「オイッ!」とシュツルムに荒げた声を上げる。
「そこの扉からこっち、入ってこいっ!」
彼が言う「そこの扉」とは、国境線に建てられた壁にある扉で、有事の際には利用できるよう、彼らは鍵を所有している。
「で、でも不法入国に……」
「緊急事態だ! そのままそこに居れば死ぬぞ!?」
粘性の高いマグマは、しばらく外気に触れているとやがて冷えて固まり溶岩化していく。しかしその固まった溶岩の上を通りと繰り返す事で、やがて人里にまで到達することも想定される。
否。今見ている限り、噴火の勢いはとても大きく、強い。人里へマグマが到達する可能性は極めて高いだろう。
大きめの火山灰が二者に当たっていない事は偶然に近いし、麓周辺とは言え二者の場所へと到達する可能性も高い。
シュツルムは慌てて頷きながら、近くにある宿舎へとすぐに駆け出し、交代要員に声をかける。
「おいっ! レアルタ皇国側に逃げるぞ!」
「お、おうっ」
そんな短い会話だけを行いながら、念のためと用意された頭を守る為のヘルメットを被り、すぐに国境壁に備えられた扉に鍵を入れ、開ける。
既にレスターも宿舎から数人の交代要員を連れて下山準備を整えており、一斉に走り出す。
噴火は、まだ続いている。
※注意
ネタバレになってしまい申し訳ございませんが、
今回のお話では、地震などの災害に関する描写が存在します。
ご覧頂いている方の精神的なストレス等に繋がる可能性があるかもしれません。
誠に勝手なお願いではございますが、
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
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振りこまれた拳は、餓鬼の腹部へと突き付けられた。
鳩尾付近に突き付けられた拳は微量に虚力を含んでいる。故に餓鬼にとっては再生できぬ痛みとして残り、彼女は殴られてのけ反る身体を制しながら、雄たけびを上げてアルハットへ殴りかかる。
振るわれる拳、蹴り、そうした攻撃を一つ一つ冷静に回避しつつ、今大きく振りこんだ拳を避けると同時に足をかけ、餓鬼のよろけた身体を地面へ叩きつけると、がら空きになった彼女の背へ、強く蹴りを叩き込んだ。
「がぅ――ッ」
「もう諦めなさい。貴女に勝ち目はない。もしここで貴女が逃げおおせても、きっとイルメール姉さまかシドニア兄さま、サーニスさんが貴女を殺すわ。貴女が手を出した人は、そういう人なのよ」
「やだ……やだやだやだ……死ぬの、死ぬのは……ヤダ……っ」
置きあがり、立ち上がり、アルハットから逃げようとする彼女の背へ、アルハットが指を鳴らし、顕現した刃数十本が一斉に、彼女の背に向けて放たれる。
数本の刃が餓鬼の背中へ突き刺さると、彼女は再び、地へうつ伏せた。
それでも彼女は力を震わせ、立ち上がり、逃げようとする。
そうした彼女を見て――アルハットは、ため息をつきながら彼女へと近付いた。
「貴女の事も、この星のデータベースには載っていたから知っているわ。……貴女は元々、人の虚力を奪う事に消極的だったはずよ。なのにどうして、貴方はヒトを滅ぼそうなんて考えたのかしら」
「お前なんか……お前なんかに、分かるモンかよ……!」
「貴女は、貴女を必要としてくれた愚母という存在を信仰した。愚母という存在が自身の事を頼ってくれることが何より嬉しいと、そう感じたから愚母に付き従う」
「そうだ……アタシにとっちゃ、愚母ママが全部なんだよ……愚母ママはアタシを必要としてくれてる、愚母ママに従おうとしない暗鬼も斬鬼も豪鬼もみんなみんな間違ってるッ!!」
「貴女にとっては愚母こそが、生きる理由?」
「……そうでも、何かに信仰でもしてなきゃ、まともに生きてなんかいられないよ……っ!」
突き立てられた刃を、乱雑に抜き放ち、震える足で立ち上がる餓鬼の姿は弱弱しかったが、しかし吐き出す言葉は、強くも悲し気な狂気を含んでいた。
「アタシ等は、なんで生まれたのさッ!? 欲しくもなかった自我が芽生えて、ヒトの感情を食わなきゃ生きてもいけない! 人の感情を喰らったら、人はそこで生きる意味も価値も、存在の理由も失っちゃうんだよ!? まともな精神や考え方してたら、それを平気に思える筈ないじゃん……!」
餓鬼も決して、そうした考えに無関心だったわけではない。
むしろ彼女は自我が芽生えて間もない頃は、そうした事を自問し、苦悶し、虚力を奪わずに消えかけた事だってある。
