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第二十五章
侵略-04
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上空で戦う姿は、常人に捉える事は難しいだろう。先ほどプリストはフォーリナーの本体には反応していたが、しかし上空で戦うカルファスと子機には反応していなかったように見える。
視覚に魔術的な強化を行ったシドニアとワネットで、ようやく捉える事が出来るレベルの戦い。しかし、それでもシドニアとワネットには、カルファスが普段の十分の一も実力を出し切っていない事を察する。
「……カルファスが全力を出せない理由、何か思い当たるか?」
「思い当たるか、という点で言えば、思い当たりますが」
「何だ」
「ご報告は出来ません」
ハッキリと言われるものだから、シドニアはため息をつきながら馬に腰を乗せ、ワネットの肩に手を回す。
「深く、聞かないのですか?」
「君が報告出来ないと言うからには、何か事情があるのだろう」
「……申し訳ありません」
「否、問題はない。カルファスがフォーリナーの目を引き付けてくれるというのなら、この好機を逃すわけにはいかんからな」
手綱を握り、馬を走らせるワネットと、彼女の後ろで運ばれるシドニア。
二者がまず駆け出した先は、アメリア領首都・ファーフェである。
『我が愛しの領民達に緊急速報じゃ! 現在正体不明の異形体により、リュート山脈からアメリア領、イルメール領にかけてまで、金属に性質を変化させる侵略行為が行われておる! 現在皇国政府による対応を行っておる故、まずはシドニア領方面への一刻も早い避難を心掛けよ!』
僅かなハウリングと共に、公共の警報設備を用いたアメリアの――というより、プリストによる避難勧告が成される。
通常、こうした警報設備を用いた勧告は専門部署の人間が行うべきであるが、それでは領民の反応に時間がかかる可能性を鑑み、領主であるアメリアからの発表で人の耳を集め、深刻さを伝えるという手段だ。
『繰り返す! 現在正体不明の異形体による侵略行為を確認しておる! 皇国政府による対応を行っておるが、領民達には一刻も早いシドニア領への避難を頼むぞいっ!』
プリストは、当人こそおっとりとした物腰の柔らかい女性であるが、しかし一度アメリア当人になり切ってしまえば、シドニアやワネット、サーニスでさえ見極める事が難しい程に、アメリアと瓜二つになる事が出来る。
恐らく今のプリストへ話しかけても、アメリアになり切っている状況では一言一句違わぬ言葉遣いで応対をする事だろう。
「っ、ワネット!」
「はい、視認しました! 手綱、お任せします!」
馬の手綱をシドニアへ任せたワネットは、ファーフェの表通りへと向けて射出される一体のフォーリナーを視認していた。カルファスによる誘導から外れ、皇国軍人や警兵隊の人間を排除する為に射出された個体と見ていいだろう。
ワネットは馬の背を蹴り、飛び上がった後に地面へ着地すると、そのまま疾く駆け出し、領民たちの隙間を縫うようにしつつ、懐から脇差を抜き放った。
事態を上手く把握できていない中、しかしシドニア領へと避難を始めようとする市民誘導を行う警兵隊員がいた。
「皆さん落ち着いてっ! 慌てずにシドニア領方面への避難をお願いしますッ!」
まだ避難勧告が出てからそほど時間が経過しているわけではない。避難の為に貴重品などを持ち出そうとする領民たちへ指示を行っていく男は、冷静であっただろう。
だが、そんな男の眼前に、上空から飛来する、金属の塊。
それは轟音を響かせてレンガ造りの地面へと落ち、周囲の目を引いた。
率先して警兵隊員の男が見に向かうと――その鋭い槍のような形の物が、彼の身体を貫いた。
「ごぼ――ッ」
腹部から背中までを一気に貫かれた彼の身体は宙へ浮いた。
しかし血は流れない。――彼の肉体は、次々に流体金属と同化を果たしていき、その身体を金属へと変換させていく。
「あ――いた、痛くない、ケド、だ、だめ、い、しきが……か、母さ」
言葉の途中から、彼は意識を閉ざした。
既に彼の肉体は侵蝕を受け、全身を金属の塊に変質されてしまっている。
そうした彼を放り投げ、ゆっくりと歩き出す、フォーリナーの先兵。
