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最終章
クアンタとリンナ-11
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「お前が、銀の根源主を率いてるヤツか!?」
「正確に言えば違う。私はあくまで、宗教法人を運営する上での提言をしているに過ぎない。教皇はこの男さ」
ガンダルフの隣に、一人の男が立った。特に目立つ特徴のない、中肉中背の男性で、その男性も、目が据わり、感情を強く見せなかった。
「銀の根源主を、違法なカルト宗教団体とでも聞いているのかな? 姫巫女・リンナ」
「だったら何だってのさ!」
「それは誤解だよ。確かに『銀の根源主』はレアルタ皇国内では認可を受けていない宗教法人だが、バルトー国を始めラドンナ王国他、七つの国で認可を受けている。レアルタ皇国ガンダルフ領は諸外国からの認可を受けているならば宗教の在り方を否定しないと黙認をしているだけだよ」
「詭弁を言ってんじゃねェ……っ!」
「詭弁とはね。法律に基づき、律された宗教の在り方を認める事に、何の異論があるというんだね?」
「じゃあ何だこの人たちは! 皆みんな目が据わって、今にも自分の命を投げ出しちゃいそうな程に、心が疲れ果ててるじゃんか! こんな風に人を変えちまう事が、アンタらの教えなのッ!?」
リンナを囲むかのように、一定の距離を保ちつつも周囲を歩む信者たちに、リンナは汗を流しつつ、手で示す。
誰もが、リンナを敵と認識し、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出している。
そんな人を作り出す宗教など認めるわけにいくかと、リンナは叫ぶが――しかし、ガンダルフはため息をついて、首を横に振る。
「君は、何も知らないようだね。それもそうか。人を救うと言う使命だけを与えられ、ただ体よく扱われるだけの者に、知識など多く居る筈も無い」
「何を」
「君達、姫巫女……過去、災いと戦った彼女達は、立派な女性達だったのだろうな。しかし、何故彼女達は生き残る事が出来なかった?」
何を言っているのか、ガンダルフの言葉がなにを示しているのか理解できず、リンナは呆然としていた。
「それは……過去の皇族が、虐殺をしたから……」
「そうだ。だが、その虐殺から逃れる方法は幾つもあった。単純に国外へ逃亡する方法もあっただろうし、そもそも、元より政治的権能も持ち得る姫巫女ならば、皇族がそう動かぬように根回しをする事も出来た筈だ」
「何が言いたいんだっての……っ!」
「姫巫女達には教養が足りなかったんだよ。真実を知り、皇族達が何を企んでいるか、それによって自分たちがどの様に動けばよいか、それを見極める為に必要な知識が無かった。……分かりやすく言えば、バカだったんだよ」
心の奥底から湧き出るような怒りが、今リンナから溢れ出て、虚力を放出した。
だが、周囲の信者たちも、ガンダルフ達も、虚力を放出した彼女に、何の影響も受けはしない。
……そしてリンナにも、怒りを虚力に変換し、放出こそしたが、それは怒りを抑える為にした事であり、周囲の者達に殴りかかるわけでも、変身を果たすわけでも無い。
「君は思いの外、バカではないようだ」
「……撤回しろよ。故人をバカにするような事を言うんじゃねェ……ッ!」
「いいや、撤回はしない。私はあくまで歴史を紐解き、客観的事実を述べているだけさ」
リンナが行動に起こせない理由は、何よりも相手が原因だ。
相手は、災いでもなければ、フォーリナー化もしていない、ただの人間だ。
リンナは、姫巫女としての力は、魔法少女としての力は、無為に人へ向けられるべきじゃない。
彼女はそう考え、自分を律している。
そして――ガンダルフも、そうリンナが考えると知っているからこそ、信者へ静止を命じているのだ。
「話を戻そう。――君は、この者達が、銀の根源主を信仰している者たちが、何故これほどまでに疲れ果てているか、分かるかい?」
