魔法少女の異世界刀匠生活

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最終章

クアンタとリンナ-12

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 リンナの手を握り、彼女を自分の背で隠すシドニアの温かさを受けながら――リンナは、彼の言葉を聞き続ける。


「いいか、人の幸せとは十人十色だ。君にとっての幸せと私にとっての幸せを、同じ計りで括ってもらっては困る」

「……なるほど、貴方もそうした詭弁を言うか」

「君もリンナに言っていた事だがな、私の言葉を詭弁と言うには、君には教養が足りないよ。……つまり、君はバカだと言う事さ」

「シドニア・ヴ・レ・レアルタ……ッ」


 ガンダルフの憤怒に燃える表情を見据えて、尚もシドニアは不敵な笑みを絶やさない。

  リンナは戦闘に備えてマジカリング・デバイスを手にしようとしたが――そうした所で、ガンダルフが懐から、フォーリナーの残骸を手にする光景を目にした。


  ――その瞬間を見計らったように、シドニアは一つの端末を取り出し、その端末の先端に取り付けられたレンズを彼へ向け、画面に触れた。


  パシャ、と何か音が奏でられると同時に、強い光がガンダルフを襲う。。

  その音が、光が何か理解できなかったガンダルフは、光が収まった事を確認しつつ、呆然と音の正体を探ろうとしたが――その答えは、シドニアがガンダルフへ向けた、端末の画面にあった。


「……なんだ、それは」

「君は随分と用心深かったよ。君がいる場所は、どこの窓からも見えない死角で、遠くから写真機で映す事は不可能だったし、この場所は光も何もない。正面から写真機を用いても、君の顔を写す事は出来ない」


 その端末は、霊子端末や、マジカリング・デバイス、第四世代型ゴルタナでもない。

  霊子端末などに似ている、六インチ程度の画面を有する端末を、ガンダルフもリンナも知り得ない。


「会話を録音したとしても、君は自分の名を決して口にしなかった。それでは君が【銀の根源主】を率いている者、もしくはフォーリナーの残骸を横流ししている者だという証拠にはなり得ない。リンナが録音役を果たす予定だったのだが」


 ギクリと、リンナの肩が僅かに震えた。

  そう、リンナがサーニスより渡された霊子端末は、録音機能が働いていた。故に、リンナは戦う事も無く、ガンダルフとの会話を続けざるを得なかったのだが――そこに、シドニアが現れたという事だ。

  全てはガンダルフが、今回の事件に関与しているという証拠を掴む為に。


「だから――この写真が必要だった」

「何だ、その端末は……ッ、こんな暗がりで、私の顔をそうもクッキリと写すなど、どんな魔導機でも不可能だ……それは何だ……ッ!?」

「チキュウと言う世界で使われている通信端末だそうだよ。高性能写真機としての機能も有していて、暗がりでもこの通り、人を識別して光を調節するらしい。……ほうほう、凄い、良く撮れている。自分で撮っておいて何だが、私も驚いているよ」


 シドニアの手には、カルファスが本来持っているべき、日本製のスマートフォンが持たれていた。

  そのデュアルレンズと高性能AIによる識別機能により、夜景と人の顔を識別した上でフラッシュを焚き、暗がりでも人の顔を写せるように出来る。

  そして、そのカメラ機能を用いて――フォーリナーの残骸を手にした、ガンダルフの顔がしっかりと写されていた。


「これは重要な証拠だ。レアルタ皇国ガンダルフ領を統治する君の周辺調査を公的機関に命じるには十分すぎる証拠だね」


 ガンダルフは、もし『銀の根源主』という存在がフォーリナーの残骸を集めていたとしても、自分が関与している証拠さえ掴まれなければ、いくらでも立て直す事が可能と踏んでいた。故に、録音されていてもガンダルフだと証明できるような言葉を、一言も口にしなかった。

  そこに現れたシドニアが、フォーリナーの残骸を手にして「これが証拠になる」と口にした時に慌てなかったのは、それを押収された程度では『銀の根源主』が横流しに関与したという決定的な証拠になりはしないし、ガンダルフが横流しに関与した証拠にもなり得ない。

