虚飾城物語

ココナツ信玄

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第七章

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 夜明け間近、リディアは泣き過ぎて熱を持った重い瞼を押し広げ、立ち上がった。

(いつまでも泣いている訳にはいかない。やることはたくさんあるのだもの。父上の遺体も無いこの状況で、どう説明すれはいい? ここはやはり母上にご相談しよう。母上は中央での暮らしも長いし、何より国王の側で国政を見て来た方。どうすればいいかきっと教えてくださる)

 踏みしめるように力強く足を踏み出したが、ふと絹糸のような銀の髪を自分がまだ握り締めていることに気付き、その場に泣き伏してしまいたくなった。
 しかし首を振り、感傷を吹き飛ばす。
 彼女には心に誓ったことがあった。

(好きになってくれることは無いだろうけれど、せめてルークが私の学友だったことを誇ってくれるように、立派な女王になろう!)

 脳裏に旅の途中、真剣にトルトファリアの国民を案じていたルークの姿が鮮やかに甦る。

(大丈夫。私は今までルークや虚飾城の皆がしてきてくれたことを覚えている。今は辛くても、きっと大丈夫だ。私は立派な、国の皆を喜ばせる女王になるのだ)

 毅然と顔を上げ、手の中の銀髪を隠しポケットにしまい、リディアは歩き出した。
 天幕から出、白鷹の紋章が刻まれた馬車の群へと近付いた。マイラの馬車が分からなかったので、各扉の前で母の名を呼んでみる。

「母上! マイラ王妃殿下! どこですか? 母上! 私です、リディアです。母上!」

 囁きながら馬車の間を歩いていると、通り過ぎてきた扉の一つが音を立てて開いた。

「……リディア?」

 マイラは寝起きのせいか、少し疲れたような風情で顔を覘かせた。リディアは構わずマイラの馬車に乗り込む。

「母上、お話したいことがあるんです!」

 むりむり乗り込んできたリディアに幾分慌てた様子を見せたが、マイラは渋々座席に着いて話しを聞く姿勢を取った。

「母上、私は昨夜父上の天幕に行ったんです」

 普通の人ならば到底信じない、不思議な昨晩の出来事をリディアが語る中、マイラは相槌を打ちながら何やら飲み物を用意しだした。

「ちゃんと聞いてください母上! 嘘みたいでしょうが、全部本当のことなんです!」

「私は聞いていますよ。そんなに喋り続けていたら喉が渇くでしょうから飲み物を」

「そんなもの要りません!」

「そう? あらあら、あったわ! 私の実家から送ってもらった蜜酒。痛んだ喉にいいのよ。どうぞ召し上がれ」

 屈託無い母の姿に、リディアは不承不承ゴブレットを手に取った。
 精緻な細工を刻まれたガラスの器に並々と満たされたそれは、まるで午後の日差しのような暖かな色をしている。匂いもただの蜜酒よりも薫り高い。おそらくは相当な値の物なのだろう。
 しかしリディアはそれをろくに味わいもせずに飲み干した。

「さあ飲みましたよ! ですから母上、私の話をちゃんと聞いてください!」

(天幕に残された父上の寝巻きを見れば、きっと母上も真面目に考えてくださる! 言う通りに蜜酒を飲んだのだから、今度は私の話に母上が付き合ってくださる番だ!)

 しかし彼女の読みは浅かった。マイラは空になったリディアのゴブレットを、陽だまり色のそれで再び満たしたのだ。

「これはとても体が温まるのよ。寒くて怖い夢でも見たのね? もっとお飲みなさいな」

「っ!」

 幼い子供に言い聞かせるかのように優しく言われ、リディアは憤死寸前になる。

(全然信じていないっ! ここは母上が何も言えなくなるよう瓶を空にしてしまおう。そして父上の天幕に引っ張って行けばいい!)

 半ば自棄になってゴブレットを呷ったリディアは、唇の端から滴が顎を伝うのを感じた。

(こんな粗相を見られたらまた子供扱いだ!  今は小言など聞いている暇はないのに!)

 慌てて口元を拭おうとして手が滑り、ゴブレットを床に落としてしまった。

「リディア?」

 訝しげな母の声に冷や汗を掻きながら、鈍い音を立てた器を凝視した。

(一刻を争う時だというのに!)

 言い訳をしようとリディアは口を開く。

「あ……あ……?」

 うまく喋れない。
 マイラの顔を見ようとして、体が強張っていることに気付いた。

(あれ? 体が動かない)

 座席で硬直しているリディアの耳に、安堵の溜め息が聞こえた。

「ようやく効いて来たようね、良かった。てっきり薄めすぎたのかと思いましたわ」

 マイラの明朗な言葉を受け、馬車の扉が開いた。

「薄めすぎた感は否めませんが、しかし殿下は充分過ぎるほどに飲み干してくださった。問題ありませんよ、妃殿下」

 王妃の馬車に慣れた仕草で入ってきたのは、誰あろうギュンター候だった。

「けれどギュンター。何も喋らない女王の下に、騎士団は動くかしら?」

「心配ありません妃殿下。今までもリディア様は会議に出席しておられない。陛下もご自分の要望を述べるだけでしたからね。むしろ何も言わない新王は皆に喜ばれるでしょう」

「だったら良いのだけれど」

「妃殿下はご心配なく。全て私が良いようにして差し上げます」

「おお、ギュンター! どうかマイラと、名前で呼んで」

 視界の隅で二人が口付けをするのを見、リディアは呆然とした。

(どういうことだ? 母上は父上の妻で……ギュンターは臣で……父上は確かにもう居ないけれど、それはまだ誰も知らないはず)

「母……う、え」

 縋る思いで腕を伸ばしたが、指先が届く前にマイラに跳ね除けられた。 

「禁忌を犯した者の子が! 汚らわしい!」

 嫌悪も露わな母の顔を見つめながら、リディアは座席から落ち、床に倒れ伏した。

「あの愚かな王を消してくれたのは嬉しい誤算だったけれど……虚飾城に送った者から聞いていたとはいえ、私が産んだとは信じられないはしたなさ! 母だなどと、馴れ馴れしい! 西の辺境で育ったせいね。そうでなければ高貴な私の血を引く者がこんな野蛮な人間になるはずがない!」

 侮蔑も露わなマイラの言葉に、眩み始めたリディアの目に涙が浮かぶ。

(そんな……嘘だ。こんなこと嘘だ!)

 しかし目の前に転がる蜜酒に濡れたゴブレットは、確かに現実の物。

「ああ嫌! こんな田舎は嫌! 悪趣味な城になど行かずに王都に帰りましょう?」

「王都に引き返すより虚飾城の方がもう近い。少しの辛抱です。バーディスルを手に入れた暁には王都に帰れますから。その時こそ……」

「バーディスル如き小国、どうでも良いじゃないの! 早く王都に引き返しましょう。禁忌に触れた王は居なくなったのだし、女王となったリディアは私達の手の中にある。他に何が必要だと言うの、ギュンター?」

 癇癪を起こしたマイラに、候は相変わらずの口調で、子供に諭すように語り掛ける。

「妃殿下、私はバーディスルの狭い領土が欲しい訳ではないのですよ。私は不思議の力を持つ、魔人族を手に入れたいのです」

 リディアは視界が真っ暗になった気がした。


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