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第二十三章
命の限り-06
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基礎が成り立っているという事は、その分だけ応用にも活かせるという事だ。
通常の刀よりもリーチの大きい長太刀を、ガルラの振るう刀を棟で弾く様にして返した後、すぐに姿勢を正し、横薙ぎに振り切ると、それによりガルラの小袖が僅かに切り裂かれ、彼は舌打ちと共に姿勢を崩しつつ、背後へ飛び退くしか出来なかった。
そして敵の姿勢を崩したという事は、それだけ攻め入る隙があるという事である。
「ぜ――ああぁッ!!」
刀を引き、ガルラの胸元目掛けて突き出される滅鬼。
ガルラは冷や汗をかきながらも、何とか身体を逸らして刃を避ける事に成功したが
元々姿勢を崩してた状態で、更に強引な回避をしたものだから、余計に姿勢を崩して地面に手をついてしまう。
そして、その隙をリンナは見逃さない。
太刀の棟を用いてガルラの顔面を殴打し、衝撃によって僅かに倒れ込んだ彼へ、追撃の刃を振り込んだ。
寸での所で、彼の刀が返しとして振り込まれた。刀と刀の衝突、キリキリキリと擦れ合う音を奏でながら、互いの刃を鍔で抑え込み、もつれ合う。
「ぐ――ぅうううっ!!」
彼の苦し気な声を聴きながら、リンナはより滅鬼へと込める力を強めた。
あと少し、攻めきれればガルラを倒せる。
そう考えて力を込めても――こうして彼と斬り、弾き、結びを繰り返す度に、彼の感情がリンナを揺さぶる。
――オメェだけは、幸せでいて欲しい。
――リンナはオレの、大切な子供だ。
――聖堂教会にだって、皇族にだって、利用されてたまるか。
――この優しい子だけは、絶対に手放さねェ。
――ルワンを救えなかったオレが、最後の最後に手に入れた、最愛の子だから。
ボロボロと溢れ出る涙を。
リンナは拭う事など出来ない。
「父ちゃんを、超えて……アタシは、父ちゃんを止める……ッ!」
リンナの腹部目掛けて振り込まれるガルラの右脚部。
聖道衣によってダメージは拡散されても、しかし衝撃はリンナを襲い、もつれ合いの状況から脱せられる。
ガルラもすぐに姿勢を戻した所で、リンナの涙を見据えて、叫ぶ。
「――オメェに、このオレを超えられるかッ!? 半人前の刀匠がッ!」
「……ああ、超えてやるよ……ッ」
蹴り飛ばされた身体を制御しながら。
リンナは滅鬼を片手で構えながら、左手の親指を、自分へと突き付ける。
「父ちゃんを超えて、アタシは父ちゃん以上の刀匠になる――それが出来るのは、アタシだけだッ!!」
力強く叫ぶリンナの願い、リンナの決意。
それを聞いて、ガルラが僅かに、口角を上げたが。
――リンナはそれに、気付いていなかった。
**
振り込まれたイルメールの拳を、豪鬼は寸での所で避けた。
既に身体はイルメールの攻撃に馴染み、むしろ彼女の顎か頭部へと冷静に打ち込んでいく攻撃によって、次第に精度が落ちている事を認識する。
(来た――絶好の機会だッ!)
