君はポラリス ― アンコール

大庭和香

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君はポラリス ― アンコール!

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 本来なら卒業していたはずが、単位を3つばかり落として留年した。父親には殴られたし、母親には泣かれた。マジかよ。
 でもそのおかげで、面白いものを見られた。

 かったるいなーと思いながら迎えた二度目の4回生。桜の舞い散る4月、2年程前に突然見かけなくなった姿を大学構内に見つけた。
 すぐには名前が出てこない。そもそも、それほど親しいわけでもなかった。ただ、ツラが整っている上、金持ちのボンボンなのか金払いが良く、なんでもそつなくこなす。
 騒ぐタイプの陽キャではなかったが、見た目がクールそうなわりには、比較的社交性もあったので、かつてはこの大学の有名人だった。


 それが、復学した眞田理央と高木朔と、そして留年した俺・折戸との再会だった。

 退学からの復学ということで多少とも浮くかと思ったが、複数年のギャップなどないかのように、眞田たちはニコイチとして、あっという間に大学生活に溶け込んでいった。
 誘った飲みサークルでもすっかり馴染んでいる。


 とはいえ、目立たないわけではなかった。
 ゼミ仲間によれば、女の子たちが眞田の取り合いをしかけたとかどうとか。全て、「朔と組む」の一言で即斬りしたらしいが。

「現代日本でハーレムを見るとは思わねーよな」
 
「理央先輩、めっちゃカッコイイから」
 サークル仲間のみっちゃんの発言に、俺は思わず顔を顰めた。

「眞田、恋人いるからな」

 当初から、眞田は恋人の存在を隠さなかった。
 同性である高木朔の肩に腕を回し、揃いの指輪を見せて、
「俺の恋人」
 と、堂々と公言している。

 今は落ち着いたが、サークル内でも眞田にちょっかいをかけようとする女の子たちが競り合いを起こした時期があった。
 それも眞田が、
「サークルやめても全然いい。朔も一緒にやめるなら」
 と至極あっさりと言ったことで、すぐに落ち着いた。それでも、そこに至るまでに男女含め2桁にギリ行かない程度のメンバーがサークルを去った。


 面倒ごとはごめんだぞ、と釘をさせば、
「知ってますけどー」
 みっちゃんが不満顔を見せた。
「でも、恋人がいてもカッコイイは減らないんだもん」

「みっちゃんまで、眞田狙いかー」
「そういうわけじゃないけど、今でも狙ってる人は私だけじゃなくて、結構いると思う。
だって、朔先輩ってなんか、ゆるいっていうか……付け入る隙がありそうに見えるんだもん」 

「あの二人は、滅多なことじゃ別れねぇよ」
「えー、でもぉ。これから先のことなんて誰にもわかんないじゃないですか」
 俺とみっちゃんの会話に耳をそばだててたサークルメンバーの後輩が、口を挟んできた。

「そもそも、本当に朔先輩と理央先輩が付き合ってるのかどうか、疑ってるんですけど」

 語尾の伸びた声に、ため息が漏れる。

「でもなー、理央が大学を辞めたの、朔が退学するのにくっついていったからだし」
 自信を持つのは結構だが、あまりにも勝率の低い勝負だと思う。

「復学も、朔が復学するなら、って」
「えー、何それ」
 冗談だと思ったのか、女の子たちが思わずと言った様子で笑いだす。

「マジの話なんだけどなぁ」
 ボヤキ気味に言えば、女の子達が顔を見合わせた。




 気づけば、夏はあっという間に過ぎていた。
 俺の大学生活における5回目の文化祭、その準備でサークル室はざわついていた。

「折戸先輩、これはどっち?」

 飾り付けの段ボールやカラフルな布があちこちに置かれ、机の上にはプリントや道具が散乱している。
 尋ねてきた後輩に指示をだす折戸の視界の端に、朔に近づく女の姿が入った。

「えっ、俺に、それを聞くの?」
 驚きの声を上げた朔に、手が止まる。

「はい! 理央先輩のことが好きなんです。どうしたら彼女になれますか」

 その質問に、朔が理央と親しいことだけを知っている――と無理に思い込もうとしたが、それは無理だと諦めた。正直、そんな可愛いタイプには見えなかった。美人ではあるが。

 そもそも理央狙いの人間が、朔の存在を把握していない状況は考えにくい。
 朔が理央と揃いの指輪をしているのを理解した上で、それでもマウントを取ろうとする確信犯だ。

 いやいや、何やってくれようとしてんだ。
 卒業に必要な単位も揃い、内定も二つ、三つもらって、どれにしようか、もう少し受けるか――第3コーナーを曲がったあたりで、最後の学祭を穏やかな気持ちで迎えているというのに。
 あまりにも青春めいたことを見せつけられそうな気配に、気がめいりそうになる。黒歴史を作るな。俺の若気の至りの記憶が刺激されて、捩じ切れそう。
 
 驚いた表情を見せていた朔が、
「まあ、ちょっと厳しいこともいうかもしれないが、最後まで聞くなら」 

 突然の関白宣言ムーブをかましてきて、吹きそうになった。

 ていうか、理央と付き合いたいと言う女の相談に、理央と付き合っている朔がのる状況ってどうなんだ。

「まず、俺と理央は、絶対とは言わないがこのままいくと別れない」

 意外にも、流すかと思っていた朔が、ニヤリと笑って見せた。

「100歩譲って恋人でなくなったとして、縁が切れることはない。もう家族みたいなもんだと思って、そこは諦めて。その上で、どうやって彼女?になるか? だよね。

 まず、俺のことを排除しようとしない方がいい。さっきも言ったけど、理央の兄弟かなにかだと思って、好きな人の家族だと思って接して」


 はぁ?

