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第六章
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会議を終え再び進み出した人の群は、日が山間に隠れると同時に進行を止めた。
野営するのに丁度良い草原に行き当たったので、今日はここで休むとの王の触れがあったのだ。
リディアとルークは馬車が停まると同時に夕食をとらせられ、早々と就寝させられた。
やることも無いので仕方が無いのだろうが、一日中乗り物の中に居て体を動かさずにいるのに眠れる訳もなく、当然のことながらリディアは馬車の中でしっかり起きていた。
その傍らにルークの姿は無い。別の貴人用の馬車に移ったのだ。
年端も行かない子供同士では無いので当たり前のことだが、辺境で好き放題に過ごしてきたリディアはいたく不満だった。しかし今夜だけは、この状況は王女殿下にとって好都合だった。
彼女は今夜、父に会いに行こうと固く決意していた。
(ルークはきっと必死になって止めるだろうからな……うるさいし、丁度良い)
背もたれを倒して寝台にしていた座席から起き上がり、するりと馬車から出た。
もう充分に暗い時間だったのだが、たくさんのたいまつのせいで、闇は野営の陣に侵入して来られないようだった。
(こんなに明るいのでは誰かに見咎められるかもしれない。物陰に隠れながら行こう)
林立して停まっている馬車の陰から陰へと移動し、白鷹の紋章のある天幕を目指す。
途中、何度か見回りの騎士の姿を見かけて肝を冷やしたが、リディアはようやく王家の紋章を視界に映せるほどに近くに来られた。
(着いた)
安堵して大きく息をついたその時、
「殿下?」
背後から声が掛かった。
振り返ると、怪訝そうに顔を顰めたギュンターが立っていた。
怒鳴り散らしてやりたかったが、それではダンの忠誠に報いられない。絶対の力を持つ国王に進言し、裁いてもらう方がいいだろう。
ここで拗れてしまったら元も子もないのだ。
(落ち着けリディア! 今は自分の感情に押し流されている場合ではない! 王家の人間としてやるべきことをやらなくては!)
「こんばんは、ギュンター卿」
リディアは自分の中だけで最高と自負している笑顔を浮かべた。
「こんばんは殿下。こんな所で一体何をなさっておられるのですか?」
「散歩だ」
「こんな夜分に?」
「昼間何もしないからな。中々眠れないのだ」
「なるほど」
ギュンターは納得してくれたらしい。
いつものにこにこ顔に戻って、それでは夜の散歩をお楽しみください、と優雅に会釈してリディアの前から去っていった。
(良かった。誤魔化せたみたいだ。しかし、奴こそこんな時間に何をしているのだ?)
ギュンターは居並ぶ貴族達の馬車の集まりに隠れ、見えなくなってしまったのだが、リディアはその場に立ち尽くした。
(国家転覆の算段でもしに行ったのか? ならばこの馬車の群の中に謀反に協力する人間が混じっていると?)
周りを見回したがそれらしい人影は見当たらない。それどころか人の気配がない。
何だか不吉な予感がして、よくよく馬車の集まりを眺めてみると、全ての馬車の扉には白鷹の紋章が刻まれていた。
(どう言うことだ? これは王家の印だぞ? 偶然に王家関係の馬車の集まりの側を通っただけか? しかし、こんな時に……?)
謀反を企む人間の心中は到底分からないが、同じ人間として鑑みる。
(自分が害を成そうとしている人間の近くを、用も無く歩き回るだろうか?)
リディアは空恐ろしくなってきた。
あまりにも考えられないことだったからだ。
(もしや、既に父上に何かした後だとか?)
リディアは全身の血が引いていく音を確かに聞いたと思った。
慌てて周りを見回したが、見張りの騎士の姿は何故か確認出来ない。
トルトファリア国王の天幕を、騎士はおろか従者一人すら守っていないのだ。
(まさか騎士達までも謀反に参加しているのか?)
そう考えると納得がいった。
どことなく騎士の人数が増えているような気がしたのも、おそらくは気のせいではなかったのだ。
(虚飾城への旅の間に父上を亡き者にしようと……全てが国家転覆の筋書だった?)
最悪の予想に顔を引きつらせ、リディアはカリム王の天幕に駆け込んだ。
「父上!」
引き毟る勢いで幕を掻き分け中に走りこんだリディアは、真昼のように明るかった外とは正反対に暗い天幕内にたたらを踏んだ。
ごそごそと衣擦れの音がしてから、蝋燭と思しき仄かな明かりが点く。
「……何事だ?」
天幕の中には寝台を囲んで薄絹の覆いがあり、直接カリム王を見ることは出来なかったが、覆いの向こうで明かりを点けたため、囲いに王の上半身が大きな影になって映った。
「こんな夜更けに何事だ、リディア?」
リディアは何も言えなくなる。
暗殺されたものと思った父王が、影だけとは言え元気に動いているのだ。
何を言えよう。
(父上がご無事だったのは良かったが……まだ謀反の危機は去っていない!)
半開きになっていた口を閉じ、リディアは姿勢を正して覆いの向こうの王に向き直った。
「父上、お休みの所失礼とは思いましたが、どうしてもお耳に入れたいことがあって参りました。ギュンター卿が国家転覆を画策しているようです!」
「……何故?」
決死の思いで言ったのに、白い布に映る影はどこか無邪気な仕草で首を傾げている。
(ああもうっ! 父上は何て呑気なんだ!)
