魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十五章

侵略-05

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 幽霊と言うにはクッキリとした姿、そしてハッキリとした笑顔を向けたシドニアに後、クアンタを見据える。

  無表情の彼女を見て、イルメールが最初に呟いた言葉。


「囚われやがッて」

「……囚われる?」

「コイツはリンナやオレ等の為にッて、何時も戦ッてた。それが、大本に接続したダケで意思を囚われちまッてンだろ。……弱ェ証拠だ」


 弱さは罪と言わんばかりに、彼女はクアンタを睨みつける。

  しかしそんな彼女の視線に怯える事無く、クアンタは右手に握るリュウセイを構え、左手の再生を一瞬で終わらせる。


「姉上ッ! クアンタに触れると」

「フゥン――ッ!!」


 警告するシドニアの言葉を聞く事も無く、イルメールが動いた。

  動いたというよりは、動き出した時には既に、行動を終えていた。

  刀を構え、イルメールの首筋目掛けて振り込もうとしたクアンタの頬に、イルメールは一瞬で右腕の拳を叩きつけた上、その身体を殴り飛ばし、近くの住居の壁へ叩きつけたのだ。

 住居の壁は破壊され、クアンタはその瓦礫によって姿さえも見えなくなる。彼女が普通の人間ならば、死んでいるか否か判別がつかない程に、その威力は確かなものだった。


「速い……っ」

「――へェ。このスピードでもダメか。餓鬼とは違って、触れたらダメっつーコトかよ」


 一瞬で殴り飛ばしたとはいえ、その拳でクアンタに触れていたイルメールの拳は、段々と流体金属への同化が進んでいく。

  しかし、イルメールはそうした腕などいらぬと言わんばかりに腕を手刀で切り裂いた後、落ちた腕を踏み潰し、破壊した。


「姉上、何を――」


 驚くシドニアだったが、しかしイルメールの腕は一瞬の内に肉体を再構成し始めていく。


「驚いてンじャねェぞシドニア」

「驚くに決まってる……っ」

「幽霊なんだしこンくれェやれるだろォよ」


 クク、と笑いながら、イルメールは再生を終えた腕を振り回し、シドニアへ「行け」と指示した。


「オメェは皇族としての責務を果たせ。クアンタはリンナと、後はオレ等……神さま連中に任せとけ」

「オレ等、神さま連中……? 姉上、貴女はまさか」

「いいから、行けって」


 さっさと行けと言わんばかりに手を振るイルメール。

  そんな彼女の大きな背中を見据えて――シドニアは、最後に言葉を投げかける。


「姉上。私は、貴女が死んだとアルハットから聞いた時、それは嘘だと感じていました」

「嘘じゃねェよ。事実、オレは死ンだぜ」

「いや、姉上は確かに、ここにいる。……死んだことは事実やもしれません。しかしここにいる事も、間違いない」


 何を言いたいのか、イルメールには深く理解できなかったが――しかし、彼女にとっては、次に放つ彼の言葉が、一番重要だった。


「私は、貴女が生きていれば、この世に存在さえしてくれれば、それでいい。……貴女が、どんな超常な存在になろうと……根底が変わらないでくれれば、それで」

「……例えばオレが、神さまになっちまっても、か?」

「アルハットも、神如き力を手にしました。それを、私はこれから受け入れ続けていかなければなりません。心の整理は、ついていませんが……けれど、アルハットが変わってしまった事を受け入れるついでに、貴女の事も、受け入れる」