 ――”俺が恋人だ!”で終わらせばいいことを、朔もなかなかイイ性格をしてる。
 と、つい聞くとはなしに聞いていたそれに、脱力しかける。

「そこから後は、タイミング勝負。長期戦だと思って。理央が君を身内と受け入れるかどうか。ゆっくり時間をかけて、”家族になりたい”ってアピールして……。

 君が新入り猫だとするなら、先住猫を追い出すような真似をするのが、とにかく一番理央の心証を悪くすると思った方がいい」

 固まってしまった女の子に、朔が眉尻を下げた。 

 「若い女の子に2年、機を待て、ってのもキツイ話だとは思うんだけどね。2年我慢した挙句に3人で仲良く、だし」
 
 バカ、ちげーよ。後ろだよ。その女が固まってんのはお前の後ろに――
「何の話してんの?」

 表情を引きつらせた女の様子にフォローをいれる朔の肩に、理央の頭が乗りかかる。驚きかけた朔を、理央が軽く押さえた。

「で、何の話してたの?」
「猫の多頭飼いの話、かな」

「へえ。俺が猫を飼うなら1匹でいいかな。完全室内飼いで外に出さないし、大切にしまって誰にも見せないね」
「へぇ、そうなんだぁ……てか、どこから聞いてた?」
 
 ――ハイハイ、解散っ!
 惚気てらぁ。こいつら見てるとツッコミで疲れるっつーの。




 俺にも、一年遅れの春がきた。
 卒業だ。

 会場に着くまでに見かけた桜は、五分咲きといったところだった。
 陽だまりの匂いが風に混じっている。

 式を終えたホールでは、スーツや袴姿の卒業生たちが、あちこちで別れを惜しむ小さな輪を作っていた。
 

「お?」
 休校日のはずなのに、わざわざ会場まで見送りに来てくれたらしいサークルメンバーが、俺を見つけて寄ってきた。

「お疲れ」
「卒業おめでとう」

 理央が声をかけてきた。その横には、当然のように朔も立っている。

「おー。お、みっちゃんも来てくれたんだ。俺がいなくて、寂しくなるでしょ」
「えー。ちょっとだけ?」

 みっちゃんが、チャラけてみせた俺に、クスクスと笑い返す。


 輪になって駄弁っていたメンバーが1人去り、2人去り――。
 そろそろかと、帰宅を促す。

 真っ先に離脱しそうな――むしろ卒業式の見送りなぞ来そうにもないと思っていた朔と理央が、最後まで残っていた。
 それに気づいて、俺は思わずニヤリとする。

 俺は振り返らなかった。

振り返れば、湿っぽい気持ちになってしまいそうだったから。
だから代わりに、二人と再会した日のことを思い出す。


 詳しい事情を知るやつは、誰もいなかった。
 ただ、休学じゃなくて退学したらしい――そんな噂だけは聞いていた。

 だから、二年ぶりに構内でその姿を見かけたときは、見間違いかと思った。

 向こうも、まだ俺が大学に残っていることに驚いてたが。


 何が驚いたって、眞田の横に、朔がいたことだった。
 そういや、こいつも眞田と同じ頃から大学にこなくなったって聞いていた気がする。
 思えば、眞田の横にはいつもソイツが――朔がいた。

「相変わらず、今も一緒にいるんだ?」
 何気なく言葉にすれば、眞田は手をひらりと持ち上げた。
「付き合ってる」
 何かと思えば、左手薬指の指輪を見ろということらしい。照れて暴れる朔の手を掴んで、揃いの指輪を見せつけてくる。

「……は?」
 
 マジで?と、隣に立つ高木に顔を向けて視線で問えば、眉尻を下げてみせた。

 俺が何か言う前に、眞田が俺と朔の間にすっと入り込む。
 視界が黒い布で覆われたみたいに、眞田の背中しか見えなくなる。

「え?」
 眞田の肩がわずかに動いた。

 見えない。
 でも、わかる。

 顔の位置が重なった。

 かすかに朔の息が漏れた。

 次の瞬間、眞田の腕が朔の顎を上げるように動き、キスがもう一段、深くなる。

「まあ、そういうこと」
 それがどちらの言葉だったのか。
 驚きすぎて、もう覚えていない。

「……お、おう」
 観念したみたいに苦笑いしてる朔を前に、俺はただ立ち尽くした。



 ああ。でも。この1年、眞田のモテっぷりはすごかった。

 そう思ってしまえば、

「心配だなぁー」
 そんな言葉が自然に口をついた。

 でもどうせ。
 大丈夫なんだ、あの二人は。
 
 そう思うと、なんだか可笑しくなってきた。
 見上げた先の青空に笑えば、春の匂いで胸がいっぱいになった。

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