そんな彼女が――人への反感情を持つ愚母に信仰したのは、生きる為に虚力を喰らう理由が欲しかったからだ。
「愚母ママは、そんなアタシに生き続ける理由と、虚力を喰らう意味を教えてくれたんだっ! そんな愚母ママの役に立ちたい、役に立てるために強くなりたいと願うってのは、そんなに悪い事!?」
悪い事のハズは無い。
むしろアルハットにとっても、パワーにとっても、餓鬼の願いはとても好ましいものだ。
信仰した愚母という存在の理念はともかく、餓鬼はそんな彼女を信頼し、彼女を助ける為に強くなりたいと願う。
それは、アルハットが領民の為に、姉や兄たちや、リンナやクアンタの為に強くなりたいと願い、事実としてそうなった事と同じだ。
――彼女がもし間違えたとしたら。
――その間違いは恐らく、愚母という存在を信仰した事であろう。
「そりゃ……人類を滅ぼす意味とか……アタシも全然わかんないよ……でも、そんなの理解する意味も、無いんだ……だって、アタシにとって、愚母ママが全部なんだ……愚母ママがしたい事なら……アタシは、アタシは」
「それは狂信よ」
「狂信だって……構わない。だってそうしなきゃアタシ等は、生きる意味すら……死ぬ意味すら、無いんだもん」
餓鬼は既に、アルハットに勝つ方法も、彼女から逃れる方法も無いのだと、理解している。
置換能力はかき消され、肉弾戦闘ではいくらダメージを与えても、彼女の持つマナが再生を果たす。一瞬で彼女をかき消すような、そんな方法でもあれば話は別だが、そんな方法を餓鬼は有していない。
では諦めるか――このまま死ぬ事を、消滅する事を選ぶか?
それも、餓鬼は否と首を振る。
「アタシは……ただ死ぬわけなんか、いかない」
「死ぬ事に意味を求めるの?」
「アタシからすれば、生きる事に意味を求めるより、死に方に意味を求める方がよっぽど簡単だよ……アタシは、生き方を自分で見つけることが、出来なかった……」
生きる事の意味を与えてくれた愚母に狂信し、彼女の為に生き、そして彼女の為に死ぬ。
このままアルハットに殺されただけでは、彼女の為に死ぬという意味を果たせない。
「アタシは……愚母ママの為に、死ぬ」
餓鬼は、覚悟を決める様に目を開くと、自分の胸に向けて手を突き刺し、身体の中へ手を入れ込むと、人間でいう心臓部分を――握りつぶした。
「ぐ――ごぼっ」
「、何をっ」
アルハットは一瞬の事に驚きつつも、彼女が行った行動をデータベースより検索。
それは災いが――自身に貯め込んだ虚力を放出し、世界の因果を操作する際に行う起動コード。
餓鬼は荒い息を吐きながらブルブルと震え、少しずつ身体を歪に変形させていく。
今、彼女の身体を構成する虚力までもが――世界に向けて放たれ、この世に災厄を振りまくつもりなのだ。
「マズ――!」
急ぎ、彼女を殺そうと駆け出すアルハット。
『愚母ママ……見てて……アタシ、アタシの……虚力が……人間を殺すところ――ッ!!』
刃を餓鬼の腹部へと突き刺すと、そこで虚力の流れは断ち切られた。
だが既に放出されていた虚力は――アルハットの目にも届かぬ、星の中へと浸蝕し、運命を書き換えるのである。
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レアルタ皇国の属領国・バルトーは、アルハット領やカルファス領、アメリア領と隣接する形で国境が定められている。
国境線と呼ばれる境に建てられた壁と、互いの国から派遣される国境警備を担当する警兵隊の者達による検問が存在し、彼らが国をまたぐ侵入者を防いでいると言っても良い。
壁を一つまたいで、男たちが他愛もない会話をしている。
「最近国境周り、どうです? ウチは何にもないんですけど」
バルトー国家軍備隊・国境警備大隊に所属しているシュツルムは、レアルタ皇国アルハット領製のバスタードソードを携帯しながらそう声をかけると、格子の向こう側から「ウチも特に何も」と声が返ってくる。レアルタ皇国アルハット領警兵隊・二十七警備中隊所属のレスターだ。
「最近国内がバタついてるからな、そっちに不法侵入でもする輩がいるんじゃねぇかと他は警備を強化してるが、この辺は人っ子一人来やしねェ。平和なモンだね」
「バルトーも似たようなもんですよ。レアルタ皇国との属領関係に文句言ってる輩いますけど、ウチの国産品をレアルタ皇国に多く輸出も出来るし輸入品も多く入る、関税もそう高くはない。属領扱いですけど、全然友好国に近い存在だ。コレを喜ばない理由は無いでしょうよ」