「……それは」
分からない。
リンナは他人に共感する力は持ち得ているが、しかし他人の全てが分かるワケじゃない。
「教えてあげよう。……彼ら、彼女らは、銀の根源主と出会う前から、生きる事に疲れ果てた者達さ」
「……え?」
「自殺願望者、とでも言えばいいか。愛する者を失ったり、職を失ったり、そもそも職にありつけなかったり、理由は様々だが、生きている理由を定める事が出来なかった、幸せになれない者たちさ」
そして私も、と。
ガンダルフは、自分の胸に手を当てた。
「私の父は、かつて皇帝の近しい者でね。しかし当時のシドニア第一皇子が、父も含めて多くの政治家や皇族たちを磔にし、罰した事で、息子の私も私刑に遭った」
「……気の毒だとは、思うけど」
「ありがとう。――だが、その程度はどうでもいいのさ。民衆が私という【悪】を作り出し、罰する事で、心に平穏を保てるのであれば、それは価値のある事だ」
え、と。
リンナが思わず声を漏らしてしまった。
ガンダルフが企むのは、皇族への復讐かと考えていたからだ。
彼が皇族によって、在りもしない罪で私刑に遭った。それを恨んで、こうした事態を引き起こしたのだと、そう考えていたから。
「私の有する価値観が変わったのは、この貧困街を訪れてからさ。……この貧困街にいる、誰もが虚無だった」
一日一日を、ただ生きる為だけに悪事を成す者も居れば、悪事を働く事にも疲れ、ただ生きるだけの者もいた。
そもそもこの地には「生きる理由」を持つ者など、誰もいなかった。
老若男女問わず、誰もが「生きる事そのもの」だけを続けていて、生きる意味などは誰も求めていなかったのだ。
「この街に来て、驚いたよ。私は生きる意味が『生きる理由を持つ事』にあると考えていたからね」
生きる理由。それは、リンナにとっても……否、リンナが愛した者にとっても、重大な言葉だった。
「だが違った。そもそも人は『生を受けた段階で幸せを享受出来なければならない』のだと――それが出来ぬのは、一部の愚か者たちが、より多くの幸せを手にする為に他者を蹴落とすからだ、とね」
人は誰もが幸せになる権利がある。
である筈なのに、幸せになれぬ者がいるのは、何故か。
弱者を食い物にし、強者が生き残る事の出来る、今の世界の在り方が、そもそも間違っているのだ、と。
「そんな中――私達のもとへ、フォーリナーと言う『神』が訪れた」
フォーリナー。
全てを飲み込む事で【個】の存在を許さぬ【根源化】を果たした者。
「私は悟ったよ。根源化こそが、生命を等しく律し、誰もが幸せになれる方法なのだと。一人が百を享受し、九十九人がゼロを手にする今の世界とは違い、全ての者が一を手にして、ゼロも、二以上も無い、等しく対等な生命。――その方法を人間へ与えてくれる者こそが、フォーリナーと言う『神』なのだと」
狂っていると、リンナは感じた。
今、ガンダルフの口にした言葉を、教皇と呼ばれた男も、リンナを囲む者たちも、皆がまるで神の神託であるかのように聞き惚れている。
頷き、祈り、そして誰もが――根源化を願っている。
「私は、この者達に、そうして幸せになる方法を教えただけ。そしてこの男はその方法を元に『銀の根源主』という宗教法人をバルトー国で立ち上げ、諸外国に認可させ、この国へ戻ってきただけだ」
ここにいる誰もが、それを望んでいた。
レアルタ皇国と言う国で、皆は幸せになれなかった。
そもそも幸せとは何かを見失っていた。
そんな中、ガンダルフが幸せになる方法を授けた。
幸せになる方法を見つけ、彼ら、彼女らは、それを求めた。
――それを否定しようとするリンナは、確かに皆から見れば「救い難き者」なのかもしれない。
「ならば、これは何だね?」
男が一人、いつの間にか鋳造所の中にまで侵入を果たしていた。
煌びやかな王服とマント、そして特注の刀を携えた、整った顔立ち。
――その者を見て、ガンダルフは狂気の笑みを浮かべるのである。
「これはこれは第一皇子! いえ、皇帝陛下ではありませんか!」
