26 / 49
第五章
6
しおりを挟む
遷都を思わせる一団は、リディアが王都に向かった時とは比べ物にならないほどゆっくりと進んでいた。
人数の多さを考えれば致し方ないことなのだが、それでも遅すぎる。
何せ一行は頻繁に会議を開くのだ。
その会議では何故か進行について論議することはなく、王都で国の重鎮達が論議するように、穀物の出来具合やそれにかかる税、鉱山から産出される鉱物の質、隣国の動きなどを話し合うのだった。
一国を預かる国王諸共が移動するのだからこれが普通なのだろう、とリディアは初めの頃は思った。
が、それにしては妙だった。
初めこそ会議に参加していた彼女が、いつの間にか会議を開く陣営に入れなくなったのだ。
もちろんルークも入れない。
貴族達は陣を囲う皮の幕の間に次々と消えていくのに、二人だけは王族専用の馬車の中で留守番をする。
「なあルーク、これって普通のことなのか?」
もしかしたら馬鹿にされるかもしれないと恐れて沈黙を守ってきたリディアは、虚飾城まで後半分となった頃、遂に自らの疑問を幼馴染みにぶつけた。
一瞬驚いたように目を見開いたルークは、仄かな微笑を薄い唇に浮かべ、答えた。
「良かった。疑問にも感じていないのか不安でしたが、ちゃんと気付いていたのですね」
「何だその言い草は! 私は馬鹿ではないぞ! さっさと質問に答えたらどうだ!」
プリプリしだした友人に苦笑するルーク。
「こんなことは普通ではないです。仮にも次王となる人間を蚊帳の外にするだなんて、考えられることではありません。次の政権が滞らないよう中枢の人間と引き合わせるならまだしも、締め出すなんて……何かおかしなことが起っているのは間違いないでしょう」
「もしや戴冠式の打ち合わせとかか?」
「……貴方はやっぱり馬鹿ですね。戴冠式はびっくりパーティーではないし、貴方を蔑ろにして成立する国の行事などありませんよ」
溜め息を吐いて窓の外を眺めるルークに、心の中で舌を出しながらリディアは考える。
(やっぱり今、私に分からない所で何かが起っているのは確かみたいだ。こうなったら会議の陣に忍び込んで探ってくるか!)
一瞬、ルークも誘おうかと思ったが、リディアの学友兼お目付け役の彼は、絶対に許さないだろうと思われたので止めておく。
灰色の目が外を見ているのを確認して、リディアは座席から立ち上がった。
しかしここは狭い馬車の中。
どんなにそっと動いたとしても気付かれるのは当然のことで、ルークは極自然に窓から王女に目を転じ、訝しげに尋ねた。
「どこに行くんです?」
「いや……別に」
口篭もったリディアに、ルークは一層不審そうな表情を浮かべる。
「散歩でしたら私も付き合います。一人で行動するのは危険ですからね」
腰を浮かしたルークに、リディアは冷や汗を垂らした。
(面倒なことになった! ルークに付いてこられたら困るのに)
焦りのあまり王女は叫んだ。
「ルークは付いて来なくていい!」
益々不審そうな表情をされてしまった。
「いや、だから、別に付いて来るようなことではなくて……危険じゃないし……だけど私は……一人でいたくて、ね?」
口を開けば開くほど掘った墓穴が大きくなって行っている気がして、リディアは嫌な汗を額に感じた。
(絶対おかしいと思ってる。絶対叱られるっ)
が、予想に反しルークは再び腰を下ろした。
「……失礼しました。どうぞ安心して行って来てください。私はここで待っていますから」
「?」
よく分からないが助かった。
内心首を傾げながらも、リディアはそそくさと馬車から出た。
(何故ルークは突然物分かりがよくなったのだ?)
つらつらと考えながら停車している馬車の間を縫って歩いていると、街道の茂みに入っていく御者の姿が視界に映った。何をしているのだろう? と立ち止まってそっちを見ていると、暫らくして御者が茂みから出て来た。
ふと、目が合う。
すると御者の顔が瞬時にして朱に染まった。
そしてリディアも気付いた。彼は小用をしていたのだ。
(……まずい所を見てしまったかな?)
