亡国の姫君は英雄から心臓を取り返したい

遠雷

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5.門前払いと鉢合わせ

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 翌日、アカシャは列車に揺られて、モイライのほぼ中心地にある機構軍の中央ゲートに来ていた。

 ──うっわぁ、凄い人の列! 待つのに何時間かかるのかしら……。

 来訪者の受付窓口には仰天するほどの長い行列が出来ていた。

「紹介状および家族証明、面会許可証をお持ちの方は西側の列にお並びくださーい!」

 若い事務官が声を張り上げている。
 当然、そんなものは持っていないので、一番長い一般の列に並んで溜息をつく。

 ──詳しい事情を話せないからアッターイル皇国を頼るわけにはいかなかった……だから、だから紹介状なんて……。ぐむむ……。

 大国アッターイル皇国は、外交を拒んできたヴィサルガの民に、それでもなお土地を分け与え自治を認めてくれた。これ以上我儘は言えない。

 肩を落としながら、列が進むのをじっと待つ。

 昨晩は数日ぶりの柔らかいベッドに気疲れも重なって、横になった瞬間眠りについたので、体力だけは万全だ。


 ◇◇◇


「大変申し訳ございませんが、あなたの面会希望の届出書は受付できません」

 ようやくたどり着いた窓口で、生真面目そうな女性の担当事務官が淡々と答える。

「……それは、理由をお伺いしても?」

 困惑して尋ねると、女性事務官は表情を変えずに頷いた。

「まずは出自証明。滅亡した国の高位貴族というのは、我々も照会する手段が少ないため扱いが難しいのです。あなたがこのヴィサルガという国の侯爵家の人間だったと証明する、現存王家ないし皇家の一筆が必要です」
 
「う……な、なるほど」

 そこは明らかに嘘を書いている箇所なので、背中に冷や汗をかいて頷く。
 真正直に王族と書くわけにいかず、歴代大臣を務めた家の名を借りたのだ。心の中で大臣に伏して謝罪する。

「次に、面会希望理由。『過去に寄贈した魔導具取扱いの件』ですが、これは認められません」

 アカシャの落胆と困惑が表情に出てしまっていたのか、女性事務官は眉をハの字にして同情したかのような苦笑いを浮かべた。

「これを理由になさる方が、多いんですよ」
「多い……?」

 ええ、と頷き、事務官は苦笑いを浮かべたまま話を続ける。

「魔導士や魔導騎士への贈り物としては魔導具が定番ですからね。王侯貴族であれば受け取った目録があるはずですが、その性質上、照合は容易ではありません。その穴をついて虚偽の口実にする者が居るのです。大抵は、英雄に伝手を作りたい貴族や豪商だとか、彼らに一目会いたいという、ご令嬢がやる手口ですね」

 女性事務官の言葉に、アカシャは顔を引きつらせる。

 ──なるほど、”そういうご令嬢”だと思われているわけね……。ああ、でも、やろうとした事はあながち外れているわけでも無いから、何ひとつ言い返せない!

「そもそも所有する希少な魔導具にまつわる大事な用件なら、魔導士・魔導騎士ご本人か、もしくは彼らの出身国から、紹介状を受け取っていて然るべきでしょう」
「うっ……その通りですね……」

 ぐうの音も出ずにこくこくと話に頷いていると、事務官は真面目な表情に戻る。

「従軍している方々は身分や称号、活躍如何に関わらず、軍規により原則、贈答品の受取りを禁じられています。ですが、従軍前に受け取ったものについてはわかりません。それ故に、”むかし贈った魔導具”と過去を捏造して、面会にこぎつけようとする者が後を絶たないのです」

 追い打ちを掛けるように続いた言葉は、アカシャが届出書に書いた内容と変わらない。
 ここでアカシャが侮辱だと怒らない時点で、認めてしまったようなものだろう。
 事務官の女性は察したように、また同情するような笑みを浮かべた。

「ここで真偽を追究することはありません。お引き取りを」


 ◇◇◇


「あぁあああぁぁぁぁああ……」

 中央ゲートの前にある広大な広場の、一角にあるベンチに座り込んで、小さく間の抜けた呻き声を上げながら、アカシャは頭を抱えて悶絶していた。

「何が、何が正規の手段を取って、よ……情けない……」

 紛う方なき門前払いである。

 ──あの女性は真面目に仕事をしただけ。嘘をついたのは、私。いいえ、実のところ嘘であって嘘では無いのだけど、でもが嘘であって……。

 ぐるぐると頭の中で苦しい言い訳と落胆が巡る。

 出自を偽ったのは逃れようのない事実だが、魔導具と書いたのは、半分嘘で半分は本当と言えた。
 ユリウス・アーデングラッハはを、”希少な古代魔導具”だと信じているはずだから。
 そう仕向けたのはヴィサルガ側である。



 魔導具のうち極めて希少かつ強力なもの、特に失われた古代の技術によって成るもの等は、大陸の国々においては国宝に等しい。
 それが場合によっては争いの火種となり戦争の道具とも成り得るという意味では、程度の差異はあれど、アカシャの秘密と似たような位置にあるだろう。それ故に多くが国家機密として存在や詳細を秘匿されている。

 使えばその存在が知られてしまうものも当然あるのだし、いくらかは公になってはいるが、それでも公然の秘密といった方がいいレベルだ。

 新たに発見されたり、生み出されたりしても、或いはそれが誰かの手に渡るのも、多くが国単位で情報を統制され、外部の人間が知り得るのは噂の範疇が精々である。

 だからこそ、口実には都合が良かった。
 けれどもたとえ半分は本当の事だろうと、虚偽には違いない。結果として下心を持って近づく人間と同じ事をしたのだと思うと頭が痛かった。

「他の手を考えなくては……」

 落胆を振り払うように言葉をひねり出して、しかし重い溜息をついてベンチでしばらく放心していた。



 しばらくそうしていると、急にゲート前の広大な広場の方角から、わっと大きな歓声が上がった。

 若い女性を中心に何人もの人々が歓声のした方角に駆け出していく。

「”英雄”たちが来ているって!!」
「ユリウス様もいるわ!」

 ──……え、

 聞こえてきた少女の言葉に、呼吸と思考が止まる。
 心臓が跳ねたかと思えば勢いよく鼓動を刻みはじめ、耳にどくどくと脈動が木霊する。

 硬直したまま視線だけ辛うじて動かすと、広場に大きな人だかりが出来ている。

「……っは、え、うそ、ほん、とうに?」

 束の間、息をするのを忘れていたせいで酸欠で、言葉も頭も回らない。

 何をしにここまで来たのか。誰に会いにこの都市まちまで来たのか。
 ここに”居る”のだという、わかりきった前提であったはずなのに、突然迫りくる現実に思考がまるで追いつかない。

 深呼吸を無理やり何度もして息を整えて、漸く立ち上がる。足が震えてしまった。

 それからふらふらと覚束ない足取りで広場の方に歩き出す。
 手には緊張で汗をかいていた。心臓は暴れて収まらないし、体温は増すばかり。

 10年もの間、大衆新聞の紙面くらいでしか姿を見た事の無かった相手だ。

 人波に揉まれ、よろけながらも何とか前に進んでみたが、群衆は多くあまり先にはいけない。
 周囲の人々の眼差しが向かう方向に、恐る恐る顔を向ける。

 中央ゲートを塞ぐ鋼鉄の柵門の向こう、ゲートのすぐ正面にある建物の、2階にせり出したテラスに、数人の人影が視えた。
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