「久しぶりだね。私は昔から君の仕事ぶりを、それなりに評価をしていたのだがね」
そう、その地へと訪れていたのは、本来この場所にいる筈の無い、シドニア・ヴ・レアルタ皇帝であった。
護衛も連れておらず、外で待機している筈のサーニスも見当たらない。
リンナは事前に聞いていた打ち合わせで、彼が登場するという事を聞いていなかった為、驚きのあまり口をアングリと開けてしまう。
しかしシドニアはそんなリンナへ目もくれず、鋳造所内にある、シートのかけられた大きなコンテナを指さした。
コンテナの上方は盛り上がっていて、蓋があるようには見えない。故にシートがかけられているのだろうが――
「質問に答えたまえよ。このコンテナの中身は何だと?」
「ご自分の目でご覧になられては?」
「そうさせて貰おう」
シートを引っ張り、剥がす事で、むき出しになっていたコンテナの中身が零れ落ちた。
大量の、フォーリナーの残骸が、コンテナに詰め込まれていた。
恐らく、回収された筈であるのに、横流しされた四割の残骸。
シドニアはため息をつきながら、その一つを拾い上げた。
「コレが証拠となる。よくやったよリンナ」
「え、あの……し、シドニア様……? なんで?」
「おや。彼女は皇帝陛下が差し向けたのではなかったので?」
「差し向けてはいないよ。コレは彼女と、私のそれぞれが行った、独断先行さ」
フォーリナーの残骸を宙へ投げてはキャッチし、を繰り返したシドニアの言葉を受け、ガンダルフは僅かに沈黙したが、しかしそこでフッと息を吐く。
反してシドニアは、鋭い視線で彼を睨みつけ、ガンダルフも余裕綽々と言った表情で、彼の視線を受け付ける。
「確かに今の私は皇帝だ。しかし、かつては君を率いるべき象徴だった男でもある。……何故、こんな物を求めるか、理由を聞いても良いだろう?」
「今お話しした通りですよ。我々にとって、フォーリナーとは信仰の対象。神と崇めるモノの一部を手にしたいと願う事の、何がおかしいと?」
「詰まらない答えだ」
言葉通り、彼の言葉を受けたシドニアは詰まらなさそうに、乱雑にその残骸を放り投げた。
投げられた残骸を見据えて、信者達は殺到し、落ちた残骸に群がっていく。
「そもそも、フォーリナーとなる事のどこが【一】というのだ」
開かれた先にいるリンナへ近付き、彼女の隣に立ち、それでも彼の冷たい視線は、ガンダルフへと向けられている。
「自らの意思を奪われ、生きる理由を見つける事も出来なくなる。そもそも個の生命ですらない。それは【一】ではなく【ゼロ】だろう? 君達が忌み嫌った、奪われる事そのものだ」
「根源化とは一が全になる事だ。我々は元々命と言う【一】しか持たぬだけ。それ以上を望まず、違う形の【一】となる事は、奪われる事では無いでしょう」
「ならば言ってやろう。君達だけで勝手にやれ。他人を巻き込むな」
「皇帝がそれを仰るとは驚きですな! 本来はここにいる誰もが、皇帝という貴方に導かれて幸せになる権利がある筈なのに、それを拒否するとは!」
シドニアを見てから、ガンダルフの興奮は冷めやらぬようだ。高らかに笑い、時には狂気に表情を歪めている。
「いいか。そもそも、人には幸せになる【権利】などない」
「……何?」
シドニアの言葉を受け、そうした興奮を、一瞬で冷やしたガンダルフが、ただ問いの言葉だけを口にする。
「幸せになれる者は、それ相応の努力を、働きをした者のみさ。そして、その幸せとて、何時奪われるかどうかも分からない。君が姫巫女をバカだと言ったように、彼女達も幸せであった時と、不幸の時があったのだろう。それと一緒さ」
「全ての民に、幸せを届けるべきお方が、何を」
「いいや。確かに私は、民が幸せになる為の下地を作る義務はあるが、全ての者に幸せを届ける義務はないよ。そして私は、君達の言う『幸せ』を多く享受出来る人間ではあるのかもしれないが……私は、今まで一度も『自分が最高の幸せを掴んだ』と感じた事など無い」
「……なんだと?」
