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第十三章

ズィマー-02

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「やはりか」


 思わず呟いた言葉に、哨が思わず動いた。

  駆け足で風神へと近づいた哨が、膝を折った風神のコックピット部までよじ登ると、緊急開放レバーを稼働させ、コックピットを開く。

  中には、二人の女性――ズィマーと霜山睦が、ヘルメットを着用した状態で、ぐったりとしていた。

  哨がぞっとした瞬間、同じく動いていた修一が今コックピットまでよじ登って来た後、近くにいた作業班に「パイロットが気絶してる!」とだけ命じると、すぐに担架の用意がされる。


「哨君、少し降りてなさい。睦ちゃんがコックピットにいれば僕でも簡単な操縦は出来る。機体を一度横にする」

「はいっ」


 すぐにその場から飛び降りた哨と、彼女が安全に着地した事を確認した後、ズィマーの身体を抱き寄せてメインシートへと掛けた修一が、機体を一度起き上がらせると、そのまま仰向けに機体を横たわらせる。

  そして、ズィマーを背負い、睦を抱き上げてコックピットから出て来た彼に合わせ、今担架が二つ到着。

 二人は寝かされた状態でヘルメットを外されたが――

 睦は顔を真っ青にしてこひゅぅ、こひゅぅと酸素を求めて呼吸し、ズィマーに至っては嘔吐によって呼吸困難状態となっていて、今すぐ処置をしなければと、医療班による治療が成される事になる。

  
  次々と帰投してくる、アルトアリス型機体群。

  率先して機体から飛び出したのは、ズィマーの妹・リェータである。


「お姉ちゃんっ!」


 ヘルメットを乱雑に脱ぎ、吐瀉物に塗れる姉の元へと駆け寄った彼女が、まるで呪詛のように泣き叫びながらお姉ちゃんと叫ぶ。


「ズーウェイ」


 そんな彼女の肩に触れ、優しく手を取ってあげると、ようやく彼女はそこで「このまま自分が近くにいても邪魔なだけだ」と悟り、哨に「ごめんなさい」とだけ言って、まずは機体をどかす為、動いた。


「哨、あの子と仲良くなったの?」

「うん、友達になったの」

「……そう」


 梢が問うと哨も頷く。梢は少々複雑そうな表情を浮かべたまま、哨の手を取って輸送機へと向かう。


「私達も役には立たないわ」

「そう、だね」

「いや、哨君には助かったよ。君が素早く動いてくれたおかげで、皆も慌てずに動けた。感謝する」


 話に割って入るように、修一が輸送機に戻り、哨の隣に腰かける。


「あの、どうして哨が、あのリェータさんという子と、仲良くなっているんです?」

「それは僕も知らないな」

「え、お話しただけだよ。同じ妹だから、話が合って」

「哨、貴方は」


 ため息をついた姉の姿に、哨はなぜ自分が呆れられているのかが分からず、首を傾げてしまう。


「哨君を責めないであげてくれ、梢君」

「……責めはしませんが、それでも我が妹ながら少々考え無しではないかと考えてしまうのです」

「な、なにさ!? ボクだって別に何も考えず友達になったわけじゃ」

「なら言わせなさい、哨。――例えばもし、あのリェータさんが、AD学園の子たちを殺したら、貴方はどうするの?」


 グッと息を詰まらせてしまう哨。尚も口を止めぬ梢。


「もしリェータさんが、四六の人達に殺されたらどうするの」

「それは」

「だから私はこの屋敷にいても、誰とも世間話一つしなかった。下手にここにいる人へ感情移入をしてしまえば、それが自分の心を蝕む要因になりかねないもの」

「で、でも」

「貴女が色々と考えて動いた事は、貴女の姉として、理解したいし、怒りたくはない。……けれど、現実を直視なさい、哨」


 梢も、言いたくはなかったと言わんばかりに顔を伏せてしまったので、哨はそれ以上何も言えず、ただ「……ごめん」とだけ謝った。

 修一は何だかそんな二人を見ていて、思わず笑ってしまう。


「……今の、笑う所ですか?」

「ああ、ゴメンね。内容は笑う事じゃないけれど、それでも想像してしまってね」


 何をだろうと、梢と哨が顔を合わせると、修一は「大した事じゃないよ」と言葉を放つ。


「そう言う、兄弟姉妹の会話を見ていると、聖奈や織姫、楠の事を想ってしまってね。あの子たちも、そんな風にちゃんときょうだいをしているのかな、と思ったら、どうにも笑ってしまうんだ」

