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第二十三章
命の限り-08
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ワネットより投げ渡されたモノ――第四世代型ゴルタナの展開が行われながら、今サーニスが斬鬼の身体を殴りつけた。
「自分は、命令を聞かねばならぬ人物が三人いる。……シドニア様、アメリア様……そして、姉さんだ」
先ほどまでのゴルタナを展開していなかったサーニス、第三世代型ゴルタナを展開していたサーニスよりも早く、強い拳の一撃が、斬鬼を襲う。
「姉さんは自分に、生きろと……このゴルタナを渡した……ならばその命に従わぬわけにはいかん……ッ」
ゴルタナの展開を終え、サーニスはリュウオウを強く握り、疾くその刃を振り込んだ。
斬鬼の身体を切り裂こうとするリュウオウの刃、しかし寸での所で刀による回避が間に合った斬鬼は、それでも前を――サーニスを見据え、叫ぶ。
「それで良いのだ、さぁにす殿! そも己に、貴殿のような強敵と巡り合う機会が訪れた事自体、誠に幸運よッ! 故に貴殿が己の事を気にする必要は無いッ!」
斬り合う剣劇の音など誰にも聞こえてはいない。
二者の間には、己と、己の対峙する者が嬉々として放つ言葉のみ。
「貴様は本当にそれだけが全てだったのだな!」
「応ともッ! 本当に難儀な事でな、名を有してからこの方、貴殿や皇族の者、くあんた殿と渡り合うまで、己は真なる強敵と出会う事が在らなんだ!」
「戦いの中で生き、戦いの中で死ぬ、それは何と――なんと理想の男の姿だと、羨ましく思うッ!」
第四世代型ゴルタナによる高機動性、高出力による加速を見せ、一瞬で斬鬼の背後まで駆け抜けるサーニス。
彼はすれ違いざまに一太刀、斬鬼へとリュウオウの横薙ぎを見舞ったが、しかし断ち切れたのは彼の左腕のみ。
「ッ……否、それは否であるぞ……己の望みがそうであっただけであり、この常世に生きる者は、個々に望みを抱き……生きるだけの事。決して戦いだけが、男の道ではない……ッ」
痛み、悶えながらも、しかし斬鬼は決して膝をつかない。
振り返りながらキソの刃をサーニスへと振り切るが、しかし彼は冷静に刃の軌道を見極め、その右腕をも、下段から上段へと振り抜く事で、切り裂いた。
「豪鬼は……そうして望みを……生きる事を願った……己も、生きなければ……豪鬼を……悲しませることに、なるやもしれん……っ」
「……貴様は、そうした大切な者を悲しませても尚……自分との死闘を望んだと……?」
「なに……豪鬼は、強い男よ……己の様に、自分の事しか頭に無い人斬りではなく、暗鬼のように他者を見下す事でしか己を立てる方法が無かった者でも……餓鬼の様に、自らの歩む道を、見つけ出せぬ子でもない……広く……世界を見据える……豪たる心を持ち得る、強い男なのだ……ッ!!」
既に両腕を刀によって失い、自らの容を保つことも難しくなっている斬鬼。
だが彼は口元に、一本の刃を――ワネットの所有する【エンビ】を模倣した一刀を口に咥え、抜き放ち、両足を強く踏み込ませて、サーニスへと突撃する。
だが、今のサーニスにとって、彼の姿は痛々しい。
抵抗する力を無くすために両腕を無くす、それは殺し屋である彼が採るべき正しい手段だったことは間違いないが――しかし。
「すまない……お前との最後は、華々しい斬り合いで、終わりたかった」
そうした願いも、想いもむなしく。
サーニスは一瞬の内に、彼の首を断ち切った。
ドシャリと音を立てて落ちていく斬鬼の頭。
しかし彼は最後に――満面の笑みを浮かべた。
『なァに……人斬りには、相応しい最後よ』
「そうか……君が納得してくれるなら、良かった。……安らかに逝け、斬鬼」
『応とも。我が一生に、一片の悔いなし。……この言葉を言える日が、本当に来るとはな』
消滅の瞬間は、実にあっけなかった。
音も立てずに影となり拡散していく、斬鬼の肉体、斬鬼の頭。
既に彼が放っていた殺気もなければ、彼が数多持ち得ていた武器も、そこには欠片も無い。
「……サーニス」
ワネットが身体を起こし、サーニスへと駆け寄る。