人の容を簡易的に模した、のっぺらぼうと言っても良い。
それが衆人環視の中、次の得物を探すように周りを見渡すと――
「遅かった――ッ!」
ワネットが衆人の中から疾く姿を現し、今その刃を先兵の顔面へと突き刺した。
刃を突き立てた地点から、その流体金属が次第に固まっていき、やがて朽ちる様に砕けていく。
ワネットはホッと一息つきながら刃を抜き放つと――背後から迫る、何か特異な気配に気付き、その身体を転がした。
地面を転がる事で、逃げ惑う領民の一人に身体を蹴りつけられたが、気に留める事も無く立ち上がる。
先ほど、フォーリナーの先兵によって身体を貫かれ、その肉体を金属へと変質させていた警兵隊員の男が、その銀色に輝く体を動かし、ワネットに触れようとしていたのだ。
「取り込んだ物も、自らの手足に出来るというの――っ!?」
二者を迂回するように逃げ惑う領民たち、しかしフォーリナーに侵蝕された男は彼らに気を向ける事無く、ワネットにだけ視線を向けている。
恐らくは、刀を有している為だろう。その対処をするべく、男は僅かに鈍い動きでワネットに向けてその腕を振るおうとした。
「ふ――ッ」
だが、その腕を切り裂いたのは、シドニアの振るった打刀である。
その鋭い刃が伸ばしたフォーリナーの腕を切り裂くと、そのままもう一本の刃で腹部を突き、距離を取った。
「……取り込まれた者は、諦めるしかない」
「……気分のいいモノでは、ありませんね」
音を立てて崩れ、その金属を朽ちさせていく姿を見据えた後、シドニアは刀を抜いた。
「だがこれで戦術も異なってくる。警兵隊員や皇国軍人には、一刻も早い避難を呼びかける必要がある」
「加えて、フォーリナーは刀を有する者を特定する手段でもあるかのように思えます。他の警兵隊員や皇国軍人は狙われておりません」
逃げ惑う領民たちへの避難誘導を行う警兵隊員を見据えても、特に襲われている様子はない。今のシドニアやワネットの事を訝しんでいる領民達にも声をかけ、避難を呼びかける彼らには、刀が携えられていない。
「シドニア様! 現在の状況を教えて頂けませんでしょうか!?」
皇国軍人の一人が、敬礼と共にシドニアとワネットへ近付いてくる。シドニアも敬礼で返しながら、男の腰に刀が無い事を確認。
「刀は無いな」
「は、本日皇国軍人の刀配備は皇居防衛や政治委員の方々を護衛する部隊にのみ、警兵隊員は一部成績優秀隊員のみの配備と伺っております!」
「よろしい。現在正体不明の侵略生命体から、攻撃を受けている。対処は別で行っている故、君達皇国軍人や警兵隊員は、避難誘導をアメリアの私兵に引継ぎ次第、皇居へと集合。後に警報でも知らせがあると思うが時間も惜しい。見かけ次第、各員に知らせてくれ」
「了解であります!」
慌てながらもしっかりと返事をした男に再度礼をしつつ、シドニアとワネットはその場を離れていく。
「ワネット、高層住居の屋上などから刀の配備がされている者を見つけ出す事は出来るか」
「可能です」
「私は黒子たちと共に避難誘導を行っている警兵隊員や皇国軍人への情報伝達を手伝う。君は刀を所持している隊員を見つけ次第、刀を回収しろ」
「かしこりました」
表通りの避難誘導は既に大方完了していて、未だ被弾している者は少ない。シドニアは視界が確保できることが好ましいと考えつつも、上空を再び駆けるフォーリナーの子機を視認した。
「全く、落ち着いている時間もありはしない……っ!」
方角、角度などから鑑みても、アメリア領内に落ちる事は間違いない。
シドニアはその方向へと向けて駆け出そうとするが――しかし、そこで正面から、ゆっくりと歩いてくる一人の女性を見据えた。
「……クアンタ」
変身もしていない、ジャージ姿のクアンタだ。彼女はその手にリュウセイを握っており、瞳はシドニアを……というより、彼の携える二本の刀を見据えている。
だが、シドニアの名を呼ぶ言葉に、口を開く事も無い。
「全く――質の悪い冗談だぞ、クアンタ!」
刀を抜き放ちながら、シドニアはクアンタへと、その刃を突きつける。
「クアンタ、思い出せ。君はこうしたフォーリナーの襲撃を、その末に待つ結末を、誰よりも怖がっていた筈だ」
