虚飾城物語

ココナツ信玄

文字の大きさ
43 / 49
第八章

しおりを挟む
「第一砲、外しました!」

 双眼鏡で海面に上がった白い水柱を確認した兵士は、振り返って上官の指示を仰いだ。
 白髪頭の上官は皺だらけな顔を歪めて唸る。

「海岸の群集は無視だ! 島の中心を狙え。それだけ的が大きければ外すまい!」

 自分が海岸を狙えと言ったくせに、と兵士は思ったが、はいっ! と返答をし、艦長命令を副艦長に伝えに部屋を走り出ていった。

「……何か大事でも?」

 部屋の奥、羽敷きの腰掛けに座った男が可笑しげに訊いてきた。艦長は慌てて敬礼をし、めっそうも無いと首を振る。

「いいえ、何も!」

 男はその答えに満足したのか、にこにこしながら口を噤んだ。が、その隣に座っていた女が代わりに口を開いた。

「これ。この船の揺れ。もう少し何とかなりませんの?」

 不愉快そうに顔を顰め、華奢な扇で口元を覆ってみせる。

(自分から押し掛けて来たくせに船の揺れを何とかしろ? 何を言っているのだ!)

 艦長は思ったが、先程の兵士同様に心の声を表に出すような愚かなことはしなかった。何せ目の前におわすのはこの国の王妃殿下なのだ。滅多な口などきけない。

「まあまあ、船は揺れるもの。暫しご辛抱を」

 艦長の代わりに王妃を執り成したのは、彼女の隣に座っている男だった。しかし艦長は男に感謝の念を抱いたりはしなかった。

(この男、一体何者だ? どこかの田舎貴族か? それにしては王妃様の覚えはめでたいようだが……何にしてもろくな者ではなかろう。こうして私の船に、威張りくさって押しかけてくるような男なのだからな!)

 そんな艦長の心情が伝染したかの如く、王妃は忌々しげに膝の上の書類の束を見下ろす。

「もう宣誓書は皆に書かせたのだから、私達は王都に戻ればよかったのです! それをギュンター、お前がっ!」

「そう目くじらを立てないで下さい。舟遊びだと思えば一興でしょう?」

 やんごとなき方々の言葉に、艦長は言葉を無くした。

(そもそもこの戦からして面白くない。理由もよく分からんし、女王陛下の命で我々を集めたくせに肝心の陛下はお顔すら見せない。しかもそれを購うかのように、我々一人一人に宣誓書を書かせおる。一体、何なのだ!)

 益々顔を皺だらけにした艦長の耳に、鈍い衝突音が聞こえて来た。何事かと目を窓の外に向けると、先行していた第一陣の船、二隻が横倒しになっていた。
 突然の事に呆然として立ち尽くしていると、先程の伝令兵が部屋の中に駆け込んできた。

「艦長! 操舵室にお戻りください!」

 請われるまでもなく、艦長は尊き人の客室から走り出た。

「な、何が起きたというのだ!」

 ばたばたと靴を鳴らしながら兵士に聞くと、真っ青な顔色で弱卒が答えた。

「海が……海底が突然隆起したんです! 先行隊は船底を突き破られ、沈没しました」

「何という、何ということだ! 我々は一体、どのような魔物と戦っているというのだ!」

「艦長! このままでは我が艦も。いや、我がトルトファリア水軍艦隊は!」

 恐慌状態に陥った伝令兵の言葉が終わる前に艦長は操舵室に飛び込み、右往左往しているクルー達に大声で怒鳴った。

「全艦止まれ! 止まるのだ!」

 その伝令は速やかに船の群に行き渡り、三日月形の小さな美しい島を前に、無骨な戦船隊は青い海の上に立ち尽くした。

「それで艦長、ここから大砲を撃つのですか?」

 隣に控えていた兵士がこわごわと口を開いた。しかし艦長はにべもなく否定する。

「ばかもの! そんなことが出来るか!」

「しかし射程距離は充分なのですし……」

「そんなことは分かっておる! 私が何年この船に乗っていると思っている?」

「ならば」

「貴様には分からんのか? 海底を隆起させることが出来るような者達に、大砲を撃つ? そんなものが何の役に立つというのだ!」

 唾を飛ばさんばかりに怒鳴り散らす艦長の後頭部に、場違いな程のんびりした声が投げつけられた。

「分かっていないのは君の方だよ」

 振り返ると、背後に王妃を従えたギュンター候が、温かい微笑みを浮かべて立っていた。

「何を臆している? このバーディスル侵攻は、君達がお仕えしているリディア女王陛下の御意志。例え相手が野蛮人でも、ましてや魔物であったとしても、変わらず果敢に闘うのが君達の務めではないのかい?」

