虚飾城物語

ココナツ信玄

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第八章

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 沈没した先行隊の乗組員を引き上げるのと一緒に、リディアは甲板上へと移動した。

「この船の責任者は誰だ? ここに呼んでくれ……いや、一刻も早く艦隊を引き返すように伝えてくれ!」

 周りに集まって来た兵士達に向かって言うと、後ろから怪訝そうな声が聞こえた。

「どういうことです? この戦をするように命を下したのは貴方、女王陛下のはず」

 振り返ると、周囲を囲む兵士達とは違う、立派そうな軍服を着た老人が顔を顰めていた。

「貴方がこの船の艦長か? ならば早く引き返させろ! ああ、他の船にも伝えて……」

「陛下! 一度はご決断なされ、こうして艦隊の全てを駆り出した今、そう易々と引き返すことが出来るとお思いか? これは遊びではないのです! それをまるでごっこ遊びのように行け、戻れ、ですか? 即位して間もないからとはいえ、おふざけが過ぎる! 今後の進退問題にも関わると覚悟なされよ」

「違う! 私が命令したのではない!」

「そんな言い逃れを……」

「本当に違うのだ! お前は私自身の口から命令されたのか? 違うだろう?」

「……」

 確かにそうだった、と艦長は思い出した。
 何故かこの戦は、国の法で決められている国主の言葉を賜る時間を省かれたのだ。
 時間が無いからと、書状による召集命令だけで彼等は出撃した。