シドニアは、フォーリナーの襲撃によってこの星の人類が滅ぼされてしまう可能性の未来を知り、怯えていたクアンタの姿を、知っている。
「君が最も忌むべき未来が、今まさに迫っている。君自身が、そうした未来に導こうとしているんだぞ!」
今はクアンタの対処等、行っている余裕が無い事など、シドニアにも分かっている。
しかしだからと言って――シドニアには、長く共に戦ってきたクアンタを見捨てるような事など、出来はしない。
――それでもクアンタは、刀を構えて、シドニアへと迫る。
幾度も振り込まれる刃を、シドニアはその都度はじき返すが、しかし反撃はしない。
クアンタは現在魔法少女に変身を果たしていない。故にその身体能力はシドニアと同等程度。
だが、シドニアはそこで身体を強張らせる。
「ぐ、……っ!」
マリルリンデとの戦いで、傷つけられた身体が痛みを訴え、シドニアは動きを止めてしまった。
その隙を、今のクアンタは見逃す筈も無い。
振り込まれたリュウセイの一閃が、シドニアの持つ二つの刀を弾き、その腕をシドニアの首へと伸ばす。
その手に掴まれれば、シドニアもフォーリナーに侵蝕されてしまう。
それだけは避けねばと、身体を動かそうとしても、もう遅い。
既に迫っている手は――しかしシドニアの首を掴む事無く、地面へと降ちた。
より正確に言うならば、上空から突如落ちてきた巨大な剣が、クアンタの前腕を切り裂くと同時に、彼女の身体を地に伏せさせ、さらに地を強く揺らすのである。
「豪剣――まさか!」
大きく揺れる地面の中で、シドニアはクアンタから距離を少しだけ取る。
すると、クアンタとシドニアの間に、一人の女性が空から振ってきた。
地面へと膝をつきながら着地した女性は、その屈強な筋肉に包まれた肉体を起き上がらせ、豪剣によって前腕ごと潰され、地に伏せるクアンタを見据えた後、シドニアへ笑いかけた。
「――おう、無理すンなよシドニア」
「姉上……っ!」
ゆっくりと起き上がりながら、豪剣へ触れるクアンタ。すると彼女――イルメールの有する豪剣は次第にフォーリナーによって侵蝕されていき、もうイルメールにも触れる事が出来ない。
「シドニア、クアンタはオレに任せろ。オメェはアルハットの指示に従え」
「何が……姉上は、豪鬼に殺されたと……っ」
「アァ、豪鬼に殺された。だからここにいるオレァ……ま、幽霊みてェなモンさ」
視覚に魔術的な強化を行ったシドニアとワネットで、ようやく捉える事が出来るレベルの戦い。しかし、それでもシドニアとワネットには、カルファスが普段の十分の一も実力を出し切っていない事を察する。
「……カルファスが全力を出せない理由、何か思い当たるか?」
「思い当たるか、という点で言えば、思い当たりますが」
「何だ」
「ご報告は出来ません」
ハッキリと言われるものだから、シドニアはため息をつきながら馬に腰を乗せ、ワネットの肩に手を回す。
「深く、聞かないのですか?」
「君が報告出来ないと言うからには、何か事情があるのだろう」
「……申し訳ありません」
「否、問題はない。カルファスがフォーリナーの目を引き付けてくれるというのなら、この好機を逃すわけにはいかんからな」
手綱を握り、馬を走らせるワネットと、彼女の後ろで運ばれるシドニア。
二者がまず駆け出した先は、アメリア領首都・ファーフェである。
『我が愛しの領民達に緊急速報じゃ! 現在正体不明の異形体により、リュート山脈からアメリア領、イルメール領にかけてまで、金属に性質を変化させる侵略行為が行われておる! 現在皇国政府による対応を行っておる故、まずはシドニア領方面への一刻も早い避難を心掛けよ!』
僅かなハウリングと共に、公共の警報設備を用いたアメリアの――というより、プリストによる避難勧告が成される。
通常、こうした警報設備を用いた勧告は専門部署の人間が行うべきであるが、それでは領民の反応に時間がかかる可能性を鑑み、領主であるアメリアからの発表で人の耳を集め、深刻さを伝えるという手段だ。
『繰り返す! 現在正体不明の異形体による侵略行為を確認しておる! 皇国政府による対応を行っておるが、領民達には一刻も早いシドニア領への避難を頼むぞいっ!』
プリストは、当人こそおっとりとした物腰の柔らかい女性であるが、しかし一度アメリア当人になり切ってしまえば、シドニアやワネット、サーニスでさえ見極める事が難しい程に、アメリアと瓜二つになる事が出来る。
