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第四章

愛情-09

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 近付いていくと、やはり十メートル近い巨体が目を引いた。

 秋風やポンプ付きで何時も目に焼き付けている筈なのに、何故かこの機体だけは、特別に思えてしまった。

  初めて目の当たりにした雷神は、出撃準備が整われていない。未だに調整用ケーブルを身に着けて、整備と共にOMSの調整が成されているようだ。


  目の前にいる、三人によって。


「――来たね、姫ちゃんっ!」


 明宮哨。オレのパートナー技師であり、この学園で誰よりも高い整備の腕を持つ、最高の整備士。


「では、これで鍵は揃ったと言う事ですね。全く、なぜ私がこんな事を……」


 明宮梢。哨の姉であり、この学園では滅多に存在しないOMS科生徒で、生徒会の副会長を務めている。


「ぼやくな明宮姉。大好きな妹の期待を裏切るのか?」


 清水康彦。【天才】と呼ばれる、OMS開発史上最高のシステムエンジニアと名高い男で、生徒会の書記を務めている。


「哨達、何で……何でここに?」

「睦さんに頼まれたの。この機体を『織姫さんと楠さんが乗るに相応しい機体に仕上げてくれ』って」

「私は哨の付き添いです。可愛い妹がこんな危険な仕事に携わっているのですから、当然の事でしょう?」

「明宮姉。お前のデレはどれだけデレるんだ」

「哨の可愛さを前にすれば、当然の事です! 貴方には分からないのですか!? 朝まで語り明かしましょうか!?」

「あーもー、やめてよお姉ちゃん。すごい恥ずかしいじゃん」


 顔を真っ赤にした哨が、機体整備用のエレベーターを用いて降りてくる。もう、整備は完了したのだろう。


「乗れるよ、姫ちゃん」

「えっと……助かる、哨」

「別にいいよ。その代わり後で、コーヒー奢ってね」

「……無糖な」

「分かってんじゃん。いひひっ」


 雷神のコックピットに向けて、再び歩き出すオレと楠は、梢さんの隣を横切る際に、彼女の言葉を聞いた。


「城坂君。あなたのおかげで、哨と仲直りをする事が出来ました」

「よかったじゃないか」

「今度は、あなたの番です。――私に言った言葉を、どうかお忘れなきように」

「?」


 言葉の真意はよく分からなかったが、彼女の隣を横切ると、今度は清水先輩の声が聞こえた。


「少しは楽しめた。礼を言うぞ、城坂織姫」

「この機体のOMSは、清水先輩が?」

「当たり前だ。秋風とは何もかも違う機体なんだ。一から十まで、完璧に仕上げてやった。お前こそ感謝するんだな」

「サンキュ。今度コーヒー奢るよ」

「あ、コーヒーは止めてくれ。苦いのは嫌いだ」

「え」

「オレは学食で売ってる二百円のバナナ・オレしか好まないんだ。それ以外は許さん」

「分かったよ、注文多いな……」


 ようやく、コックピット下の、整備用エレベーターまで辿り付けた。

 エレベーターに、足をかけようとした、オレと楠――しかし。再びオレ達に向けて高らかな声が、工廠内に鳴り響いた。


「ダメよ――姫ちゃんっ! 楠ちゃんっ!」


 聞こえる声に、オレはすぐ、振り返る事は出来ない。

 未だに身体が、心が――拒否をしてしまう。


「お兄ちゃん」


 だが、そんなオレの手を引いて、ダメだと訴える楠に支えられ、オレはその足を一歩だけ引いて――その人に、視線を向けた。


  荒い息を整えながら、端麗な顔立ちに涙を浮かべ、何時もは小奇麗なスーツを、少しばかり乱しながら、彼女が――


 オレ達の姉である、城坂聖奈が、叫ぶのだ。


「その機体には、私一人で乗る! あなた達が戦いに赴く必要なんかないっ!」

「姉ちゃん、どうしてだよ。どうしてオレが戦っちゃいけないんだよ。

 姉ちゃんはオレの事を、コックピットパーツとしてしか見てなかったんだろ?

 だからオレの事を生徒会に招き入れたし、雷神プロジェクトの事も教えたんだろ?」

「そんなわけないでしょ!?


