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第五章
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「姫殿下」
驚いて振り返ると、そんなリディアに驚いた様子の、鳶色の目と栗色の髪を持つ騎士見習いの少年が立っていた。
「あの、こんな所で何を?」
「あ……」
言い訳を用意していたはずなのに、いきなりのことで喉から言葉が出てこない。
(まずい! 怪しまれてしまうっ!)
自分が窮地に陥っていることは理解しているのだが、焦れば焦るほど何を言えばよいのか分からなくなっていく。しかし目の前の騎士見習いは、挙動不審なリディアの様子に構わずその場に膝を付いた。
「僕はギュンター卿の下で騎士見習いをしているダンと言う者です。この様な身分で殿下にお声を掛けることは失礼にあたると承知しています。けれども殿下……どうしても殿下のお耳に入れておきたいことがあるんです」
騎士見習いダンは一度言葉を切り、気遣わしげに陣の方に視線を走らせた。どうやら騎士達や貴族達に聞かれたくないことらしい。
秘密の会議に忍び込もうとしていたのを咎められるでなく、尚且つ何やら情報をくれそうな空気を嗅ぎ取ったリディアは、すぐさまダンの手を取って茂みの奥深くに入る。
陣が遠くなり、周りに人影が無いのを確認すると、リディアはダンに詰め寄った。
「それでダンとやら……私に聞いて欲しいこととは何だ?」
問われ、一瞬だけ怖じ気づいたように身を引いたが、ダンは覚悟を決めたように唇を噛んでリディアの足元に跪いた。
「僕のマスター……ギュンター卿が、良からぬことを画策しているようなのです」
正直、意表を突かれた。
リディアの記憶の中に居るギュンターは、極めて人当たりのいい朗らかな笑顔で、良からぬこと云々とはかけ離れた所いるように思っていたからだ。
ダンは目を丸くしているリディアを真摯な眼差しで見つめながら言い募る。
「たかが騎士見習いの僕の言うことが信用出来ないのは分かっています。しかし僕はこの目で見たし、この耳で確かに聞きました! 卿は騎士団を別ルートで虚飾城に呼んでいます。おそらくは……国家転覆の謀反のために」
(ギュンターが謀反? まさか! だって彼は私に贈り物をした男だぞ?)
笑い飛ばそうとしたが、何故か声が喉から出てこない。
「卿は王都を出てすぐと、先日の二回、手紙を書きました。宛名は王都の聖騎士団と海軍。書かれた内容を確かめることは出来ませんでしたが、僕は卿が大臣方と話しているのを聞いたんです。大きな戦になる……そう言っておられました。大臣方はそれを受け、騎士団と騎士海軍が揃ったならば大戦になる前に片がつく。よもや我々に裏切られるとは思ってもいまい、と! 謀反です! こんな裏切りは、こんなことは許されない!」
息巻くダンに始めこそ唖然としていたものの、話の内容を理解していくにつれ、リディアは指先が冷えていく感覚を覚えた。
(何と言うことだ。国王の代替わりを控えたこの時期に、謀反? いや、節目だからこそ? 父上は気付いているのだろうか? 気付いているからこそ私を会議に呼ばないのか? ご自分だけで謀反を止めるおつもりか?)
数々の疑問が津波のように押し寄せ、一瞬リディアは忘我したが、固い忠誠を瞳に漲らせているダンの視線に気付き、我に返った。
「では、ダン。向こうで開かれている会議は謀反の密談だと言うのか? しかしあそこには現王であらせられる父上がいるのだぞ」
「……陣の中に僕は入れないので会議の内容は分かりません。僕が、卿と大臣方との会話を聞いたのは卿の馬車の中ですから、今設けられている会議は謀反とは関係ないと思います。何よりカリム様の前でそんな話をするほど愚かではないでしょう。今でこそ病床に伏されているとはいえ、カリム様は武断の国王と称えられた方ですから」
「そうか」
頷くリディア。
(と言うことは、父上も気付いていないのか。これは一刻も早くお報せしなければ!)
