魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十五章

侵略-08

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シドニアが振り込んだ刃がフォーリナーの腕を切り裂くと、その腕に捉われかけていた皇国軍人の一人が尻もちをついて、その腰に携える刀をガシャリと鳴らす。


「君、大丈夫か」

「は、はい! シドニア様は……」

「問題無い。それより」


 今、上空から降りてくる一人の女性が、皇国軍人のベルトと鞘とを繋ぐ紐を解き、刀を回収した。

 追撃として迫るフォーリナーの攻撃を、シドニアは冷静に斬り払いながら、その肩から胸にかけて一閃。流体金属を固め、砕け散る姿を見据えた後、刀を収める。


「ワネット、彼の物で全部か?」

「はい。他市には刀の配備が行われた兵はおりませんから、彼で最後となります」

「そうか」


 首都・ファーフェ内をシドニアとワネット、及び黒子たちが走り回る事によって、市民の避難誘導及び、警兵隊や皇国軍人の人間を保護する事に成功したシドニア。


  ――傷ましい犠牲が無いわけではなかったが、現状では被害数は削減出来ていると信じたい。


「ワネット、彼を皇居へ」

「はい」

「っ」


 上空を見据えると、新たに四体ほどのフォーリナーがファーフェ上空を飛び回っている様子が見えたが――しかし、今回はシドニアとワネットを見据えると、その体を疾く地面へと下ろし、今全機がシドニアとワネットへと向き直った。


「……作戦を変更したようだな、くそっ」


 シドニアは皇族用のゴルタナを取り出して、それを宙へと放り投げる。


「ゴルタナ、起動」


 彼の両手両足に展開される金色のゴルタナ。その眩さに皇国軍人が口をアングリと開ける中、ワネットが「シドニア様!」と声を上げる。


「ワネット、行け!」

「ですがシドニア様おひとりでは……っ」

「あのフォーリナーの狙いは私と君だ! 恐らくサーニスとアメリアも狙われている!」


 ここでプリスト、と言わないのは、皇国軍人の青年がいるからだ。けれど、どちらにせよサーニスが狙われている場合、一番の手負いである彼が危険になると同時にプリストが危険である事に変わりはない。


「私一人ならば生き残れる。だがサーニス一人では危険だ。彼の援護を!」

「しかし、シドニア様は」

「今は皇族がどうと言っている場合ではない、人類の危機だ! 私だって人類の一人として、仲間を見捨てる事など出来るわけがない――ッ!」


 四機のフォーリナーが一斉に、シドニアとワネットを狙って襲い掛かる光景を、シドニアは目に入れた。

  ゴルタナがマナを刀へ送り、そのマナによる衝撃斬を振り込む事で彼らの勢いを殺したシドニアが、先に仕掛ける。


「いいから行け、ワネット!」


 四機のフォーリナーを一体でも多く減らさねば状況は悪化するばかりと判断したシドニアは、内の一体に二閃の刃を斬り込んでいくと、確かに一体は落とす事が出来た。

  だが問題は、人間であれば仲間を一体を落とされる事によるモチベーション低下が、フォーリナーにはあり得ないという事だ。

  クアンタよりは遅く、しかし名無しの災いよりは早い腕の動きを、刀で防ぎ、避けながらやり過ごすシドニアの辛く苦しそうな表情を見て――皇国軍人の男は、刀をワネットから奪い取るようにして、その鞘からから抜き放ち、ゴルタナを取り出した。


「ゴルタナ、起動!」


 銀色に光るゴルタナを展開した青年は、よく訓練された動きで、シドニアへ迫ろうとするフォーリナーに対し、上段から振り込んだ一閃を叩き込んだ。


「っ、君、何を!?」

「自分も、戦います!」


 青年の事は見た事が無かったが、しかしシドニアは一瞬にして彼の腕がそれなりの物であると認識し、一瞬だけ彼に背中を預ける。

  すると、前後から挟み撃ちでシドニアの首を獲ろうと考えていたフォーリナーを上手く凌ぎ、互いに一閃ずつ、斬る事に成功する。


「自分は、この国を守る為に、皇国軍人に志願しました! シドニア様お一人だけに、この国を守るなどという責務を、背負わせるわけにはいかないっ!」


 高揚しているのか、追撃の攻撃をフォーリナーに向けて振るおうとする青年。だが、その寸前に身体を動かして避ける体制に入ろうとしていた事をシドニアは見抜き――彼の振るった一閃の直後、フォーリナーが回避行動へ入った方向への、横薙ぎ。