「ちゃんと父親らしい気持ちも残っているんですね」


 梢が、嫌味ったらしく言うと、修一も笑って「そうだね」と頷く。


「僕は最低の父親だ。生きていたのならば、あの子たちの事を一番に考えて動かなければならないはずだった。なのに今は、あの子たちに敵対する組織のトップだ」

「どうしてなんです? 修一さんは、どうして生きていたのに、姫ちゃんや楠ちゃんの元へ、帰ってあげなかったんです?」

「それは」


 そこで、輸送機の準備が整った。修一は思わず答えそうになった口を閉じて、二人の肩に手を置くと、残念そうに「ここまでだ」と笑いながら答えて、立ち上がる。


「アルトアリス各機及び風神の収容は完了しているな」

「ハッ、各パイロットは機体コックピットにて待機中です」

「風神パイロットは緊急医務室かな」

「肯定です」

「では出発する。早くしないとアーミー隊の艦隊から爆撃が来るぞ」


 修一は、そのまま哨と梢の隣に座る事は無かった。

  けれど、最後に修一が見せた笑みだけが――哨の頭に残って、離れない。

  どうしてだろうと、哨は考える。

  そして、分かった。

  
  ――あの笑みは、織姫と同じ顔だったのだと。
  
  
  **
  

  私……ズーメイこと、ズィマーは目を覚ました。

  喉に残る酸っぱさ、そしてグワンと揺れる頭を抑えながら、私は起き上がろうとした。

  しかし、身体には至る所に固定用ベルトが巻きつけられていて、自分が如何に危険とされているかを思い知らされているようで、思わず涙が零れる。


「ず……うぇい……」


 伸ばしたいけれど、伸ばせない手。

  捻り出したい言葉だけれど、呂律も上手く回らず、しっかりとした言葉に出来ない。

  何時もそうだ。

  思考はハッキリとしているのに、ちゃんと自分の意思を伝える術がない。

  最愛の妹は、それでも姉である私を慮ってくれる。

  あの子に、ありがとうと言いたい。

  気持ちをしっかりと伝えたい。

  その為の方法が無くて――何時も涙を流す時、あの子は来る。


「お姉ちゃん」


 泣いているの、と。

  妹であるリェータ――ズーウェイはパイロットスーツを着込んだまま、輸送機内にある医務室にこっそりと入り込み、私の元へとやってきて、涙を拭ってくれる。


「ず……うぇ、い……」

「え」


 言っていて、自分自身が、一番驚いていた。

  今、私は彼女の名前を、言えたか?


「ずー……うぇい……?」

「お、お姉ちゃん……今、名前……」


 言えている。言えているのだ。

  ズーウェイも驚いている。だが、まだだ、まだ足りない。

  今まで、十年近く彼女の名を、しっかりと呼べていない。

  だからこそ、今しっかりと、彼女の事を呼んであげなければ。

  愛おしい妹、大好きな妹、何時も私の所にいてくれる妹、その名はズーウェイ。


「ずー、うぇい……ずーうぇい……っ」

「うん……うんっ、私は、ズーウェイだよ。お姉ちゃんは、ズーメイだよ……っ」


 ああ、こんな時にも関わらず、名前しか言えない自分の口が恨めしい。

  もっとあるだろう。彼女に伝えたい言葉が。

  なのにどうして、私の舌は、彼女の名前しか呼べないのだ。


「困ります。今は安静にさせないと」

「あ、ゴメンなさい。でも、ちょっとだけ……お姉ちゃん、私、行くね。

 あのね、私、トモダチが出来たの。お姉ちゃんにも、紹介する。

  良い子なんだ。とっても良い子。私たちの事を知って、涙を流してくれる、とっても良い子なの。

  だからお姉ちゃん、お姉ちゃんも、ミハリと友達になろう。

  そうすれば、きっと、お姉ちゃんはもっと、色々話せるようになる。

  私、その時が来ることを、楽しみにしている」


  ズーウェイが、医務室の男に気付かれ、抑えられている。

 安静にさせなければいけないと、これ以上はだめだと。そして優しい彼女は、私の事を慮るが故に、その言葉を受け止め、手を振って行ってしまう。

  行かないでと、手を伸ばす事が出来ない。


「ズーウェイ……ずーうぇいっ」


 声をあげるけれど、強く張り上げる事が、出来なくて。

  ズーウェイは、またどこかへ、行ってしまった。

  寂しいけれど……でも仕方ないと、手を下す。


「……トモ、ダチ」


 あの子が途中で言った言葉だ。

  トモダチとは何だっけ、考えるけれど、思いつかない。

  私とズーウェイは、カゾクだ。

  なら、トモダチとは、カゾク以外の何かなのだろうか。

  
  分からないけれど。

  何時も悲しそうにしている彼女が、そのミハリというトモダチの事を語る時だけ、嬉しそうにしていた。

  つまり、とても良い事なのだろうという事だけは分かって。

  私は、胸の所にちょっとした締め付けられる感覚を覚えると同時に、喜びを覚えた。
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