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第十章

過去の遺産-06

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 藤堂敦は、水着姿のままプロスパーの基地内を散策していた。

  理由は二つ。

  一つ目は水着姿の美少女達に「写真撮るのやめてください」と取材拒否をされたばかりか、もう少しで二十万弱するカメラがのどかの手によって海へ投げ捨てられそうになった為である。

  防水加工はしてあるものの、海水に長時間浸されている場合は別である。いくらデータが即時にクラウド通信が出来る時代となったといえど、肝心のカメラは高く、そう頻度良く買い替えるものでもない。

  二つ目は単純な話、敵による襲撃後であれば警備が散漫になり、普段ガントレット指揮の下、取材が出来ない場所でも取材が出来る可能性があると鑑みてのことだ。水着姿のままなのは、あくまで道に迷ったという体に出来るとし、歩き回る。


「そんなわけがあるか」

「ゲ」

「ゲ、とは何だゲ、とは」


 現在プロスパーにおいて指揮系統を持つガントレット本人が現れ、嫌そうな表情を浮かべる藤堂と、ニヤリと笑うガントレット。


「ヤダなぁ、ゲ、なんて言ってないです。『ゲイが来た』って言っただけです」

「余計悪印象だろう。私はゲイではない。そういう趣味趣向を否定はせんが」


 元々藤堂とガントレットは旧知の仲だ。面識の回数自体は少なくとも、こうした冗談交じりの会話もする。


「少し暇つぶしに付き合え。今は調査や施設改修等で部下は全員出払っている。煙草の付き合いだ」


 携帯灰皿とタバコを取り出したガントレットと、渋々と言った様子で同じくタバコを取り出した藤堂は、火をつけて煙を吸い込み、同じタイミングでふぅと吐き出した。


「今はオリヒメの取材ではなく、サエコの取材と聞いている」

「ええ。彼女はいい女ですからね」

「ついでにオリヒメの取材もできれば御の字、位は思っていそうだが」

「今のあの子を取材するなんて、荷の重い事はしたくないんですがね。記者の性って奴で、いざなんかありゃ、カメラ構えちゃうんでしょうな」

「お前に初めて取材許可を出したのは、何時だったか」

「初めてっつったら、アレですよ。ミィリスの前身だった組織のトップ暗殺。それを嗅ぎ付けたリントヴルムが、ワシントン基地へ強襲を仕掛けて来た時」

「オリヒメがリントヴルムと初交戦した時か」

「あん時、オレもあのコックピットにいたんだ。姫ちゃんの恐怖に歪んだ顔は、今でも覚えてる。

 ファインダー越しに見ていることが出来なくて、カメラを持たずにあの子へ駆け寄った事は、今でも記者として恥じている事だ」

「そうだったな。以降私は、お前ならばと取材許可を出すようになった。この仕事だとマスメディアが嫌いになるが、お前だけはどうにも嫌えなかった」

「俺はこんなにもアンタを嫌ってんのに、ですか?」


 藤堂が、僅かに表情を歪ませる。

  二者は、何もいがみ合っているわけではない。

  互いに互いの仕事を認めつつ、しかし藤堂だけが、彼の事を苦手としているのだ。


「これは一記者としてじゃなく、姫ちゃんを知っている者として言わせてください。

 ……あの子は優しい子だ。けど戦場じゃそんな優しさは仇になるし、損をするだけだ。

 あの子も、それを分かっていたから、戦場じゃ兵器を演じて来た」

「そうだ。それは私が教えたことだ。戦場では兵器となれ、優しさを捨て、システムという歯車になれ、と」

「リントヴルムと初めて交戦したあの時、恐怖で震えあがる姫ちゃんに、義父であるアンタは何て言った。

 優しく抱きしめる事もせず『恐怖を捨てろ。出来なければ死ぬだけだ』と言っただけ。

 まだ十二歳の、本来なら友達と笑っているだけの子供に、どうしてそんな非情な事が言えるんだと、あの時の俺は憤慨した。以降、アンタが苦手だ。

 俺は戦場カメラマンだ。戦場の悲惨さを、俺の画を待つ人たちに届ける事が仕事だ。アンタのような存在は、本来俺が飯を食う為に必要な存在だって事も知ってる。

  けど、理屈じゃねえ。この感情は理屈じゃねぇんだ。わかるか?」


 吐き捨てるように言う藤堂の言葉を、ガントレットはタバコを吸いながら、聞き漏らす事の無いように黙って聞く。

  そして彼が言葉を止めたと分かると、藤堂の持つタバコを指して「火種、落ちるぞ」とだけ教えた。


「そうだ。私は非情な人間だ。……いや、違うな。非情でなければならぬ人間だ。でなければ部下が死に、我が祖国・アメリカが危険に晒される。その危険性を知っているからこそ、私はそうならなければならなかった」

「けど姫ちゃんは違う。あの子はアメリカ人でもなければ、アンタが本当に育てなきゃならない子供でもない。その業を背負わせる理由も無いはずだ」

「私はな、そうやって私に面と向かって怒る者を知らなかった。あのシュウイチでさえ、戦場でのルールだと、私の行動を見て見ぬ振りをしてきたんだ。

 お前は、あの子と同じく優しい男だ。戦場でのルールなど知らんと、私に真っすぐな怒りをぶつけて来た。

  そういう者がマスメディアであれば、何時だって真実を民衆へ届ける事が出来るだろう。私の様な存在が必要のない世界へ導く一筆を、世界に届ける事が出来るだろう。

  だから私は、お前を気に入っている。シュウイチの雷神プロジェクトや、私の考案した風神プロジェクトなど、お前の真実を撮るという信念に比べれば、平和へと至る道しるべにもなっていない」

「ガントレット大佐」

「勘違いをするな? 私はこれまで辿って来た道筋が、間違いだ等と思ってはいない。お前はお前の、私は私の――そしてオリヒメにはオリヒメの、戦い方がある。それだけだ」


 コンクリートにタバコを押し付け、吸い殻だけを携帯灰皿に入れ込んで、ガントレットは建物へと戻る道を行く。


「俺は、アンタの事を正しいと理解してる」

「そうか」

「けど、何度もいう様に、こんな感情理屈じゃねぇ。

 アンタが姫ちゃんをシステムの一つとして組み込んだ事が、俺はどうにも許せない。

 だけどそうやってアンタを叩き上げる記事を書けば、それはそれで公平性を欠く。

 ――もどかしいよ。アンタが嫌いで、アンタのやってる事なんか、間違いだって言ってやりたいのに、間違いじゃないアンタが」

「そうして憎むと良い。オリヒメの事を見ていてやるのも良い。

 だが決して記者として、進むべき道を誤るな。

  私は、お前が作り上げる平和を、期待している」


 いつもそうだ、と。


  藤堂は吸っていたタバコの火種ごと、掌で握りつぶす。


「……そういうアンタだからこそ、俺は苦手なんだよ」


 のらりくらりと、何を考えているかわからないのに、何時も言う事だけ言って、満足気に去っていく。

  そんなガントレットが、藤堂は苦手なのだ。
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