 そうなれば、公的機関はガンダルフの周辺調査に踏み切る事は出来ない。

 そうあるように、ガンダルフがシドニア領貧困街の情勢を整えたのだから。


  ――だが、ガンダルフがフォーリナーの残骸を持っている写真は違う。


  今は政治的に難しい立ち位置にある貧困街を統治する、ガンダルフの調査を公的に行う為の理由がない。故にガンダルフが銀の根源主に関与している証拠を掴まれる心配は無い。

  しかし、その写真を理由にガンダルフがフォーリナーの残骸を横流ししている証拠とされた場合、銀の根源主への関与も調べなければならず――そうなれば、シドニアの息がかかった調査機関は、その関与の在り処に必ず辿り着く。


「貴様……ッ!!」

「だから言っただろう――君は、私の言葉を詭弁と言うにはバカだったのだ、と」

「――シドニアと、姫巫女を殺せ、信者共!」


 冷静さの欠片も感じさせない言葉を吐き出したガンダルフの言葉に合わせ、信者たちが一斉にグルリと顔をシドニアとリンナに向け、各々がどこからかフォーリナーの残骸を手にし、口に含んだ。

  歯が折れても、どれだけ硬かろうとも強引に噛み砕き、飲み込む姿を見据えたリンナは思わず唾を飲み込むが、シドニアは冷静に懐へスマートフォンを収めた後、金色のゴルタナを取り出した。


「リンナ、いくぞ」

「は、ハイ――ッ!」


 手にしていたマジカリング・デバイスを構え、側面のボタンを押し込み、奏でられる〈Devicer・ON〉という機械音声に合わせ、シドニアもゴルタナを宙へ放り投げる。


「へ……変身!」

「ゴルタナ、起動」

〈HENSHIN〉


 溶けるようにして形を崩し、シドニアの両腕両足に展開される金色のゴルタナと、リンナの身体へと朱色を基本色とした、斬心の魔法少女としての戦闘フォームが展開されるタイミングは、ほぼ同時。

  リンナの身体を包む光が弾けて消え、二者が刀を抜いた瞬間。

  その場にいた、フォーリナーの残骸を飲み込んだ者たちが、まるで骨や筋肉が身体に無いかのように、グニャグニャと身体を歪ませ、内部から次第に肉体を流体金属化させていく光景を目にした。


「うっわ……っ」

「どうやら、豪鬼と餓鬼の仮説は正しかったようだな」


 シドニアが僅かに冷や汗を流しつつ、現状を再認識する。

  もし彼らの戦闘能力が、三ヶ月前のフォーリナー侵攻事件の地上型フォーリナーと同等であると仮定した場合、数の利に加え戦力差は、圧倒的に向こうの方が上だ。

  それにガンダルフもこれまでの周到ぶりから、シドニアやリンナの戦闘能力は事前に調べ、知り得ている筈だ。それでも「殺せ」とハッキリ命じたという事は、今の戦力で二人を殺し得ると踏んでいるのだろう。