ぎくしゃくとお互いに視線を逸らす。
よくよく見るとあちこちで茂みから出たり入ったりしている人影が見られる。きっとルークが見ていた窓からも、その姿は確認出来ただろう。
(まさか私……トイレを我慢しているのだと思われた?)
顔から火が出るほど恥ずかしいのに、弁解することは出来ない。ならばどこへ行く? と訪ねられたら困るからだ。
とんだ勘違いに、王女殿下はこの世の恥を全て背負ってしまったような気分になった。
(何だってこう、やることなすこと上手く行かない? 私が何をした? まさか、これが死神の呪いなどではないだろうな)
馬鹿なことを考えつつ、皮の幕で囲われた陣が見える所まで歩み寄る。だが幕と幕の間で銀の槍を構えて立っている騎士の姿を見つけ、リディアは慌てて茂みの中に分け入った。
正面から入り込むのは到底無理だ。
(仕方ない。見張りが居ない所を探そう)
幸いにして茂みから茂みを移動していれば、もしも見咎められたとしても小用だと言い逃れることが出来る。もちろんそれは最後の手段だが、どんな言い訳よりも効力があるだろうことは先刻のルークの様子から確信出来た。
音を立てないよう気をつけながら、円を描くように陣の周りを窺う。
見張りの死角になるような所を探してみたが、騎士達はきっちり幕一枚分ずつの間隔で立っていて、とても中に忍び込むことは出来そうにない。
(何だか可笑しいな。本来なら私の臣下であるはずの騎士達なのに、知らぬ間に彼等は私でない者の言いなりになっている)
面白くなくなって茂みの中に座り込んだリディアは、唇を尖らせながら銀色の騎士達を睨みつけた。
(確かに今はまだ父上が国王だから仕方がないのかもしれないけれど、こんな風に私をのけものにすることないじゃないか! 王族でもない貴族達が中に入れて、何故父上の子の私が中に入れないのだ? 兄上がおかしなことになっていたり、呪いがどうのと色々良くないことばかりなのに。父上は何故……?)
茂みの中で煩悶していたリディアの肩に、後ろから手が掛かった。
「姫殿下」
驚いて振り返ると、そんなリディアに驚いた様子の、鳶色の目と栗色の髪を持つ騎士見習いの少年が立っていた。
「あの、こんな所で何を?」
「あ……」
言い訳を用意していたはずなのに、いきなりのことで喉から言葉が出てこない。
(まずい! 怪しまれてしまうっ!)
自分が窮地に陥っていることは理解しているのだが、焦れば焦るほど何を言えばよいのか分からなくなっていく。しかし目の前の騎士見習いは、挙動不審なリディアの様子に構わずその場に膝を付いた。
「僕はギュンター卿の下で騎士見習いをしているダンと言う者です。この様な身分で殿下にお声を掛けることは失礼にあたると承知しています。けれども殿下……どうしても殿下のお耳に入れておきたいことがあるんです」
騎士見習いダンは一度言葉を切り、気遣わしげに陣の方に視線を走らせた。どうやら騎士達や貴族達に聞かれたくないことらしい。
秘密の会議に忍び込もうとしていたのを咎められるでなく、尚且つ何やら情報をくれそうな空気を嗅ぎ取ったリディアは、すぐさまダンの手を取って茂みの奥深くに入る。
陣が遠くなり、周りに人影が無いのを確認すると、リディアはダンに詰め寄った。
「それでダンとやら……私に聞いて欲しいこととは何だ?」
問われ、一瞬だけ怖じ気づいたように身を引いたが、ダンは覚悟を決めたように唇を噛んでリディアの足元に跪いた。
「僕のマスター……ギュンター候が、良からぬことを画策しているようなのです」
正直、意表を突かれた。リディアの記憶の中に居るギュンターは、極めて人当たりのいい朗らかな笑顔で、良からぬこと云々とはかけ離れた所いるように思っていたからだ。
ダンは目を丸くしているリディアを真摯な眼差しで見つめながら言い募る。