しかし彼はワネットから顔を逸らすように、天を仰ぎ見た。
「……泣いてるの?」
「何故、泣く必要がある」
「……貴方にとっても、彼は一生の内に幾度巡り合えるか分からない程の、好敵手だったから……」
「違うよ、姉さん……好敵手だからこそ、自分と斬鬼の間には……絶対に相容れないモノがあって……それを競い合い、奴が負け……自分が勝利した。それだけの事なんだ」
だから斬鬼の死を悲しむ理由はない、と断言したサーニスは、それでも頬から、僅かに水滴を溢した。
「……もっと違う形で、出会えていたら良かったわね」
「……ああ、それは……自分も、思う」
第四世代型ゴルタナの展開が、強制的に解除される。うつ伏せに地面へ倒れたサーニスの腹部からは、何故彼が生きているのか分からぬ程の出血。
しかし、サーニスはそんな状態でも、腕を前に出し、身体を先へ進めようとする。
「サーニス」
「まだ……まだだ……シドニア様も……イルメール様も、リンナさんもクアンタも……戦っている筈だ……自分は、まだ戦える……ッ」
「もう、良いのよ。後は皆さんに託しましょう」
サーニスの身体を押さえ、ワネットは地面に敷いた自分の太ももへ彼の頭を乗せて、治癒魔術を展開していく。
小さな頃、何度もこうしてあげた事を覚えているけれど――その時の彼と違うのは、圧倒的に大きな、その体。
「腕が落ちたわね。わたくし達二人とも」
「……ああ」
満身創痍の肉体同士が寄り添い合う中で――サーニスは自分の不甲斐なさを実感し、より多くの涙を流す。
「もっと、精進しなきゃダメね。……だってそうしなきゃ、斬鬼さんに申し訳が立たないもの」
「……ああ」
「子供の時のように、また一緒に強くなりましょう。……今度はお姉ちゃんが、貴方を守るわ」
「……そうだな。姉さんは今回、全く役に立たなかったし」
「ナマイキな子」
サーニスの涙を拭うワネットの表情は――安堵の感情に充ちていた。
その表情を見ているだけでも、サーニスは生きている実感を得るのである。
**
声が聞こえる。
シドニアは倒れている自身の身体を認識すると共に起き上がるが、そこは先ほどまで、マリルリンデと争っていたリュート山脈ではなく――シドニア皇居であると認識した。
(……何故、僕は今、ここに?)
疑問を抱きながらも、重たく閉ざされて、しかし鍵のかかっているわけでも無い扉を開け放つ。
『シドニア様、お帰りなさいませ』
「ワネット……?」
『既に皆さん、お部屋にお集まりですよ』
エントランスで一人、シドニアの帰りを待ち受けるようにしていたワネットが、今スカートを僅かに持ち上げ、幼げだが麗しい笑みを浮かべ、シドニアを先導するように歩き出す。
困惑の中、シドニアはワネットについていくと――そこはシドニアの自室。
しかし中から騒々しいと言っても良い声が多く聞こえてきた。
扉を開けると――そこには、家族があった。
『ね? こんな感じにすると霊子転移の有用性ってもっと活かせる感じがするの! アルちゃんは興味ない?』
『ふふ。カルファス姉さまがやってみたいなら、やってみましょうか』
シドニアの自室にある資料等を見て笑い合うカルファスとアルハット。
『だからこう拳を打たれたら、押さえつけからの関節に持ってって』
『しかしそうすると、踏み込みの為に下半身がおざなりになるのでは』
サーニスと武術の型を確認するようにしているイルメール。
『お、来おったなシドニア』
「姉、上……?」
そして――シドニアの姿を見て、誰よりも先に椅子から立ち上がり、笑みを浮かべる、アメリア。
『お師匠、シドニアだ』
『あ、シドニア兄ちゃん! こっちこっち!』
シドニアの机を囲むようにして立っていたクアンタと、シドニアを『兄ちゃん』と呼ぶリンナの二人が、今シドニアの手を引き――机の奥にある椅子に腰かける、女性へと近付ける。
『おかえりなさい、シドニア。遅かったわね』
「……母さん……?」
呆然と、ただシドニアは、椅子に腰かけていた、シドニアと、リンナの母である女性――ルワン・トレーシーへと、名を問いかける。
『? どうしたのシドニア。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして』
