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第九章

兵器足りえるもの-07

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 痛い所を付かれる形で問われた言葉。

  今まで、考えていなかったわけではない。

  むしろ、そうとしか考えられない。


  親父は――城坂修一は、レイスの親玉で、明らかにテロを助長させている存在だ。


  今までオレやダディは、そんな奴らの掌の上で踊り続けていた。

  いや――これからもそうなる。

  そして、それを止める手っ取り早い手段は、一つしかない。


『銃を持てぬ、撃てぬお前が、その父親を、殺せるのか?』


  ダディの言葉に、何の反論も出来ない。

  オレは、ダディの言う通り、武器を持つ事の出来ない、兵器として欠陥品だ。

  ダディが、どうしてオレを引き取り、オレを育てたのか、それは分からない。

  オレがコックピットパーツとなるべくして生まれた子供だったからなのか?

  それとも、幼い子供を育てるつもりだったから?

  どちらにせよ、ダディはオレに「戦場にいる時には兵器足りえる者となれ」と教えてこられた。


  今のオレは、違う。


  誰かを殺す事も出来ない、銃を撃つ事の出来ない半端者が、この場所にいる意味なんて、無いのかもしれない。


「あのー」


 そんな、オレとダディの会話に割り込んできたのは、村上だった。


『なんだアキヒサ』

「このままだとあの二人の方が危険でしょ? なんか使える機体――あ」


 村上がキョロキョロと格納庫内を探るようにしていた所、一機のポンプ付きが膝をついて待機モードになっている状態で発見した。


「あの、格納庫にある余りのポンプ付き、誰か乗る予定あります? 無いなら俺乗ります」


 と、耳元のインカムへ声を吹きかけた。


『それはオリヒメの機体だ。奴に許可を取れ。私からは特に何とも言わん』

「姫、使っていいか?」


 許可を求める村上に、オレは首を横に振る。


「ダメだ。そいつはピーキー仕様にしてあるし、お前じゃあのパイロットたちには」

「設定は明宮に仕様変更して貰うし……それに、戦わなきゃ皆を守れないだろ?」

「……自分の命を落としてまで、守る事は無い」


 そうだ、きっとダディならこう言うだろう。

  今のオレと楠には、敵の命を殺す術がない。

  そして村上もまた、今や最新鋭の機体である秋風を堕とされ、そんな状態でオレのポンプ付きに搭乗した所で、また堕とされるだけ。

  死にに行く、だけだ。


「そうかな。確かに死ぬのは怖い。それは前、死にかけてわかった。

 けど――誰かを守る事に自分の力を信じる事も出来ず、大切な人たちが死んでいく方が、もっともっと辛いと思うんだよ。

 この機体が落とされたら素直に避難するから、貸してくれ」

 
  オレの手を――ぎゅっ、と握りしめながら、願うように言う村上の笑顔は、輝いていた。
  

  何時の間にか頷いていたオレの頭を撫でた村上は、哨の手を引いてポンプ付きへと向かっていく。

  整備に必要な時間は二分と無いだろう。

  そして――オレも覚悟を決めて、通信をダディに入れる。


「ダディ、オレと楠は雷神で出て、村上たちを援護する」

『……』


 もはやお前に語る事は無いとでもいうのか?

 クソダディ。なら、伝わるまで語るまでだ。


「確かに雷神じゃ敵を殺す事は出来ないよ。そしてオレも、もう自分の腕じゃ、引き金を引けない弱虫になっちまった。

 けれど……戦う事を、辞めたくないんだ」

『オリヒメ、PTSDだよ、それは。わかるな?』


 何時だったか、眠れない日にダディのベッドで共に寝た夜の事を思い出した。

  何時もは厳しいダディも、眠る時にオレが怖い夢を見た時は、優しく抱き寄せてくれた。


  この言葉も、そんな柔らかさを持っているように思う。


  ……やっぱり、ダディはオレの事を、ただのコックピットパーツなんかに、見てなかったんだな。


「オレは確かに、マークを殺してしまった。その心が未だに戦場を求めているのかもしれない。

 けれど、今この心に芽生えた戦う決意は、マークに対する後悔だけじゃない」


 マークJrという青年の人生は、オレの撃った弾丸の軌跡によって、絶たれてしまった。

  けれど、それを後悔していても、悔やんでいても――オレは、前を向いて生きる事に決めたんだ。

  だってそうしなきゃ、あの時彼が抱きしめた、優しいオレではなくなってしまうから。


「――オレに出来た大切な友達を、皆守りたい。その為に今のオレが出来る事は、皆をサポートする事だと思う」


 そして、引き金を引けないオレにも、楠にも、雷神にも、敵を撃つ事も出来なくても、それは出来ると言い放つ。


「城坂修一が……親父もし、レイスのボスだったとしても、オレはそんな親父と戦うよ。そうすれば親父を止められるし、何よりぶん殴る事が出来る。そうしたいと、心から思ってる」


