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3-2.あの日のこと
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あの日。
大学の合否発表を、二人でわざわざ学内掲示板まで見に行って、浮かれていた。
いくつか受験したうち、最後に合否発表があったのがこの大学のもので、理央はともかくとして俺は正直ダメ元の記念受験だった。なので、落ちても残念会という名目で、気晴らしを兼ねて都会で遊んで帰ろうぜ、というのが当初の目論見だった。
大学の前に立てられた掲示板に自分の番号があるのを見つけたときは、本気で諸手を上げて万歳した。
学力からいうと高望みすぎると当初は候補にも入れてなかった大学の、まさかの合格。
「お前はともかく、俺まで受かると思わなかったわ。落ちても、暗い顔を見せないようにしなきゃなって思ってたから――マジか。マジで受かった」
思わず横に立つ理央に抱き着いた。面白くないことに、半年ほど前までは背ばかり長くヒョロリとしていた理央の体格は、急に卒業を控えてしっかり厚みを持ち始め、びくともしない。見上げた先で、理央が微笑んでいた。
らしくない表情だった。満ちた感情が溢れてこぼれてしまったような。
どことなく淡々と、人の興味を惹くフックになるような隙を見せないのが、理央だった。
笑っても揶揄うように口元をニヤつかせる程度で、本当に滅多なことで笑わない。
「――っありがとなっ。マジで勉強教えてくれた理央のおかげだわ」
理央の嬉しそうな表情に、高揚した気分で遊びまわって、予約してあったホテルにようやくチェックインしたときには22時を過ぎていた。
それでも興奮冷めやらず、ホテルでも部屋飲みしようとドラッグストアで調達した缶チューハイを開けた。法的に飲酒が許される年齢に達してなかったが、この程度ならきっと問題ないと調子にのった。
最近、眼鏡から換えたばかりのコンタクトにまだ慣れないのか、部屋に戻った理央は眼鏡に掛けなおした。
俺も、眼鏡のない理央の顔にまだ慣れないので、その方が落ち着く。が、そうやって目を隠されるとそれはそれで惜しくなるから不思議だ。
薄皮を剥くように日ごと変わりゆくその頃の理央に、寂しさのようなものを感じていたのかもしれない。
したたかに酔っていた俺は、理央ににじり寄って眼鏡を奪った。
「おい」
止める理央に逆らうように、その目をのぞきこんでしまった。
「お前の目の色、ちょっと変わってんな。真っ黒じゃないってか、微妙なんだけど。水に溶かしたら、藍が滲み出そう」
理央が、慎重に息を吐く。
「祖母さんだか曾祖母さんだかが、海外の人で――っても、いろんな国の血が混じってたらしくて、国籍的にはスペイン? かどこかだったらしいけど、実際はもうどこの国の人間だかわかんないぐらいの混じり具合だったらしくて。目の色が変わってるっていうならそのせいかもしんない」
「そんな話、初めて聞いた」
「話すキッカケがなかったからな。俺の顔とか、どうみても普通にアジア系だし。言わなきゃ誰も海外の血が入ってるなんて思わないだろ。まあ、姉はちょっと海外寄りのか――」
話を続けようとする理央の、鼻先が触れるほどの距離で目のぞき込んで、理央の唇に自分のそれを重ねた。
胸が、ぐぅと絞られたような痛み。
俺は初めて自分の理央への気持ちを自覚した。
自覚したのがその日だったというだけで、それより前から理央のことが好きだったんだと思う。他の人たちに対するよりも、少しだけこちらの反応を気にするような、擽ったそうな、嬉しそうな表情を覗かせることがあったから。単純な俺が、そんな姿を見て、好きにならないわけがなかった。
理央の身体に乗り上げて、閉じた目を開けて見下ろせば、理央が目を見開いて驚いていた。
その様子がおかしくて、楽しくなって笑い声を立ててしまった。
いつもの無表情はどうした。
でもそれも、一瞬のことだった。次の瞬間には、上に乗り上げていたはずの身体を回転させられ組み敷かれていた。カっと頭に血が上ってもうわけが分からなくなった。
浮かれてた。深く考えもせずに。理央の首に腕を絡ませて引き寄せ、仕掛けて誘導した。挑発に応じた理央の、今に比べると細く節の目立つ指が頬に添えられ、輪郭をなぞりおちた唇が俺の舌と絡む。ベッドへ移動する余裕もなかった。
つまり、だ。
とにかく酒はヤバい。教訓を得た。少なくとも、二十歳になるまで飲むものじゃない。深い自省に至って、今後の法令順守を胸に誓った。
そして友人を止めたいわけでも、ましてや理央が嫌いではないという立場の弱さから平静を装った俺は、この日から少しばかり友情からオーバーランした関係を今も続けている。
「すいません、おばさん、連絡もせずに。ちょっと昨晩、合格発表で盛り上がってしまって」
翌朝。宿泊先の、1つだけ使用したベッドの上。
会話途中の携帯を横から取り上げた理央が、無連絡を心配したうちの母親に寝起きの声で謝罪してみせる。そのいけしゃあしゃあといった様子に、俺の顔が引きつったのがわかった。
――よく全裸で、友人の親と真顔で会話できるな。
「夕飯、朔んとこで食ってけって。向こうでもお祝いしてくれるって」
そのまま通話を終わらせた端末をポイと投げ返し、甲で俺の目の下を擦ってくる。
何ちょっと甘い空気出しかけてんだよ――とか思った自分がキモいわ。
鼻先をすりよせてきた理央に、
「あんま、触んなよ」