「どうして、母さんが……姉上も、なんで……?」
振り返り、皆の姿を確認しているシドニアの事を、誰もが笑顔で見据えていた。
何が起こっているのか、コレはマリルリンデが見せている幻覚なのではと疑う中で――ルワンが一つの箱を、取り出した。
『ふふ、シドニア。開けてみて』
「え……」
『良いからいいから』
箱は、両手で持つと少し重い、横長のプレゼントボックスにも見えた。包装を施され、そしてリボンで結ばれた箱を手渡されて、シドニアは困惑しながらも机に一度置き、その包装を解いた。
「……ケーキ……?」
『シドニア兄ちゃん、誕生日おめでとーっ!』
リンナが一番、大きな声を上げてシドニアの背中に抱きつき、喜ぶようにしていた。
イルメール、カルファス、アメリア、サーニス、ワネットの面々は拍手をしてくれていて、クアンタはリンナに抱きつかれたシドニアを少し羨ましそうにしながらも、渋々と言った様子で拍手を。
「……これは?」
『シドニア兄ちゃんの誕生日、生誕祭みたいなデカいお祭りじゃなくて、アタシたちだけで祝おうって、母ちゃんと姉ちゃんたちにお願いしたんだっ』
『ふふ。お兄ちゃん大好きな妹がいて良かったわね、シドニア』
ルワンがリンナの身体をギュッと抱きしめ、可愛い子を愛でる様に撫でる姿も。
ケーキを切り分ける為のナイフを用意し、皆へ皿を用意するクアンタも。
そうした皿を受け取る皇族の皆も。
ただ扉の前で、微笑みながらも立つサーニスとワネットも。
――全て、シドニアの心が生み出した、夢なのだろうと、その時に気付く。
「……そう、か……」
呟いた言葉は、誰も聞いて等いない。
この光景は、今シドニアがいる場所は夢だから、全て都合のいいように、事が運ぶ。
「これは……僕の望んだ世界なんだ」
誰もが救われ、誰もが認められ、誰もが幸せな世界。
最愛の母であるルワンも、最愛の家族である姉妹達も、親友であるサーニスもワネットもクアンタも――同じ母から産まれたリンナも、皆が生きていて、皆が幸せな世界。
夢は――そんなシドニアの根底にあるささやかな願いを、叶えてくれているのである。
「自分は、命令を聞かねばならぬ人物が三人いる。……シドニア様、アメリア様……そして、姉さんだ」
先ほどまでのゴルタナを展開していなかったサーニス、第三世代型ゴルタナを展開していたサーニスよりも早く、強い拳の一撃が、斬鬼を襲う。
「姉さんは自分に、生きろと……このゴルタナを渡した……ならばその命に従わぬわけにはいかん……ッ」
ゴルタナの展開を終え、サーニスはリュウオウを強く握り、疾くその刃を振り込んだ。
斬鬼の身体を切り裂こうとするリュウオウの刃、しかし寸での所で刀による回避が間に合った斬鬼は、それでも前を――サーニスを見据え、叫ぶ。
「それで良いのだ、さぁにす殿! そも己に、貴殿のような強敵と巡り合う機会が訪れた事自体、誠に幸運よッ! 故に貴殿が己の事を気にする必要は無いッ!」
斬り合う剣劇の音など誰にも聞こえてはいない。
二者の間には、己と、己の対峙する者が嬉々として放つ言葉のみ。
「貴様は本当にそれだけが全てだったのだな!」
「応ともッ! 本当に難儀な事でな、名を有してからこの方、貴殿や皇族の者、くあんた殿と渡り合うまで、己は真なる強敵と出会う事が在らなんだ!」
「戦いの中で生き、戦いの中で死ぬ、それは何と――なんと理想の男の姿だと、羨ましく思うッ!」
第四世代型ゴルタナによる高機動性、高出力による加速を見せ、一瞬で斬鬼の背後まで駆け抜けるサーニス。
彼はすれ違いざまに一太刀、斬鬼へとリュウオウの横薙ぎを見舞ったが、しかし断ち切れたのは彼の左腕のみ。
「ッ……否、それは否であるぞ……己の望みがそうであっただけであり、この常世に生きる者は、個々に望みを抱き……生きるだけの事。決して戦いだけが、男の道ではない……ッ」
痛み、悶えながらも、しかし斬鬼は決して膝をつかない。
振り返りながらキソの刃をサーニスへと振り切るが、しかし彼は冷静に刃の軌道を見極め、その右腕をも、下段から上段へと振り抜く事で、切り裂いた。
