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11.魔導騎士の憂鬱(3)
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ユリウス、ルシュディー、ディディエの三人は連れ立って作戦会議室を後にした。
英雄と呼ばれ、目を引く容姿を持つ彼らが連れ立って歩く様は平素であれば壮麗さすらあるのだが、三人揃ってその表情は冴えない。
「だぁーーもう、お勉強嫌いなのにーー」
ルシュディーが背伸びをしながら頬を膨らませている。
「上手く丸め込まれたものだ。まさか俺まで巻き込まれるとはな」
終始無言を貫いていたディディエ・シュヴァリエが漸く口を開く。
その鍛え上げられた体躯と冷徹な言動から、実年齢より年嵩に見られる男は、今になって皮肉気に笑った。
「……前線からしばらく引き離すための、体の良い理由付けも兼ねているんだろうが」
ディディエの視線は少し前を歩むユリウスへと向かう。
「お前は、おかしな噂に晒されやすいからな。共に居れば風除けくらいにはなってやれる」
ユリウスは振り返り何事か口を開こうとしたが、横から唐突に肩を寄せてきたルシュディーに遮られた。
「まぁちょうど良かったかもな。ユリウス、お前、この間の西の大討伐以来、不調だろう?」
「そ…れは……、」
急に振られた話題にユリウスが咄嗟に応え損ねると、ルシュディーはにやりと笑った。
「俺の眼は誤魔化せないぞ。”女神の寵愛”がついに底を突いたか?」
やけに小声で続いた言葉に、ユリウスは思わず眉をひそめる。
ルシュディー・アル=スハイルは石詠みの──他人の魔力を視る力を持っている。
「だーかーら、はやく診せろっていつも言ってるだろ。ちゃんと真面目に相談に乗るぞ? 別に今更知ったからって、どうこうなる仲じゃないだろう」
口調こそ軽いが、ルシュディーの表情はこの友人を案じているのだという事が察せられるほど眉が下がっている。
4年間肩を並べて死線をくぐり抜けてきた三人の間には、戦友と呼ぶにふさわしい気安さと信頼がある。
「”女神の寵愛”か……。それこそ下らん噂だろう。俺はユリウスの実力を疑った事などないぞ」
ディディエも随分と声の調子を落として呟いた。
「俺だって、伝説級の古代魔導具で実力を底上げしてるなんて思ってない。不測の事態に備えて大魔法分の予備魔力を数回分残すなんて、素地がなきゃ無理だ」
周囲に人の気配はないが、ルシュディーも声を潜めている。
”女神の寵愛”は大陸各地の古い伝承に時折登場する古代魔導具の名称である。
歴史の長い国では遠い昔に所持の記録が残っていることもあるが、それらのうち実物が現存している事例は皆無だ。
だが、幼い頃に魔力欠乏による死の淵から奇跡的な回復をした事実を知る、極一部の王侯貴族の間では、ユリウス・アーデングラッハが現在所有しているのではないか、と囁かれていた。
「……お前たまに魔力がブレるからね。大抵は大規模魔法を展開した後。でもこの間の討伐の後は随分とそれが長かっただろ? 今だって──」
問いかける声に、ユリウスは無言で不機嫌を隠さない視線を寄越すのみだ。
友人がこの話題に関して一切応えないのはいつもの事だ、とルシュディーはわざとらしく溜息をつく。
「ああ、わかってる。無理に聞き出すのはやめだ。でも、相談したくなったらいつでも呼んでくれよ?」
「……すまない、ルシュ」
短く返って来た言葉にルシュディーは口角を上げ、ユリウスの肩を叩いた。
◇◇◇
しばらく廊下を突き進んでいるうち、遠くからパタパタと小気味よく駆ける音が聞こえてくる。
「ユーリ! ルーとディーも!」
鈴を転がすような少女の声が廊下に響いた。
