虚飾城物語

ココナツ信玄

文字の大きさ
5 / 49
寂寥の塔からーー八年前・夏

*

しおりを挟む
 虚飾城の女中達は焼け付く太陽に晒されながら、額に汗を浮かせて白いシーツを中庭いっぱいに干していた。
 彼等の表情はどこか可笑しげに綻んでいる。

「まったくねぇ。あの子等の悪戯には困っちまうねぇ」

 豊満な体を揺らして笑う女中頭。それに続くのは金髪の小柄な若い侍女だ。

「困ってしまうなんてものでは済みません! 奇抜にも程がありますわ! 後片付けが大変でしたのに!」

 ぷりぷりと怒って見せているが、彼女の表情も明るい。
 吹き抜けの廊下を歩く五人の兵士達の笑い声が反響して高らかに響き、中庭の彼女達の耳に届いた。

「ほら女中頭様。後片付けに追われたこの城きっての凄腕兵士達も疲れていましてよ」

「何言ってんだいラーラ。凄腕も何も、この城には五人しか兵士はいないじゃないか」

 その言葉に、今まで黙っていた他の女中達も軽やかな笑い声を上げた。

「もう皆様まで憎らしい事! 皆が皆、姫様達に甘いのですもの、悪戯も過ぎると言うものですわ」

 唇を尖らせラーラは女達を睨む。

「おお怖い! ラーラのお叱りが来るよ!」

「おやつ抜きにされてしまうわ」

「ああ早くここから逃げださなけりゃ!」

 笑い声と南風を受け、青空の下、シーツが帆のように膨らむ。

「こうなったら、皆様もわたくしが折檻して差し上げてよ!」

 一層笑い声が大きくなる。
 笑顔を浮かべる彼女達の視線の先には、真っ直ぐ天を仰ぐ古い塔がある。

「あの子等も少しは反省してるといいけど」

 呟いて、女中頭は再び笑い出した。
 そんなかしましい女中達の姿を、遥か上空から見下ろす二対の瞳があった。

「何であれを消してしまったんだ? すごく良く書けたのに」

「そう言う問題ではありません!」

 リディアとルークだ。
 二人は今、城壁に落書きをした咎で塔に閉じ込められていた。

「消しにくいルカの実なんかで書くから!」

「消えにくいから良いんじゃないか! ルークは馬鹿だな。それじゃあ悪戯にならん」

「充分、立派なイタズラです!」

 きっぱりとルークは言い切った。しかしリディアは自分の悪戯にご満悦の様子だ。

「しかしあれは力作だったな。あれほどのものはもう書けないかもしれない」

 あれとは、虚飾城のしつこい絢爛豪華さを一瞬にして葬り去った、大きな大きな現カリム国王の歪な似顔絵であった。

「あれが城壁によじのぼってまで書きたい絵ですか? あんなにも周到に悪戯をする人の気が知れませんよ、僕は」

 巻き添えをくい、リディア諸共ラーラのお叱りを受けることになったルークは、いたく不満だった。

「なぁルーク」

「何ですかっ?」

 語気荒く振り返ったルークは、珍しく沈み込んでいる友人の姿に戸惑った。
 少女は塔の窓から遠く東を眺めていた。

「父上も落書きに腹を立てたかな?」

 ルークは友人の悪戯の真意に気付いた。
 第一王女と言っても、彼女の上には三人もの兄がいる。王位継承権は遠く、彼女は争いの元になるからと辺境に追いやられた身だった。
 父親や母親が恋しくないと思えるほど彼女は大人では無かったし、自分の現状が分からないほど彼女は子供ではなかったのに。
 ルークは故国を思い歯噛みしたが、少女が一つ年下なのを思い出して溜め息を吐いた。



 決して誰も恨まない事。



 母親の、別れの言葉が頭を掠めた。

(分かっています、母上)

 ルークは深く息を吸い込むと、小さな声で何事か唱えた。

「リディア、見て」

 振り返ったリディアに右手を差し出す。
 その手を中心に粉雪が舞う。
 それは夏の外気によって積もることなくすぐに溶けてしまうのだが、リディアの瞳を輝かす事は出来た。

「ルーク、雪だ! 夏なのに……何で?」

 逡巡してから、ルークは口を開いた。

「種のある、手品です」

「ふぅん。まるで魔法みたいだ」

 指先の白い淡雪に見惚れながら、リディアは呟いた。
 ルークの表情が凍った。

(迂闊すぎたのかもしれない……)

「冷たい! これ本当に冷たいよ! すごい手品だな!」

 雪の冷たさに笑い声を上げる友人を凝視しながら、ルークは唇だけで微笑む。

「本当は僕、あまり手品をするのは好きじゃないんです。みんなは種明かしをしようとすぐ躍起になるでしょう? だから誰にも内緒ですよ、僕が手品を出来ると言う事は。貴方だから見せたんです、リディア」

 不思議そうに首を傾げるリディアの黒い瞳。

「二人だけの秘密です」

 みるみるうちに喜色に湛えられた黒髪の少女の目を、ルークは灰色の瞳でじっと見つめる。
 その目は独りぼっちの少女に、秘密の共有をさせることの効果を知っている目だった。

「分かった! 秘密だな!」

 快活に答えた少女の前で、褐色の少年は微笑んで頷いた。
 少女が他言しないことを確信したのだ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

ホウセンカ

えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー! 誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。 そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。 目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。 「明確な理由がないと、不安?」 桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは―― ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※イラストは自作です。転載禁止。

処理中です...