そう判断した理由は三つある。
一つ目は今、豪鬼へと振り込んだイルメールの拳が、手を開いた事。相手を殴る為に振るった拳を開く理由はない。となるとそれは、彼女の武器である豪剣を呼ぼうとしているという事に他ならない。
二つ目は、豪鬼がイルメールの拳を避けた事で、互いに一度距離を開けようと身体を後退させた事である。一つ目と合わせて考えれば、距離を開けた所で豪剣を手にし、距離的な優位をイルメールが保有しようとしているという事。
三つ目は、それらと同時進行で左手に握られた脇差を構え直したという事。これも一つ目と合わせれば、豪剣と脇差による得物を用いた戦法をイルメールが次に繰り出そうとしている事の証明だ。
この三つの判断材料に加え、これまで豪鬼が心掛けて来た彼女の動きに身体を馴染ませる事、彼女の脳を揺さぶる攻撃をし続ける事などの条件を加味すれば――唯一イルメールを殺し得る手段を実行する機会となる。
互いに距離を開け終わり、地面を滑るようにする豪鬼とイルメール。
二者が顔を上げた瞬間――共に動いた。
イルメールは開いていた右掌を掲げる様に天高く突き出すと、その手に豪剣が握られた。
豪鬼はそのタイミングを見計らって地面を強く蹴りつけ、更に自身へ反重力操作を実行。上空へと舞い上がり、既に両者の戦いでほぼ更地状態になっている戦場を一望できる空まで飛び上がった。
「動きが抑制される空に逃げるたァ、兵法がなッてねェぞ――ッ!」
イルメールの怒号さえも遠く感じる程の上空へと達した時、豪鬼は反重力操作を解除し、今地面へと向けて落下を開始。
彼女は豪剣を逆手持ちに持ち替えた後に――豪鬼へと向けて、腰を捻らせた全速力での投擲を行った。
音を置き去りにする程のスピードで、豪鬼へと迫りくる豪剣。
豪鬼は空中で両足を振り回すようにして姿勢制御を行う事で、豪剣から逃れる事に成功した。
しかしイルメールとて理解している。むしろ豪鬼が空を舞った瞬間に、彼女は豪剣を投げて、それを豪鬼が避ける事までを想定していた。
イルメールの本命は、左手で握り締めていた脇差にある。
豪剣を投擲した後、捻った腰は左手に握る脇差を投擲する為に最適なフォームになっていた。
素早く、二投目として投げ放たれた脇差は、空気抵抗や重力による抵抗などを加味した上でも、空中で姿勢制御を行った豪鬼の胸元へ向けて、空を駆け抜ける。
(――そう、イルメールはそうした戦いにおける計算を誤る女じゃない)
豪剣を避ける為に空中で身体を動かした事により、放たれた脇差を避ける手段等無いと、豪鬼は理解している。
(リンナの虚力が詰まった刀、それが胸にグッサリと刺されば、オレの身体を構成する虚力は全て拡散するに十分な攻撃になる)
だが、既に彼は手を打ってある。
それは脇差を避ける手段ではない。
――脇差を突き刺されても尚、死なない為に必要な一手だ。
(信じてたよ、イルメール。お前ならこの、確実にオレを殺せるタイミングを、決して見逃さないってな……ッ!!)
既に準備は整っている。否、ここから先はコンマ秒毎に動く事が要求されるが故に、準備をしていなければならなかったのだ。
まず、豪鬼は重力操作を開始。
操作するのは飛来する脇差の周囲に向けてだが、イルメールは重力操作で二十倍率の高圧力をかけられても、豪鬼の胸に届くよう計算した強さで投擲している。それだけ投げた脇差のスピードと空気抵抗、重力、豪鬼の落下速度に関しての計算が正確なのだ。
ならばどのような重力操作を行ったかと言うと――放たれた脇差を『更に加速させる為の反重力操作』である。
三倍率の反重力操作、それにより脇差は、ほぼ無重力下での動きと同様の加速を見せた。
「ッ――ッ!?」
イルメールにも、脇差が不意に加速を見せた事を理解できただろう。しかし、イルメールは重力操作によって『減速した時の事』を考慮に入れた投擲はしていても『加速した時の事』等、考慮に入れていない。入れる事が出来ないよう、豪鬼は彼女の脳を揺さぶり続けていた。
そのまま脇差が加速すると――刃は豪鬼の胸元を貫かないと、その一瞬でイルメールは理解した。
貫くのは、重力操作をする為に突き出した、左手である。
素早く空を駆け、豪鬼の左腕、その二の腕を突き破って貫通した脇差。
強烈な痛みが豪鬼を襲い、表情を歪めた彼であるが、しかし消滅はしない。
(、ッ! ギリギリ……耐えきれる……ッ!!)