苛立ちと焦りを押し殺し、リディアはダンが教えてくれた書状の存在を語った。
これで呑気な王も慌てるだろうと思いきや、何故かカリム王は笑い出した。
「謀反? 国家転覆? はははははっ!」
「何が可笑しいと? 王家の人間が……」
「そんなことはありえん」
野営するのに丁度良い草原に行き当たったので、今日はここで休むとの王の触れがあったのだ。
リディアとルークは馬車が停まると同時に夕食をとらせられ、早々と就寝させられた。
やることも無いので仕方が無いのだろうが、一日中乗り物の中に居て体を動かさずにいるのに眠れる訳もなく、当然のことながらリディアは馬車の中でしっかり起きていた。
その傍らにルークの姿は無い。別の貴人用の馬車に移ったのだ。
年端も行かない子供同士では無いので当たり前のことだが、辺境で好き放題に過ごしてきたリディアはいたく不満だった。しかし今夜だけは、この状況は王女殿下にとって好都合だった。
彼女は今夜、父に会いに行こうと固く決意していた。
(ルークはきっと必死になって止めるだろうからな……うるさいし、丁度良い)
背もたれを倒して寝台にしていた座席から起き上がり、するりと馬車から出た。
もう充分に暗い時間だったのだが、たくさんのたいまつのせいで、闇は野営の陣に侵入して来られないようだった。
(こんなに明るいのでは誰かに見咎められるかもしれない。物陰に隠れながら行こう)
林立して停まっている馬車の陰から陰へと移動し、白鷹の紋章のある天幕を目指す。
途中、何度か見回りの騎士の姿を見かけて肝を冷やしたが、リディアはようやく王家の紋章を視界に映せるほどに近くに来られた。
(着いた)
安堵して大きく息をついたその時、
「殿下?」
背後から声が掛かった。
振り返ると、怪訝そうに顔を顰めたギュンターが立っていた。
怒鳴り散らしてやりたかったが、それではダンの忠誠に報いられない。絶対の力を持つ国王に進言し、裁いてもらう方がいいだろう。
ここで拗れてしまったら元も子もないのだ。
(落ち着けリディア! 今は自分の感情に押し流されている場合ではない! 王家の人間としてやるべきことをやらなくては!)
「こんばんは、ギュンター卿」
リディアは自分の中だけで最高と自負している笑顔を浮かべた。
「こんばんは殿下。こんな所で一体何をなさっておられるのですか?」
「散歩だ」
「こんな夜分に?」
「昼間何もしないからな。中々眠れないのだ」
「なるほど」
ギュンターは納得してくれたらしい。
いつものにこにこ顔に戻って、それでは夜の散歩をお楽しみください、と優雅に会釈してリディアの前から去っていった。
(良かった。誤魔化せたみたいだ。しかし、奴こそこんな時間に何をしているのだ?)
ギュンターは居並ぶ貴族達の馬車の集まりに隠れ、見えなくなってしまったのだが、リディアはその場に立ち尽くした。
(国家転覆の算段でもしに行ったのか? ならばこの馬車の群の中に謀反に協力する人間が混じっていると?)
周りを見回したがそれらしい人影は見当たらない。それどころか人の気配がない。
何だか不吉な予感がして、よくよく馬車の集まりを眺めてみると、全ての馬車の扉には白鷹の紋章が刻まれていた。
(どう言うことだ? これは王家の印だぞ? 偶然に王家関係の馬車の集まりの側を通っただけか? しかし、こんな時に……?)
謀反を企む人間の心中は到底分からないが、同じ人間として鑑みる。
(自分が害を成そうとしている人間の近くを、用も無く歩き回るだろうか?)
リディアは空恐ろしくなってきた。
あまりにも考えられないことだったからだ。
(もしや、既に父上に何かした後だとか?)
リディアは全身の血が引いていく音を確かに聞いたと思った。
慌てて周りを見回したが、見張りの騎士の姿は何故か確認出来ない。
トルトファリア国王の天幕を、騎士はおろか従者一人すら守っていないのだ。
(まさか騎士達までも謀反に参加しているのか?)
そう考えると納得がいった。
どことなく騎士の人数が増えているような気がしたのも、おそらくは気のせいではなかったのだ。
(虚飾城への旅の間に父上を亡き者にしようと……全てが国家転覆の筋書だった?)
最悪の予想に顔を引きつらせ、リディアはカリム王の天幕に駆け込んだ。
「父上!」
引き毟る勢いで幕を掻き分け中に走りこんだリディアは、真昼のように明るかった外とは正反対に暗い天幕内にたたらを踏んだ。
ごそごそと衣擦れの音がしてから、蝋燭と思しき仄かな明かりが点く。
「……何事だ?」
天幕の中には寝台を囲んで薄絹の覆いがあり、直接カリム王を見ることは出来なかったが、覆いの向こうで明かりを点けたため、囲いに王の上半身が大きな影になって映った。
「こんな夜更けに何事だ、リディア?」
リディアは何も言えなくなる。
暗殺されたものと思った父王が、影だけとは言え元気に動いているのだ。
何を言えよう。
(父上がご無事だったのは良かったが……まだ謀反の危機は去っていない!)
半開きになっていた口を閉じ、リディアは姿勢を正して覆いの向こうの王に向き直った。
「父上、お休みの所失礼とは思いましたが、どうしてもお耳に入れたいことがあって参りました。ギュンター卿が国家転覆を画策しているようです!」
「……何故?」
決死の思いで言ったのに、白い布に映る影はどこか無邪気な仕草で首を傾げている。
(ああもうっ! 父上は何て呑気なんだ!)
苛立ちと焦りを押し殺し、リディアはダンが教えてくれた書状の存在を語った。
これで呑気な王も慌てるだろうと思いきや、何故かカリム王は笑い出した。
「謀反? 国家転覆? はははははっ!」
「何が可笑しいと? 王家の人間が……」
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