魔法少女の異世界刀匠生活

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最終章

クアンタとリンナ-10

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 時刻は夕刻を越え、夜に差し掛かる時間帯。

  ワネットは鋳造所の裏にある山を昇り切り、遠見の魔術で周囲を警戒する。

  リンナとサーニスが隠れるのは、鋳造所裏手の茂み、人通りは無いが、しかし見つかると厄介な事になるのでワネットが警戒しつつ、鋳造所に出入りする人間がいないかどうかを観察する。


『こちらサーニスだ。ワネット、状況はどうだ?』

「あら、今は皇族の皆さんがいないのに、姉さんとは呼んでくれないの?」

『……今は職務中だ』

「はいはい。貴方がたまに素になっちゃう所が楽しいのだけれどね。状況は基本的に変わり無し。一応、七つある貧困街の門全て警戒しているけれど、今の所出入りした人間もいないわね」


 二人が通信を行っているのは、霊子端末を用いた霊子音声通信である。カルファスから「いざという時の通信手段として使え」という事で渡されていて、ワネットもサーニスもこうした事態で使用しているし、今はサーニスの真横にいるので必要は無いが、リンナのマジカリング・デバイスとも通信は可能だ。

 もし横流ししているフォーリナーの残骸を一度鋳造所に集めているとしたら、必ず貧困街出入口となる門を通る必要がある。

  昔はベニヤ板一枚で補強されていただけの門が、いつの間にかレンガ作りの高い壁となり、門番等も置かれていて、侵入も難しい。


『正門を通る時に所持品検査などは行われないのか?』

「行われている、という話は聞いているけれど、真偽は定かじゃないわね。賄賂を渡してそのまま素通り、という事も考えられるわ」

『了解。動きがあれば報告を頼む』


 通信が切れて、ワネットは霊子端末をスカートに備えられたポケットに入れこんだ。


  ――その時、ワネットはゾワリとした感覚に気付き、太ももに備えていた神殺短剣を抜き放ちながら後ろへ振り返ったが。


「まーまー、落ち着いてワネットちゃん。私だよ私!」

「か、カルファス様……?」

「うん、久しぶりだねェ」

「え、ええ……」


 背後に立っていたのは、既に政局から退き、今は裏方に徹しているカルファス・ヴ・リ・レアルタである。

  以前のように王服は着ておらず、今は薄手の着衣と太もも丈の紺色パンツを着ている。着衣に『SUGOI DEKAI』と文字が描かれているが、ワネットには読めない。


「何々? 例の、銀の根源主を調査してんの?」

「ええ。カルファス様は何かご存じなのですか?」

「銀の根源主については知らないけど――ガンダルフ・ラウンズ君の方は、調べてみると、ちょっと面白い事になってる」


 ニッと笑い、カルファスがポケットから取り出したのは、霊子端末にも似た地球のスマートフォンだ。今は全子機にスマホを渡し、内部改造を行って霊子通信設備を取り付けてあるらしいが、ワネット達は知らない。

 スマホの画面をワネットに差し出すと、そのバックライトで照らされ、綺麗に写られた書類を読み進めていく。


「これは……」

「昔アルちゃんが、霊子転移技術をアルハット領の独占技術として公表して、各事業者に技術を使わせてるって話、知ってるよね?」


 かつてアルハット領で、ドラファルド・レンダが企てた野心によって様々問題が引き起こされた事から始まる一件を、ワネットは関与していないが、内容は知り得ている。


「で、霊子転移技術は今、アルハット領技術管理事務局って所に申請を出して通れば霊子端末を貸与して、どんな事業でも扱えるようにしてあるんだけど……コレ、何か分かる?」

