虚飾城物語

ココナツ信玄

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第六章

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 きっぱりとした口調で、カリム王はリディアの言葉を遮った。

「私がそうするよう言ったから、ギュンターは騎士団に手紙を書いたのだ」

(どう言うことだ? 謀反を父上が企んだ? 何故大政側の父上が国家転覆をするのだ。何だ? どうなっているんだ?)

 混乱し始めたリディアの様子が見えているかのように、幕の向こうで王は笑い続けた。

「一体何を考えたものか、手に取るように分かるぞ! しかしお前の杞憂は的外れだ。だが真実もお前にとっては良い知らせでは無いか……いや、厳密に言うならばお前には関係の無いことか?」

 不可解なことを呟き出したカリム王に、リディアは自分が馬鹿にされているような気がして顔を朱に染めた。

「父上! 焦らさず真実を教えてください」

 幕の向こうから聞こえてきていた笑い声が止み、天幕の中を唐突な静寂が包み込む。

「……戦争だ」

 浮かび上がった影が揺れた。

「バーディスルを滅ぼそうと思う」

 頭の中が真っ白になり、呆然とその場に立ち尽くすリディアに構うことなく、トルトファリア現国王は喋り続ける。

「あれが目障りなのだ。燃やし尽くし、微塵に砕いてやりたい」

「な、何故そんな? 小さな島国……敵国とも言えない小さな国です! 大体バーディスルは王子を我が国に送っている。充分でしょう? そんな理不尽なことは許されない!」

「許されなくともやるのだ! あれが生きている限り、私に平穏は訪れない!」

 不意に激昂した父王の言葉に怯えながらも、リディアはその中に引っ掛かりを覚えた。

(生きているアレ? 何のことだ? 今は国を攻めると言う話をしているのに)

「憎い憎い憎い! あれが憎いっ! 未だおめおめと生き長らえているが、今度と言う今度は逃がさぬわ! あれが愛し守ろうと思うもの。あれを愛し守ろうとするもの。皆諸共に滅ぼしてくれる!」

 王が昂ぶった心そのままに体を動かした為、影は覆いの上で上下左右に動いてリディアを威嚇した。
 まるで狂ってしまったかのような父王の振る舞いに、リディアは恐怖を感じて後退りした。が、疑問を口にすることは止めなかった。
 恐る恐る、唇を開く。

「ち……父上……あれとは……父上の言う、あれとは何なのです?」

 不意にリディアの背後から夜の冷たい空気が入ってきた。
 そしてその空気の流れに乗るようにして、答えが囁かれる。

「私の父。カリム王の弟にして、バーディスル現国王。ロディウス王のことですよ」

 振り返ったリディアの目に、視界に映る者全てを凍てつかせんとでもしているかのような、冷たい灰色の瞳が飛び込んで来た。

「ルーク……?」

 知らず、リディアの手は天幕へと入ってきたルークへと差し伸べられた。しかしルークはその手を避けるように通り過ぎ、薄絹の向こうのカリム王と対峙した。

「カリム様。貴方と父の間に何があったかは知りません。トルトファリアから追い出されるようなことを父がしたのであれ、そうでないのであれ、貴方が父を憎んでいるのには変わりが無い。それは貴方と父上の問題。私が口を挟むことではありません。しかし」

 ただただ呆然と立ち尽くし成り行きを見守っていたリディアの目の前で、影へと語りかけていたルークが右手を大きく上に掲げた。
 褐色の手が、蜃気楼のように一瞬揺らめく。

「私の国を踏み躙ることは許さないっ!」

 叫ぶと共に、見えない鞭を振るうかのように右手を斜めに振り下ろす。途端、薄絹の覆いが大きく斜めに切り裂かれた。
 瞬間、寝台の明かりが消え、天幕の中に闇が落ちる。

「な……に? ルーク?」

 怖いことがあった時にいつもそうしていたように、当たり前の気持ちでリディアは駆け寄ろうとした。しかし機敏な動きで振り返ったルークの表情を見て、その足が止まった。
 闇に浮かび上がる冷たい光を湛えた灰色の瞳。
 そして微かな嫌悪を窺わせる表情。

(私は……いや、そんな! まさか……)

 目を細めて自分を見下ろすルークの背後で、不思議の力によって裂かれた白布が音も無く地面に落ちた。
 流れる水のようなそれを見、リディアはこれが夢ではないのだと認識した。

(私は確かに……ルークに憎まれている)

  張り詰めた空気を破って、カリム王が唐突に哄笑を上げた。

「許さないだと? 人質風情が戯言を」

 夜目にも浮かび上がるカリムの青白い顔には、狂気じみた歪んだ笑いが張り付いている。
 かつては精悍であっただろうその顔。痩せこけ、罅のような数多の皺に覆われたそれは、実年齢よりも遥かに老けて見えた。
 皺だらけの白い顔に、また一つ大きな赤い皺が入る……いや、皺と思えたものはカリムの薄い唇だった。彼は亀裂のような笑みを浮かべ、立ち竦むリディアを見た。

「そうだったなリディア? この者は敵国の人質。お前は確かに王都でそう言ったものな」

「父上! それは……」

「あーっはははははっ! 人質が居るのだ、あれも今度ばかりは諦めるであろうよ!」

(そうだ。私はルークを人質として引き止めてしまったんだ)

 おそらくは自分を見下ろしている灰色の瞳を恐れ、リディアは俯いた。

(あの時私が引き止めていなかったら、父上はこんな馬鹿なことを考えなかったかもしれないのに……全てはこの私が招いたこと?)

 足元から崩れるようによろめいたリディアの耳に、扉の軋みに似た歯軋りが聞こえた。

「貴方と言う人はっ!」

 押し殺した声と共に天幕内を光が満たし、反射的に顔を上げたリディアは、両手に炎を纏ったルークの姿を見た。
 虫の羽音のような音がしていた。
 その音が大きくなるにつれ、ルークの手に点った火は橙色から青い、高温のものへと変化していく。

「自分の愚かさを悔いるがいい!」

 叫び、ルークは両手の炎を寝台のカリムへ投げつけた。

「ああっ!」

 一瞬のことに駆け寄ることも出来ず、ただ驚きの叫び声を上げることしか出来なかったリディアの目の前で、二つの青い炎は残像の尾を引いてカリムに襲い掛かった。
 炎は国王の体に当たるやいなや弾け、大きな火柱を上げて痩せ細った王を包み込んだ。

「父上!」

 リディアは悲痛な叫びを上げて火柱に駆け寄ろうとしたが、ルークに阻まれる。

「あの炎に触れたら火傷では済みませんよ」

 リディアは困惑した。
 今しがたトルトファリア国王を焼き殺した人間が、その娘の身を心配している。

(ルークは私を憎んでいるのでは無かったのか? 父上を憎んでいた? 全てはバーディスルの為だけに? ……分からない)

 目まぐるしく巻き起こる出来事に、どうするのが正しいのか判断出来ず、自分の腕を掴んでいるルークの褐色の手を仕方なしに見つめた。
 すると、どこからか笑い声が聞こえて来た。



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