虚飾城物語

ココナツ信玄

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第五章

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 わななく唇は噛み締められ、蒼白く見える彼の白目は真っ赤に充血している。
 まるで滾る怒りそのものになってしまったかのように、ルークは憤激していた。

「ルー……ク?」

 恐る恐る声を掛けるとルークは瞬時に我に返り、猛り狂った自分を恥じたのか、心配そうに見上げているリディアから顔を逸らした。

「何か……得体の知れないことが水面下で起っているのは確かなようです。リディア、貴方は今まで以上に用心するように。ただでさえ貴方は無防備なのだから。それからええと……侍女の御方」

「カヤですわ」

「……カヤ貴方も気を付けて下さい。生贄とやらを要求している者の正体が不可思議な生き物であるとは断言出来ませんが、殿下の命を狙っている者が存在するのは確か。だとしたらこの事実を知っている貴方を快くは思わないでしょう。くれぐれもこのことを何かの話のついでに吹聴して回らないように」

「まあっ! どうしましょう。私、もう仕事仲間のみんなに話してしまいましたわ!」

 カヤの告白にルークとリディアは頭を抱えた。
 対するカヤも顔色を無くしている。

「私、殺されてしまうのでしょうか? ああ、私がラーラの二の舞になるだなんて!」

(ラーラ?)

 突然耳に飛び込んで来た懐かしい名前に驚き、弾かれたように顔を上げて後ろを振り返ると、同じ様に驚いた風のルークが見つめ返してきた。
 リディアは暫しルークと顔を見合わせ、それが自分の聞き間違いなどではないことを確認すると、自分に言い聞かせるかのようにゆっくりと侍女に尋ねた。

「カヤ。何故ラーラのことを知っている? 何故今、ここでラーラの名を挙げるのだ?」

「姫殿下は覚えていませんか? ラーラは殿下付きの侍女だったと……」

「ラーラのことは覚えている! しかし何故お前がラーラを知っている?」

「あら、ラーラはかつての仕事仲間ですもの。知っているのは当たり前ですわ。彼女は王宮での就職を断りに来たのですが、代わりが見つかるまで働くことになりました。一週間も経たないうちに代わりの侍女が見つかって、彼女はとても喜んでいましたわ。これで姫殿下の所に帰れるって! それなのに……」

 侍女の口調が尻つぼみに小さくなるのにつれ、リディアの心にも暗雲が垂れ込める。
 ラーラのやり切れない最後を思い出したのだ。

(ラーラは卑しい賊の手に掛かって……)

「ラーラは呪いを受けたんです!」

「えっ?」

 予想外なカヤの突飛な言葉に、リディアとルークは目を丸くした。しかしカヤは構わず、迸る水のごとく喋り続けた。

「ラーラの母上も国王陛下付きの侍女でしたので、ラーラも仮の侍女としてお仕えしていたのです。そして私と同じ様に死神の姿を見たのですわ! ラーラは震えながら私達に言いました。確かに死神を見た、陛下の部屋に入っていく死神の姿を確かに見た、と! それから暫らくして第二王子殿下が身罷られ、ラーラは母親と共に強盗に殺されてしまいました。けれど強盗の仕業などではなかったのですわ! いいえ、人間の仕業ですらなかった……死神の呪いによるものだったのです! ああ、私は一体どうしたら……?」

(ラーラが死神を見ていた?)

 何か不穏なものを感じるのに、その全体像が見えてこない。
 困りきったリディアは助けを求めるべく傍らのルークの顔を見上げた。

「カヤ。すでに話してしまったのなら仕方ない。後はなるべく一人にならないようにするだけです。呪いがラーラを殺めたにせよ、それを行使する死神は目に見えるようですから避けることも出来なくは無いでしょう」

 ルークは先程の怒りを微塵も感じさせない冷静さで、この世の全てを理解した賢者のように、穏やかにカヤに話した。

「そんなの無理ですわ! ラーラは母親と一緒にいながら殺されてしまったのですよ?」

 恐ろしくて堪らなくなったのか、カヤは顔を覆ってその場に蹲ってしまった。

「こんな……死神に呪われてしまうだなんて……ラーラが亡くなった時に仕事を辞めて故郷に帰るのだった! 陛下付きの侍女は妾と同じと罵られようと、この仕事に誇りを持っていたからこうして続けてきましたのに……こんな恐ろしいことに巻き込まれるなんて」

 泣きだしたカヤに、リディアは困ってその震える肩に手を置いたり頭を撫でたりしてみた。
 しかし一向に泣き止む気配が無い。

(どうしたらいいだろう?)

 侍女を慰めることに必死になっていたリディアの後頭部に、我関せずと淡々とした声が降って来た。

「侍女を妾、と。そんな噂があるのですか?」

 ルークはカヤの涙が見えていないのか、冷静な灰色の瞳で二人を見下ろしている。

(ルークめっ! デリカシーの無い! 泣いているカヤを前に何て冷たい態度をっ!)

「ええ……姫殿下には畏れ多くも、陛下付きの侍女や小姓などには、そういう噂が付いて回るのです」

 しかしカヤはそんな冷たい態度でも構わなかったようだ。
 覆っていた手を外し、しゃっくりをしながら顔を上げる。

「ラーラのことを、カリム陛下の隠し子だと言う者も居ました。ですからラーラが死んだ時もまことしやかな噂が流れましたの。陛下がご自分の不始末を正したのだと……。現にラーラは母親共々殺害されてしまいましたし、噂は真実味を帯びていて信じる者は多かったのですわ。けれどもどうでしょう? 死神が王家を呪っていただなんて!」

 再び震え出したカヤを見下ろしながら、ルークは言った。

「ともかくカヤ、貴方はなるべく一人にならないように。いいですね? 私達はこれから王都を出なければなりません。貴方の忠告通りに逃げ出すことはもはや出来ぬこと。お互いに……用心しましょう」

 口を閉ざすと同時にルークはリディアの手を取り、カヤを残して小部屋から出た。

「ルーク、カヤが可哀想だろう! せっかく忠告してくれたのに、途中で放り出す……」

「貴方は本当に物覚えが悪い」

 あんまりな言葉に遮られ憤慨したリディアは、掴まれていた手を振り解こうとした。が、更に強くその手を握られてしまう。
 傍らの友人を見上げると、虚空を睨むようにしていた瞳をリディアへ下ろし、彼は重々しい押し殺した声で言った。

「死神に狙われているのはトルトファリア最後の血――貴方なのですよ。他人の心配をするより自分自身の心配をしなさい。ただでさえ貴方は迂闊なのだから」

(私が死神に狙われている?)

 実感が湧かないリディアの手を引いて、ルークは呟いた。

「何が起こるにせよ、王都を出てからです」

 その言葉にリディアは反射的に身を竦めた。
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