陣目掛けて駆け出そうとしたが、ダンに礼を言うのを忘れていたことを思い出し、立ち止まる。
「ダン、ありがとう。助かった!」
振り返ってそう言うと、鳶色の瞳が感極まったように涙に潤み、茶色の髪が垂れた。
「ありがたいお言葉、痛み入ります。しかし僕は当たり前のことをしただけです。僕は騎士です。騎士は国を、国民を守る者です。そして王家は国そのもの。それなのに、どうして謀反の事実を捨て置けるでしょう? 僕は当たり前のことをしたんです」
正直、ダンの言葉は胸に痛かった。
リディアは女王になるのが嫌だった。出来ることなら虚飾城で今まで通り、ルークと気ままに暮らしたいと願っていた。
しかしリディアが今まで働きもせずに気楽に過ごせていたのは、偏に彼女が王族の一員だったからだ。国民が納めている税金の一部は確かにリディアを養っている。それも全て王女が良くしてくれるだろうという民の思いあってのことだ。
(私は本当に馬鹿だ。ルークに叱られるのも仕方ない……もっと頑張ろう。私の国の私の民のことを、ちゃんと考えよう。私に優しくしてくれる全ての人が、幸せになれるように)
足元ではまだダンが跪いている。
(ダンだって、マスターの裏切りを告発するのは怖かっただろうに、こうして来てくれた)
「本当にありがとう、ダン。卿達の目論見を知らせたのが発覚すれば、ただで済むはずがないのに……ありがとう。私はこれから父上に謀反の疑いを知らせよう。お前の名は出さないが、もしもと言うこともある。くれぐれも気を付けて……身の危険を感じたら、自分のことだけ考えて逃げるんだ。私は私で何とかやってみるから」
「いいえ! 逃げるだなんて」
「お前も、私が守るべきトルトファリアの国民の一人だ。そうだろう? 私はお前が害されるのは嫌なんだ」
ダンの肩が震え始めた。
「ありがたき……お言葉、感謝します!」
涙を堪えているのか、ダンの声は震えていた。その肩のわななきに呼応するようにリディアの背後で人の声のざわめきが上がった。
振り返ると、会議が終わったらしく、皮の幕の間から人がぞくぞくと出てきていた。
(! 父上にお会いしなければ!)
まだ地面に膝を付いて泣いているダンに、もう一度「気を付けろよ!」と念を押し、リディアは茂みから飛び出した。
ざかざかと大きな音を立てて駆け寄ってくる王女の姿を見、陣から出て来た貴族達や大臣達は一様に目を丸くしてその場に立ち尽くす。その為、リディアはたくさんの障害物を避けて通らねばならなくなり、やっとのことで幕の前に辿り着いた時には既に陣の中には誰も居らず、尚且つ後片付けをしていた騎士達に「もうすぐ出発ですので、速やかに馬車にお戻りになられますよう」と澄ました顔で言われてしまった。
仕方なくリディアはルークが待つ馬車へと戻り、難しい顔で座席に腰を下ろした。
(一刻を争うことなのに! このままではいつまで経っても父上に会えない。こうなったら人が寝静まった頃に父上を訪ねようか?)
「……? リディア、どうしました?」
自分の考えに没頭していたリディアは、心配げなルークの声音に驚いて顔を上げた。そこには怪訝そうに柳眉を顰めた友人がいる。
(ルークに相談してみようか?)
思いついたが、自分の提案が却下されるのは明白だったので、止めた。
(次期女王たる人間が泥棒の真似事を、と怒るに決まっている! わざわざ自分から叱られるようなことしなくてもいいだろう。それにこれは私の国のことだからな。ルークに相談しなくとも、私と父上で何とか出来る!)
