虚飾城物語

ココナツ信玄

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第一章

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「殿下! リディア殿下!」

 怒りも露わな声に、リディアは執務室の窓から慌てて視線を引き剥がした。

「呆けていても仕事は終わりませんよ!」

 最近になって王都から派遣されてきたその官吏は、顔を真っ赤にして「王となる自覚が足りない!」とリディアを叱った。
 口振りからは嫌気のようなものが感じられる。
 それもそのはず、ここ何日も彼は同じ言葉を口にしているのだから。

「悪い……ちゃんとやる、から」

 彼の小言は一度始まると中々終わらないので、リディアは慌てて羽ペンを持ち、一生懸命に祝い品のお礼の手紙を書いているフリをした。リディアにしても派遣官吏に怒られるのには嫌気が差していたのだ。

(わたしだって、好きでぼーっとしている訳ではないのに!)

 顔を俯かせながらリディアはこっそりふて腐れる。
 以前、彼の前で唇を尖らせて不満を意志表示したとき「その顔はなんですか!」と更に怒られたので、それからはこうして陰で意思表示することにしたのだ。

(つい目が行ってしまうんだから、これは不可抗力だ!)

 リディアの心の声は、当たり前ながら官吏には届かない。
 溜め息を吐き横目で窓を盗み見る。正確にはその窓の外を。
 この執務室の窓からは中庭がよく見えた。ついでに言うならば、そこで兵士に混じって剣を振るうルークの姿もよく見えた。
 最近のリディアの目はどうしたわけか、隙あらば幼馴染みの姿を追う悪癖を持ったのだ。
 顔馴染みの兵士達と剣を交えるその様は、ひいき目無しに美しく見えた。

(子供の頃から習っているから立ち姿も決まっているし、腕前も強いと充分言える。うん、あれは格好いいと言えるな。実際に城下の娘達はルークを覗き見しに来るし)

 剣士ルーク。
 虚飾城の兵士達は時々、茶化してそうルークを呼ぶ。しかしリディアには、一緒に剣を習っていた時から思う所があった。

(あいつは何か、どこかで手を抜いているんじゃないか? 息も切らさないで……暇つぶしでもしているみたいだ)

 人を殺せる真剣を振るいながらも、ルークは面差しのせいかそれに関心を持っていないように見えるのだ。

(そう、まるで剣など……こんなもの何の役にも立たないとでも思っているかのように)

  まじまじと見つめる視線を感じたのか、不意にルークが顔を上げてこちらを見た。
 手を振ってみた。
 眼下の青年は無表情のまま、ぷいとそっぽを向いた。
 無かったことにしたらしい。
 無視されたことに腹が立ち、リディアは思わず椅子から立ち上がって拳を振り回した。

「……リディア様」

 変に低い、押し殺したような声がリディアの耳に届く。我に返って振り返ると、わなわなと拳を握り締める派遣官吏の姿があった。

「な、何でもないぞ」

「何でもないと仰るのならば、何故立ち上がったのか理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 言い繕ってみたが、上手くいかなかったようだ。
 そしてリディアは夕飯の時間まで、王たる者のありかたを長々と説かれた。

 


 この八年間、三度のご飯はいつもルークと気ままに食べていたのだが、その夜は違った。
 今まで着たことが無かったドレスと言うものを着、今まで入ったこともない城の奥のホールに、貴族達と夕食を共にするべくリディア一人で通された。
 いつもの食堂ではなく大ホールに足を踏み入れた彼女は、目を大皿のように丸くした。

 磨き抜かれた床には王族の権威を表す真紅の絨毯が敷かれ、壁の至る所では黄水晶のランプが、頭上では虚飾城の本領発揮とばかりに、ごてごてした装飾にまみれ重そうなシャンデリアが輝いている。
 ホールの片隅には、どこから呼んできたのか楽団までいた。

(こんなの私は知らないぞっ!)

 うろたえて案内をしてきた女中を振り返ると、昔からこの城に仕えてきたその女中は、親しげに微笑みながら目配せをしてきた。

(なるほど。見栄を張ったのか)

 納得し、給仕に促されて首座に着く。
 押し寄せてきた名家の代表者達を相手に、リディアやルークにするようには出来なかったのだろう。
 貴族達はとても体裁を気にするので、下手なことをしたらリディアが女王になった時に面倒が起こるやもしれないと考えたようだ。
 女中達の心遣いにリディアは微笑みかけたが、ふと首を傾げる。

(でもこの城で長いこと暮らしていた私が、このホールを使うのが初めてって……ちょっと問題だと思うが。どうにも王家の人間として扱われていないような……)

 それはある意味で真実だった。
 活発を通り越した悪戯好きで、後先考えずに行動する破壊魔の王女を高価な物に近付ける事は、虚飾城では絶対の禁忌だったのだ。しかしリディアはそんな規則が存在している事実を知らなかった。おそらく今回のようなことが無ければ、自分が何故木の食器で食事をしているのか疑問にも思わなかっただろう。
 給仕が全てのグラスに赤ワインを注いだのを確認し、リディアはその一つを持って立ち上がる。
 人々が同じように立つのを待って、微笑みながら口を開いた。先程ルークに暗記させられた口上を言う為だ。
 大幅に科白を削ってもらったのだが、それでも覚えるのは大変だった。
 何しろ泰然と! とか優雅に! とか演技指導までされたのだ。リディアはもう十七だったが、その時ばかりは少し泣きそうになってしまった。

(たかがご飯を食べるためだけに私はルークに叱られ、怒鳴られ、嫌味を言われ……おのれ! この招かれざる客どもめがっ!)

 内心八つ当たりの嵐が猛り狂っていたのだが、表には出さない。そんな事をすれば間違いなく貴族達にこき下ろされるだろうし、何よりルークに怒られる。
 それは得策ではない。

「半年後の私の即位を祝いに大勢の方が駆けつけて下さり、とても光栄です。今宵は皆の祝福のせめてものお返しにと思い、夕餉に招いた次第です。どうか楽しんで行って下さい。では、私が即位した後もこの友情が続きますように……。乾杯!」

 微笑みを張り付けたまま、リディアはグラスを目の前に掲げた。

「乾杯!」

 同じくグラスを掲げる貴族達。
 彼等の顔にも人当たりの良さそうな、紳士的な微笑みが浮かんでいる。それが心からの笑みであるかどうかは分からなかったが、つっかかったりしないで口上を述べる事が出来たので、上手くいったのだろうとリディアは思った。
 首座に居るリディアが先に座ってから貴族達も腰を下ろし、優雅な食事は始まった。
 リディアにとても窮屈で退屈な食事が。

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