虚飾城物語

ココナツ信玄

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蒼然とした森の中にて――七年前・冬の夕方

*

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 城から草原を抜けて東にある森の中を、二人の子供が歩いていた。

「もうすぐ日が暮れます。まだ視界が利くうちに火を起こしましょう、リディア」

 生い茂る木々の枝の隙間から洩れ見える空を見上げていたルークが、傍らを無言で歩いている少女に提案した。

「……」

 返事は無いが歩みを止めた。
 どうやらルークの意見に異存は無いようだ。

「焚き木となる小枝を拾って来ます。貴方は」

 一緒に連れて行こうかどうしようか迷い、ルークは次の言葉を言いよどんだ。
 リディアは友人の様子の変化に気付いていないのか、真っ直ぐに薄暗い森の中を睨んでいる。

「……リディアはここで待っていてください。すぐに戻ってきますから」

 言い置いて、ルークは深い森の中へ入った。

(これからどうすればいいだろう?)

 足元に散らばる乾燥した松の葉や小枝を拾いながら、少年は深い溜め息を吐いた。
 城を抜け出すリディアの姿を見つけたのが朝。
 止めようとしたがリディアの決意は固く、腕を振り払われて逃げられ、ようやく森の入り口で追いついたのは正午を過ぎた頃だった。
 そして馬車を使うことを何とか断念させ、二人で王都を目指し徒歩で深い森に入って、夕方、今こうしている。
 ルークはポケットに入れておいた小さなナイフで傍に生えていた松の肌に傷を付けた。
 後を追ってくる城の人間のために、目印を付けているのだ。
 深い森の中、方位磁石もないこの状況でルークが出来ることは、それぐらいしかなかった。

(目印を見つけてリディアが怒り出す前に、城のみんなが追いついてくれるといいのだけれど)

 その気配はこそとも見られない。
 もしかしたら目印が目立たないのかと思い、鞘にしまったナイフを再び抜いて松の木に向き直った。
 その時、異変は起きた。

「あっ……?」

 氷の矢が、自分の胸を貫いたのだとルークは思った。
 彼方から放たれた、見えない矢の勢いに薙ぎ倒され、ルークは後方に吹き飛んだ。
 幸か不幸か密集して生える木々に阻まれ、背中をしたたか叩きつけるだけに済んだ。

「がっ……あ、はっ!」

 肺が衝撃に耐え切れず空気が吸えなくなった。
 それと同時に体の真ん中に穴を穿たれたようだった痛みが全身に広がって行く錯覚を覚え、ルークは背中を木に預けながら慌てて服の前を開いた。
 指が震えた。
 平らな褐色の胸に、細かい罅が走っていた。

(何だこれは? 一体、何が起こった?)

 霞み始めた頭でも、自分の身の上に何かこの世に起こらざるべきことが降りかかっているのは理解出来た。

(僕の体が……砕け散る!)

 恐怖と全身が粉々になるような感覚に意識が無くなりかけた時、訪れた時と同様、唐突に痛みが消えた。

「今のは……一体?」

 冷や汗にまみれた重い体を起こし、ルークは再び自分の胸の上に目をやった。そこにはもう罅や痣は見受けられず、健康的な、張りのある滑らかな肌があるだけだった。
 夢でも見たのかと思ったが、地面に散らばる小枝や松の葉が、先刻のことは現実に起こったことなのだと語っていた。

(僕は毒でも飲んだのか? 幻覚を見るような薬でも盛られたのかもしれない)

 跪いて焚き木を拾い上げながら、今朝口にしたものを思い出していると、ルークの肩に白い小鳥が舞い降りた。
 驚いて再び焚き木を落とすルークに、小鳥は一声詫びるように鳴いてから、弾けて細かな光の粒の群になった。

「えっ? 兄上?」

 慌てて人目が無いことを確認するルークに構わず、光の粒はいつも通りに額に向かって飛んできては弾けるのを繰り返した。
 日の落ちきらない時間に使いを放った兄の行動を咎めていたルークの表情が、粒子の伝言を聞くにつれて強張っていく。
 光が全て消えた頃には、彼の顔色は蒼白になっていた。
 溜め息と共に自らの力を具現化させ、ルークは白い蝶を掌に出現させた。

「……大丈夫。僕は平気だから、母上を助けて差し上げて、と伝えて」

 蝶は頷くように一度ルークの頭上を旋回し、西を目指して森の木々を縫って上空に消えた。
 ルークはそれを見送り、焚き木拾いを再開した。
 比類ないほどに深い、怒りをその顔に浮かべながら。

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