  青年の意図しない協力となってしまったが、しかしシドニアは、僅かに葛藤を抱えつつ、決意を固めるように、頷いた。


「……冷静になりなさい。それと、奴らに触れると取り込まれる。刀以外では触れぬように」

「は……はいっ!」


 追加で空から落ちてくるフォーリナー。その数は優に十体を超えるだろう。

  シドニアと青年は冷や汗を流しながら――しかし、互いの背中を守る様に、刀を構えた。


「ワネット、君は行け!」


 その光景を見ていたワネットに、シドニアが最後にそう声をかけると、彼女も覚悟を決めたように、頷いて去っていく。


「君、名前は?」

「じ、自分はエクス・ガンパーであります!」

「エクスか、良い名だ。……来るぞ!」


 青年――エクスと共にシドニアは迫りくるフォーリナーの軍勢に立ち向かっていく。

 フォーリナーと相対する間、シドニアはエクスの援護に回る形で彼を守り続けていた。

  勿論自分へ襲い掛かるフォーリナーへの対処も怠らずではあるが、今はこの場にいるフォーリナーをすぐに倒す必要などない。むしろ時間稼ぎが出来るだけでも、シドニアの仕事としては上出来だ。


 シドニアは、エクスという青年の言葉を聞いて、先日サーニスとした会話を、思い出していた。


『どうか未来で、クアンタだけが戦わなくてもいい、そんな世界を作り上げたい』


 それは遠い未来に、そんな人類の在り方を説いた、彼の言葉だったが――今、まさにそんな世界が、訪れようとしているのではないか、と。


『自分たちは彼女に、それだけの事をして貰った。助けて貰った。ならば、今度は未来で彼女を助ける役目を、自分たち人類が担いたい。担っていかねばならないと思うのです』


 今、フォーリナーは人類へ仇成す存在になり得ている。クアンタもフォーリナーに、囚われたままだ。

  そんな、これまでシドニア達を助けてくれたクアンタという存在を、まだ助けられるとしたら――その役目を、自分たち人類が担いたいという想いは、シドニアも同様だ。


  ――エクスと言う青年が、シドニア一人に責務を背負わせたくないとしたように。

  ――シドニアも、義によって、善性によって誰かを救いたい、そんな世界を作りたいと、願えたのだ。


 それは、人類が悪性だけではなく、善性をしっかりと有している事の証。


(……どうだ、マリルリンデ、人類は意外と、捨てたものじゃないだろう……ッ!)


 いつの間にか、身体の痛みなど感じなくなっていた。

  シドニアがエクスと共にフォーリナーの攻撃を躱し、反撃を与えていくと――声が響いた。


『あー、テステス』


 通信設備から、アメリアの声が聞こえた。

 テステス、という言葉の意味が理解できなかったが、その声は恐らくプリストのものだろうと考えられる。


『この警報はレアルタ皇国全土へ流しておるが、刀を装備した警兵隊員、皇国軍人、その他に諸々に、お願いがあるのじゃ』


 耳から入ってくる音声を処理しながら戦いを続けるシドニアが、エクスの背後から襲い掛かろうとするフォーリナーを、二対の刃で切り裂いた。


『今、レアルタ皇国全土を襲っとる輩は、フォーリナーと呼ばれる外宇宙生命体じゃ。これは、特殊な事情で刀でなければ対応出来ん事が確認されておる。故に刀が配備されておらん皇国軍人か警兵隊員は――各皇居及び警兵組織宿舎等、刀の保管場所へ取りに行くのじゃ!』


 は!? と思わず顔を上げたシドニアへ襲い掛かる、一体のフォーリナーは、エクスが斬り払う事でやり過ごした。


「シ、シドニア様、大丈夫でしょうか!?」

「す、すまない……っ」


 プリストが命令に反し、警兵隊員や皇国軍人に戦いをを命じる筈も無い。それを咎めるようなサーニスの声等も聞こえない。


「……まさか」


 呟いた言葉。

  その内心に秘められた期待に答えを突きつける様に――彼女の声が響く。


『幸い、災いと異なりフォーリナー単体の戦闘能力は低い! 相手に刀以外で接触しない事を注意しつつ、応戦せよ! 時間を稼げば、どうとでも出来るように手を打ってあるでの!