艶やかな亜麻色の髪に、大ぶりな碧の瞳の美しい少女だ。
「ああ、リリーアリアちゃん、君も来てたの」
リリーアリアと呼ばれた少女に、ルシュディーはにっこり笑ってからかうような声音で声を掛けた。
「聖女は軍所属の英雄ではないから呼んでもらえないんです。でも気になっちゃって、来ちゃいました。何のお話だったんですか?」
「大した話じゃないが、口外していいとは言われていないな」
ディディエがぶっきらぼうに応える。彼は誰に対してもおおむねこの対応だ。
「ディーは生真面目ですね。ちょっとくらい教えてくれたっていいのに」
ぷぅと頬を膨らませて見せるが、本心で怒っていないのは明らかだ。
ころころと表情を変えるその姿は愛らしく、その声に気付いて集まって来た軍人や事務官の男性が見とれている。
特に追及もせず少女はユリウスに視線を向けた。
「ところでユーリ! 体調は回復したの? 魔力活性は必要かな?」
「ああ、今は問題無い」
素っ気なく応えたユリウスに、少女は少しだけつまらなそうな顔をした。
「そっか。……あ、そういえば、大司教様がね、時間があればテラスに来て欲しいって」
「あの狸爺が? 今度は何やらされるんだろ」
ルシュディーがうんざりとした顔をしてぼやく。ユリウスとディディエも小さく溜息をついた。
「西の討伐のお礼を伝えたい平民が中央ゲートに集まっちゃってるんです。会わせるとか無理ですから、顔だけでも一目見せてあげてほしいなって。どうせあそこに来てる人たちはみんな、それが目的ですもん」
大司教の呼び出しと銘打ってはいるが、大方彼女の発案なのだろう。
「三人とも、顔が固いですよ。笑顔、笑顔!」
そう彼らに指導しつつ、リリーアリアは花の咲くようなきらきらしい笑顔を浮かべた。
テラスには他にも数名、英雄と呼ばれる者が集まっていた。大司教と呼ばれた男は後方で静かに柔らかい笑みを浮かべている。結局彼らは、中央ゲート前の広場に居る群衆に姿を見せるだけの奉仕活動に駆り出されたのである。
英雄と呼ばれ、目を引く容姿を持つ彼らが連れ立って歩く様は平素であれば壮麗さすらあるのだが、三人揃ってその表情は冴えない。
「だぁーーもう、お勉強嫌いなのにーー」
ルシュディーが背伸びをしながら頬を膨らませている。
「上手く丸め込まれたものだ。まさか俺まで巻き込まれるとはな」
終始無言を貫いていたディディエ・シュヴァリエが漸く口を開く。
その鍛え上げられた体躯と冷徹な言動から、実年齢より年嵩に見られる男は、今になって皮肉気に笑った。
「……前線からしばらく引き離すための、体の良い理由付けも兼ねているんだろうが」
ディディエの視線は少し前を歩むユリウスへと向かう。
「お前は、おかしな噂に晒されやすいからな。共に居れば風除けくらいにはなってやれる」
ユリウスは振り返り何事か口を開こうとしたが、横から唐突に肩を寄せてきたルシュディーに遮られた。
「まぁちょうど良かったかもな。ユリウス、お前、この間の西の大討伐以来、不調だろう?」
「そ…れは……、」
急に振られた話題にユリウスが咄嗟に応え損ねると、ルシュディーはにやりと笑った。
「俺の眼は誤魔化せないぞ。”女神の寵愛”がついに底を突いたか?」
やけに小声で続いた言葉に、ユリウスは思わず眉をひそめる。
ルシュディー・アル=スハイルは石詠みの──他人の魔力を視る力を持っている。
「だーかーら、はやく診せろっていつも言ってるだろ。ちゃんと真面目に相談に乗るぞ? 別に今更知ったからって、どうこうなる仲じゃないだろう」
口調こそ軽いが、ルシュディーの表情はこの友人を案じているのだという事が察せられるほど眉が下がっている。
4年間肩を並べて死線をくぐり抜けてきた三人の間には、戦友と呼ぶにふさわしい気安さと信頼がある。
