渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

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 ソレは気付いていた。

 川下の先の方から、木が燃える匂いがしてきていた。
 山火事ならば規模を確認しようと脚を進める。
 トムが起きてしまわないようなるべく静かに歩いたが、ソレの体は大きかったので、歩く度にメキメキと茂みを踏み潰し若木を折り倒してしまった。
 ばきり、と一際太い木をへし折ってしまって、視界がひらけた。
 川の辺で火を囲む、三人の大きなニンゲンがポカンと口を開けてソレを見詰めていた。
 ニンゲン達が帰ってきたのか、と嬉しく思った途端、

「わあああ! 化け物だ!」
「渓谷の魔獣だ!」
「逃げろ!」

 ニンゲンたちは走って逃げていってしまった。
 ソレはトムが自分に懐いている日常に慣れていたので、ニンゲンにとって己の巨体が畏怖の対象であることを失念していたのだった。
 残念に思いながら、ニンゲンたちが居た所に近寄ってみた。
 積み重ねた木の枝に火を点け、魚や獣の肉を木の棒に突き刺して火の回りに置いていた。
 ニンゲンはこうやって肉や魚を食べるのか、と感心し、試しに日に炙られて皮がぱりっとした魚を食べてみた。

「うまい」

 噛んだ途端にパリパリの皮が音を立てて裂け、淡白な白い身から旨味の汁が溢れ出てきた。
 肉も何の花の匂いなのか良い香りがして、舌にぴりりと刺激を感じた。ソレはこの世に生まれて初めて食べたその味に驚き、魅せられた。
 出来るならトムにも食べさせてやりたいが、歯が少ししか生えていない今は食べられないだろう、と無念に思った。

「大きくなったらお父さんが食べさせてやるからな、トム」

 ソレはニンゲンは肉や魚を生では食べないのだと学んだ。


 三人の大きなニンゲン達は、荷物を置いていっていた。
 パンパンに物を詰め込まれた大きな袋が3つ、焚き火から少し離れた所に置かれていた。
 鉤爪で破かないよう気を付けつつ袋を開けてみると、一つの袋には布が。もう一つには先程食べた肉と同じ良い香りのする粉が、最後の一つには草花の匂いがする四角いものがギュウギュウに詰められていた。
 ソレは喜んだ。
 トムを包んでいた布はボロボロになっていて、辛うじて体を覆っている状態になっていたのだ。
 渡りに船だった。
 ソレは大喜びで全てを寝床に運び込んだ。
 トムの成長に合わせて布の大きさを決めて爪で布を裁ち切り、真ん中に穴を開けてトムの頭を通して蔓を縒った紐で腹の上で縛れば、大きいニンゲン達が身に纏っていたものと似たように出来た。
 トムが二足歩行を始め、歯も咀嚼に十分なほど生え、大きいニンゲン達の言葉を教えて程なくした頃、いい香りのする粉をまぶした焼き魚をトムに与えてみた。
 ぱぁ、とトムの顔が輝いた。
 トムも好きになったようだった。
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