恐らく今のプリストへ話しかけても、アメリアになり切っている状況では一言一句違わぬ言葉遣いで応対をする事だろう。
「っ、ワネット!」
「はい、視認しました! 手綱、お任せします!」
馬の手綱をシドニアへ任せたワネットは、ファーフェの表通りへと向けて射出される一体のフォーリナーを視認していた。カルファスによる誘導から外れ、皇国軍人や警兵隊の人間を排除する為に射出された個体と見ていいだろう。
ワネットは馬の背を蹴り、飛び上がった後に地面へ着地すると、そのまま疾く駆け出し、領民たちの隙間を縫うようにしつつ、懐から脇差を抜き放った。
事態を上手く把握できていない中、しかしシドニア領へと避難を始めようとする市民誘導を行う警兵隊員がいた。
「皆さん落ち着いてっ! 慌てずにシドニア領方面への避難をお願いしますッ!」
まだ避難勧告が出てからそほど時間が経過しているわけではない。避難の為に貴重品などを持ち出そうとする領民たちへ指示を行っていく男は、冷静であっただろう。
だが、そんな男の眼前に、上空から飛来する、金属の塊。
それは轟音を響かせてレンガ造りの地面へと落ち、周囲の目を引いた。
率先して警兵隊員の男が見に向かうと――その鋭い槍のような形の物が、彼の身体を貫いた。
「ごぼ――ッ」
腹部から背中までを一気に貫かれた彼の身体は宙へ浮いた。
しかし血は流れない。――彼の肉体は、次々に流体金属と同化を果たしていき、その身体を金属へと変換させていく。
「あ――いた、痛くない、ケド、だ、だめ、い、しきが……か、母さ」
言葉の途中から、彼は意識を閉ざした。
既に彼の肉体は侵蝕を受け、全身を金属の塊に変質されてしまっている。
そうした彼を放り投げ、ゆっくりと歩き出す、フォーリナーの先兵。
人の容を簡易的に模した、のっぺらぼうと言っても良い。
それが衆人環視の中、次の得物を探すように周りを見渡すと――
「遅かった――ッ!」
ワネットが衆人の中から疾く姿を現し、今その刃を先兵の顔面へと突き刺した。
刃を突き立てた地点から、その流体金属が次第に固まっていき、やがて朽ちる様に砕けていく。
ワネットはホッと一息つきながら刃を抜き放つと――背後から迫る、何か特異な気配に気付き、その身体を転がした。
地面を転がる事で、逃げ惑う領民の一人に身体を蹴りつけられたが、気に留める事も無く立ち上がる。
先ほど、フォーリナーの先兵によって身体を貫かれ、その肉体を金属へと変質させていた警兵隊員の男が、その銀色に輝く体を動かし、ワネットに触れようとしていたのだ。
「取り込んだ物も、自らの手足に出来るというの――っ!?」
二者を迂回するように逃げ惑う領民たち、しかしフォーリナーに侵蝕された男は彼らに気を向ける事無く、ワネットにだけ視線を向けている。
恐らくは、刀を有している為だろう。その対処をするべく、男は僅かに鈍い動きでワネットに向けてその腕を振るおうとした。
「ふ――ッ」
だが、その腕を切り裂いたのは、シドニアの振るった打刀である。
その鋭い刃が伸ばしたフォーリナーの腕を切り裂くと、そのままもう一本の刃で腹部を突き、距離を取った。
「……取り込まれた者は、諦めるしかない」
「……気分のいいモノでは、ありませんね」
音を立てて崩れ、その金属を朽ちさせていく姿を見据えた後、シドニアは刀を抜いた。
「だがこれで戦術も異なってくる。警兵隊員や皇国軍人には、一刻も早い避難を呼びかける必要がある」
「加えて、フォーリナーは刀を有する者を特定する手段でもあるかのように思えます。他の警兵隊員や皇国軍人は狙われておりません」
逃げ惑う領民たちへの避難誘導を行う警兵隊員を見据えても、特に襲われている様子はない。今のシドニアやワネットの事を訝しんでいる領民達にも声をかけ、避難を呼びかける彼らには、刀が携えられていない。
「シドニア様! 現在の状況を教えて頂けませんでしょうか!?」
皇国軍人の一人が、敬礼と共にシドニアとワネットへ近付いてくる。シドニアも敬礼で返しながら、男の腰に刀が無い事を確認。
「刀は無いな」
「は、本日皇国軍人の刀配備は皇居防衛や政治委員の方々を護衛する部隊にのみ、警兵隊員は一部成績優秀隊員のみの配備と伺っております!」