「そもそも今の私にとって、かけがえのない幸せがある場所は――母さんと約束した『全ての弱者が救われた世界』だからね。君達のような人間がいると知っているからこそ、私はまだ幸せではない」
「正確に言えば違う。私はあくまで、宗教法人を運営する上での提言をしているに過ぎない。教皇はこの男さ」
ガンダルフの隣に、一人の男が立った。特に目立つ特徴のない、中肉中背の男性で、その男性も、目が据わり、感情を強く見せなかった。
「銀の根源主を、違法なカルト宗教団体とでも聞いているのかな? 姫巫女・リンナ」
「だったら何だってのさ!」
「それは誤解だよ。確かに『銀の根源主』はレアルタ皇国内では認可を受けていない宗教法人だが、バルトー国を始めラドンナ王国他、七つの国で認可を受けている。レアルタ皇国ガンダルフ領は諸外国からの認可を受けているならば宗教の在り方を否定しないと黙認をしているだけだよ」
「詭弁を言ってんじゃねェ……っ!」
「詭弁とはね。法律に基づき、律された宗教の在り方を認める事に、何の異論があるというんだね?」
「じゃあ何だこの人たちは! 皆みんな目が据わって、今にも自分の命を投げ出しちゃいそうな程に、心が疲れ果ててるじゃんか! こんな風に人を変えちまう事が、アンタらの教えなのッ!?」
リンナを囲むかのように、一定の距離を保ちつつも周囲を歩む信者たちに、リンナは汗を流しつつ、手で示す。
誰もが、リンナを敵と認識し、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出している。
そんな人を作り出す宗教など認めるわけにいくかと、リンナは叫ぶが――しかし、ガンダルフはため息をついて、首を横に振る。
「君は、何も知らないようだね。それもそうか。人を救うと言う使命だけを与えられ、ただ体よく扱われるだけの者に、知識など多く居る筈も無い」
「何を」
「君達、姫巫女……過去、災いと戦った彼女達は、立派な女性達だったのだろうな。しかし、何故彼女達は生き残る事が出来なかった?」
何を言っているのか、ガンダルフの言葉がなにを示しているのか理解できず、リンナは呆然としていた。
「それは……過去の皇族が、虐殺をしたから……」
「そうだ。だが、その虐殺から逃れる方法は幾つもあった。単純に国外へ逃亡する方法もあっただろうし、そもそも、元より政治的権能も持ち得る姫巫女ならば、皇族がそう動かぬように根回しをする事も出来た筈だ」
「何が言いたいんだっての……っ!」
「姫巫女達には教養が足りなかったんだよ。真実を知り、皇族達が何を企んでいるか、それによって自分たちがどの様に動けばよいか、それを見極める為に必要な知識が無かった。……分かりやすく言えば、バカだったんだよ」
心の奥底から湧き出るような怒りが、今リンナから溢れ出て、虚力を放出した。
だが、周囲の信者たちも、ガンダルフ達も、虚力を放出した彼女に、何の影響も受けはしない。
……そしてリンナにも、怒りを虚力に変換し、放出こそしたが、それは怒りを抑える為にした事であり、周囲の者達に殴りかかるわけでも、変身を果たすわけでも無い。
「君は思いの外、バカではないようだ」
「……撤回しろよ。故人をバカにするような事を言うんじゃねェ……ッ!」
「いいや、撤回はしない。私はあくまで歴史を紐解き、客観的事実を述べているだけさ」
リンナが行動に起こせない理由は、何よりも相手が原因だ。
相手は、災いでもなければ、フォーリナー化もしていない、ただの人間だ。
リンナは、姫巫女としての力は、魔法少女としての力は、無為に人へ向けられるべきじゃない。
彼女はそう考え、自分を律している。
そして――ガンダルフも、そうリンナが考えると知っているからこそ、信者へ静止を命じているのだ。
「話を戻そう。――君は、この者達が、銀の根源主を信仰している者たちが、何故これほどまでに疲れ果てているか、分かるかい?」
「……それは」
分からない。
リンナは他人に共感する力は持ち得ているが、しかし他人の全てが分かるワケじゃない。
「教えてあげよう。……彼ら、彼女らは、銀の根源主と出会う前から、生きる事に疲れ果てた者達さ」
