虚飾城物語

ココナツ信玄

文字の大きさ
24 / 49
第五章

しおりを挟む
「リディアの戴冠式及び私の退位式は、かつて私が幼少期に過ごした虚飾城にて行う」

 病の床に伏せっている間にそうなってしまったのか、随分と無計画でわがままになったカリム王の宣言により、リディアとルークはやっとの思いでやってきた王都から虚飾城へと引き返すことになった。
 もちろん今回は二人だけではない。提案した王や政治の中枢を担う大臣、貴族達も一緒だ。そして彼等を警護する騎士達までもが付いて来る。

(まるで遷都するかのようだ)

 王宮のテラスから白鷹の門を出て行く先導の騎馬隊を眺め、リディアは思った。
 先発は今出て行った所だが、慌てることはない。
 先導の後は騎士達が出、その後は神殿関係者と神殿騎士。次は王宮騎士で、その後でようやく王族達が後詰めの騎士団と共に門をくぐるのだ。
 しかし時間を忘れて駆け回ってラーラやルークに幾度も叱られてきたリディアは、万が一もあると考え直してテラスの手摺りから、部屋の中に戻った。
 テラスと部屋を仕切るガラスの扉を閉め中央に視線を移すと、覆い越しに王が宣った。

「リディアよ。遅れることなく付いて来るのだぞ。お前は随分と奔放に育ったと聞く……くれぐれも皆の邪魔をしないように」

「……分かっています」

 誰かが虚飾城での振る舞いを密告したらしい。
 苦い思いで王座のある上段から顔を背け、リディアは自分の爪先に目を落とした。

(誰だ? 派遣されて来ていた人間か?)

 ぎりぎりと悔しさに打ち震えている王女に頓着することなく、壇上の国王は自分の妃達にも声を掛ける。

「アイダにマイラよ。お前達はもう、準備は整っているのか?」

 その言葉にいち早く反応したのは、第一王妃のアイダ王妃だった。

「陛下! お願いがございます」

「何だ? 申してみよ」

 暫し思い悩むようにしていたが、アイダは固い決意を浮かべた顔を上げた。

「私は王都を離れられません!」

「何故だ?」

「陛下はお忘れなのですか? 私達の王子の命日が近付いているのに!」

 重い空気が部屋の中を漂った。
 しかしリディアはそれが第二王子のための言い訳であることに気付いていた。一瞬だけ彼女が振り返り、頷いて見せたからだ。
 カリム王は自分の言葉の無神経さに気が付いたのか、重い溜め息を一つ吐いた。

「……そうであったな。良い。アイダは王都に残り、弔いの式を取り仕切るがいい。だがマイラよ、お前は一緒に来てもらうぞ。国の大事に王妃が二人共不在では面子が立たん」

(いけない! それでは一番下の兄上が!)

 制止の言葉を口走りそうになったリディアを、マイラ王妃が強い眼差しで止めた。

「分かっていますわ、陛下。私は陛下と一緒に参ります」

 そう答えながらも、マイラはリディアに微笑みかけてきた。

(母上はもう手を打っておられるのか)

 感心と安堵に体中の緊張を解きながら、リディアは布の向こうの王に頭を下げ、部屋から出た。
 部屋の中には王家の人間しか居なかったのだが、相手は一国の王だ。町の子供が父に甘えるような振る舞いをすることは、決して許されなかった。
 廊下に出ると、扉から少し離れた所にルークが立っていた。

「リディア、話があります」

 難しい顔で手招いている。
 あまり楽しい話ではなさそうだ。
 隣に駆け寄ったリディアの腕を取り、ルークは早足で廊下を歩いた。
 やがて小部屋の並ぶ一画に辿り着いたが、今度は注意深く周りを気にし始めた。

「どうしたんだルーク? ここは?」

「静かに! ……奥の部屋です」

 言うや、並ぶ小部屋の一つにリディアと共に滑り込んだ。

「姫殿下!」

 中で二人を待っていたのは、背の低い、小リスに似た風情の一人の侍女だった。
 畏まって椅子から立ち上がり、黒目がちな大きな瞳を潤ませてリディアを見つめている。

(どう言うことだ?)

 困惑し、背後で扉を閉めたルークと侍女を交互に見比べるリディアに、侍女は感極まったようにその場に跪いた。

「姫殿下、恐ろしいことが起っています! どうかお逃げください!」

「?」

 よく分からない。
 確かに死んだと思っていた兄が二人共生きていたりしたが、それほど恐れることではない。ただ何だか分からなくて不気味なだけだ。
 首を傾げた王女の心中を見透かしたのか、侍女は掴み掛からんばかりに駆け寄って来た。

「世迷言などではないのです! 私はこの目で見たのです! 死神を!」

 侍女はその時を思い出したのか、震え出した自分を強く抱き締め、カチカチと歯を鳴らして語り出した。

「姫殿下が王都に参られてすぐ……誕生祝賀パーティーの夜でした。私は国王陛下の身の回りのお世話をしているので、その夜も陛下の部屋の前の明かりを調べに行きました。蜜蝋が残り少なくなっていたような気がしたので。私、陛下の部屋へと続く大廊下を歩いていました。そうしたら……見ましたの! 夜の闇より尚暗い、黒い影を!」

 よくある怪談の類か、と苦笑したリディアは、次に続いた侍女の言葉に凍り付いた。

「私、見間違いだと思いましたわ。とても怖かったのですけれど、お仕事を終えようと廊下の明かりの具合を確かめておりましたの。そうしたら陛下の部屋から確かに聞こえたのですわ。カリム様のものではない声が、生贄を……純然たるトルトファリア、最後の血を持つ次王を生贄に望む、と言うのを!」

(生贄?)

 リディアは、話がにわかにおどろおどろしくなってきたのに眉をひそめた。
 悪意無き怪談にしては悪辣な上、王制批判の罪を覚悟で囁くには危険すぎる内容だ。

「私、誰かが姫殿下のお命を狙っているのだと思いました。陛下のお部屋から聞こえて来たのも、灯台下暗しとも言うじゃありませんか。国家転覆を窺うのに、陛下のお部屋の近くで密談するなんて誰も思いつきませんでしょう? ですから私、物陰に隠れて不届き者の顔を見てやろうと、出てくるのを待っていましたの。けれどその不届き者は……」

 知らず話に引き込まれ、リディアは息を呑んで侍女の次の言葉を待った。
 侍女は自分を勇気付けるように大きく息を吸い込む。

「廊下に出た瞬間に霧と消えたのです!」

(そんな馬鹿な! 魔法じゃあるまいし!)

 驚愕したリディアの様子に満足したのか、少し気を良くした感の侍女は尚も言う。

「蜜蝋の火は誓って消えていませんでした。その灯りの中で私は確かに見たのです。漆黒の布を被った骸骨が空気に溶けるのを。王家は呪われています! 姫殿下は生贄にされてしまいます! どうかお逃げください!」

 話の結末に戦慄を覚え、リディアは背後を振り返る。
 侍女の話を全て聞いたはいいが、どうすれば良いのか皆目見当つかない。
 得てしてそんな時、後ろに立っている褐色の肌の青年が間違った助言をすることはない。

「ルーク……私は」

 どうしたらいいのかと訊ねようとして何も言えなくなった。振り返った時、ルークが激昂していたからだ。
 今までのように静かに怒るのでなく、固く握り締められた拳が震えるほどに激しく怒りを露わにしていたのだ。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

ホウセンカ

えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー! 誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。 そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。 目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。 「明確な理由がないと、不安?」 桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは―― ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※イラストは自作です。転載禁止。

処理中です...