「しかし書状には王家の印が……それに! 王妃様は陛下の命で来たと!」

「私は命を下した覚えはない」

「そんな……」

 言葉を無くした艦長を見、リディアの背後に控えていたダンが口を開いた。

「艦長、陛下は真実を話しておられる。何故なら陛下はつい先日まで、不心得者に囚われておいでだったのだから!」

「何を馬鹿なことを! 自国の国王を虜囚にするような愚か者が、この国に居る訳がなかろう! 斬首ものではないか!」

 遂にはガハハ! と笑い出した艦長に、ダンは続ける。

「それは王が正常な状態で王座に居た場合だろう。もしも薬で眠らせられていたら?」

「……」

 見習い騎士をじっと見つめる老艦長。

「信じてください。私はこの目で確かに見た。陛下は意識を奪われておいでだった」

「一体、誰に?」

「貴殿は分からないか? 陛下の名の下に水軍艦隊を出した者だ」

「……一体何の騒ぎですかな?」

 緊迫した空気にそぐわない、どこか呑気な声が兵士の群の向こうから聞こえて来た。

「ギュンター!」

 怒りに彩られたリディアの叫びにつられ、兵士達は一斉に振り向いた。
 にこにこ笑っている男と、豪奢な身なりの女がそこに居た。

「ダン、この二人を捕縛しろ!」

「はっ!」

 抜刀し二人に駆け寄ろうとしたが、間に立つ兵士達にダンは押し戻されてしまう。

「そこを退け! その二人は大罪人だぞ!」

 ダンは叫んだが、兵士達の顔に浮かんでいるのは困惑の表情。

「王妃殿下だぜ?」

「まさか……そんなこと有り得ない」

「嘘じゃないのか?」

 ざわつきはじめた兵士達の姿に、ギュンターは哄笑する。

「これは可笑しなことを! 私達が罪人? 中々面白いことを言う。さて……兵士諸君、その馬鹿共を逮捕したまえ」

「何を?」

 射殺さんばかりに睨み付けたリディアに、ギュンターは微笑みを返した。

「彼等は王族の名を騙る詐欺師だ。それも畏れ多くも陛下の名を騙る愚か者。これぞ大罪ではないのかね?」

「しかし襟飾りが……」

 呟く兵士の一人に、ギュンターは優しく諭すように言った。

「君はこんな所に陛下が来ると思うのか? 結った髪を振り乱し、あんなボロ船に乗って?」

 その言葉に、兵士達は一斉にリディアを振り返った。その目は疑惑に尖っている。

「この期に及んでまでも私を愚弄するか!」

 声を荒げたリディアに向かって、兵士達は次々と抜刀した。

「こんな所に陛下が来るはずがない!」

「付き従うが騎士一人とは、とんだ女王だ」

「そんなことで我々トルトファリア水軍を騙せると思ったのか?」

「どこの田舎者だ?」

「陛下の名を騙る大罪人め! 覚悟しろ!」

 鋭利な刃が朝日を反射し、不穏な光が瞳を刺す。
 じりじりと間を狭めて来る兵士達に、リディアは必死に訴えた。

「ギュンターに騙されるな! 私は確かにリディア・トルトファリアだ!」

 しかし兵士達の険悪な視線は変わらない。
 それを見、リディアは何を思ったか王家の白鷹の襟飾りを外した。

「……皆が信じないと言うのならば、こんなものは何の役にも立たない。ただの装飾品だ」

 言いながら髪留めも外し、長い黒髪を背中に流した。

「髪が乱れているから信じないと言うのなら……これでいいのか? お前達はそれで私の言葉を信じると言うのか?」

「何を馬鹿なことを! 飾りがあろうとなかろうと、詐欺師の言葉を信じる阿呆はいないに決まっているだろう!」

 侮蔑も露わな一人の兵士の言葉に、リディアは言い募る。

「ならば女王としてではなく、一人の人間として私はお前達に言う! 引き返せ!」

 海風がリディアの髪を攫い、前に横に弄る。

「この戦争の意味を知る者は何人いる? この戦に疑問を抱く者は一人もいないというのか? 違うだろう! お前達は絶対に、多かれ少なかれこの戦に不満を持っているはずだ。何故なら何の正当性もないから! 何の理由もないから! そんな戦争はしてはいけない。分かるだろう? これは許されないことだ。人として最も恥ずべきことだ! だから船を引き返せ! バーディスルは敵国ではない。友好国だ。私達が戦を仕掛ける理由は無いんだ!」

「それを我々に言うために、貴方は来たと?」

 口を噤んでいた老艦長が不意に口を開いた。

「そうだ!」

 間髪入れずリディアは答える。
 風に弄られ、顔に纏わり付く髪を払いながら振り返ったリディアに、艦長は小さく頷いた。
 そして甲板中に響き渡る声で言い放つ。

「艦隊、船首を返せ! これより王都に帰る」

 唖然として棒立ちになった兵士達に、艦長は顔を顰めた。

「何をしている。副長、復唱しないか! それに艦長である私に刃を向けるとは、お前達は何を考えている。罰掃除がしたいのか?」

「しかし艦長! その女は偽物じゃ……」

「馬鹿者! 自国の女王の言葉を疑うのか? なりふり構わずここまで来ねばならなかった陛下の心が分からんのか! それほどの大事が起こったということの証ではないか」

「しかし……」

 まだ迷っている風の兵士達に、艦長は相互を崩して言った。

「まだ不安か? ならば王都に戻ってから、本当に陛下なのか確かめればいいだろう? そのためにも、全軍王都に向かうのだ!」

 兵士達は次々と剣を鞘に収めていった。

「リディア陛下。詳しいことは後で聞くとして、彼の男を捕縛すればよろしいのですね?」

 改めて恭しい態度で視線を投げかけてきた老艦長に、リディアは勢い込んで首を振る。

「ああ! だが、母上も捕縛しなければ!」

「そんな……王妃殿下を捕縛など……」

「母上は大罪を犯してしまった。兄上を……カイアル王子を殺害したのだ!」

 悲鳴のようなリディアの言葉に、艦長を含めその場に居た人間全てが動きを止めた。

「母上はギュンターと通じ、トルトファリアの乗っ取り……そしてバーディスルの侵略を企んだ。私にクロイアの毒を盛り、傀儡と化して実権を握った。お前達をこの海に呼び寄せたのは私でなく、母上とギュンターなのだ」

 痛みを堪えるかのようなリディアの姿に、兵士達は後ろを振り返った。

「っ? 消えた!」

 甲板のどこにも二人の姿は見られなかった。

「どこに行った?」

「逃げたぞ!」

 立ち尽くしていた兵士達の塊が解け、騒々しい足音を立てて罪人の姿を探し始めた。

「他の船にも連絡を!」

「逃がすな!」

「船首を返せ! 岩礁にぶつからないよう、慎重にな!」

 探す者、伝令をする者、船の舵を取る者。
 様々なことが一度に起こり、混沌とした船を爆発音と衝撃が揺るがした。

「大砲が!」

 誰かの悲痛な叫びの数秒後、珊瑚の国の方から大きな炸裂音が聞こえてきた。

(ここまで来て……っ! ギュンター!)

 砲台へと駆けて行く兵士達と一緒に、リディアも走り出した。しかし再び発射された大砲の衝撃に、足を取られて転んでしまう。

「陛下!」

 差し出されたダンの手を取り立ち上がるが、三度目の衝撃によろけた。

「ギュンター! 止めろーっ!」


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