「リンナ、君はガンダルフを捕らえてくれ」

「え、し、シドニア兄ちゃんは……?」

「問題無い――サーニス、ワネット!」


 シドニアが張り上げた声と共に。

  鋳造所の、元より割れていた窓ゲレスを更に割りながら、二人の男女が侵入。

  シドニアの言葉通り、サーニスとワネットである。


「お待たせいたしました、シドニア様!」

「さて――お仕事を開始いたしましょう」


 窓から侵入した二者は、それぞれが打刀を抜き放ちながら、左右に顔を向けるフォーリナーの大群に向けて突撃を開始する。

  その多い敵の隙間を縫うように駆け抜ける二者を、捉える事が出来ない者達は、次々と切り伏せられていく。

  そして二者へ続く様に、シドニアも皇帝用の刀を構え、リンナの前へ出る。


「私には、サーニスとワネットの二人がついている。心配するな」

「……うんっ」


 数の利、戦力差は相変わらず敵の方が有利、とは言えシドニア、サーニス、ワネットの三人が揃っている状況で、簡単に彼らが敗れるとも思えない。

  リンナがガンダルフを捕らえる事が出来れば、状況を変える事が出来るかもしれない。

  強く、地面を蹴りつけ、一階から二階へと到達したリンナ。

  だが、ガンダルフの隣にいた、教皇と呼ばれていた男がフォーリナーの残骸を噛み砕き、その身を歪ませながら次第にフォーリナーへ変貌していく。


「ガ――ァガ、ッ」


 僅かに、人の言葉らしきものが聞こえた。


「この人たちは、まだ人間としての意思を持ってる……?」

「まだ私たちも研究中だ。【銀の根源主】の信者達はモルモットの役割を果たしていると言ってもいいだろう」

「やっぱりお前は、そうして人を誑かして、良いように利用してるだけじゃんか……っ」

「人聞きの悪い。人類がいずれ公平な幸を享受するための、必要な犠牲だ」


 肉体を完全に流体金属と同化させ、人ならざる速度でリンナへと迫ろうとする。だが、リンナは冷静に足を動かして、教皇の変貌した姿をやり過ごすと、すれ違いざまにリュウセイによる一閃を、腹部へと叩き込む。

  ピシリと音を立て、内部から崩壊していくフォーリナー。やがて火花を散らして小規模な爆発を起こしたので、リンナは思わず振り返る。


「うが、ガ……ッ」


 フォーリナー化した筈の教皇が、爆風の中から転がり出て、傷だらけの身体を何とか起き上がらせようとする。

  その立ち上がろうとする熱意も、目線に含まれる殺意も――全てはリンナ達を殺し、銀の根源主が願う理想の世界へと辿りつく為に。


「今の所、フォーリナー化における人間は完全な侵蝕をされるわけではないと思われる」


 ガンダルフが連ねていく言葉を聞きながら、リンナは床を這いずりながら、リンナへと近付こうとする教皇を、恐ろしく感じながら、後退った。

  かつては災いや、フォーリナーという強大な敵と相対したが……しかし、人間の妄執をここまで感じた覚えはない。

  これまで経験した何よりも恐ろしい――人間の執念に、思わずリンナは動きを止めてしまう。


「だがその機能は、オリジナルのフォーリナーと相違無い。無機物への侵蝕は虚力不足によって不可能だろうが、有機生命……つまり人間や動植物には少なからず虚力があるという。ならば含まれる虚力を取り込みつつ、侵食する事も可能だろう」


 リンナの足首を掴む教皇。彼は既にフォーリナー化が解除されている。故にリンナに触れた所で、侵蝕されるわけではない。

  だが、何よりもそうして、執念だけで迫ろうとする彼への気味悪さが、リンナを動かした。

  足を必死に振るい、彼の手を剥がし、遠ざかった所で、ガンダルフの身体とリンナの背が、当たる。


「恐ろしいか?」

「……ああ、怖いよ。人間って、こんな怖くなれるんだね」

「だがそれは、彼らと君が価値観を違えているからだ。人は何より、自分と異なるモノを恐れ、慄く。だが少し目線を変え、自らも同じ立場となれば、彼らの願いや理想を理解し、共に歩む事も出来る」


 リンナの肩にそっと手を乗せ、耳元で言葉を囁く。


「君達、姫巫女の一族も、そうして異なる価値観を受け入れる教養があれば、生き残る事が出来たんだ。皇族に取り入ったルワン・トレーシーという女性の賢しさは、君もシドニアも見習わなければならないね」


 フォーリナーと共に歩む事を恐れず、根源化を果たそう。

  そう囁くガンダルフの言葉を聞き――その上でリンナは、リュウセイの刃を、下ろす。


「……一つ、聞かせて」

「何だね」

「アンタらは、フォーリナーになりたい。そうなんだよね」

「ああ、その通りだ。根源化こそ、人類の至るべき進化である。私も、ここにいる者達も皆、公平なる幸を求めているに過ぎない」


 シドニア達と戦い、少しずつ彼らによって倒されていきながらも、数の利と戦闘能力で彼らを疲弊させていく、フォーリナーの軍勢。

  今はまだ耐える事が出来ても――いずれは圧し返されるに間違いないだろう。

  リンナはその前に、ガンダルフを捕らえなければならないが――しかし、聞かなければならない。


「アンタたちは、いっぱい信者を増やしたら……世界をどうするつもり?」

「決まっている――全ての人々をフォーリナーへと変え、公平なる幸で世界を包む。それこそ根源化だろう?」

「……そっか。じゃあ、やっぱりアタシは、アンタらを受け入れる事は出来ない……っ」
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