「……え?」
「自殺願望者、とでも言えばいいか。愛する者を失ったり、職を失ったり、そもそも職にありつけなかったり、理由は様々だが、生きている理由を定める事が出来なかった、幸せになれない者たちさ」
そして私も、と。
ガンダルフは、自分の胸に手を当てた。
「私の父は、かつて皇帝の近しい者でね。しかし当時のシドニア第一皇子が、父も含めて多くの政治家や皇族たちを磔にし、罰した事で、息子の私も私刑に遭った」
「……気の毒だとは、思うけど」
「ありがとう。――だが、その程度はどうでもいいのさ。民衆が私という【悪】を作り出し、罰する事で、心に平穏を保てるのであれば、それは価値のある事だ」
え、と。
リンナが思わず声を漏らしてしまった。
ガンダルフが企むのは、皇族への復讐かと考えていたからだ。
彼が皇族によって、在りもしない罪で私刑に遭った。それを恨んで、こうした事態を引き起こしたのだと、そう考えていたから。
「私の有する価値観が変わったのは、この貧困街を訪れてからさ。……この貧困街にいる、誰もが虚無だった」
一日一日を、ただ生きる為だけに悪事を成す者も居れば、悪事を働く事にも疲れ、ただ生きるだけの者もいた。
そもそもこの地には「生きる理由」を持つ者など、誰もいなかった。
老若男女問わず、誰もが「生きる事そのもの」だけを続けていて、生きる意味などは誰も求めていなかったのだ。
「この街に来て、驚いたよ。私は生きる意味が『生きる理由を持つ事』にあると考えていたからね」
生きる理由。それは、リンナにとっても……否、リンナが愛した者にとっても、重大な言葉だった。
「だが違った。そもそも人は『生を受けた段階で幸せを享受出来なければならない』のだと――それが出来ぬのは、一部の愚か者たちが、より多くの幸せを手にする為に他者を蹴落とすからだ、とね」
人は誰もが幸せになる権利がある。
である筈なのに、幸せになれぬ者がいるのは、何故か。
弱者を食い物にし、強者が生き残る事の出来る、今の世界の在り方が、そもそも間違っているのだ、と。
「そんな中――私達のもとへ、フォーリナーと言う『神』が訪れた」
フォーリナー。
全てを飲み込む事で【個】の存在を許さぬ【根源化】を果たした者。
「私は悟ったよ。根源化こそが、生命を等しく律し、誰もが幸せになれる方法なのだと。一人が百を享受し、九十九人がゼロを手にする今の世界とは違い、全ての者が一を手にして、ゼロも、二以上も無い、等しく対等な生命。――その方法を人間へ与えてくれる者こそが、フォーリナーと言う『神』なのだと」
狂っていると、リンナは感じた。
今、ガンダルフの口にした言葉を、教皇と呼ばれた男も、リンナを囲む者たちも、皆がまるで神の神託であるかのように聞き惚れている。
頷き、祈り、そして誰もが――根源化を願っている。
「私は、この者達に、そうして幸せになる方法を教えただけ。そしてこの男はその方法を元に『銀の根源主』という宗教法人をバルトー国で立ち上げ、諸外国に認可させ、この国へ戻ってきただけだ」
ここにいる誰もが、それを望んでいた。
レアルタ皇国と言う国で、皆は幸せになれなかった。
そもそも幸せとは何かを見失っていた。
そんな中、ガンダルフが幸せになる方法を授けた。
幸せになる方法を見つけ、彼ら、彼女らは、それを求めた。
――それを否定しようとするリンナは、確かに皆から見れば「救い難き者」なのかもしれない。
「ならば、これは何だね?」
男が一人、いつの間にか鋳造所の中にまで侵入を果たしていた。
煌びやかな王服とマント、そして特注の刀を携えた、整った顔立ち。
――その者を見て、ガンダルフは狂気の笑みを浮かべるのである。
「これはこれは第一皇子! いえ、皇帝陛下ではありませんか!」
「久しぶりだね。私は昔から君の仕事ぶりを、それなりに評価をしていたのだがね」
そう、その地へと訪れていたのは、本来この場所にいる筈の無い、シドニア・ヴ・レアルタ皇帝であった。
護衛も連れておらず、外で待機している筈のサーニスも見当たらない。