 弟と妹が死ぬかもしれない、居なくなっちゃうかもしれないって思って、平気で居られる姉なんか、いやしないわよっ!!」


 ボロボロと溢れ出る涙を堪える事無く、真っ直ぐオレ達を見つめて、想いをぶつける、姉ちゃん。

 そんな彼女へ、楠は俯きながら、答えを述べたのだ。


「やっぱり、お姉ちゃんだったんだね。初期原案の雷神プロジェクトを、睦さんに語らせたのは」


 楠がそう訊ねると、姉ちゃんは俯きながらも頷いた。


 ――全てはオレと楠が、戦いに赴く事を止める為。


 初期原案の雷神プロジェクトを伝え、オレの心を傷付けて――しかし、それでも。


「生徒会にお兄ちゃんを入れる様に指示をしたのも、雷神プロジェクトの人材をまとめておく事が目的じゃ無かった。ホントは、生徒会メンバー全員で、お兄ちゃんと私を、守らせる事が目的だった」


 姉ちゃんは、オレや楠の事を、愛おしいと思ってくれていた。

 だから、自分が例え嫌われても、オレが先ほどまで持っていた、拒否の心を抱かれようとも、オレ達の事を、守ろうとしてくれていたのだ。


  ――それはまるで、梢さんが哨を守る為に、嫌われてでも彼女を守ると決めた心と、何ら変わらない。


  オレの心は、思いを聞いて、知る事が出来て――充実感を抱いていた。


「ありがとう、姉ちゃん。……あとごめん。オレ、姉ちゃんの事を恨んじまう所だった。姉ちゃんの事を、嫌いになるかもしれなかった」

「いいの……そんなのどうだっていいの。姫ちゃんと楠ちゃんが、幸せな世界で暮らしてくれるなら、私はどれだけだって、嫌われていい。


 ――だから、その機体に乗らないで。それには私が乗る」


「無理だよ。お姉ちゃんは、遺伝子操作を受けていない。AD兵器に乗れるだけの、普通の人間なんだから」


 楠が否定すると、姉ちゃんはまるで、駄々をこねる子供の様に、首をブンブンと横に振った。


「そんなのどうにだってする! 何だったら私が死んだって構わない! だから――」


 彼女の言葉を遮った、一つの手。それは、オレ達をここまで連れてきてくれた、神崎の平手だ。


「これは、先ほど貴方の妹君に叩かれた分です。お返しします」


  彼女の平手は、姉ちゃんの頬を綺麗に叩いた。彼女の小さな手に叩かれたので、それ程痛くはないだろう。

  だが頬を抑え、神崎と視線を合わせて――その上で、姉ちゃんは神崎に問いかけた。


「どうして……? 紗彩子だって、姫ちゃんが好きなんでしょう?

 楠ちゃんは恋敵かもしれないけれど、姫ちゃんが死んでしまうかもしれない、貴女の目の前から、居なくなっちゃうかもしれないのに――!」


 強まる声。視線と怒号は、今度は哨へと向いた。


「哨ちゃんだってそうっ! 姫ちゃんの事が好きなら、どうして止めないの!? どうして、どうして――!」


 ガクリと膝を折り、ただ泣き散らす姉ちゃんに、神崎が答えていく。


「止めたに、決まっているでしょう。戦いに赴く事は良しとしないと、雷神プロジェクトとやらから、手を引かせろと。私だって彼に、楠さんに言いました。恐らく、哨さんだってそうです。

 ――でも、彼はその言葉に、ちゃんと応えてくれた。『大切な人を守りたいという気持ちを抱いたから、戦うんだ』と。

  彼が言う『大切な人』の中には……貴女も含まれている筈です。

  彼は、自分が生まれた意味だけでは無く、しっかりと自身に芽生えた想いを知り、戦うと決めたのです。


 その想いを――誰であろうと、否定をしては、ならないのです」


 彼女の言葉を最後に。姉ちゃんは、ただ涙を流しながら――だが、もうオレ達を止める事は、無かった。

  神崎は、オレと楠に向けて笑顔を見せながら、だが力強い言葉を放つ。


「これほどあなた方を想う人たちがいるのです。負けたらただじゃおきませんよ」

「分かってる。オレ達は、勝つ」

「うん。お兄ちゃんや皆と、私たちはまだまだ――『青春』し足りないんだから」


 再び、エレベーターへと足を付け、オレと楠は、ようやく雷神のコックピットへ、辿り付いた。
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