「たかが騎士見習いの僕の言うことが信用出来ないのは分かっています。しかし僕はこの目で見たし、この耳で確かに聞きました! 候は騎士団を別ルートで虚飾城に呼んでいます。おそらくは……国家転覆の謀反のために」
(ギュンターが謀反? まさか! だって彼は私に贈り物をした男だぞ?)笑い飛ばそうとしたが、何故か声が喉から出てこない。
「候は王都を出てすぐと、先日の二回、手紙を書きました。宛名は王都の聖騎士団と騎士海軍。書かれた内容を確かめることは出来ませんでしたが、僕は候が大臣方と話しているのを聞いたんです。候は、大きな戦になる……そう言っておられました。大臣方はそれを受け、騎士団と騎士海軍が揃ったならば大戦になる前に片がつく。よもや我々に裏切られるとは思ってもいまい、と! 謀反です! こんな裏切りは、こんなことは許されない!」
息巻くダンに始めこそ唖然としていたものの、話の内容を理解していくにつれ、リディアは指先が冷えていく感覚を覚えた。
(何と言うことだ。国王の代替わりを控えたこの時期に、謀反? いや、節目だからこそ? 父上は気付いているのだろうか? 気付いているからこそ私を会議に呼ばないのか? ご自分だけで謀反を止めるおつもりか?)
数々の疑問が津波のように押し寄せ、一瞬リディアは忘我したが、固い忠誠を瞳に漲らせているダンの視線に気付き、我に返った。
我に返った。
「では、ダン。向こうで開かれている会議は謀反の密談だと言うのか? しかしあそこには現王であらせられる父上がいるのだぞ」
「……陣の中に僕は入れないので会議の内容は分かりません。僕が、候と大臣方との会話を聞いたのは候の馬車の中ですから、今設けられている会議は謀反とは関係ないと思います。何よりカリム様の前でそんな話をするほど愚かではないでしょう。今でこそ病床に伏されているとはいえ、カリム様は武断の国王と称えられた方ですから」
「そうか」頷くリディア。
(と言うことは、父上も気付いていないのか。これは一刻も早くお報せしなければ!)陣目掛けて駆け出そうとしたが、ダンに礼を言うのを忘れていたことを思い出し、立ち止まる。
「ダン、ありがとう。助かった!」
振り返ってそう言うと、鳶色の瞳が感極まったように涙に潤み、茶色の髪が垂れた。
「ありがたいお言葉、痛み入ります。しかし僕は当たり前のことをしただけです。僕は騎士です。騎士は国を、国民を守る者です。そして王家は国そのもの。それなのに、どうして謀反の事実を捨て置けるでしょう? 僕は当たり前のことをしたんです」
正直、ダンの言葉は胸に痛かった。
リディアは女王になるのが嫌だった。出来ることなら虚飾城で今まで通り、ルークと気ままに暮らしたいと願っていた。しかしリディアが今まで働きもせずに気楽に過ごせていたのは、偏に彼女が王族の一員だったからだ。国民が納めている税金の一部は確かにリディアを養っている。それも全て王女が良くしてくれるだろうという民の思いあってのことだ。
(私は本当に馬鹿だ。ルークに叱られるのも仕方ない……もっと頑張ろう。私の国の私の民のことを、ちゃんと考えよう。私に優しくしてくれる全ての人が、幸せになれるように)
足元ではまだダンが跪いている。
(ダンだって、マスターの裏切りを告発するのは怖かっただろうに、こうして来てくれた)
「本当にありがとう、ダン。候達の目論見を知らせたのが発覚すれば、ただで済むはずがないのに……ありがとう。私はこれから父上に謀反の疑いを知らせよう。お前の名は出さないが、もしもと言うこともある。くれぐれも気を付けて……身の危険を感じたら、自分のことだけ考えて逃げるんだ。私は私で何とかやってみるから」
「いいえ! 逃げるだなんて」
「お前も、私が守るべきトルトファリアの国民の一人だ。そうだろう? 私はお前が害されるのは嫌なんだ」