「何でもないぞ!」
にっこり笑って答えたが、依然としてルークの怪訝そうな表情は消えることは無かった。
驚いて振り返ると、そんなリディアに驚いた様子の、鳶色の目と栗色の髪を持つ騎士見習いの少年が立っていた。
「あの、こんな所で何を?」
「あ……」
言い訳を用意していたはずなのに、いきなりのことで喉から言葉が出てこない。
(まずい! 怪しまれてしまうっ!)
自分が窮地に陥っていることは理解しているのだが、焦れば焦るほど何を言えばよいのか分からなくなっていく。しかし目の前の騎士見習いは、挙動不審なリディアの様子に構わずその場に膝を付いた。
「僕はギュンター卿の下で騎士見習いをしているダンと言う者です。この様な身分で殿下にお声を掛けることは失礼にあたると承知しています。けれども殿下……どうしても殿下のお耳に入れておきたいことがあるんです」
騎士見習いダンは一度言葉を切り、気遣わしげに陣の方に視線を走らせた。どうやら騎士達や貴族達に聞かれたくないことらしい。
秘密の会議に忍び込もうとしていたのを咎められるでなく、尚且つ何やら情報をくれそうな空気を嗅ぎ取ったリディアは、すぐさまダンの手を取って茂みの奥深くに入る。
陣が遠くなり、周りに人影が無いのを確認すると、リディアはダンに詰め寄った。
「それでダンとやら……私に聞いて欲しいこととは何だ?」
問われ、一瞬だけ怖じ気づいたように身を引いたが、ダンは覚悟を決めたように唇を噛んでリディアの足元に跪いた。
「僕のマスター……ギュンター卿が、良からぬことを画策しているようなのです」
正直、意表を突かれた。
リディアの記憶の中に居るギュンターは、極めて人当たりのいい朗らかな笑顔で、良からぬこと云々とはかけ離れた所いるように思っていたからだ。
ダンは目を丸くしているリディアを真摯な眼差しで見つめながら言い募る。
「たかが騎士見習いの僕の言うことが信用出来ないのは分かっています。しかし僕はこの目で見たし、この耳で確かに聞きました! 卿は騎士団を別ルートで虚飾城に呼んでいます。おそらくは……国家転覆の謀反のために」
(ギュンターが謀反? まさか! だって彼は私に贈り物をした男だぞ?)
笑い飛ばそうとしたが、何故か声が喉から出てこない。
「卿は王都を出てすぐと、先日の二回、手紙を書きました。宛名は王都の聖騎士団と海軍。書かれた内容を確かめることは出来ませんでしたが、僕は卿が大臣方と話しているのを聞いたんです。大きな戦になる……そう言っておられました。大臣方はそれを受け、騎士団と騎士海軍が揃ったならば大戦になる前に片がつく。よもや我々に裏切られるとは思ってもいまい、と! 謀反です! こんな裏切りは、こんなことは許されない!」
息巻くダンに始めこそ唖然としていたものの、話の内容を理解していくにつれ、リディアは指先が冷えていく感覚を覚えた。
(何と言うことだ。国王の代替わりを控えたこの時期に、謀反? いや、節目だからこそ? 父上は気付いているのだろうか? 気付いているからこそ私を会議に呼ばないのか? ご自分だけで謀反を止めるおつもりか?)
数々の疑問が津波のように押し寄せ、一瞬リディアは忘我したが、固い忠誠を瞳に漲らせているダンの視線に気付き、我に返った。
「では、ダン。向こうで開かれている会議は謀反の密談だと言うのか? しかしあそこには現王であらせられる父上がいるのだぞ」
「……陣の中に僕は入れないので会議の内容は分かりません。僕が、卿と大臣方との会話を聞いたのは卿の馬車の中ですから、今設けられている会議は謀反とは関係ないと思います。何よりカリム様の前でそんな話をするほど愚かではないでしょう。今でこそ病床に伏されているとはいえ、カリム様は武断の国王と称えられた方ですから」
「そうか」
頷くリディア。
(と言うことは、父上も気付いていないのか。これは一刻も早くお報せしなければ!)
