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第七章
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意識の無い状態で、リディアは虚飾城への旅を続けていた。
カリムは急病で亡くなったことになり、寝巻きしか入っていない棺が王都に送り返された。
全てリディアが命じたこととして、マイラとギュンターが行ったことだ。
リディアは毎日と言って良いほど頻繁に行われる作戦会議に出席した。しかし彼女が意見を陳べることは無い。
先王と同じ覆いの向こうで、昏々と眠り続けている。
女王の承諾が必要な時は隣に控えているマイラが良い、いけない、を判断し、リディアの名の下にそれを公言した。
リディアは傀儡の女王となっていた。
「……では、後続の騎士団が虚飾城に着き次第、港に出発するということで」
ギュンターが朗々と言い、人々が頷く。
女王の後見人たるマイラ王妃と懇意らしきこの男に、誰が反対を陳べられよう。
バーディスル侵攻は、この国の誰にも止めようのないものになろうとしていた。
物々しい雰囲気を纏った騎士団の一行は、意識の無いリディアを乗せた王家の馬車を先頭に、虚飾城に入城した。
その様を見た町の人々は、近々戦が始まるのではと不安そうに噂した。この先は海しかないのに、一体どこに攻め込むつもりか? と首を捻りながら。
虚飾城で長い間働いてきた人々も、何か不穏なことが起きようとしていることに気が付いていた。
何故なら今まで城で働いていた者の全てが、一斉に解雇されたからだ。
「一体、トルトファリアに何が起きているんだろうねぇ」
女中頭だった女は首を振り振り、町の酒場の固い椅子に腰を下ろした。
「やっぱり戦争かしら? 嫌ねぇ……勝ち戦にせよそうでないにせよ、痛い目の皺寄せは全部あたし達にくるんだもの」
「そうよ! 戦争が長引いたりなんかしたら……騎士の数が足りなくなって国民が駆り出されることになるわ。ああ、弟が今年、成人したのよ。絶対に兵役に課せられるわ」
女中頭を囲んで女達が姦しく喋り出す。
全員が虚飾城で働いていた者達だ。
理不尽な中央の態度に、愚痴を言いに集まっている所だった。
かつてリディア付きの侍女だった娘が、深い溜め息を吐いて酒の入ったグラスを呷った。
「そんなことよりリディア様よ!」
苛立たしげに飲み干したそれをテーブルに叩きつける。
「何故リディア様は私達を解雇したの? 私達が粗相をしたのなら直接言いに来てくださればいいのに……何故声をかけるはおろか、お顔を見せにも来てくれないの? 城を出る時、私達に涙を見せてくれたのに! あれはただの王族の気紛れだったというの?」
「中央に行って、リディア様は変わってしまわれたのよ」
吐き捨てる別の女。けれどもその口調とは裏腹に、女の目は涙ぐんでいる。
「こんな田舎の趣味の悪い城で働いていた人間のことなんて、記憶に残っていないのよ。だから居なくなったって気にも留めない。戦争になって国民が苦しんでも全く構わない。だって私達はリディア様にとって、身分の低い卑しい人間に過ぎないんだもの」
そう言ってテーブルに泣き伏してしまう。
つられて周りの女達も次々に泣き出した。
残ったのは女中頭、唯一人。しかし彼女の瞳も酔いではないものによって潤んでいる。
「全く……これからどうなるんだろうねぇ」
震える声で呟いた彼女の背後で酒場の扉が開き、人が一人、慌てた様子で入ってきた。
長旅をしてここに辿り着いたのか、随分と薄汚れた格好をしている。
その人は暫らく店の中を見回していたが、泣き喚いている女達の姿に目を止め、ゆっくりと近付いてきた。
「失礼……」
遠慮がちに掛けられた低い声に、瞼を押さえながらも振り返った女中頭は息を呑んでその場で固まった。
「虚飾城で働いていた方か?」
薄汚れた人は小声で訊ねたのだが、おそらくは目立たないようにという彼の目論見は水泡と帰した。
どがしゃーん! と、体格のよろしい女中頭が椅子やらテーブルやらを巻き添えに、ひっくり返ってしまったからだ。