ダンの肩が震え始めた。
「ありがたき……お言葉、感謝します!」
涙を堪えているのか、ダンの声は震えていた。その肩のわななきに呼応するようにリディアの背後で人の声のざわめきが上がった。振り返ると、会議が終わったらしく、皮の幕の間から人がぞくぞくと出てきていた。
(! 父上にお会いしなければ!)まだ地面に膝を付いて泣いているダンに、もう一度「気を付けろよ!」と念を押し、リディアは茂みから飛び出した。ざかざかと大きな音を立てて駆け寄ってくる王女の姿を見、陣から出て来た貴族達や大臣達は一様に目を丸くしてその場に立ち尽くす。その為、リディアはたくさんの障害物を避けて通らねばならなくなり、やっとのことで幕の前に辿り着いた時には既に陣の中には誰も居らず、尚且つ後片付けをしていた騎士達に「もうすぐ出発ですので、速やかに馬車にお戻りになられますよう」と澄ました顔で言われてしまった。
仕方なくリディアはルークが待つ馬車へと戻り、難しい顔で座席に腰を下ろした。
(一刻を争うことなのに! このままではいつまで経っても父上に会えない。こうなったら人が寝静まった頃に父上を訪ねようか?)
「……? リディア、どうしました?」
自分の考えに没頭していたリディアは、心配げなルークの声音に驚いて顔を上げた。そこには怪訝そうに柳眉を顰めた友人がいる。
(ルークに相談してみようか?)思いついたが、自分の提案が却下されるのは明白だったので、止めた。
(次期女王たる人間が泥棒の真似事を、と怒るに決まっている! わざわざ自分から叱られるようなことしなくてもいいだろう。それにこれは私の国のことだからな。ルークに相談しなくとも、私と父上で何とか出来る!)
「何でもないぞ!」
にっこり笑って答えたが、依然としてルークの怪訝そうな表情は消えることは無かった。
人数の多さを考えれば致し方ないことなのだが、それでも遅すぎる。
何せ一行は頻繁に会議を開くのだ。
その会議では何故か進行について論議することはなく、王都で国の重鎮達が論議するように、穀物の出来具合やそれにかかる税、鉱山から産出される鉱物の質、隣国の動きなどを話し合うのだった。
一国を預かる国王諸共が移動するのだからこれが普通なのだろう、とリディアは初めの頃は思った。
が、それにしては妙だった。
初めこそ会議に参加していた彼女が、いつの間にか会議を開く陣営に入れなくなったのだ。
もちろんルークも入れない。
貴族達は陣を囲う皮の幕の間に次々と消えていくのに、二人だけは王族専用の馬車の中で留守番をする。
「なあルーク、これって普通のことなのか?」
もしかしたら馬鹿にされるかもしれないと恐れて沈黙を守ってきたリディアは、虚飾城まで後半分となった頃、遂に自らの疑問を幼馴染みにぶつけた。
一瞬驚いたように目を見開いたルークは、仄かな微笑を薄い唇に浮かべ、答えた。
「良かった。疑問にも感じていないのか不安でしたが、ちゃんと気付いていたのですね」
「何だその言い草は! 私は馬鹿ではないぞ! さっさと質問に答えたらどうだ!」
プリプリしだした友人に苦笑するルーク。
「こんなことは普通ではないです。仮にも次王となる人間を蚊帳の外にするだなんて、考えられることではありません。次の政権が滞らないよう中枢の人間と引き合わせるならまだしも、締め出すなんて……何かおかしなことが起っているのは間違いないでしょう」
「もしや戴冠式の打ち合わせとかか?」
「……貴方はやっぱり馬鹿ですね。戴冠式はびっくりパーティーではないし、貴方を蔑ろにして成立する国の行事などありませんよ」
溜め息を吐いて窓の外を眺めるルークに、心の中で舌を出しながらリディアは考える。
(やっぱり今、私に分からない所で何かが起っているのは確かみたいだ。こうなったら会議の陣に忍び込んで探ってくるか!)
