マイニング・ソルジャー

立花 Yuu

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section 3

No.035

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 ヴェインと共に行動していた頃からギルドは結成していたが、別れて以降は、ギルド・メンバーの数も、その頃とは倍に膨れ上がっていた。
 人数が増えればオフィサーの数も必然的に増え、いつまでもギャシュリーばかりに統率させるわけにもいかなかった。最近は、レインツリーが自ら表に立って仕切るようになっていた。

 中々表に出ない王様は、ギルド内では象徴的な存在になっていたが、表に出たことで、いよいよ来たかと、思わぬ行動がメンバーたちの士気を高めてくれた。
 今夜は、ギルドのホームにオフィサーたちが集められていた。マイニングを行う際は、ギルドをパーティ編成する。集められたのは、そのパーティ・リーダーたちだ。

 パーティが稼いだ報酬はギルド全体に均等分配されるが、ギルド・マスターとサブ・マスターには、報酬のパーセンテージで設定できる権利がある。
 マスター権限のおかげで、レインツリーは自らマイニングを行わなくても、自動的に報酬が手に入っていた。
 だが、武器調達やオフィサーたちの情報収集に報酬を支払っているので、手取りはかなり削られる。その分、オフィサーたちも、力を入れて協力してくれていた。

「今回、皆を集めたのは、【BDO】に関する新情報だ。それに伴い、これからの作戦を話しておこうと思う。だがその前に、このギルドから抜けたい者は抜けてくれ。この先、後戻りはできない」

 一瞬だけざわついた後、皆の顔が真剣になった。そりゃそうだ、【BDO】にやられたらどうなるかは、全員が知っている。
 腹を決めた皆と目が合った時点で、話を始めた。

「皆が知っての通り、【BDO】は今なお数を増やし続けている。駆逐するためには、俺たちのギルドが動くしかない。ギャシュリーに作らせた、武器に仕込む『耐エイリアン・キラー』でエイリアンを消滅させる」

 皆が気になる単語は、同じだった。いぶか訝しげな顔を揃えて「消滅」と呟きが重なった。
 質問が飛んでくる前に、レインツリーは続きを口にした。

「『耐エイリアン・キラー』はエイリアンを自爆させるウィルスだ。自爆は、マイニングとは認められない。つまり、暗号通貨の【取引】はマイニングされず、宙に浮くことになる。そもそも元は【BDO】を作り出した犯人が元凶だ。ウィルスの存在と、現実世界でマイナーが植物状態になっていく事実を公にせず、情報統制されている世間に、現実を突きつける」

 オフィサーたちが一気にざわめいた。
 窓際にいたギャシュリーも着流しの裾に手を突っ込みながら、まなじりをきつくした。心なしか、目元に笑みが浮かんでいるように見えた。

 これからレインツリーが言おうとしている科白を楽しみにしているような目付きだった。それもそうかもしれない、犯人を誘き出す餌となる内容は決まっていた。
 レインツリーは唇を舐めてから続けた。

「だが、それだけでは世間の的には、ならないだろう。先に言うと、【BDO】を作った犯人は、ユード維持管理局、開発権限者だ」

 間欠泉が湧き上るように、うわあと、どよめきがホーム内に轟いた。
 ざわざわと言葉が交わされる中で一人だけ、顔面から血の気が引いたような面を張り付けていた。

「最も【マイニング・ワールド】に近い人間が全ての実行犯だと、ユグド動画を通じて、全世界に公表させる。もちろん顔を出してもらう。君たちは『耐エイリアン・キラー』でエイリアンに攻撃しろ。その間に、動画を流す。俺たちの仲間の仇を取る時だ」

 最後の科白にレインツリーの気持ちは込められてはいない。仲間たちを決起させるために作った科白だ。
 作りものでも、覇気の入ったレインツリーの言葉に、皆が感化された。
 オフィサーたちは解散したが、一人だけ憤った形相で佇んでいた。

「ちょっと待て。開発権限者に全てを擦り付けて、そんな動画を流せば、そいつはこれから一生、日の目を見れなくなるんだぞ」

 サンダーシープの発言に、レインツリーは思わず頬がにやけた。
 熱くなった身体を豪雨が打ちつけるような、気持ち良さを感じた。虹でも出てくれば、こいつの胸ぐらを掴んでやりたいぐらい、爽快なのだが。

「罪もないマイナーが消えるより、犯罪者のお友達・・・・・・・のほうが大事か。それもそうだろうな。なんせ共謀者なんだからな。さしずめ、お前が主犯格で、天才肌の開発権限者が実行犯だろうな。良かったな、言うことを何でも聞いてくれる友人がいて」

「お前ーー」
 
 腸を煮え繰り返したような、歯と歯の間から漏らした声だった。

「なら、俺を使って動画を流せ、あいつを巻き込むな――」
「そういうわけにはいかない。友人を巻き込んだのは、お前だ」

 間髪入れずに、レインツリーは言葉を返した。
 図星を突かれたのか、サンダーシープは感情を失いかけた顔をした。
 期待以上のあからさまな反応に、レインツリーの全身に鳥肌が立った。その直後、無性に高笑いしたくなった。