困ったような表情を浮かべたその人は、恥じ入るように俯いて顔を隠した。
カリムは急病で亡くなったことになり、寝巻きしか入っていない棺が王都に送り返された。
全てリディアが命じたこととして、マイラとギュンターが行ったことだ。
リディアは毎日と言って良いほど頻繁に行われる作戦会議に出席した。しかし彼女が意見を陳べることは無い。
先王と同じ覆いの向こうで、昏々と眠り続けている。
女王の承諾が必要な時は隣に控えているマイラが良い、いけない、を判断し、リディアの名の下にそれを公言した。
リディアは傀儡の女王となっていた。
「……では、後続の騎士団が虚飾城に着き次第、港に出発するということで」
ギュンターが朗々と言い、人々が頷く。
女王の後見人たるマイラ王妃と懇意らしきこの男に、誰が反対を陳べられよう。
バーディスル侵攻は、この国の誰にも止めようのないものになろうとしていた。
物々しい雰囲気を纏った騎士団の一行は、意識の無いリディアを乗せた王家の馬車を先頭に、虚飾城に入城した。
その様を見た町の人々は、近々戦が始まるのではと不安そうに噂した。この先は海しかないのに、一体どこに攻め込むつもりか? と首を捻りながら。
虚飾城で長い間働いてきた人々も、何か不穏なことが起きようとしていることに気が付いていた。
何故なら今まで城で働いていた者の全てが、一斉に解雇されたからだ。
「一体、トルトファリアに何が起きているんだろうねぇ」
女中頭だった女は首を振り振り、町の酒場の固い椅子に腰を下ろした。
「やっぱり戦争かしら? 嫌ねぇ……勝ち戦にせよそうでないにせよ、痛い目の皺寄せは全部あたし達にくるんだもの」
「そうよ! 戦争が長引いたりなんかしたら……騎士の数が足りなくなって国民が駆り出されることになるわ。ああ、弟が今年、成人したのよ。絶対に兵役に課せられるわ」
女中頭を囲んで女達が姦しく喋り出す。
全員が虚飾城で働いていた者達だ。
理不尽な中央の態度に、愚痴を言いに集まっている所だった。
かつてリディア付きの侍女だった娘が、深い溜め息を吐いて酒の入ったグラスを呷った。
「そんなことよりリディア様よ!」
苛立たしげに飲み干したそれをテーブルに叩きつける。
「何故リディア様は私達を解雇したの? 私達が粗相をしたのなら直接言いに来てくださればいいのに……何故声をかけるはおろか、お顔を見せにも来てくれないの? 城を出る時、私達に涙を見せてくれたのに! あれはただの王族の気紛れだったというの?」
「中央に行って、リディア様は変わってしまわれたのよ」
吐き捨てる別の女。けれどもその口調とは裏腹に、女の目は涙ぐんでいる。
「こんな田舎の趣味の悪い城で働いていた人間のことなんて、記憶に残っていないのよ。だから居なくなったって気にも留めない。戦争になって国民が苦しんでも全く構わない。だって私達はリディア様にとって、身分の低い卑しい人間に過ぎないんだもの」
そう言ってテーブルに泣き伏してしまう。
つられて周りの女達も次々に泣き出した。
残ったのは女中頭、唯一人。しかし彼女の瞳も酔いではないものによって潤んでいる。
「全く……これからどうなるんだろうねぇ」
震える声で呟いた彼女の背後で酒場の扉が開き、人が一人、慌てた様子で入ってきた。
長旅をしてここに辿り着いたのか、随分と薄汚れた格好をしている。
その人は暫らく店の中を見回していたが、泣き喚いている女達の姿に目を止め、ゆっくりと近付いてきた。
「失礼……」
遠慮がちに掛けられた低い声に、瞼を押さえながらも振り返った女中頭は息を呑んでその場で固まった。
「虚飾城で働いていた方か?」
薄汚れた人は小声で訊ねたのだが、おそらくは目立たないようにという彼の目論見は水泡と帰した。
どがしゃーん! と、体格のよろしい女中頭が椅子やらテーブルやらを巻き添えに、ひっくり返ってしまったからだ。
困ったような表情を浮かべたその人は、恥じ入るように俯いて顔を隠した。
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