落下する豪鬼、彼が消滅しない事を確認したイルメールは、しかし彼が起こした予想外の行動に、僅かな動揺を見せていた。
普段のイルメールならば、すぐに状況判断を改め、すぐに次の行動に移っていた事だろう。
だが、今の彼女は幾度も脳を揺さぶられた後の状態だ。そう簡単に、脳は身体へ次の行動を命じる事が出来ない。
そして豪鬼は、脇差に三倍率の反重力操作をかけたタイミングと同時に、ある物へ五倍率の重力操作を行っていた。
それは、先に投げ放っていた、イルメールの豪剣。
イルメールの足元へと落ちる様に操作されていたのか、今豪鬼へ刃を向けて落下してくる。
だが、重力操作の影響で通常よりも早く地面へと落ちていく豪剣は、豪鬼の下を通り過ぎようとしていた。
そのタイミングに合わせ、脇差の周囲に展開していた反重力操作を解除、空いた三倍率の重力操作を豪剣に上乗せながら、刃の面に足を乗せる。ついでに豪鬼の体重も乗せてしまおうという考えからだ。
「コレで終わりだ――ッ!!」
イルメールの身体目掛けて高速で落ちていく、豪鬼の身体と、豪剣の刃。
イルメールの操作で彼女の手元に来るようになっていた事に合わせ、計八倍率の重力操作によって、より早く落ちる豪剣は、このままだとイルメールの脳天目掛けて落ちていく。
避けなければならないと、イルメールは反射的に身体を前進させようとするが――しかし、そこで豪鬼は残る十二倍率の重力操作を、イルメールの頭上から肩にかけて展開。
判断が鈍っている状況、加えて豪鬼の突拍子もない行動、豪剣が迫ってくるという三重の異常事態によって身体を強張らせていたイルメールへ突如襲う重力操作は――彼女を地面へ前のめりに倒れさせた。
そこへ強く、周囲を揺らしながら、豪剣が今、地面へと――前のめりに倒れているイルメールの身体へと、落ちた。
イルメールの身体、その背部を叩き潰し、上半身と下半身が、文字通り真っ二つになった。
(あ……ダメだ、これ)
血を口から、鼻から、全身の穴と言う穴から噴き出したイルメール。
(痛みが、……あるなら……耐える、んだけどな……)
豪剣に乗りながら落ちた衝撃で、豪鬼が地面にゴロゴロと転がっていく光景が、僅かに視界が捉えた。
豪鬼も無事では無い筈だ。今なら殺せると、手を伸ばそうとしたイルメールだったが……しかし、神経は既に遮断されて、腕をピクリとも動かす事が出来ない。
(……いたみ……かんじ、ないや)
それでもイルメールは、決して意識を閉ざさない。
彼女の持つ、強靭なる精神力だからこそ出来る業であるけれど――それが既に意味を成さない事は、彼女自身が良く分かっている。
(……あぁ、しぬ……、って……こんな、かんじ、か)
血の気が引いていく感覚すら、覚える事が出来ない彼女は。
それでも、意識を保っている。
通常の刀よりもリーチの大きい長太刀を、ガルラの振るう刀を棟で弾く様にして返した後、すぐに姿勢を正し、横薙ぎに振り切ると、それによりガルラの小袖が僅かに切り裂かれ、彼は舌打ちと共に姿勢を崩しつつ、背後へ飛び退くしか出来なかった。
そして敵の姿勢を崩したという事は、それだけ攻め入る隙があるという事である。
「ぜ――ああぁッ!!」
刀を引き、ガルラの胸元目掛けて突き出される滅鬼。
ガルラは冷や汗をかきながらも、何とか身体を逸らして刃を避ける事に成功したが
元々姿勢を崩してた状態で、更に強引な回避をしたものだから、余計に姿勢を崩して地面に手をついてしまう。
そして、その隙をリンナは見逃さない。
太刀の棟を用いてガルラの顔面を殴打し、衝撃によって僅かに倒れ込んだ彼へ、追撃の刃を振り込んだ。
寸での所で、彼の刀が返しとして振り込まれた。刀と刀の衝突、キリキリキリと擦れ合う音を奏でながら、互いの刃を鍔で抑え込み、もつれ合う。
「ぐ――ぅうううっ!!」
彼の苦し気な声を聴きながら、リンナはより滅鬼へと込める力を強めた。
あと少し、攻めきれればガルラを倒せる。
そう考えて力を込めても――こうして彼と斬り、弾き、結びを繰り返す度に、彼の感情がリンナを揺さぶる。
――オメェだけは、幸せでいて欲しい。
――リンナはオレの、大切な子供だ。
――聖堂教会にだって、皇族にだって、利用されてたまるか。
――この優しい子だけは、絶対に手放さねェ。
――ルワンを救えなかったオレが、最後の最後に手に入れた、最愛の子だから。
ボロボロと溢れ出る涙を。
リンナは拭う事など出来ない。
「父ちゃんを、超えて……アタシは、父ちゃんを止める……ッ!」
リンナの腹部目掛けて振り込まれるガルラの右脚部。
聖道衣によってダメージは拡散されても、しかし衝撃はリンナを襲い、もつれ合いの状況から脱せられる。
ガルラもすぐに姿勢を戻した所で、リンナの涙を見据えて、叫ぶ。
「――オメェに、このオレを超えられるかッ!? 半人前の刀匠がッ!」
「……ああ、超えてやるよ……ッ」
蹴り飛ばされた身体を制御しながら。
リンナは滅鬼を片手で構えながら、左手の親指を、自分へと突き付ける。
「父ちゃんを超えて、アタシは父ちゃん以上の刀匠になる――それが出来るのは、アタシだけだッ!!」
力強く叫ぶリンナの願い、リンナの決意。
それを聞いて、ガルラが僅かに、口角を上げたが。
――リンナはそれに、気付いていなかった。
**
振り込まれたイルメールの拳を、豪鬼は寸での所で避けた。
既に身体はイルメールの攻撃に馴染み、むしろ彼女の顎か頭部へと冷静に打ち込んでいく攻撃によって、次第に精度が落ちている事を認識する。
(来た――絶好の機会だッ!)