「何を! 陛下の御意志、決定と声高に言うが、陛下ご自身が我々に命を下された訳ではない。この戦を仕掛けると言ったは貴殿だ!」

 前々から抱いていた不満が、計り知れない力を持つ相手を前にした今、爆発した。

「そうだ! もしや陛下はこの戦を知らないのではないか? 貴殿が陛下の名を騙って我々を……そうだ、そう! それならば納得がいく! 騎士団が居ないのも、宣戦布告が辺境でなされたのも! 全ては陛下や臣、国民を騙すための目くらましだったのだ!」

 顔を真っ赤にして言い切った艦長の姿を見、ギュンターの後ろに居た王妃が扇子で顔を覆い隠した。
 堪えてはいたものの、くつくつと笑う声は操舵室の中によく響いた。ギュンターもそれを受け、一緒に肩を震わせ始める。

「何が可笑しい!」

「いや失礼。君の御高説、大変興味深く聞かせていただいた。しかしならば、ここに居られる先王妃殿下の存在はいかに説明する?」

「それは……」

「よもや妃殿下までも愚弄すまいな?」

「……」

「さあ、益体も無い戯言遊びはもうやめたまえ。ここに妃殿下がいることが、何より陛下の御意志の表れ。君は信じていないかもしれないが、ほら、ここに陛下直筆の書状もある。王家の印も。さぁ、これで何を疑う?」

 確かに書状には水軍艦隊への出撃命令とリディアのサイン。そして確かな白鷹の紋章がある。
 これらを詐称する人間は極刑をもって処罰されるため、艦長は信じるしかなかった。
 苦虫を噛み潰した顔で睨む艦長に、ギュンターは変わらず微笑みながら言い放った。

「さあ艦長、あの小さな島国を速やかに制圧したまえ。今までの陛下の使者への無礼な言葉は聞かなかったことにするが、これからも改められないようだと問題だ。しかも敵を前にして臆病風に吹かれたとあってはトルトファリア水軍艦隊の名折れ。職を辞す覚悟はおありか?」

 にこにこと笑いながら言われ、艦長は憤死寸前になる。しかし背後の華奢な扇が目を掠め、結局何も言えなくなった。

(クソ! これも雇われ軍人の定めか)

 艦長は腹をくくった。
 どこか捨て鉢にギュンターに笑い返してから、艦長は息を大きく吸った。

「全軍……」

 しかして人生最後の出撃命令となるはずだった一声は、敢え無く弱卒の焦燥に満ちた声に阻まれた。

「艦長、大変です! 船が……民間のものと思われる船が一艘、我々の前に!」

 馬鹿な、と窓にへばりつくと、隆起し海面に頭を出した海底の珊瑚を目指すように、軍船ではない不恰好な船がぷかぷか海に浮かんでいる。

「この非常時に、何を考えてこんな所に!」

 よくぞ邪魔をしてくれた! と喜びたい気持ちと、馬鹿者! と怒鳴り散らしたい気持ちがごちゃ混ぜになり、艦長は訳の分からない興奮状態に陥ったまま甲板に飛び出した。そして甲板の縁に身を乗り出す。
 見ると、民間の船の甲板にも二人ほどの人間が出て来た。手を振りながら何やら叫んでいる。

「何を言っているのだ?」

 首を傾げていると、近くに居た兵士の一人が双眼鏡を差し出した。それを借り、レンズの向こうを覗き込む。
 そこには海風に髪を乱し、必死の形相で何かを叫んでいる黒髪の少女の姿があった。

「あれは……」

 即位の報は聞いたが、艦長は直接会ったことは無かった。だが、その少女が誰かはすぐに分かった。
 白鷹の襟飾りが風を受け、さながら翼を広げるトルトファリアの守護鳥のように見える。

「女王陛下!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

ホウセンカ

えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー! 誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。 そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。 目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。 「明確な理由がないと、不安?」 桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは―― ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※イラストは自作です。転載禁止。

処理中です...