「豪鬼は……そうして望みを……生きる事を願った……己も、生きなければ……豪鬼を……悲しませることに、なるやもしれん……っ」
「……貴様は、そうした大切な者を悲しませても尚……自分との死闘を望んだと……?」
「なに……豪鬼は、強い男よ……己の様に、自分の事しか頭に無い人斬りではなく、暗鬼のように他者を見下す事でしか己を立てる方法が無かった者でも……餓鬼の様に、自らの歩む道を、見つけ出せぬ子でもない……広く……世界を見据える……豪たる心を持ち得る、強い男なのだ……ッ!!」
既に両腕を刀によって失い、自らの容を保つことも難しくなっている斬鬼。
だが彼は口元に、一本の刃を――ワネットの所有する【エンビ】を模倣した一刀を口に咥え、抜き放ち、両足を強く踏み込ませて、サーニスへと突撃する。
だが、今のサーニスにとって、彼の姿は痛々しい。
抵抗する力を無くすために両腕を無くす、それは殺し屋である彼が採るべき正しい手段だったことは間違いないが――しかし。
「すまない……お前との最後は、華々しい斬り合いで、終わりたかった」
そうした願いも、想いもむなしく。
サーニスは一瞬の内に、彼の首を断ち切った。
ドシャリと音を立てて落ちていく斬鬼の頭。
しかし彼は最後に――満面の笑みを浮かべた。
『なァに……人斬りには、相応しい最後よ』
「そうか……君が納得してくれるなら、良かった。……安らかに逝け、斬鬼」
『応とも。我が一生に、一片の悔いなし。……この言葉を言える日が、本当に来るとはな』
消滅の瞬間は、実にあっけなかった。
音も立てずに影となり拡散していく、斬鬼の肉体、斬鬼の頭。
既に彼が放っていた殺気もなければ、彼が数多持ち得ていた武器も、そこには欠片も無い。
「……サーニス」
ワネットが身体を起こし、サーニスへと駆け寄る。
しかし彼はワネットから顔を逸らすように、天を仰ぎ見た。
「……泣いてるの?」
「何故、泣く必要がある」
「……貴方にとっても、彼は一生の内に幾度巡り合えるか分からない程の、好敵手だったから……」
「違うよ、姉さん……好敵手だからこそ、自分と斬鬼の間には……絶対に相容れないモノがあって……それを競い合い、奴が負け……自分が勝利した。それだけの事なんだ」
だから斬鬼の死を悲しむ理由はない、と断言したサーニスは、それでも頬から、僅かに水滴を溢した。
「……もっと違う形で、出会えていたら良かったわね」
「……ああ、それは……自分も、思う」
第四世代型ゴルタナの展開が、強制的に解除される。うつ伏せに地面へ倒れたサーニスの腹部からは、何故彼が生きているのか分からぬ程の出血。
しかし、サーニスはそんな状態でも、腕を前に出し、身体を先へ進めようとする。
「サーニス」
「まだ……まだだ……シドニア様も……イルメール様も、リンナさんもクアンタも……戦っている筈だ……自分は、まだ戦える……ッ」
「もう、良いのよ。後は皆さんに託しましょう」
サーニスの身体を押さえ、ワネットは地面に敷いた自分の太ももへ彼の頭を乗せて、治癒魔術を展開していく。
小さな頃、何度もこうしてあげた事を覚えているけれど――その時の彼と違うのは、圧倒的に大きな、その体。
「腕が落ちたわね。わたくし達二人とも」
「……ああ」
満身創痍の肉体同士が寄り添い合う中で――サーニスは自分の不甲斐なさを実感し、より多くの涙を流す。
「もっと、精進しなきゃダメね。……だってそうしなきゃ、斬鬼さんに申し訳が立たないもの」
「……ああ」
「子供の時のように、また一緒に強くなりましょう。……今度はお姉ちゃんが、貴方を守るわ」
「……そうだな。姉さんは今回、全く役に立たなかったし」
「ナマイキな子」
サーニスの涙を拭うワネットの表情は――安堵の感情に充ちていた。
その表情を見ているだけでも、サーニスは生きている実感を得るのである。
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声が聞こえる。
シドニアは倒れている自身の身体を認識すると共に起き上がるが、そこは先ほどまで、マリルリンデと争っていたリュート山脈ではなく――シドニア皇居であると認識した。
(……何故、僕は今、ここに?)