そう判断した理由は三つある。
一つ目は今、豪鬼へと振り込んだイルメールの拳が、手を開いた事。相手を殴る為に振るった拳を開く理由はない。となるとそれは、彼女の武器である豪剣を呼ぼうとしているという事に他ならない。
二つ目は、豪鬼がイルメールの拳を避けた事で、互いに一度距離を開けようと身体を後退させた事である。一つ目と合わせて考えれば、距離を開けた所で豪剣を手にし、距離的な優位をイルメールが保有しようとしているという事。
三つ目は、それらと同時進行で左手に握られた脇差を構え直したという事。これも一つ目と合わせれば、豪剣と脇差による得物を用いた戦法をイルメールが次に繰り出そうとしている事の証明だ。
この三つの判断材料に加え、これまで豪鬼が心掛けて来た彼女の動きに身体を馴染ませる事、彼女の脳を揺さぶる攻撃をし続ける事などの条件を加味すれば――唯一イルメールを殺し得る手段を実行する機会となる。
互いに距離を開け終わり、地面を滑るようにする豪鬼とイルメール。
二者が顔を上げた瞬間――共に動いた。
イルメールは開いていた右掌を掲げる様に天高く突き出すと、その手に豪剣が握られた。
豪鬼はそのタイミングを見計らって地面を強く蹴りつけ、更に自身へ反重力操作を実行。上空へと舞い上がり、既に両者の戦いでほぼ更地状態になっている戦場を一望できる空まで飛び上がった。
「動きが抑制される空に逃げるたァ、兵法がなッてねェぞ――ッ!」
イルメールの怒号さえも遠く感じる程の上空へと達した時、豪鬼は反重力操作を解除し、今地面へと向けて落下を開始。
彼女は豪剣を逆手持ちに持ち替えた後に――豪鬼へと向けて、腰を捻らせた全速力での投擲を行った。
音を置き去りにする程のスピードで、豪鬼へと迫りくる豪剣。
豪鬼は空中で両足を振り回すようにして姿勢制御を行う事で、豪剣から逃れる事に成功した。
しかしイルメールとて理解している。むしろ豪鬼が空を舞った瞬間に、彼女は豪剣を投げて、それを豪鬼が避ける事までを想定していた。
イルメールの本命は、左手で握り締めていた脇差にある。
豪剣を投擲した後、捻った腰は左手に握る脇差を投擲する為に最適なフォームになっていた。
素早く、二投目として投げ放たれた脇差は、空気抵抗や重力による抵抗などを加味した上でも、空中で姿勢制御を行った豪鬼の胸元へ向けて、空を駆け抜ける。
(――そう、イルメールはそうした戦いにおける計算を誤る女じゃない)
豪剣を避ける為に空中で身体を動かした事により、放たれた脇差を避ける手段等無いと、豪鬼は理解している。
(リンナの虚力が詰まった刀、それが胸にグッサリと刺されば、オレの身体を構成する虚力は全て拡散するに十分な攻撃になる)
だが、既に彼は手を打ってある。
それは脇差を避ける手段ではない。
――脇差を突き刺されても尚、死なない為に必要な一手だ。
(信じてたよ、イルメール。お前ならこの、確実にオレを殺せるタイミングを、決して見逃さないってな……ッ!!)