「世の中にバカが多く現れた時、それは平和の証拠だ。バカな事を考える余裕があるっつー事だからな」
勉強になります、と笑ったシュツルム。彼らが今いる場所は数ある国境の中で最も人員が少なく、また暇を持て余す場所だと言っても良い。
現在の場所は、バリス火山と呼ばれる休火山の麓付近。記録が残っている限りだと数千年前に一度だけ噴火した事があると言われている火山であり、この火山麓がレアルタ皇国の国境と接触している事から、ここにも国境線が張られ、また警備兵もこうして配備されているのだが、過去この境から密入国者が現れた事は無い。
故にこの場所に勤務する者も限られ、シュツルムとレスターはその数少ない者である。
「それにしても……煙、噴き出してますね」
「小さく、だけどな」
シュツルムが、現在の麓から空を見上げる。正確に言えば空ではなく、バリス火山の上方、その噴火口である。
三十分前から火山口に僅かだが煙の様なものが噴出しているのだ。
加えてこの数分だけで体感できる程の地震が数回、回数を分けて発生していた。
「レスターさんってここの勤務長いんですよね」
「ここはもう五年になるかな」
「あんな風に噴火口から煙が出るのって、噴火とか起こるんですかね?」
「何度か経験はあるが、噴火警戒には当たるな」
「マジですか」
「まぁ安心しろ。噴火口には噴火警戒をする為の魔導機が導入されてるから、オレ達みたいな近隣で仕事をする場合は予兆があれば警告されるし、三十分前から少し煙が出てる程度なら、マグマが噴き出してくるなんて事は無いだろうよ」
バリス火山の噴火口は、長い年月をかけて形成された溶岩盤が作られていて、その隙間から僅かに火山灰や水蒸気が噴出されることがある。その際に小さい地震が適度に起こる事もレスターは幾度か経験しているし、念のための避難も何度か経験はあるが、実際にマグマが噴出した経験はない。
そんな時、二人の立つ国境線付近がグラリと揺れた。幾度目かの地震だ。
「お、また地震か」
「自分、地震って怖いんですよね」
「バリス火山近くはそれなりに地震が多いからな、慣れとけ」
それ程大きい揺れには感じなかったが、地震が多くないレアルタ皇国及びバルトーの人間からすれば、少しでも揺れる事は経験が少なく、それに気付くのである。
問題はそこからだった。
先ほど感じた揺れから、そう時間を経る事無く――今度は縦に強く地面が揺れたのだ。
耳にゴウンと揺れる音が聞こえるような、強い縦揺れ。それにシュツルムとレスターは一瞬身をすくめて「デカいぞ!?」と慌て、近くにある壁へ手を付けた。
瞬間。
噴火口にある溶岩壁を突き破り、マグマの噴出が行われたのだ。
マグマの噴出と共に強く吹き出る煙と火山灰。
粘性の火山が強く吹き上がり、熱風が二者を襲う。地震は既に収まり、二者が立ち上がると――どんどんと下降に向けて噴出したマグマが下ってくる光景が見える。
火山灰をその身に受けながらも、唖然としていたシュツルムとレスターだったが、すぐにレスターは正気に戻りつつ、格子に手を付けながら「オイッ!」とシュツルムに荒げた声を上げる。
「そこの扉からこっち、入ってこいっ!」
彼が言う「そこの扉」とは、国境線に建てられた壁にある扉で、有事の際には利用できるよう、彼らは鍵を所有している。
「で、でも不法入国に……」
「緊急事態だ! そのままそこに居れば死ぬぞ!?」
粘性の高いマグマは、しばらく外気に触れているとやがて冷えて固まり溶岩化していく。しかしその固まった溶岩の上を通りと繰り返す事で、やがて人里にまで到達することも想定される。
否。今見ている限り、噴火の勢いはとても大きく、強い。人里へマグマが到達する可能性は極めて高いだろう。
大きめの火山灰が二者に当たっていない事は偶然に近いし、麓周辺とは言え二者の場所へと到達する可能性も高い。
シュツルムは慌てて頷きながら、近くにある宿舎へとすぐに駆け出し、交代要員に声をかける。
「おいっ! レアルタ皇国側に逃げるぞ!」
「お、おうっ」
そんな短い会話だけを行いながら、念のためと用意された頭を守る為のヘルメットを被り、すぐに国境壁に備えられた扉に鍵を入れ、開ける。
既にレスターも宿舎から数人の交代要員を連れて下山準備を整えており、一斉に走り出す。
噴火は、まだ続いている。
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