「霊子転移技術・霊子端末の使用許諾、及び使用許可書……それも」

「うん。あそこの、リストア鋳造所が使用申請を出して、許可が出てる」


 リストア鋳造所は、今サーニスとリンナが隠れている鋳造所の正式名所だが、おかしい。既にリストア鋳造所は事業撤退をしていて、今は存在しない筈だ。


「念の為、他にリストア鋳造所って会社があるのかどうか調べたんだけど、やっぱなかったよ。そもそもリストア鋳造所を経営していたのが、そのままリストアさんって人なんだけど、この人は仕事が無くなってから、そのまま貧困街の仲間入りしてるし」


 使用許諾書の申請者名に目を通すと――そこには、申請者にリストアの名が。


「おかしいよね。だから私、この申請を通した技術管理事務局を密かに調べたんだけど……」

「……だけど?」

「マジで真っ黒だったよ。二割以上が、元々シドニア領貧困街出身。しかも、誰が推薦したかって言ったら、それも全部ガンダルフ・ラウンズ君」


 ガンダルフは元々、政府の不正を調査する監察官の人間だ。故に各領の公的機関には顔が利き、その就業規則に則った人材斡旋も可能であったのだろう。

  そして、貧困街の人間を正規職員として雇う事は、一種のイメージアップに繋げる事も出来るとして、技術管理事務局も紹介をそのまま受け付けた可能性がある。

  書類に記載されていた日付は、二ヶ月前。

  フォーリナー侵攻事件があったため、復興に霊子転移技術を必要とした事業者が多く居た時期であり、一部事業社には特許使用料を免除していた時期でもある。


「職員の斡旋も、大体三ヶ月前。つまり、フォーリナー事件が起こってすぐに、ガンダルフ君は行動していたってワケ」

「……ガンダルフ・ラウンズは、何が目的でこんなことを?」

「想像はしてるんでしょ?」


 全てが出来過ぎているのだ。

  ガンダルフによる、シドニア領貧困街の自治独立と、アルハット領技術管理事務局への人材斡旋、銀の根源主創設、フォーリナーの残骸回収からの横流し、更には表示されている霊子転移技術の不正使用疑惑……。

  それらが全て、この三ヶ月以内に集中している。


「……ガンダルフ・ラウンズが、銀の根源主を束ねる教祖……?」

「もしかしたら、トップは別に据えているかもしれないけどね」

「霊子転移は、フォーリナーの残骸を横流す為に使用している……?」

「ここまで状況証拠が整ってると、可能性はあるよね」

「となると、もしや――っ」

「うん……当たりだよ」


 そうカルファスが言葉にした瞬間、ワネットの霊子端末に通信が入った。サーニスからだ。


『ワネット、何が起こっている。いきなり鋳造所内から、大量の気配を感じた。人が動いている気配もある』

『何か喋ってるけど、流石に聞き取れない……っ』


 ワネットは全身から冷や汗を流しつつ、状況を観察する。

  鋳造所は元々広い構造をしており、今その中に大量の人間と合わせ、フォーリナーの残骸が霊子転移によって集められたと仮定すれば、今は一斉確保のチャンスと言っても良い。

  しかし、もし豪鬼や餓鬼の言っていた仮説が正しく、残骸を人間が食した場合、フォーリナー化するとすれば、中にいる者たちがフォーリナー化し、戦闘になる可能性もある。

  さらに仮説が正しく、残骸の横流しを行っている者が銀の根源主というカルト宗教の信者であれば、そうしてフォーリナー化する事に躊躇いは無いかもしれない。戦闘の可能性はより高くなる。そうなれば、サーニスとリンナ、ワネットだけでは人手が足りない。