一瞬、ルークも誘おうかと思ったが、リディアの学友兼お目付け役の彼は、絶対に許さないだろうと思われたので止めておく。
灰色の目が外を見ているのを確認して、リディアは座席から立ち上がった。
しかしここは狭い馬車の中。
どんなにそっと動いたとしても気付かれるのは当然のことで、ルークは極自然に窓から王女に目を転じ、訝しげに尋ねた。
「どこに行くんです?」
「いや……別に」
口篭もったリディアに、ルークは一層不審そうな表情を浮かべる。
「散歩でしたら私も付き合います。一人で行動するのは危険ですからね」
腰を浮かしたルークに、リディアは冷や汗を垂らした。
(面倒なことになった! ルークに付いてこられたら困るのに)
焦りのあまり王女は叫んだ。
「ルークは付いて来なくていい!」
益々不審そうな表情をされてしまった。
「いや、だから、別に付いて来るようなことではなくて……危険じゃないし……だけど私は……一人でいたくて、ね?」
口を開けば開くほど掘った墓穴が大きくなって行っている気がして、リディアは嫌な汗を額に感じた。
(絶対おかしいと思ってる。絶対叱られるっ)
が、予想に反しルークは再び腰を下ろした。
「……失礼しました。どうぞ安心して行って来てください。私はここで待っていますから」
「?」
よく分からないが助かった。
内心首を傾げながらも、リディアはそそくさと馬車から出た。
(何故ルークは突然物分かりがよくなったのだ?)
つらつらと考えながら停車している馬車の間を縫って歩いていると、街道の茂みに入っていく御者の姿が視界に映った。何をしているのだろう? と立ち止まってそっちを見ていると、暫らくして御者が茂みから出て来た。
ふと、目が合う。
すると御者の顔が瞬時にして朱に染まった。
そしてリディアも気付いた。彼は小用をしていたのだ。
(……まずい所を見てしまったかな?)
ぎくしゃくとお互いに視線を逸らす。
よくよく見るとあちこちで茂みから出たり入ったりしている人影が見られる。きっとルークが見ていた窓からも、その姿は確認出来ただろう。
(まさか私……トイレを我慢しているのだと思われた?)
顔から火が出るほど恥ずかしいのに、弁解することは出来ない。ならばどこへ行く? と訪ねられたら困るからだ。
とんだ勘違いに、王女殿下はこの世の恥を全て背負ってしまったような気分になった。
(何だってこう、やることなすこと上手く行かない? 私が何をした? まさか、これが死神の呪いなどではないだろうな)
馬鹿なことを考えつつ、皮の幕で囲われた陣が見える所まで歩み寄る。だが幕と幕の間で銀の槍を構えて立っている騎士の姿を見つけ、リディアは慌てて茂みの中に分け入った。
正面から入り込むのは到底無理だ。
(仕方ない。見張りが居ない所を探そう)
幸いにして茂みから茂みを移動していれば、もしも見咎められたとしても小用だと言い逃れることが出来る。もちろんそれは最後の手段だが、どんな言い訳よりも効力があるだろうことは先刻のルークの様子から確信出来た。
音を立てないよう気をつけながら、円を描くように陣の周りを窺う。
見張りの死角になるような所を探してみたが、騎士達はきっちり幕一枚分ずつの間隔で立っていて、とても中に忍び込むことは出来そうにない。
(何だか可笑しいな。本来なら私の臣下であるはずの騎士達なのに、知らぬ間に彼等は私でない者の言いなりになっている)
面白くなくなって茂みの中に座り込んだリディアは、唇を尖らせながら銀色の騎士達を睨みつけた。
(確かに今はまだ父上が国王だから仕方がないのかもしれないけれど、こんな風に私をのけものにすることないじゃないか! 王族でもない貴族達が中に入れて、何故父上の子の私が中に入れないのだ? 兄上がおかしなことになっていたり、呪いがどうのと色々良くないことばかりなのに。父上は何故……?)