「よろしい。現在正体不明の侵略生命体から、攻撃を受けている。対処は別で行っている故、君達皇国軍人や警兵隊員は、避難誘導をアメリアの私兵に引継ぎ次第、皇居へと集合。後に警報でも知らせがあると思うが時間も惜しい。見かけ次第、各員に知らせてくれ」
「了解であります!」
慌てながらもしっかりと返事をした男に再度礼をしつつ、シドニアとワネットはその場を離れていく。
「ワネット、高層住居の屋上などから刀の配備がされている者を見つけ出す事は出来るか」
「可能です」
「私は黒子たちと共に避難誘導を行っている警兵隊員や皇国軍人への情報伝達を手伝う。君は刀を所持している隊員を見つけ次第、刀を回収しろ」
「かしこりました」
表通りの避難誘導は既に大方完了していて、未だ被弾している者は少ない。シドニアは視界が確保できることが好ましいと考えつつも、上空を再び駆けるフォーリナーの子機を視認した。
「全く、落ち着いている時間もありはしない……っ!」
方角、角度などから鑑みても、アメリア領内に落ちる事は間違いない。
シドニアはその方向へと向けて駆け出そうとするが――しかし、そこで正面から、ゆっくりと歩いてくる一人の女性を見据えた。
「……クアンタ」
変身もしていない、ジャージ姿のクアンタだ。彼女はその手にリュウセイを握っており、瞳はシドニアを……というより、彼の携える二本の刀を見据えている。
だが、シドニアの名を呼ぶ言葉に、口を開く事も無い。
「全く――質の悪い冗談だぞ、クアンタ!」
刀を抜き放ちながら、シドニアはクアンタへと、その刃を突きつける。
「クアンタ、思い出せ。君はこうしたフォーリナーの襲撃を、その末に待つ結末を、誰よりも怖がっていた筈だ」
シドニアは、フォーリナーの襲撃によってこの星の人類が滅ぼされてしまう可能性の未来を知り、怯えていたクアンタの姿を、知っている。
「君が最も忌むべき未来が、今まさに迫っている。君自身が、そうした未来に導こうとしているんだぞ!」
今はクアンタの対処等、行っている余裕が無い事など、シドニアにも分かっている。
しかしだからと言って――シドニアには、長く共に戦ってきたクアンタを見捨てるような事など、出来はしない。
――それでもクアンタは、刀を構えて、シドニアへと迫る。
幾度も振り込まれる刃を、シドニアはその都度はじき返すが、しかし反撃はしない。
クアンタは現在魔法少女に変身を果たしていない。故にその身体能力はシドニアと同等程度。
だが、シドニアはそこで身体を強張らせる。
「ぐ、……っ!」
マリルリンデとの戦いで、傷つけられた身体が痛みを訴え、シドニアは動きを止めてしまった。
その隙を、今のクアンタは見逃す筈も無い。
振り込まれたリュウセイの一閃が、シドニアの持つ二つの刀を弾き、その腕をシドニアの首へと伸ばす。
その手に掴まれれば、シドニアもフォーリナーに侵蝕されてしまう。
それだけは避けねばと、身体を動かそうとしても、もう遅い。
既に迫っている手は――しかしシドニアの首を掴む事無く、地面へと降ちた。
より正確に言うならば、上空から突如落ちてきた巨大な剣が、クアンタの前腕を切り裂くと同時に、彼女の身体を地に伏せさせ、さらに地を強く揺らすのである。
「豪剣――まさか!」
大きく揺れる地面の中で、シドニアはクアンタから距離を少しだけ取る。
すると、クアンタとシドニアの間に、一人の女性が空から振ってきた。
地面へと膝をつきながら着地した女性は、その屈強な筋肉に包まれた肉体を起き上がらせ、豪剣によって前腕ごと潰され、地に伏せるクアンタを見据えた後、シドニアへ笑いかけた。
「――おう、無理すンなよシドニア」
「姉上……っ!」
ゆっくりと起き上がりながら、豪剣へ触れるクアンタ。すると彼女――イルメールの有する豪剣は次第にフォーリナーによって侵蝕されていき、もうイルメールにも触れる事が出来ない。
「シドニア、クアンタはオレに任せろ。オメェはアルハットの指示に従え」
「何が……姉上は、豪鬼に殺されたと……っ」
「アァ、豪鬼に殺された。だからここにいるオレァ……ま、幽霊みてェなモンさ」
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