  だが、こうして思考している時間も惜しいのも確かだ。相手が霊子転移技術を持ち得ているのなら、横流しを早々に終わらせて消えてしまう可能性も否定できない。


  ワネットが考えていると――霊子端末をカルファスがひったくり、声を吹き込んだ。


「あー、サーニスさん、聞こえる?」

『!? か、カルファス様……!?』

「うん、そーだよ。今から、作戦を伝えるから、よく聞いて。二度は言わない」


 カルファスが連ねていく作戦を聞いて、ワネットが幾度か口を挟みそうになったが、しかしカルファスは口を閉ざさなかった。

  彼女は、こうした事態にはもう関わる事が出来ない。故に、知識を貸してくれるこの状況が、カルファスに出来る精いっぱいなのだ。


「以上。分かった?」

『……リンナさんが危険になりますが』

「リンナちゃん、サーニスさんから聞いてるよね? 行ける?」

『行けます!』

「良い返事だよぉ。……じゃあ、リンナちゃん、ゴーッ!」


 カルファスの言葉に合わせ、リンナが今茂みから身を出して、鋳造所の入口へと駆け出していく。


「じゃ、後はよろしくね、ワネットちゃん」


 霊子端末をワネットへ返却し、去っていこうとするカルファスの手を、ワネットが取り、引き留める。


「……カルファス様は、もうこうした事態に、手を出さないのですか?」

「うん。……色々と、事情があってね。手を貸すとしても、ホントにちょっとだけ」


 カルファスは、子機の一基が地球へと出向き、成瀬伊吹の殺害方法を探していると、皆には伝えていない。

  故に、彼女が政局から退いた理由も、戦いから身を引く理由も、誰も知らない。


  ……とある姉と、とある妹を除いて。


「少し、寂しいです」

「ワネットちゃんらしくない事言うなァ」

「貴女とわたくしは、殺し合った仲です。故に、貴女がそれだけ消極的だと……どうにも」

「ていうかそれが理由で、私らはあんまり関わらないんじゃなかったっけ?」


 ニヒヒ、と笑いながら、ワネットの手を優しく剥がしたカルファスは、そのまま歩き出していく。


「何時か、何時かは、皆さんの所へ戻られるんですよね?」

「約束は出来ないかなぁ」

「今、豪鬼や餓鬼の経過観察を行っているように……皆さんの事を、見守って下さっているんですよね?」

「それはそうだよ。……皆、私にとって大切な人だもん」


 その言葉を最後に――カルファスは、姿を消した。


「……それだけが分かれば、わたくしは満足です」


 姿を消したカルファスに、その言葉が届いたかどうかは分からないけれど。

  ワネットは一筋だけ涙を流しながら、山を下り始めた。

    
  **
  
  
  鋳造所の開かれた門から、リンナが姿を出すと、数十人程度の人間が一斉に、リンナの方を見据えた。

  人々は老若男女、小綺麗か小汚いか、様々な種類の人間がいて、一瞥するだけでは誰が貧困街の人間か、それ以外の人間かを判別する事も難しいが――共通している事が一つだけある。


 その表情だ。


  全員、何かに取り憑かれたかのように、疲れ切った表情を浮かべている。

  中には小さな子供もいて――リンナは思わず、声を張り上げてしまう。


「……アンタらが、銀の根源主って奴ら!?」


 誰もが答える事無く、リンナへと視線だけじゃなく、体そのものを向き直した。



「救い難き者だ……」


 返答の代わりか、その者たちの誰かが、そう口を開いた瞬間、皆が一斉に、リンナへと呪詛の言葉を垂れ流す。



「薄汚れた人の在り方に慣れてしまった、救い難き者」

「誰もが救われる事を望まず、一部の人間のみが幸を享受する事を良しとした者」

「我らが救世主の、救いを否定する愚か者」

『救い難き者――ッ』



 一斉に増悪を向けられた事で、虚力を通じて感情を感知してしまったリンナは、思わず吐き気を催した。

  口を押さえ、吐き気を堪え、覚悟を決めながら前へ向き直り、今一度声を上げた。


「誰だよ……こんな、罪のない人達を狂わせたバカは……どこのどいつだッ!?」

「私だと言えば、君は満足かな? ――姫巫女の末裔・リンナ」


 恐らく昔、鋳造所に設けられていた二階の事務室か何かから姿を現した、一人の男がいる。

  アメリアから見せて貰ったファイルに写真が残っていた、ガンダルフ・ラウンズである。
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