「三日間の猶予をやる。お友達の正体は、掴んでる。お友達を助けたければ、三日以内に俺の元に連れてこい。場所は『未来都市』なら、どこでもいい。連れて来さえすれば、動画の顔出しの件はなかったことにしてやる」

 レインツリーとサンダーシープはお互いを見つめ合ったまま、しばらくその場に留まっていた。

「初めから俺の正体を知っていて、ギルドに誘ったんだろ」
「そこまで読んでおいて自ら入ったなら、こうなる事態を予想できなかったのか? それとも演技か?」

 天井から床まで一枚の窓に寄り掛かって腕を組んだレインツリーは、外の紫紺色の夕景に、目を細めた。遠くに見える街に、明かりが灯り始めた。
 いつまでも口端を吊り上げる仕草にも飽きた。

「何か仕掛けてくるかとは思ったが、こう来るとはな」

 ふと鼻で嘲笑したサンダーシープは、部屋を出ようとした。

「三日以内だ。要求さえ呑んでくれれば、お前たちに危害は加えない。逃げれば、工藤直也の名と顔が全世界に知れ渡ることになる。諏訪翔も同様だ、なぁ、サンダーシープ」

 口元にはなんの力も入れず、細い眼光をサンダーシープに当てた。

「神にでもなったつもりか、乙原怜。こっちだって丸腰じゃない。お前の父親の正体だって知ってる。把握済みだろうが、これでも俺は、金融庁の人間だ。乙原財務副大臣の子息が「耐暗号通貨」のギルドを作っていたなんて、父親も誇らしいんじゃないか?」

 サンダーシープは陰険に微笑むと、歩みを再開した。
 その時、ぶちりと蟀谷辺りで音がした。次の刹那、レインツリーは床を蹴って、サンダーシープの目の前に飛び込んだ。
 翼が発生させた突風で、お互いの髪が激しく靡いた。

「それが俺の弱みか。まぁ、それもいいが、俺とって失うものは何もない。世界中に知らしめたいならやればいい。その瞬間、工藤もお前も道連れだ。この場で、お前たちの名前を出さなかっただけ、ありがたく思え」

 何か言い返さなければ気が済まなかった。悟られぬよう、苛立ちだけは押し殺して、平静を保った。無表情のままのサンダーシープに余裕を見せられたみたいで、さらに腹立たしい。
 レインツリーを避けて、サンダーシープは部屋から出て行った。
 全てを見ていたギャシュリーが突然、鼻で笑った。

「なんで笑う」
「ごめん。でもさぁ、また珍しく、君が熱くなってたからさ。今度は、友情とかじゃなくて、羨ましさ? 仲を引き裂いてやる、みたいな感じに見えたよ」

 言いながら、まだ鼻で笑っていた。何でも見透かしたような態度が、気に入らないったらありゃしない。昔はここまで露骨ではなかった気がする。

「勝手に分析するな。大人しく便利屋になってくれれば、それでいい。あいつらの関係には、何の興味もないし、微塵の羨ましさもない」

 デッキに出られる窓を全開にして、外に出た。
 紫紺色の夕景に照らされ、差し迫る暗闇を背に、ラッシュ・アワーが恋しくなる。

「その科白、気持ちとは真逆を口走ってるって、気付かない?」
「いい加減にしろッ」

 横目で睨みつつ、怒鳴り返した。
 完全に弄ばれている。ギルド・マスターとしてギャシュリーを使う立場だが、その主従関係でさえも、ギャシュリーにとっては弄ぶ道具になっているようだ。

「それはさておき。金融庁、財務省、総務省は暗号通貨ユード誕生時し、世界通貨と認められてからもしばらくは、通貨とは認めない風潮が漂っていたからね。怜の父親も嫌いだろ? 暗号通貨」

 暗号通貨ユードが普及して数十年経った今でも、暗号通貨を毛嫌いする人種がいる。そんな人種が自分の親にも該当しているので、サンダーシープの言葉が更に忌々しく感じた。
 後からデッキに出てきたギャシュリーが急に何の話をするのかと思いきや、サンダーシップが放った皮肉を指摘しているようだ。

 飲みの席で、色々と父親の愚痴を聞いていれば、おのずと理解できる皮肉だ。
 息子には話さない、寧ろ、事務的な連絡事項を除くと、会話という会話さえもなかった。正宗がうちに来るようになるまでは。
 父親に関しては好きも嫌いもない。ここまで何不自由なく育ててくれた親だ、ただ息子の人生を干渉されたくはないし、レールを敷かれるつもりもない。

「父親の暗号通貨嫌いのためにギルドを結成するわけがないだろ。バカバカしい。あいつの威張りは、ただの痩せ我慢だ。絶対に工藤を連れてくる」

 親の言いなりになる時は、生き残る手段が、それしかなくなった時だ。

「だといいけどな」

 欄干に肘を突いたギャシュリーの頭の上には既に星が瞬いていた。
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