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第三章~フレイヤ国、北東領地エルム~
第六話
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ずっと無言で歩けば、疲れを感じるだけだと思い、ヴレイから切り出した。
「そういえば自己紹介がまだだったな、俺はヴレイ。今は、セイヴァでさっき乗ってたアンドラスっていう戦闘機の搭乗者やってる」
「もう知っておるよ。初めて出会った時に、君が名乗ったではないか。一緒におった少年がザイド、そうであろう」
ルピナの記憶力には驚嘆させられる。こっちから名乗った記憶などすっかり忘れていた。
「そういえば、ザイドと言えば――ジェイド王女が言っておった皇子が――」
「ん? 何か言ったか?」
ルピナが何か話した気がしたが、聞き取れず訊き返した。
「いや、なんでもない。しかし名乗ったことは忘れて、私の名は覚えていたようじゃな」
鼻で笑う仕草が、完全に呆れられている。
「そりゃあ、フレイヤ国第一皇女様だろ、直ぐに調べた。ザイドはルピナに会いに行こうって言ってたんだ、でもその後、事故が起きて行けなくなった」
「事故とは、それほどまでに酷い事故じゃったのか?」
訊ねてきたルピナの声色に真剣みが増した。
ルピナを気遣ってヴレイはいつもよりゆっくり歩いた。ヴァジ村までの距離が把握できなかったし、しかも斜面なので体力を温存しながら歩いた。
「酷いっちゃあ酷かったな。今から行くヴァジ村が俺とザイドの故郷だ。ちょっと変わった村で『妖源力』を持った人が大多数を占める、珍しい村だ。俺にもザイドにも『妖源力』がある。だからアンドラスに乗れる」
立ち止まって、まだここからでも見えるアンドラスに視線を向けると、ルピナも同じく視線を向けた。
少しの間、待っていてくれよ愛機。
「そういえば魔獣族の遺跡がある村だったな。なるほど魔獣族の子孫でもあるわけじゃな」
さすが自分が納める領土の事情は一応調べてあるわけか。
「ザイドは祭司になるために、修行に入った。でも、その晩何かが起きて、俺は気付けば血だらけの手で倒れてた」
掌を開いて、酷く張り付く手袋を脱いだ。縦筋のミミズ腫れの傷痕がそこにはある。
何かを物語っているのかもしれないが、傷を負う前の出来事を全く思い出せない。
「その晩何が起きたのか未だに分からない。ザイドとは五年前のあの日以来、会ってない。俺はヴァジ村近くの町まで逃げて、その後はセイヴァに入った」
「そうか、辛い記憶を思い出させてしまったな」
再び歩み始めた。太陽が高いうちにヴァジ村へ行きたいが、もう少し早く歩いても大丈夫だろうか。ルピナの歩調にも合せたい。
「俺が話したかったんだ。俺の『妖源力』の威力が強くなったのも、五年前の夜が切っ掛けだったらしくてさ。セイヴァで『妖源力』の制御訓練をやらされる毎日だ。悪いな、なんか愚痴みたいになって」
「そんなことはない。話して気が休まるなら、それで良い」
朗らかに返事はしてくれたが、ヴレイと目が合ったルピナは険しい眼差しを、足元に落とした。こりゃ話題を変えたほうが良いなと、頭を掻いた。
「そういえば、ザイドがルピナに会いたがってた。もし生きてたら、ヴァジ村にいるかもしれない。あいつがこの世にいないとか、考えられない。あいつは生きてる」
「そのことなんだが――」
ぽつりと呟いたルピナの声色に真剣さを帯びて、どこか躊躇しているようだった。
「どうした? まぁザイドは俺より背も高くて、顔もそこそこ整ってた奴だから、俺に好かれるよりはいいかもな」
嘲笑してみたが、またザイドに負けたような気がしてちょっと悔しかった。
ザイドはなんでも自分の方が勝っていないと、一日を終えられない、頑固な負けず嫌いだった。
「そうではない。ザイドと同名の皇子がおる。ロマノ帝国に」
「はぁ!」
それこそ何を言い出すのかと、振り返ってルピナを見返すと、気不味そうに眉根に力を入れていた。
「ロマノ王家にザイドという、養子の皇子がおる。ロマノは王位争いが厳しく、既に何人もの王位継承者が命を落としておる。前王が昨年崩御しておるにもかかわらず、まだ新王が践祚なさっておらぬ」
大変な自体なんだろうが、他国の王家の危機に少しもピンとこなかった。隣国の事情ぐらいは把握しておかなくてはと思いつつも、社会学が苦手だったことを思い出した。
にしてもルピナは何を言い出すのだろうか。
思わずヴレイは鼻で笑った。
「いや、でも同一人物じゃないだろ、だってザイドは俺のダチで、フレイヤ国の人間だぞ。どう転べば大国ロマノの王族になるんだ?」
「それもそうじゃな、勘繰り過ぎじゃな」
言葉では納得した返事をしても、訝しそうにするルピナの顔は話す前より、酷くなっていた。
「とにかく先を急ごう、話の続きはヴァジ村に着いてからだ」
「そういえば自己紹介がまだだったな、俺はヴレイ。今は、セイヴァでさっき乗ってたアンドラスっていう戦闘機の搭乗者やってる」
「もう知っておるよ。初めて出会った時に、君が名乗ったではないか。一緒におった少年がザイド、そうであろう」
ルピナの記憶力には驚嘆させられる。こっちから名乗った記憶などすっかり忘れていた。
「そういえば、ザイドと言えば――ジェイド王女が言っておった皇子が――」
「ん? 何か言ったか?」
ルピナが何か話した気がしたが、聞き取れず訊き返した。
「いや、なんでもない。しかし名乗ったことは忘れて、私の名は覚えていたようじゃな」
鼻で笑う仕草が、完全に呆れられている。
「そりゃあ、フレイヤ国第一皇女様だろ、直ぐに調べた。ザイドはルピナに会いに行こうって言ってたんだ、でもその後、事故が起きて行けなくなった」
「事故とは、それほどまでに酷い事故じゃったのか?」
訊ねてきたルピナの声色に真剣みが増した。
ルピナを気遣ってヴレイはいつもよりゆっくり歩いた。ヴァジ村までの距離が把握できなかったし、しかも斜面なので体力を温存しながら歩いた。
「酷いっちゃあ酷かったな。今から行くヴァジ村が俺とザイドの故郷だ。ちょっと変わった村で『妖源力』を持った人が大多数を占める、珍しい村だ。俺にもザイドにも『妖源力』がある。だからアンドラスに乗れる」
立ち止まって、まだここからでも見えるアンドラスに視線を向けると、ルピナも同じく視線を向けた。
少しの間、待っていてくれよ愛機。
「そういえば魔獣族の遺跡がある村だったな。なるほど魔獣族の子孫でもあるわけじゃな」
さすが自分が納める領土の事情は一応調べてあるわけか。
「ザイドは祭司になるために、修行に入った。でも、その晩何かが起きて、俺は気付けば血だらけの手で倒れてた」
掌を開いて、酷く張り付く手袋を脱いだ。縦筋のミミズ腫れの傷痕がそこにはある。
何かを物語っているのかもしれないが、傷を負う前の出来事を全く思い出せない。
「その晩何が起きたのか未だに分からない。ザイドとは五年前のあの日以来、会ってない。俺はヴァジ村近くの町まで逃げて、その後はセイヴァに入った」
「そうか、辛い記憶を思い出させてしまったな」
再び歩み始めた。太陽が高いうちにヴァジ村へ行きたいが、もう少し早く歩いても大丈夫だろうか。ルピナの歩調にも合せたい。
「俺が話したかったんだ。俺の『妖源力』の威力が強くなったのも、五年前の夜が切っ掛けだったらしくてさ。セイヴァで『妖源力』の制御訓練をやらされる毎日だ。悪いな、なんか愚痴みたいになって」
「そんなことはない。話して気が休まるなら、それで良い」
朗らかに返事はしてくれたが、ヴレイと目が合ったルピナは険しい眼差しを、足元に落とした。こりゃ話題を変えたほうが良いなと、頭を掻いた。
「そういえば、ザイドがルピナに会いたがってた。もし生きてたら、ヴァジ村にいるかもしれない。あいつがこの世にいないとか、考えられない。あいつは生きてる」
「そのことなんだが――」
ぽつりと呟いたルピナの声色に真剣さを帯びて、どこか躊躇しているようだった。
「どうした? まぁザイドは俺より背も高くて、顔もそこそこ整ってた奴だから、俺に好かれるよりはいいかもな」
嘲笑してみたが、またザイドに負けたような気がしてちょっと悔しかった。
ザイドはなんでも自分の方が勝っていないと、一日を終えられない、頑固な負けず嫌いだった。
「そうではない。ザイドと同名の皇子がおる。ロマノ帝国に」
「はぁ!」
それこそ何を言い出すのかと、振り返ってルピナを見返すと、気不味そうに眉根に力を入れていた。
「ロマノ王家にザイドという、養子の皇子がおる。ロマノは王位争いが厳しく、既に何人もの王位継承者が命を落としておる。前王が昨年崩御しておるにもかかわらず、まだ新王が践祚なさっておらぬ」
大変な自体なんだろうが、他国の王家の危機に少しもピンとこなかった。隣国の事情ぐらいは把握しておかなくてはと思いつつも、社会学が苦手だったことを思い出した。
にしてもルピナは何を言い出すのだろうか。
思わずヴレイは鼻で笑った。
「いや、でも同一人物じゃないだろ、だってザイドは俺のダチで、フレイヤ国の人間だぞ。どう転べば大国ロマノの王族になるんだ?」
「それもそうじゃな、勘繰り過ぎじゃな」
言葉では納得した返事をしても、訝しそうにするルピナの顔は話す前より、酷くなっていた。
「とにかく先を急ごう、話の続きはヴァジ村に着いてからだ」
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