陣目掛けて駆け出そうとしたが、ダンに礼を言うのを忘れていたことを思い出し、立ち止まる。
「ダン、ありがとう。助かった!」
振り返ってそう言うと、鳶色の瞳が感極まったように涙に潤み、茶色の髪が垂れた。
「ありがたいお言葉、痛み入ります。しかし僕は当たり前のことをしただけです。僕は騎士です。騎士は国を、国民を守る者です。そして王家は国そのもの。それなのに、どうして謀反の事実を捨て置けるでしょう? 僕は当たり前のことをしたんです」
正直、ダンの言葉は胸に痛かった。
リディアは女王になるのが嫌だった。出来ることなら虚飾城で今まで通り、ルークと気ままに暮らしたいと願っていた。
しかしリディアが今まで働きもせずに気楽に過ごせていたのは、偏に彼女が王族の一員だったからだ。国民が納めている税金の一部は確かにリディアを養っている。それも全て王女が良くしてくれるだろうという民の思いあってのことだ。
(私は本当に馬鹿だ。ルークに叱られるのも仕方ない……もっと頑張ろう。私の国の私の民のことを、ちゃんと考えよう。私に優しくしてくれる全ての人が、幸せになれるように)
足元ではまだダンが跪いている。
(ダンだって、マスターの裏切りを告発するのは怖かっただろうに、こうして来てくれた)
「本当にありがとう、ダン。卿達の目論見を知らせたのが発覚すれば、ただで済むはずがないのに……ありがとう。私はこれから父上に謀反の疑いを知らせよう。お前の名は出さないが、もしもと言うこともある。くれぐれも気を付けて……身の危険を感じたら、自分のことだけ考えて逃げるんだ。私は私で何とかやってみるから」
「いいえ! 逃げるだなんて」
「お前も、私が守るべきトルトファリアの国民の一人だ。そうだろう? 私はお前が害されるのは嫌なんだ」
ダンの肩が震え始めた。
「ありがたき……お言葉、感謝します!」
涙を堪えているのか、ダンの声は震えていた。その肩のわななきに呼応するようにリディアの背後で人の声のざわめきが上がった。
振り返ると、会議が終わったらしく、皮の幕の間から人がぞくぞくと出てきていた。
(! 父上にお会いしなければ!)
まだ地面に膝を付いて泣いているダンに、もう一度「気を付けろよ!」と念を押し、リディアは茂みから飛び出した。
ざかざかと大きな音を立てて駆け寄ってくる王女の姿を見、陣から出て来た貴族達や大臣達は一様に目を丸くしてその場に立ち尽くす。その為、リディアはたくさんの障害物を避けて通らねばならなくなり、やっとのことで幕の前に辿り着いた時には既に陣の中には誰も居らず、尚且つ後片付けをしていた騎士達に「もうすぐ出発ですので、速やかに馬車にお戻りになられますよう」と澄ました顔で言われてしまった。
仕方なくリディアはルークが待つ馬車へと戻り、難しい顔で座席に腰を下ろした。
(一刻を争うことなのに! このままではいつまで経っても父上に会えない。こうなったら人が寝静まった頃に父上を訪ねようか?)
「……? リディア、どうしました?」
自分の考えに没頭していたリディアは、心配げなルークの声音に驚いて顔を上げた。そこには怪訝そうに柳眉を顰めた友人がいる。
(ルークに相談してみようか?)
思いついたが、自分の提案が却下されるのは明白だったので、止めた。
(次期女王たる人間が泥棒の真似事を、と怒るに決まっている! わざわざ自分から叱られるようなことしなくてもいいだろう。それにこれは私の国のことだからな。ルークに相談しなくとも、私と父上で何とか出来る!)
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