茂みの中で煩悶していたリディアの肩に、後ろから手が掛かった。
「姫殿下」
驚いて振り返ると、そんなリディアに驚いた様子の、鳶色の目と栗色の髪を持つ騎士見習いの少年が立っていた。
「あの、こんな所で何を?」
「あ……」
言い訳を用意していたはずなのに、いきなりのことで喉から言葉が出てこない。
(まずい! 怪しまれてしまうっ!)
自分が窮地に陥っていることは理解しているのだが、焦れば焦るほど何を言えばよいのか分からなくなっていく。しかし目の前の騎士見習いは、挙動不審なリディアの様子に構わずその場に膝を付いた。
「僕はギュンター卿の下で騎士見習いをしているダンと言う者です。この様な身分で殿下にお声を掛けることは失礼にあたると承知しています。けれども殿下……どうしても殿下のお耳に入れておきたいことがあるんです」
騎士見習いダンは一度言葉を切り、気遣わしげに陣の方に視線を走らせた。どうやら騎士達や貴族達に聞かれたくないことらしい。
秘密の会議に忍び込もうとしていたのを咎められるでなく、尚且つ何やら情報をくれそうな空気を嗅ぎ取ったリディアは、すぐさまダンの手を取って茂みの奥深くに入る。
陣が遠くなり、周りに人影が無いのを確認すると、リディアはダンに詰め寄った。
「それでダンとやら……私に聞いて欲しいこととは何だ?」
問われ、一瞬だけ怖じ気づいたように身を引いたが、ダンは覚悟を決めたように唇を噛んでリディアの足元に跪いた。
「僕のマスター……ギュンター候が、良からぬことを画策しているようなのです」
正直、意表を突かれた。リディアの記憶の中に居るギュンターは、極めて人当たりのいい朗らかな笑顔で、良からぬこと云々とはかけ離れた所いるように思っていたからだ。
ダンは目を丸くしているリディアを真摯な眼差しで見つめながら言い募る。
「たかが騎士見習いの僕の言うことが信用出来ないのは分かっています。しかし僕はこの目で見たし、この耳で確かに聞きました! 候は騎士団を別ルートで虚飾城に呼んでいます。おそらくは……国家転覆の謀反のために」
(ギュンターが謀反? まさか! だって彼は私に贈り物をした男だぞ?)笑い飛ばそうとしたが、何故か声が喉から出てこない。
「候は王都を出てすぐと、先日の二回、手紙を書きました。宛名は王都の聖騎士団と騎士海軍。書かれた内容を確かめることは出来ませんでしたが、僕は候が大臣方と話しているのを聞いたんです。候は、大きな戦になる……そう言っておられました。大臣方はそれを受け、騎士団と騎士海軍が揃ったならば大戦になる前に片がつく。よもや我々に裏切られるとは思ってもいまい、と! 謀反です! こんな裏切りは、こんなことは許されない!」
息巻くダンに始めこそ唖然としていたものの、話の内容を理解していくにつれ、リディアは指先が冷えていく感覚を覚えた。
(何と言うことだ。国王の代替わりを控えたこの時期に、謀反? いや、節目だからこそ? 父上は気付いているのだろうか? 気付いているからこそ私を会議に呼ばないのか? ご自分だけで謀反を止めるおつもりか?)