「はは、オレはついでか」

「僕は、家族が家族で在り続けてくれるのならば――どんな結果であろうとも、受け入れます」


 シドニアの瞳には、涙が浮かんでいた。

  それでも、その瞳は悲しみを抱いているだけではなく、間違いなく未来を見据える希望もある。


「……なかなか、これからは会えなくなるぜ」

「それでも構いません。そもそも私と貴女は、元々そういう距離感にあった筈だ」

「家族っつーには、今のオレは頭おかしい存在だぜ?」

「貴女は元々、頭がおかしい」

「……ハハッ、そりャそォだ」


 今一度、手を振る。

  今度は顔を見せずに。

  シドニアも、踵を返して、どこかへと走り去っていく。

  そうした彼を追いかけて刀を排除しようと動くクアンタだが、彼女の眼前に立ちはだかり、睨みつけるイルメール。


「オイ、クアンタ。まだオレとの喧嘩が終わってねェだろ?」


 イルメールの瞳にも、涙が浮かんでいたけれど。

  しかしその表情は、普段の彼女よりも力強く、そして決意を秘めた者の瞳。


「せっかく、可愛い弟が成長して、神さまっつーバケモノのオレを受け入れてくれたンだ。そんなアイツの為に、姉ちゃん頑張らねェと。……オメェを止めて、なッ!!」


 強く踏み出し、瓦礫の上に立つクアンタへと接近するイルメール。

  その突き出される筈の拳を受け止める為に前面へ腕を持ち上げたクアンタだったが、しかし彼女の狙いは別にある。

  クアンタの立つ瓦礫の山、その上に勢いよく着地する事によって、瓦礫は一瞬の内に幾つも、上空へと舞い上がった。

  ニヤリと笑うイルメールは、クアンタの眼前で脚部に力を入れ、跳び上がる。

  跳び上がった先、その無数に舞う瓦礫を、イルメールは拳を振り込んでいく。

  瓦礫は殴られると同時に砕け散るが、しかし砕けて飛び散る破片は全てクアンタ目掛けて飛来していき、彼女は瓦礫の散弾とも言うべきそれを一身に受け続ける。


「あ――らよっとォッ!!」


 そんなクアンタの腹部へと肘打ちを打ち込んだイルメール。

  しかし肘打ちの寸前、彼女は自分とクアンタの間に瓦礫を一つ仕込み、彼女へ触れないようにした上で、彼女へとダメージを与えていく。

  勿論、彼女はフォーリナーであり、虚力の伴わない攻撃で死ぬ事は無い。

  だがむしろ、イルメールはだからこそ、クアンタへ刀を使った攻撃を用いない。


「リンナが動き出すまでの間、オレと体でお話しよォじゃねェの。なぁ、クアンタ」


 クアンタは口を開かない。それはイルメールとて理解している。

  今の彼女は――フォーリナーは、人類との対話等は不要と考えている。

  これまで彼女が培ってきたデータだけで、フォーリナーにとって人類がどれだけ愚かで、度し難い存在かと認識は出来ているだろう。

  根源化を果たした生命であるフォーリナーにとって、人類同士での争いや権力争いを繰り返す人間など、理解に苦しむ存在である事は間違いない。


「ケド、オメェはそうした人間を愛しただろ、クアンタ」


 ピクリと、クアンタが動きを止めた瞬間、イルメールが笑いながら、瓦礫によって白く染まる彼女の姿に、幾度も瓦礫を間に挟んだ攻撃を打ち込んでいく。


「オメェが愛したのは人間の良い所も悪い所も含めた、人間の在り方そのものだ」


 打ち込まれるイルメールの拳を、避けようとしても、彼女の言葉を聞くと、身体の動きをどうしても、クアンタは止めてしまう。


「フォーリナーは、そうした人間の良い部分も、悪い部分も、全部ひっくるめて無くしちまう。オメェの愛した人類は、全部消えちまうンだぜ?」


 彼女の言葉を聞く度に、留まる身体。

  イルメールが幾十と拳を打ち込んだ所で、上空を舞っていた瓦礫が全て、地へ落ちた。

  二人は足を止め、イルメールはただクアンタを見据え、クアンタは再生を果たしながら――頭を抱えた。


『イル、メール』

「意識、取り戻せたか? クアンタ」

『いや……ダメだ……また、私は……意識を、乗っ取られる』


 ようやく、フォーリナーの【一】としてではなく、クアンタとして声を上げる事が出来た。

  イルメールは彼女の言葉を聞いて、深く深くため息をつく。


「やっぱ、オレの言葉ダケじゃダメか」

『わ、私を、殺せ……イルメール』

「ワリィけどムリ。オレ今、刀持ってねェモン」


 クアンタの意識は、完全にフォーリナーに剥奪されているわけではなかった。

  勿論彼女がフォーリナーである限り、接続が出来る環境では、その意識がフォーリナーによって管理されてしまう。

  だが、彼女には既に、自分の意思が芽生えている。

  如何に彼女の意識をフォーリナーが支配しても、一度生まれた意思を、完全に消す事など出来ない。

 故に根底に残る意思を目覚めさせるほどの衝撃を与える為に、イルメールは殴り続けていた、というわけだ。


「気合入れて抵抗しろっつの。オメェはこの世界にいるヤツらを守るマホーショージョなンじゃなかったのかよ?」

『……そう、ありたいと……願った』

「なぁ、クアンタ――オメェは、愛が怖いンじゃねェか?」


 ビクリと、クアンタは震えて、イルメールを見据えた。


「いや、違ェな。オメェが……じゃなくて、オメェ等フォーリナーが、愛を理解できてねェンだ」

『愛……』

「あぁ。オメェ、さっきから愛って聞く度に、震えて動かなくなる」


 イルメールが、意図して口にしていた言葉。

【愛】

 それは、クアンタが愚母の放つ言葉で、唯一理解できなかった言葉。

  彼女の願いは、想いは否定出来た。

  けれど彼女の放つ【愛】という言葉だけは――クアンタに理解できない、謎の感情。


『愛とは……何なんだ……っ』

「さァてね。オレだってよくわかンねェよ」

『……こうして、フォーリナーと再び接続して……急に、愛と言う概念が……怖くなった』


 体を震わせ、頭を抱えるクアンタの嘆きを、イルメールはただ聞き続ける。


『愚母は……愛故に、狂ってしまった。愚かな人間と……同じ在り方となった……人間を、全を愛せる、素養があった筈なのに……』

「そうか、愚母はそういう女だったか。どォりで人の話聞かねェ女なハズだよ」

『私は……人類の在り方を、好んだ……だが、フォーリナーと再接続する事で……好むが故に、一つになる事が……素晴らしいと感じてしまった……考えてしまった……っ』


 好きな者達と、片時も分かつ事なく、一つになる事。

  それは確かに、素晴らしい事なのかもしれない。

 クアンタはフォーリナーと再接続を果たす事により、全てが統合された全なる存在に、憧れを抱いてしまった。


『私は……イルメールも、シドニアも、カルファスもアルハットも……サーニスもワネットも……人間と言う存在を、好いた』

「良い事じゃねェか」

『だからこそ私は、一つになりたいと……思ってしまった……根源化を果たし、一つになり、こうして戦う事も、争う事も、憎む事も無く……全でまとめられた世界、それこそ素晴らしいものではないのか、と』

「そういう考え方もあるだろォよ」

『人間の、願いや感情を、守る為の魔法少女でありたいと、考えていた私が……こうした考えを過らせてしまった……私は結局、ただ【全】から分離した【一】でしかなくて……フォーリナーでしか、無かった……人間と、お師匠と、分かり合った気でいても……私は結局、根源化を果たしたいと、根底では願っていた……私はそれが、そんな自分自身が、許せない……ッ』


 フォーリナーには、涙を流す機能がない。必要がない。故に、彼女は涙を流さない。

  けれど、その表情は既に、クシャクシャに歪んでいて、イルメールはその表情を見据えて――反対にニッコリと笑いかけた。


「ナァ、クアンタ。完璧ッてなンだろォな」

『……それ、は』

「フォーリナーは完璧な存在か?」

『……違う、と言いたいけれど……私は、そうであるのではないかと……思ってしまう』

「人間が愚かだから?」

『違う、人間はただ、善性と悪性を、有しているだけだ……完璧ではないが、愚かなだけでもない……私は、そうした人類を好いた……っ』

「オレもバカだから上手く言えねェケドよォ……それが、答えなンじャねェの?」
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