疑問を抱きながらも、重たく閉ざされて、しかし鍵のかかっているわけでも無い扉を開け放つ。
『シドニア様、お帰りなさいませ』
「ワネット……?」
『既に皆さん、お部屋にお集まりですよ』
エントランスで一人、シドニアの帰りを待ち受けるようにしていたワネットが、今スカートを僅かに持ち上げ、幼げだが麗しい笑みを浮かべ、シドニアを先導するように歩き出す。
困惑の中、シドニアはワネットについていくと――そこはシドニアの自室。
しかし中から騒々しいと言っても良い声が多く聞こえてきた。
扉を開けると――そこには、家族があった。
『ね? こんな感じにすると霊子転移の有用性ってもっと活かせる感じがするの! アルちゃんは興味ない?』
『ふふ。カルファス姉さまがやってみたいなら、やってみましょうか』
シドニアの自室にある資料等を見て笑い合うカルファスとアルハット。
『だからこう拳を打たれたら、押さえつけからの関節に持ってって』
『しかしそうすると、踏み込みの為に下半身がおざなりになるのでは』
サーニスと武術の型を確認するようにしているイルメール。
『お、来おったなシドニア』
「姉、上……?」
そして――シドニアの姿を見て、誰よりも先に椅子から立ち上がり、笑みを浮かべる、アメリア。
『お師匠、シドニアだ』
『あ、シドニア兄ちゃん! こっちこっち!』
シドニアの机を囲むようにして立っていたクアンタと、シドニアを『兄ちゃん』と呼ぶリンナの二人が、今シドニアの手を引き――机の奥にある椅子に腰かける、女性へと近付ける。
『おかえりなさい、シドニア。遅かったわね』
「……母さん……?」
呆然と、ただシドニアは、椅子に腰かけていた、シドニアと、リンナの母である女性――ルワン・トレーシーへと、名を問いかける。
『? どうしたのシドニア。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして』
「どうして、母さんが……姉上も、なんで……?」
振り返り、皆の姿を確認しているシドニアの事を、誰もが笑顔で見据えていた。
何が起こっているのか、コレはマリルリンデが見せている幻覚なのではと疑う中で――ルワンが一つの箱を、取り出した。
『ふふ、シドニア。開けてみて』
「え……」
『良いからいいから』
箱は、両手で持つと少し重い、横長のプレゼントボックスにも見えた。包装を施され、そしてリボンで結ばれた箱を手渡されて、シドニアは困惑しながらも机に一度置き、その包装を解いた。
「……ケーキ……?」
『シドニア兄ちゃん、誕生日おめでとーっ!』
リンナが一番、大きな声を上げてシドニアの背中に抱きつき、喜ぶようにしていた。
イルメール、カルファス、アメリア、サーニス、ワネットの面々は拍手をしてくれていて、クアンタはリンナに抱きつかれたシドニアを少し羨ましそうにしながらも、渋々と言った様子で拍手を。
「……これは?」
『シドニア兄ちゃんの誕生日、生誕祭みたいなデカいお祭りじゃなくて、アタシたちだけで祝おうって、母ちゃんと姉ちゃんたちにお願いしたんだっ』
『ふふ。お兄ちゃん大好きな妹がいて良かったわね、シドニア』
ルワンがリンナの身体をギュッと抱きしめ、可愛い子を愛でる様に撫でる姿も。
ケーキを切り分ける為のナイフを用意し、皆へ皿を用意するクアンタも。
そうした皿を受け取る皇族の皆も。
ただ扉の前で、微笑みながらも立つサーニスとワネットも。
――全て、シドニアの心が生み出した、夢なのだろうと、その時に気付く。
「……そう、か……」
呟いた言葉は、誰も聞いて等いない。
この光景は、今シドニアがいる場所は夢だから、全て都合のいいように、事が運ぶ。
「これは……僕の望んだ世界なんだ」
誰もが救われ、誰もが認められ、誰もが幸せな世界。
最愛の母であるルワンも、最愛の家族である姉妹達も、親友であるサーニスもワネットもクアンタも――同じ母から産まれたリンナも、皆が生きていて、皆が幸せな世界。
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