「”女神の寵愛”か……。それこそ下らん噂だろう。俺はユリウスの実力を疑った事などないぞ」
ディディエも随分と声の調子を落として呟いた。
「俺だって、伝説級の古代魔導具で実力を底上げしてるなんて思ってない。不測の事態に備えて大魔法分の予備魔力を数回分残すなんて、素地がなきゃ無理だ」
周囲に人の気配はないが、ルシュディーも声を潜めている。
”女神の寵愛”は大陸各地の古い伝承に時折登場する古代魔導具の名称である。
歴史の長い国では遠い昔に所持の記録が残っていることもあるが、それらのうち実物が現存している事例は皆無だ。
だが、幼い頃に魔力欠乏による死の淵から奇跡的な回復をした事実を知る、極一部の王侯貴族の間では、ユリウス・アーデングラッハが現在所有しているのではないか、と囁かれていた。
「……お前たまに魔力がブレるからね。大抵は大規模魔法を展開した後。でもこの間の討伐の後は随分とそれが長かっただろ? 今だって──」
問いかける声に、ユリウスは無言で不機嫌を隠さない視線を寄越すのみだ。
友人がこの話題に関して一切応えないのはいつもの事だ、とルシュディーはわざとらしく溜息をつく。
「ああ、わかってる。無理に聞き出すのはやめだ。でも、相談したくなったらいつでも呼んでくれよ?」
「……すまない、ルシュ」
短く返って来た言葉にルシュディーは口角を上げ、ユリウスの肩を叩いた。
◇◇◇
しばらく廊下を突き進んでいるうち、遠くからパタパタと小気味よく駆ける音が聞こえてくる。
「ユーリ! ルーとディーも!」
鈴を転がすような少女の声が廊下に響いた。
艶やかな亜麻色の髪に、大ぶりな碧の瞳の美しい少女だ。
「ああ、リリーアリアちゃん、君も来てたの」
リリーアリアと呼ばれた少女に、ルシュディーはにっこり笑ってからかうような声音で声を掛けた。
「聖女は軍所属の英雄ではないから呼んでもらえないんです。でも気になっちゃって、来ちゃいました。何のお話だったんですか?」
「大した話じゃないが、口外していいとは言われていないな」
ディディエがぶっきらぼうに応える。彼は誰に対してもおおむねこの対応だ。
「ディーは生真面目ですね。ちょっとくらい教えてくれたっていいのに」
ぷぅと頬を膨らませて見せるが、本心で怒っていないのは明らかだ。
ころころと表情を変えるその姿は愛らしく、その声に気付いて集まって来た軍人や事務官の男性が見とれている。
特に追及もせず少女はユリウスに視線を向けた。
「ところでユーリ! 体調は回復したの? 魔力活性は必要かな?」
「ああ、今は問題無い」
素っ気なく応えたユリウスに、少女は少しだけつまらなそうな顔をした。
「そっか。……あ、そういえば、大司教様がね、時間があればテラスに来て欲しいって」
「あの狸爺が? 今度は何やらされるんだろ」
ルシュディーがうんざりとした顔をしてぼやく。ユリウスとディディエも小さく溜息をついた。
「西の討伐のお礼を伝えたい平民が中央ゲートに集まっちゃってるんです。会わせるとか無理ですから、顔だけでも一目見せてあげてほしいなって。どうせあそこに来てる人たちはみんな、それが目的ですもん」
大司教の呼び出しと銘打ってはいるが、大方彼女の発案なのだろう。
「三人とも、顔が固いですよ。笑顔、笑顔!」
そう彼らに指導しつつ、リリーアリアは花の咲くようなきらきらしい笑顔を浮かべた。
テラスには他にも数名、英雄と呼ばれる者が集まっていた。大司教と呼ばれた男は後方で静かに柔らかい笑みを浮かべている。結局彼らは、中央ゲート前の広場に居る群衆に姿を見せるだけの奉仕活動に駆り出されたのである。
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