数々の疑問が津波のように押し寄せ、一瞬リディアは忘我したが、固い忠誠を瞳に漲らせているダンの視線に気付き、我に返った。
我に返った。
「では、ダン。向こうで開かれている会議は謀反の密談だと言うのか? しかしあそこには現王であらせられる父上がいるのだぞ」
「……陣の中に僕は入れないので会議の内容は分かりません。僕が、候と大臣方との会話を聞いたのは候の馬車の中ですから、今設けられている会議は謀反とは関係ないと思います。何よりカリム様の前でそんな話をするほど愚かではないでしょう。今でこそ病床に伏されているとはいえ、カリム様は武断の国王と称えられた方ですから」
「そうか」頷くリディア。
(と言うことは、父上も気付いていないのか。これは一刻も早くお報せしなければ!)陣目掛けて駆け出そうとしたが、ダンに礼を言うのを忘れていたことを思い出し、立ち止まる。
「ダン、ありがとう。助かった!」
振り返ってそう言うと、鳶色の瞳が感極まったように涙に潤み、茶色の髪が垂れた。
「ありがたいお言葉、痛み入ります。しかし僕は当たり前のことをしただけです。僕は騎士です。騎士は国を、国民を守る者です。そして王家は国そのもの。それなのに、どうして謀反の事実を捨て置けるでしょう? 僕は当たり前のことをしたんです」
正直、ダンの言葉は胸に痛かった。
リディアは女王になるのが嫌だった。出来ることなら虚飾城で今まで通り、ルークと気ままに暮らしたいと願っていた。しかしリディアが今まで働きもせずに気楽に過ごせていたのは、偏に彼女が王族の一員だったからだ。国民が納めている税金の一部は確かにリディアを養っている。それも全て王女が良くしてくれるだろうという民の思いあってのことだ。
(私は本当に馬鹿だ。ルークに叱られるのも仕方ない……もっと頑張ろう。私の国の私の民のことを、ちゃんと考えよう。私に優しくしてくれる全ての人が、幸せになれるように)
足元ではまだダンが跪いている。
(ダンだって、マスターの裏切りを告発するのは怖かっただろうに、こうして来てくれた)
「本当にありがとう、ダン。候達の目論見を知らせたのが発覚すれば、ただで済むはずがないのに……ありがとう。私はこれから父上に謀反の疑いを知らせよう。お前の名は出さないが、もしもと言うこともある。くれぐれも気を付けて……身の危険を感じたら、自分のことだけ考えて逃げるんだ。私は私で何とかやってみるから」
「いいえ! 逃げるだなんて」
「お前も、私が守るべきトルトファリアの国民の一人だ。そうだろう? 私はお前が害されるのは嫌なんだ」
ダンの肩が震え始めた。
「ありがたき……お言葉、感謝します!」
涙を堪えているのか、ダンの声は震えていた。その肩のわななきに呼応するようにリディアの背後で人の声のざわめきが上がった。振り返ると、会議が終わったらしく、皮の幕の間から人がぞくぞくと出てきていた。
(! 父上にお会いしなければ!)まだ地面に膝を付いて泣いているダンに、もう一度「気を付けろよ!」と念を押し、リディアは茂みから飛び出した。ざかざかと大きな音を立てて駆け寄ってくる王女の姿を見、陣から出て来た貴族達や大臣達は一様に目を丸くしてその場に立ち尽くす。その為、リディアはたくさんの障害物を避けて通らねばならなくなり、やっとのことで幕の前に辿り着いた時には既に陣の中には誰も居らず、尚且つ後片付けをしていた騎士達に「もうすぐ出発ですので、速やかに馬車にお戻りになられますよう」と澄ました顔で言われてしまった。
仕方なくリディアはルークが待つ馬車へと戻り、難しい顔で座席に腰を下ろした。
(一刻を争うことなのに! このままではいつまで経っても父上に会えない。こうなったら人が寝静まった頃に父上を訪ねようか?)
「……? リディア、どうしました?」
自分の考えに没頭していたリディアは、心配げなルークの声音に驚いて顔を上げた。そこには怪訝そうに柳眉を顰めた友人がいる。
(ルークに相談してみようか?)思いついたが、自分の提案が却下されるのは明白だったので、止めた。
(次期女王たる人間が泥棒の真似事を、と怒るに決まっている! わざわざ自分から叱られるようなことしなくてもいいだろう。それにこれは私の国のことだからな。ルークに相談しなくとも、私と父上で何とか出来る!)
「何でもないぞ!」
にっこり笑って答えたが、依然としてルークの怪訝そうな表情は消えることは無かった。
0
あなたにおすすめの小説
女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます
ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。
前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。
社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。
けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。
家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士――
五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。
遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。
異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。
女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの
ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
ホウセンカ
えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー!
誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。
そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。
目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。
「明確な理由がないと、不安?」
桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは――
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※イラストは自作です。転載禁止。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる