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第四章~フレイヤ国、北東領地、ヴァジ村、再び~
第六話
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唐突に二人きりになった居間に、暖炉の中で木がパチッと弾ける乾いた音が響いた。
深淵のような静けさが耳の奥までじんわり届く。
「色々付き合せて、付いて来てくれてありがとな。総督なのに、馴れ馴れしくしちゃったし。でもルピナとここまで来て、飯食ったり、楽しかったよ」
後ろに仰け反って、床に手を突いた。歯痒くて、ルピナの顔が見られなかった。
乾いた木が小さく爆ぜる音に心地良さを感じた。
離れるのが惜しくなるぐらいに、二人だけの時間が少しずつ減っていく。
「私も楽しかったぞ。自由に動き回れる時間などほんの僅かしかない。それが嫌ではない、寧ろ上に立つ人間として産れてきて本望じゃ」
薄紅色の唇がきゅんと上がった。ふっくらした頬がピンク色に染まっていた。
生まれながら女王の才能を持つ人間が隣にいる。自ら上に立ちたいと欠片らも思ったことがないヴレイには、やはりルピナの存在は遠かった。
「じゃが、こうして一緒におる時間がなくなってしまうのは、惜しいな。もっと色々な場所へ行って、色々な物を見に行きとうなる」
俯きかげんに尖った唇が子犬のようで、きつく抱き締めたい衝動が湧き上る。
「そうだな、俺もそう思うよ」
じゃあ行こうとは言えなかった。このまま駆け落ちなどしてしまえば、同時に指名手配者にされる。そこまでできる度胸はない。
「このまま私を連れ出さぬか。私の命令だと言えば、君が犯罪者になる心配はないぞ」
こちらに向けられた碧眼の瞳には悲哀を奥底に秘めたような色をしていた。
ルピナも本気で言ってるわけではない。口にした言葉は叶わないとお互い分かりきっているからこそ、やるせなくなる。
「そりゃあ――」この先の言葉が出てこなかった。
「無理であろう、分かっておる! 子供みたいなことを言ってしまった、すまなかったな」
ヴレイが答を出す前に、ルピナが言い切った。体を丸めて、膝を抱え込んだ姿は完全に乙女だと思った。彼女でもない女の子に拗ねられた。
「まぁ、仕方ないよな、お互い多忙だし――」
俯いたルピナの頭に、手を伸ばした時だった。平穏な夜更けを破るように、玄関口で物騒な物音が響いた。
良い雰囲気を台無しにされ、ヴレイは「何だよ」と文句を垂れながら玄関に向かう。
玄関は開け放たれ、誰かがうつ伏せに倒れていた。見た目は中年の男性だ。
「見たことあるぞ、あの制服、セイヴァの整備部の制服、――もしかして、オッサン!」
「待て、誰か立っておるぞ」
ヴレイを盾にするルピナが恐る恐る指を差した。
駆け寄りたかったが、倒れたオッサンの傍には、フードを被りローブで全身を隠した青年が立っていた。目元は陰で隠れているが、見た目は若そうだ。
聞きつけた女将さんが不安げに駆け寄ってきた。
「どうしたの? あっ! 人じゃない!」
「女将さんは居間へ、大丈夫じゃ、ヴレイが納めてくれる」
「でも倒れている人がーー」
「私が中に連れて行く、大丈夫じゃ」
ルピナが気を遣って女将さんを部屋へ戻した。
何故オッサンがここにとは思ったが、重症ながら息があったので、フードの男を警戒した。
「物騒なことしてくれるな、フードを脱げ!」
男はヴレイの指示に案外あっさり従った。
フードを脱いだ男の顔には、痛々しそうな火傷の痕が覆っていた。
顔の右半分は酷い蚯蚓腫れで皮膚を引き攣っている感じだ。瞼も火傷で開かない状態だ。
火傷で連想されるのは五年前のヴァジ村の惨劇だった。
「生きていたんだな、ヴレイ。まさか帰ってきていたとはな、懐かしい」
「本当に、本物の――ザイド、か」
グッと胸の奥が苦しくなった。
困惑と嬉しさが混濁して、言葉が出てこない。
「本物に決まってるだろ、相変わらず、アホだな」
でも何だろう、五年前と違って当然だが、喋り方が人らしくない。
紙に書かれた科白を棒読みしているかのような、妙な違和感を覚えた。
生き別れた友との再会とは思えないほどの緊張感に、喉から水分が消えた。
対等の立場で向き合おうと、ヴレイは生唾を飲み込んだ。
「ザイドこそ生きてたんだな、今までどこに、ロマノ帝国の皇子ってのは本当か」
訊きたいことが沢山あった。いざその時になって、何から聞けばいいのか、舌が回らない。
「本当だ。村から必死に逃れた俺は、国境ゲート近くで、ロマノの王族に拾われた」
「それでロマノの皇子に、村には戻らなかったんだな」
火傷で閉ざされた瞼の目尻に、笑い皺が刻まれた。開かないが動くんだなと思った。
「この火傷のお蔭で王族の中では有名人でな。恐れをなす者さえいて、まあまま役だったが、王位争いで育ての親も、血の繋がりのない兄弟も死んだ。あいつらのためにも、俺が玉座を手にいれる」
ザイドの口からまるで不釣り合いな言葉が出てきて、まるで別人に見えた。
「王座――って、変わっちまったんだな、やっぱり」
ショックを通り越し、突き付けられた現実に涙も渇いた。
「再会を喜んでいる時間はない、『魔獣の卵』を所持してることは知ってる。素直に渡してもらおう。お前の後ろにいる、ルピナ総督、フレイヤ国の第一王女」
ルピナの正体も把握済みってわけだ。初めてルピナと出会った時の、目を輝かせていたザイドは、幻だったかのように消滅していた。
『那托』がザイドの中身まで支配しているとかではない、別々の場所で生きた歳月と経験が、今を形作っているのだ。五年前にはあった穏やかさは消え失せ、追い詰められた目をしているザイドに人らしい温かみは感じられなかった。
「ロマノ帝国のザイド皇子か。いつから私が持っておると知っていた、これを何に使うつもりじゃ」
「質問攻めだが、使う理由を貴女に知ってもらう必要はない。大人しく渡してもらえないのなら、ここで横たわっている奴のようになるぞ」
「見せしめか」
噛み締めるようにルピナは怒りを露わにする。
その瞬間、ヴレイは感動の再会より、頭に血が上るほうが強く湧き上った。
感情をどこかにおいてきてしまったような変貌ぶりに、悔しさと孤独感が目頭にじわりと滲んだ。
「オッサンをこんなにしたのはあんたか! あんたは五年前のザイドなんかじゃねえ! あいつはお前なんかとは違う、表に出ろ。ルピナ、オッサンを頼む」
「承知した。――待て、ヴレイ」
ルピナに背中の服を引っ張られた。
「必ず戻ってくるのじゃ」
頬が強張っているルピナにオッサンを託し、ヴレイはザイドを庭先へ連れ出した。
深淵のような静けさが耳の奥までじんわり届く。
「色々付き合せて、付いて来てくれてありがとな。総督なのに、馴れ馴れしくしちゃったし。でもルピナとここまで来て、飯食ったり、楽しかったよ」
後ろに仰け反って、床に手を突いた。歯痒くて、ルピナの顔が見られなかった。
乾いた木が小さく爆ぜる音に心地良さを感じた。
離れるのが惜しくなるぐらいに、二人だけの時間が少しずつ減っていく。
「私も楽しかったぞ。自由に動き回れる時間などほんの僅かしかない。それが嫌ではない、寧ろ上に立つ人間として産れてきて本望じゃ」
薄紅色の唇がきゅんと上がった。ふっくらした頬がピンク色に染まっていた。
生まれながら女王の才能を持つ人間が隣にいる。自ら上に立ちたいと欠片らも思ったことがないヴレイには、やはりルピナの存在は遠かった。
「じゃが、こうして一緒におる時間がなくなってしまうのは、惜しいな。もっと色々な場所へ行って、色々な物を見に行きとうなる」
俯きかげんに尖った唇が子犬のようで、きつく抱き締めたい衝動が湧き上る。
「そうだな、俺もそう思うよ」
じゃあ行こうとは言えなかった。このまま駆け落ちなどしてしまえば、同時に指名手配者にされる。そこまでできる度胸はない。
「このまま私を連れ出さぬか。私の命令だと言えば、君が犯罪者になる心配はないぞ」
こちらに向けられた碧眼の瞳には悲哀を奥底に秘めたような色をしていた。
ルピナも本気で言ってるわけではない。口にした言葉は叶わないとお互い分かりきっているからこそ、やるせなくなる。
「そりゃあ――」この先の言葉が出てこなかった。
「無理であろう、分かっておる! 子供みたいなことを言ってしまった、すまなかったな」
ヴレイが答を出す前に、ルピナが言い切った。体を丸めて、膝を抱え込んだ姿は完全に乙女だと思った。彼女でもない女の子に拗ねられた。
「まぁ、仕方ないよな、お互い多忙だし――」