既に準備は整っている。否、ここから先はコンマ秒毎に動く事が要求されるが故に、準備をしていなければならなかったのだ。
まず、豪鬼は重力操作を開始。
操作するのは飛来する脇差の周囲に向けてだが、イルメールは重力操作で二十倍率の高圧力をかけられても、豪鬼の胸に届くよう計算した強さで投擲している。それだけ投げた脇差のスピードと空気抵抗、重力、豪鬼の落下速度に関しての計算が正確なのだ。
ならばどのような重力操作を行ったかと言うと――放たれた脇差を『更に加速させる為の反重力操作』である。
三倍率の反重力操作、それにより脇差は、ほぼ無重力下での動きと同様の加速を見せた。
「ッ――ッ!?」
イルメールにも、脇差が不意に加速を見せた事を理解できただろう。しかし、イルメールは重力操作によって『減速した時の事』を考慮に入れた投擲はしていても『加速した時の事』等、考慮に入れていない。入れる事が出来ないよう、豪鬼は彼女の脳を揺さぶり続けていた。
そのまま脇差が加速すると――刃は豪鬼の胸元を貫かないと、その一瞬でイルメールは理解した。
貫くのは、重力操作をする為に突き出した、左手である。
素早く空を駆け、豪鬼の左腕、その二の腕を突き破って貫通した脇差。
強烈な痛みが豪鬼を襲い、表情を歪めた彼であるが、しかし消滅はしない。
(、ッ! ギリギリ……耐えきれる……ッ!!)
落下する豪鬼、彼が消滅しない事を確認したイルメールは、しかし彼が起こした予想外の行動に、僅かな動揺を見せていた。
普段のイルメールならば、すぐに状況判断を改め、すぐに次の行動に移っていた事だろう。
だが、今の彼女は幾度も脳を揺さぶられた後の状態だ。そう簡単に、脳は身体へ次の行動を命じる事が出来ない。
そして豪鬼は、脇差に三倍率の反重力操作をかけたタイミングと同時に、ある物へ五倍率の重力操作を行っていた。
それは、先に投げ放っていた、イルメールの豪剣。
イルメールの足元へと落ちる様に操作されていたのか、今豪鬼へ刃を向けて落下してくる。
だが、重力操作の影響で通常よりも早く地面へと落ちていく豪剣は、豪鬼の下を通り過ぎようとしていた。
そのタイミングに合わせ、脇差の周囲に展開していた反重力操作を解除、空いた三倍率の重力操作を豪剣に上乗せながら、刃の面に足を乗せる。ついでに豪鬼の体重も乗せてしまおうという考えからだ。
「コレで終わりだ――ッ!!」
イルメールの身体目掛けて高速で落ちていく、豪鬼の身体と、豪剣の刃。
イルメールの操作で彼女の手元に来るようになっていた事に合わせ、計八倍率の重力操作によって、より早く落ちる豪剣は、このままだとイルメールの脳天目掛けて落ちていく。
避けなければならないと、イルメールは反射的に身体を前進させようとするが――しかし、そこで豪鬼は残る十二倍率の重力操作を、イルメールの頭上から肩にかけて展開。
判断が鈍っている状況、加えて豪鬼の突拍子もない行動、豪剣が迫ってくるという三重の異常事態によって身体を強張らせていたイルメールへ突如襲う重力操作は――彼女を地面へ前のめりに倒れさせた。
そこへ強く、周囲を揺らしながら、豪剣が今、地面へと――前のめりに倒れているイルメールの身体へと、落ちた。
イルメールの身体、その背部を叩き潰し、上半身と下半身が、文字通り真っ二つになった。
(あ……ダメだ、これ)
血を口から、鼻から、全身の穴と言う穴から噴き出したイルメール。
(痛みが、……あるなら……耐える、んだけどな……)
豪剣に乗りながら落ちた衝撃で、豪鬼が地面にゴロゴロと転がっていく光景が、僅かに視界が捉えた。
豪鬼も無事では無い筈だ。今なら殺せると、手を伸ばそうとしたイルメールだったが……しかし、神経は既に遮断されて、腕をピクリとも動かす事が出来ない。
(……いたみ……かんじ、ないや)
それでもイルメールは、決して意識を閉ざさない。
彼女の持つ、強靭なる精神力だからこそ出来る業であるけれど――それが既に意味を成さない事は、彼女自身が良く分かっている。
(……あぁ、しぬ……、って……こんな、かんじ、か)
血の気が引いていく感覚すら、覚える事が出来ない彼女は。
それでも、意識を保っている。
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