あわてて牽制すれば、何を言われたのか意味がわからない、とばかりに鼻筋にシワを寄せた理央が「はぁ?」と不貞腐れた声を溢した。
大学の合否発表を、二人でわざわざ学内掲示板まで見に行って、浮かれていた。
いくつか受験したうち、最後に合否発表があったのがこの大学のもので、理央はともかくとして俺は正直ダメ元の記念受験だった。なので、落ちても残念会という名目で、気晴らしを兼ねて都会で遊んで帰ろうぜ、というのが当初の目論見だった。
大学の前に立てられた掲示板に自分の番号があるのを見つけたときは、本気で諸手を上げて万歳した。
学力からいうと高望みすぎると当初は候補にも入れてなかった大学の、まさかの合格。
「お前はともかく、俺まで受かると思わなかったわ。落ちても、暗い顔を見せないようにしなきゃなって思ってたから――マジか。マジで受かった」
思わず横に立つ理央に抱き着いた。面白くないことに、半年ほど前までは背ばかり長くヒョロリとしていた理央の体格は、急に卒業を控えてしっかり厚みを持ち始め、びくともしない。見上げた先で、理央が微笑んでいた。
らしくない表情だった。満ちた感情が溢れてこぼれてしまったような。
どことなく淡々と、人の興味を惹くフックになるような隙を見せないのが、理央だった。
笑っても揶揄うように口元をニヤつかせる程度で、本当に滅多なことで笑わない。
「――っありがとなっ。マジで勉強教えてくれた理央のおかげだわ」
理央の嬉しそうな表情に、高揚した気分で遊びまわって、予約してあったホテルにようやくチェックインしたときには22時を過ぎていた。
それでも興奮冷めやらず、ホテルでも部屋飲みしようとドラッグストアで調達した缶チューハイを開けた。法的に飲酒が許される年齢に達してなかったが、この程度ならきっと問題ないと調子にのった。
最近、眼鏡から換えたばかりのコンタクトにまだ慣れないのか、部屋に戻った理央は眼鏡に掛けなおした。
俺も、眼鏡のない理央の顔にまだ慣れないので、その方が落ち着く。が、そうやって目を隠されるとそれはそれで惜しくなるから不思議だ。
薄皮を剥くように日ごと変わりゆくその頃の理央に、寂しさのようなものを感じていたのかもしれない。
したたかに酔っていた俺は、理央ににじり寄って眼鏡を奪った。
「おい」
止める理央に逆らうように、その目をのぞきこんでしまった。
「お前の目の色、ちょっと変わってんな。真っ黒じゃないってか、微妙なんだけど。水に溶かしたら、藍が滲み出そう」
理央が、慎重に息を吐く。
「祖母さんだか曾祖母さんだかが、海外の人で――っても、いろんな国の血が混じってたらしくて、国籍的にはスペイン? かどこかだったらしいけど、実際はもうどこの国の人間だかわかんないぐらいの混じり具合だったらしくて。目の色が変わってるっていうならそのせいかもしんない」
「そんな話、初めて聞いた」
「話すキッカケがなかったからな。俺の顔とか、どうみても普通にアジア系だし。言わなきゃ誰も海外の血が入ってるなんて思わないだろ。まあ、姉はちょっと海外寄りのか――」
話を続けようとする理央の、鼻先が触れるほどの距離で目のぞき込んで、理央の唇に自分のそれを重ねた。
胸が、ぐぅと絞られたような痛み。
俺は初めて自分の理央への気持ちを自覚した。
自覚したのがその日だったというだけで、それより前から理央のことが好きだったんだと思う。他の人たちに対するよりも、少しだけこちらの反応を気にするような、擽ったそうな、嬉しそうな表情を覗かせることがあったから。単純な俺が、そんな姿を見て、好きにならないわけがなかった。
理央の身体に乗り上げて、閉じた目を開けて見下ろせば、理央が目を見開いて驚いていた。
その様子がおかしくて、楽しくなって笑い声を立ててしまった。
いつもの無表情はどうした。
でもそれも、一瞬のことだった。次の瞬間には、上に乗り上げていたはずの身体を回転させられ組み敷かれていた。カっと頭に血が上ってもうわけが分からなくなった。
浮かれてた。深く考えもせずに。理央の首に腕を絡ませて引き寄せ、仕掛けて誘導した。挑発に応じた理央の、今に比べると細く節の目立つ指が頬に添えられ、輪郭をなぞりおちた唇が俺の舌と絡む。ベッドへ移動する余裕もなかった。
つまり、だ。
とにかく酒はヤバい。教訓を得た。少なくとも、二十歳になるまで飲むものじゃない。深い自省に至って、今後の法令順守を胸に誓った。
そして友人を止めたいわけでも、ましてや理央が嫌いではないという立場の弱さから平静を装った俺は、この日から少しばかり友情からオーバーランした関係を今も続けている。
「すいません、おばさん、連絡もせずに。ちょっと昨晩、合格発表で盛り上がってしまって」
翌朝。宿泊先の、1つだけ使用したベッドの上。
会話途中の携帯を横から取り上げた理央が、無連絡を心配したうちの母親に寝起きの声で謝罪してみせる。そのいけしゃあしゃあといった様子に、俺の顔が引きつったのがわかった。
――よく全裸で、友人の親と真顔で会話できるな。
「夕飯、朔んとこで食ってけって。向こうでもお祝いしてくれるって」
そのまま通話を終わらせた端末をポイと投げ返し、甲で俺の目の下を擦ってくる。
何ちょっと甘い空気出しかけてんだよ――とか思った自分がキモいわ。
鼻先をすりよせてきた理央に、
「あんま、触んなよ」
あわてて牽制すれば、何を言われたのか意味がわからない、とばかりに鼻筋にシワを寄せた理央が「はぁ?」と不貞腐れた声を溢した。
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