俯いたルピナの頭に、手を伸ばした時だった。平穏な夜更けを破るように、玄関口で物騒な物音が響いた。
良い雰囲気を台無しにされ、ヴレイは「何だよ」と文句を垂れながら玄関に向かう。
玄関は開け放たれ、誰かがうつ伏せに倒れていた。見た目は中年の男性だ。
「見たことあるぞ、あの制服、セイヴァの整備部の制服、――もしかして、オッサン!」
「待て、誰か立っておるぞ」
ヴレイを盾にするルピナが恐る恐る指を差した。
駆け寄りたかったが、倒れたオッサンの傍には、フードを被りローブで全身を隠した青年が立っていた。目元は陰で隠れているが、見た目は若そうだ。
聞きつけた女将さんが不安げに駆け寄ってきた。
「どうしたの? あっ! 人じゃない!」
「女将さんは居間へ、大丈夫じゃ、ヴレイが納めてくれる」
「でも倒れている人がーー」
「私が中に連れて行く、大丈夫じゃ」
ルピナが気を遣って女将さんを部屋へ戻した。
何故オッサンがここにとは思ったが、重症ながら息があったので、フードの男を警戒した。
「物騒なことしてくれるな、フードを脱げ!」
男はヴレイの指示に案外あっさり従った。
フードを脱いだ男の顔には、痛々しそうな火傷の痕が覆っていた。
顔の右半分は酷い蚯蚓腫れで皮膚を引き攣っている感じだ。瞼も火傷で開かない状態だ。
火傷で連想されるのは五年前のヴァジ村の惨劇だった。
「生きていたんだな、ヴレイ。まさか帰ってきていたとはな、懐かしい」
「本当に、本物の――ザイド、か」
グッと胸の奥が苦しくなった。
困惑と嬉しさが混濁して、言葉が出てこない。
「本物に決まってるだろ、相変わらず、アホだな」
でも何だろう、五年前と違って当然だが、喋り方が人らしくない。
紙に書かれた科白を棒読みしているかのような、妙な違和感を覚えた。
生き別れた友との再会とは思えないほどの緊張感に、喉から水分が消えた。
対等の立場で向き合おうと、ヴレイは生唾を飲み込んだ。
「ザイドこそ生きてたんだな、今までどこに、ロマノ帝国の皇子ってのは本当か」
訊きたいことが沢山あった。いざその時になって、何から聞けばいいのか、舌が回らない。
「本当だ。村から必死に逃れた俺は、国境ゲート近くで、ロマノの王族に拾われた」
「それでロマノの皇子に、村には戻らなかったんだな」
火傷で閉ざされた瞼の目尻に、笑い皺が刻まれた。開かないが動くんだなと思った。
「この火傷のお蔭で王族の中では有名人でな。恐れをなす者さえいて、まあまま役だったが、王位争いで育ての親も、血の繋がりのない兄弟も死んだ。あいつらのためにも、俺が玉座を手にいれる」
ザイドの口からまるで不釣り合いな言葉が出てきて、まるで別人に見えた。
「王座――って、変わっちまったんだな、やっぱり」
ショックを通り越し、突き付けられた現実に涙も渇いた。
「再会を喜んでいる時間はない、『魔獣の卵』を所持してることは知ってる。素直に渡してもらおう。お前の後ろにいる、ルピナ総督、フレイヤ国の第一王女」
ルピナの正体も把握済みってわけだ。初めてルピナと出会った時の、目を輝かせていたザイドは、幻だったかのように消滅していた。
『那托』がザイドの中身まで支配しているとかではない、別々の場所で生きた歳月と経験が、今を形作っているのだ。五年前にはあった穏やかさは消え失せ、追い詰められた目をしているザイドに人らしい温かみは感じられなかった。
「ロマノ帝国のザイド皇子か。いつから私が持っておると知っていた、これを何に使うつもりじゃ」
「質問攻めだが、使う理由を貴女に知ってもらう必要はない。大人しく渡してもらえないのなら、ここで横たわっている奴のようになるぞ」
「見せしめか」
噛み締めるようにルピナは怒りを露わにする。
その瞬間、ヴレイは感動の再会より、頭に血が上るほうが強く湧き上った。
感情をどこかにおいてきてしまったような変貌ぶりに、悔しさと孤独感が目頭にじわりと滲んだ。
「オッサンをこんなにしたのはあんたか! あんたは五年前のザイドなんかじゃねえ! あいつはお前なんかとは違う、表に出ろ。ルピナ、オッサンを頼む」
「承知した。――待て、ヴレイ」
ルピナに背中の服を引っ張られた。
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