リンナは事前に聞いていた打ち合わせで、彼が登場するという事を聞いていなかった為、驚きのあまり口をアングリと開けてしまう。
しかしシドニアはそんなリンナへ目もくれず、鋳造所内にある、シートのかけられた大きなコンテナを指さした。
コンテナの上方は盛り上がっていて、蓋があるようには見えない。故にシートがかけられているのだろうが――
「質問に答えたまえよ。このコンテナの中身は何だと?」
「ご自分の目でご覧になられては?」
「そうさせて貰おう」
シートを引っ張り、剥がす事で、むき出しになっていたコンテナの中身が零れ落ちた。
大量の、フォーリナーの残骸が、コンテナに詰め込まれていた。
恐らく、回収された筈であるのに、横流しされた四割の残骸。
シドニアはため息をつきながら、その一つを拾い上げた。
「コレが証拠となる。よくやったよリンナ」
「え、あの……し、シドニア様……? なんで?」
「おや。彼女は皇帝陛下が差し向けたのではなかったので?」
「差し向けてはいないよ。コレは彼女と、私のそれぞれが行った、独断先行さ」
フォーリナーの残骸を宙へ投げてはキャッチし、を繰り返したシドニアの言葉を受け、ガンダルフは僅かに沈黙したが、しかしそこでフッと息を吐く。
反してシドニアは、鋭い視線で彼を睨みつけ、ガンダルフも余裕綽々と言った表情で、彼の視線を受け付ける。
「確かに今の私は皇帝だ。しかし、かつては君を率いるべき象徴だった男でもある。……何故、こんな物を求めるか、理由を聞いても良いだろう?」
「今お話しした通りですよ。我々にとって、フォーリナーとは信仰の対象。神と崇めるモノの一部を手にしたいと願う事の、何がおかしいと?」
「詰まらない答えだ」
言葉通り、彼の言葉を受けたシドニアは詰まらなさそうに、乱雑にその残骸を放り投げた。
投げられた残骸を見据えて、信者達は殺到し、落ちた残骸に群がっていく。
「そもそも、フォーリナーとなる事のどこが【一】というのだ」
開かれた先にいるリンナへ近付き、彼女の隣に立ち、それでも彼の冷たい視線は、ガンダルフへと向けられている。
「自らの意思を奪われ、生きる理由を見つける事も出来なくなる。そもそも個の生命ですらない。それは【一】ではなく【ゼロ】だろう? 君達が忌み嫌った、奪われる事そのものだ」
「根源化とは一が全になる事だ。我々は元々命と言う【一】しか持たぬだけ。それ以上を望まず、違う形の【一】となる事は、奪われる事では無いでしょう」
「ならば言ってやろう。君達だけで勝手にやれ。他人を巻き込むな」
「皇帝がそれを仰るとは驚きですな! 本来はここにいる誰もが、皇帝という貴方に導かれて幸せになる権利がある筈なのに、それを拒否するとは!」
シドニアを見てから、ガンダルフの興奮は冷めやらぬようだ。高らかに笑い、時には狂気に表情を歪めている。
「いいか。そもそも、人には幸せになる【権利】などない」
「……何?」
シドニアの言葉を受け、そうした興奮を、一瞬で冷やしたガンダルフが、ただ問いの言葉だけを口にする。
「幸せになれる者は、それ相応の努力を、働きをした者のみさ。そして、その幸せとて、何時奪われるかどうかも分からない。君が姫巫女をバカだと言ったように、彼女達も幸せであった時と、不幸の時があったのだろう。それと一緒さ」
「全ての民に、幸せを届けるべきお方が、何を」
「いいや。確かに私は、民が幸せになる為の下地を作る義務はあるが、全ての者に幸せを届ける義務はないよ。そして私は、君達の言う『幸せ』を多く享受出来る人間ではあるのかもしれないが……私は、今まで一度も『自分が最高の幸せを掴んだ』と感じた事など無い」
「……なんだと?」
「そもそも今の私にとって、かけがえのない幸せがある場所は――母さんと約束した『全ての弱者が救われた世界』だからね。君達のような人間がいると知っているからこそ、私はまだ幸せではない」
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