 吾輩――アメリア・ヴ・レ・レアルタの命令じゃ!』



「姉上……ッ!」


 シドニアは確信する。

  今、警報設備を用いて声をレアルタ皇国全土に届けているのは、間違いなくアメリア・ヴ・レ・レアルタ張本人だ、と。
  
  
  **
  
  
  アメリア皇居の天井を突き破り、襲い掛かるフォーリナーの軍勢。

  その軍勢に対抗する、二名が存在する。


  一人はサーニス・ブリティッシュ。

  もう一人は――ピンクと赤色の明るい配色、布地が少なく肌を多く出す、可愛らしい服を着込んだ、カルファス・ヴ・リ・レアルタである。


「全く、地球からゴルサまで帰ってきた瞬間、こんな大騒動になってるなんてねっ!」

「そ、それよりカルファス様……そ、その衣服は、一体……?」

「えへへ、可愛いでしょサーニスくん! あ、地球土産も買ってあるから後で食べてね?」

「は……はぁ……?」


 皇居に残されていた刀の一本を抜き、その刃にマナを浸透させる事で刃を延長するカルファスが、疾く動いて敵をけん制する間に、サーニスがゴルタナを展開し、トドメを刺していく。

 エントランスで暴れ回る二者を見据えながら、物陰に隠れるように通信設備を抱えるプリストは、通信設備と繋がれたマイクに声を吹きかけるアメリアへ、涙を流す。


「あ、アメリア様ようやく帰ってきたよぉ……っ、わたし、バカだからアメリア様の代わりなんて、全然務まりませんよぉ……っ」

「主は本当に吾輩と正反対じゃな……まぁ成り切っとる主は吾輩そっくりになれとるからAll Okayじゃが」

「あ、あのぉ、おーるおっけーってなんです?」

「気にするでない。英語じゃ」

「え、エイゴ……?」


 通信設備の電源を一度切ったアメリアが、その灰色オフィススーツとハイヒール靴で歩き出し、机をどかして広々としている会議室に待機し、整列している皇国軍人と警兵隊員へ、笑いかけた。


「ここにいる面々は、一度刀を配備された人間じゃな?」


 一斉に敬礼する事で、それが返答である事を示す皇国軍人や警兵隊の人間に、アメリアも頷いた。


「先ほど放送でも流した通り、現在レアルタ皇国全土はフォーリナーという脅威に晒されておる。……正直、災いよりも厄介な奴らじゃ」


 誰も、アメリアに対して問いかける事は無い。

  彼女は独裁者だ。質問をしても返答はないし――そもそも、彼女の立てる作戦に、間違いなどある筈がない。

  故に、兵達は彼女を信じ、ただ黙って耳を立てるのみだ。


「対災いに関する詳細は、後程正式に民へ向けて報告する。――じゃが、簡単に言えば、刀匠・リンナと、その弟子のクアンタという少女に、これまで吾輩らは、多くを助けて貰い、解決にまで至った。そして今、その二人に危機が訪れておる」


 その経緯や詳細は確かに気になる所だったが、しかし今は、その詳細を詳しく聞いている暇も惜しいと考えている面々は、頷きながら、アメリアへ視線で訴える。


 ――自分たちは何をすればいい? と。


「良い目じゃ。そう、主らは最初から、民や国を守る為、戦ってきた猛者達じゃ。……故に、吾輩は主らの命を借り受ける」


 アメリアも笑い、彼らの覚悟を受け取りながら――彼らの命に、命じるのである。


「今度は吾輩らが、リンナやクアンタを守り、助ける番じゃ! 各員の奮起奮闘ぶりに期待する!」

『ォオオオオオオオッっ!!』


 怒号と共に、男たちは配備し直された刀を手にした。アメリアは一人ひとりに配備場所や行動内容を伝えていき、各員がそれぞれ、そのように行動していく中――片隅で隠れていた菊谷ヤエ(B)が、マジカリング・デバイスのような物をポケットから取り出しつつ、小さく呟いた。


「さて……アメリアやカルファスの帰還は賭けだったが、何とかなったな。これで人類側の準備は整った。


 ――私の愛した人間達を、舐めるなよ。愛を知らんフォーリナー共」
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