『男の言葉を吐きやがって』


 ダディは苦笑と共に、そう言った。


『あと五分もすればこちらの部隊も駆けつける事が出来る。皆をサポートしろ、欠陥機』

「了解!」


 コックピットまで駆け、転がるように入り込む。

  楠がハッチを閉鎖すると同時に、生体認証を再度開始。一秒もせずに完了。

  それと同時に、オレのポンプ付きに乗った村上も起動を開始した。

  イケる、オレは楠と視線を合わせ、彼女に問う。


「楠は、吹っ切れたか?」

「まだ。でも、こうやって戦っていれば、いつの日か、お父さんともまた会えるよね」

「うん、きっと」

「なら、その時に私も、お兄ちゃんと一緒にお父さんをぶん殴る!

 それでどうしてこんなバカな事したのって肩を揺さぶって、最後にはお姉ちゃんの所へ放り投げてやる!」

「そりゃいい。きっと親父は泣いたって許されないだろうさ」


 格納庫から飛び出す村上機。

  その後を追う様に跳んだ雷神。

  村上に久世先輩への援護を頼んだオレと楠が駆る雷神は、島根機と未だにひと悶着している、恐らくリントヴルムの駆る機体へと、思い切り上段から踵落としを決める。


「ぐ――おおおおおおっ!!」

『あ――があぁあああッ!?』

「やっぱテメェか、リントヴルムッ!!」

『やっぱオメェもいんのか、オリヒメェッ!』


 寸での所で、右腕で雷神の踵落としを受け止めていたリントヴルム機が、掌に備えていたパイルバンカーを起動させ、脚部を破損させる。

  だが、足なんて飾りだ、くれてやるッ――!!


「島根! 遠慮なくやれっ!」

『姫ちゃん邪魔すんなよ――っ!!』


 文句を言いつつも、リントヴルム機のコックピット部に強く蹴りつけた島根機の打撃が、彼をどれだけシェイクさせた事だろう。

  その間に雷神は奴の手から逃れ、島根が蹴りつけたリントヴルム機の背後から、両手を組んだ状態で強く頭部へと叩きつける。正式名称はダブルスレッジハンマーらしいが、今はどうでもいい。


『っはぁっ!!』


 機体が陸へと叩きつけられる寸前で姿勢制御を行ったリントヴルム機が、アサルトライフルの銃口をこちらへと向けて無造作に放つ。


  ――しかし、銃弾は思わぬ方向に。


  何と、村上と格闘していたもう一機の方へ飛び、脚部に命中したのだ!


『なぁ、リントヴルム――オマエッ!!』

『あぁ!? お前に当たった!?』


 流石のリントヴルムも想定外だったのか、動揺が見られた。


『ナイスアシストだ村上!』


 今まさに四川を振り込み、相対する機体の右腕部を切り落としたフルフレームを駆る久世先輩からの賛辞。


『村上さんのおかげですね!』


 今まさに帰港を直前に、尚も援護射撃を怠らぬ神崎からの賛辞。


「俺ってホント強運だな!」


 そして村上自身の自画自賛と共に。


『それは無い!』


 全員からツッコミが入る。コレこそお約束!

  
『ッ、おい嬢ちゃん!』


 劣勢を悟ったか、リントヴルム機が僅かに後退を示すようにアサルトライフルの銃弾をばら撒き。


『ムカつく、ムカつくムカつくムカつくぅ!!』


 冷静さを失いながらも、リントヴルム機に引かれるように後退を開始し、両掌にある速射砲とレールガンを放てるだけ放ったもう一機。


「リントヴルム!!」

『――あばよハニィ。勝負はまたお預けだな』


 それだけ残して、二機は去っていく。

  追いかけてもいいが、それは監視衛星等に任せよう。

  
「今は、何とか無事に済んだこの状況を、良しとするか」


 ホッと息をついたオレと楠。手を繋いで互いの体温を確認した後――。


『欠陥機』


 ダディの言葉が通信機に入ってきて。


『よくやった』


 たった五文字の賛辞だけれど。

  
  オレは、たった一筋の涙だけを流して、そのままダディの言葉を、無視した。


『おい、いじけるなよ息子』

「ふん。反抗期の息子をあんだけイジメた罰だ、バカダディ」
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