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転生幼児は友達100人は作れない7

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 我が子を抱える母親のようにウリ坊(仮)改め、たぶん肉っ子、を抱きしめたマールは、追求を避けようとしたのかイレインスに背中を向けた。

「マールお前まで!」

「こいつは良い子なんだ!」

「フゴッ」

「そいつが良い子だろうが悪い子だろうが関係ない! 子供を取り返しに親達が村に来るのが問題なんだ!」

「肉っ子に親はいない!」

「居ないわけないだろう! ただはぐれたんだ。森の中に戻してやれ!」

「プキップキッ」

「こんなに小さい子供を置き去りにしろって言うのか! そんなことをしたら死んでしまう!」

「森の生き物は森の掟に従う。里の生き物じゃないんだ。食わないなら森に戻すんだと習っただろ!」

「プキー!」

 肉っ子がはしゃいでいる。
 もしかしたらマールの腕の中が窮屈で不満の声を上げているだけかもしれない。
 ちらりと見える小さな四肢がジタバタしているのを眺めつつ、野生動物を生きたまま村に連れ帰る事はできないのだと学んだ。

 猪は豚のようなものなので家畜化出来そうなのに。

 村には烏骨鶏っぽい茶色い鳥が飼われている。あれが受け入れられているのは、やはり村にとって危険か否かなのだろう。前世でも豚に人の指が噛み千切られたニュースは聞いたことがあっても、鶏に突かれまくって負傷したとは聞いたことがなかった。

「一人前になるまで肉っ子は俺達が育てる!」

「おれたち?」

「あっ……」

 マールの母……父性が暴発したようだ。
 そうだろうとは予想していたが、思っていた通りにバーゲルとマールが仔猪を飼育していたのだった。
 どおりで野生動物にしては人懐っこいわけだ。

「お前達、いつからこんなことを! 村を危険に晒すなんて何を考えてるんだ! 三の村には五人も子供がいるんだぞ! 怪我で戦えない者もいる! 魔猪が群れを成して襲ってきたらどうするんだ!」

 まちょ。
 鼻が長めな猪はこの村では魔猪と呼んでいるらしい。『魔』っぽい要素は肉っ子には見られないが、成長するに連れて愛らしさが無くなって魔っぽくなっていくのかもしれない。
 イレインスの後ろからマールの正面へ回り込み、青年の腕の中の肉っ子を見上げる。
 器用に上下左右に動く細長い鼻を可愛く思いつつ、大きくなったら美味しいのかな、美味しいのならタウカと小さな友人達に食べさせてあげたいな、と欲望に塗れた目で見つめた。

「プキーッ!」

 身の危険を感じたのか、肉っ子が甲高い声を上げた。腕の中の生き物に視線を落としたマールの視線上に私が映り込む。

「?! ティカ?! 何でここに」

 今まで気付いていなかったのか、それともようやく私の存在を思い出してくれたのか。
 マールは困惑した風に眉を顰めた。

「何で森の中に入ってるんだ? それにそのなりは……きったね」

 トールの息子もデリカシーが無い男だったようだ。
 ムッとした私は、殊更あどけなく見えるようにニッコリ笑って両手を広げた。

「まあるー!」

 あざとさ満開にして、とてとてマールに走り寄り太腿辺りに飛び付いてやった。

「ギャー! ティカやめろー!」

 『きったない』との言葉を頂いた御腐れキャベツ臭のする汁をマールが履いていたズボンに擦り付けるべく、体を左右に揺すりながら太腿を抱きしめる。

「お前っ! 何してくれてんだティカ! くっそー! くっせ! くっせええ!」

「マールだあいすきー」

 復讐するは我にあり。
 天罰覿面だ! とホクホクして笑っていた私の頭に何かが乗った。

「プキ!」

 マールが手を放してしまったのか、幼児の頭頂部に肉っ子が腹這い状態で乗せられてしまったのだった。

「プキプキー!」

「わああわあああ!」

 唐突に自由を与えられたことに焦ったのか、肉っ子が四肢をじたばたさせながら私の髪の毛を掻き回す。

「ピキ! ピキ!」

「あわわあああぁぁ!」

 ずり落ちまいとする肉っ子と、捕まえようとする私の間で、しばしささやかな格闘があった後私の腕の中に収まることで決着はついた。
 胴体を拘束されることで安心感を得たのか、肉っ子はフゴフゴ鼻を鳴らすものの、身をよじることを止めた。

「肉っ子!」

「ティカ! 危ないだろ!」

 肉っ子贔屓なマールが私から魔猪の仔を奪い取り、今日の子供当番であるイレインスは私の両脇に手を差し入れて掬い上げるように抱き上げてきた。
 肉っ子を腕の中に取り戻したマールは表情を緩めたが、一瞬の後に盛大に顔を顰めた。

「くっせ!」

 肉っ子はヘドロ塗れの私に抱き締められたので、茶色い小さな体全体が臭いヘドロで覆われてしまったのだ。
 そして今、デリカシーのない男マールを巻き添えにするという大命を果たしてくれた。

「何だよこれ! くせええ! 何で肉っ子が、くっせ! おええ!」

「フゴ!」

 マールは嘔吐えずき始めてしまったが、肉っ子は鼻をピクピクさせてご機嫌な様子だ。

「ティカお前っ! くさっ! 何でこんなもん被っておえっ!」

 おえおえ言い過ぎだと思う。
 私を抱き上げているイレインスは、まるで摩周湖のように澄んだ瞳で微動だにしていないというのに。
 二の村のマールは軟弱者、と心のノートに書き付けていると、唐突に目の前に人が降ってきた。

 ヘドロと苔を跳ね上げて地上に降り立ったその人は、イレインスと幼児とマールとついでにバーゲルにまでも臭いヘドロを引っ掛ける。
 それが狙いだったのか。
 目を瞑って棒立ちになったイレインスへと棍棒を振り上げた。

 まずい、殴られる!

 マンガ肉のようにも見えるその野蛮な武器は、イレインス共々私をひしゃげさせるだろう。

 お父さん! お母さん! タウカ!

 一瞬の内に私は前世の親と今世の父を思った。
 何を訴えたかったのかは自分でもわからない。
 ただ彼らを心の中で呼びながら、やがて訪れるだろう第二の死を受け入れ目を閉じた。



 が、





「……あれ?」




 気の抜ける呟きが聞こえ、おそるおそる瞼を押し開けてみる。

「イレインスと、子供?」

 棍棒を振りかぶった格好のまま少年が目を丸くしてこっちを見ていた。
 短い赤髪に濃い茶色の瞳。アジア人っぽい黄色みのある肌。かん気のなさそうなオーラを背負ったその少年は、ひょろりとしていながらも骨格が逞しい。イレインス、バーゲル、マール達と同年代のように見える。
 誰だろう? 一の村か二の村の子かな? と目に入りそうになったヘドロを手の甲で拭いながら考える。
 対する少年も疑問に思ったのか、コクリと首を傾げた。

「な、何で子供を連れて森の中に……クサッ!」

 少年は棍棒を取り落とし、両手で自分の鼻を覆う。

「うぇっ! 手に付いてた! くっせー! 何だよこれ! ふざけんなよ、くっせ! くっせえ!」

 自らヘドロ溜まりに飛び込んだくせに今更だ。
 一の村の人間にせよニの村の人間にせよ大袈裟で騒がしい人だと私は冷静に評価しつつ、手の甲に付着したヘドロを服の胸のところで拭った。

 

 


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