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12.手紙と魔力回復薬
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ロジャーの店を訪ねた翌日、アカシャは宿で手紙をしたためていた。
初仕事の約束は二日後だ。今のうちに済ませておきたい事はいくつもあった。
「……みんな、今頃何をしているかな……」
カリカリとペンの音を響かせながら呟く。手紙の相手は自治領で現在領主を務めてくれているヴィサルガの元大臣だ。
3年前、生き残ってアッターイル皇国に逃げ延びた重臣達と共に、アカシャの出自と身分を当面の間、隠す事を決めた。
ヴィサルガの姫君は、魔物の大行軍による動乱の中で行方不明──表向きはそういう事になっている。
真実を隠す為でもあり、同時に、守るべき民の生活を建て直さなければならない状況下で、厄介ごとを抱えずに済むように話し合って決めた事だ。
幸い大陸の北東部では、古い神話に由来するアカシャという名はそれほど珍しくは無い。
だから彼女は今、”平民のアカシャ”なのである。
「置き手紙ひとつで飛び出して来たからなぁ……きっと大臣はめちゃくちゃ怒っているわね。……あぁぁあああ」
幼い頃からアカシャの悪戯や無謀な遊びが発覚する度に、大目玉を食らわせてきた大臣の顔を思い出して、顔を覆って唸る。昨日はその名前を拝借して偽装までしかけたのだ、罪悪感で目を合わせられる気がしない。
せめてもの罪滅ぼしに、こうして行く先々から時折手紙を出して無事を知らせていた。差出人は敢えて書かず、内容も曖昧だが、誰からの手紙かは彼らならきっとわかるだろう。
追っ手を出せる余裕など、今の自治領には無いはずで、表立って捜索しようにも秘密が邪魔をする。
一人で解決すると決めて勝手に出てきてしまったアカシャにとって、手紙で無事を知らせる事だけが、彼らに対する精一杯の誠意と謝罪だった。
書き上げた手紙を封筒に入れ、丁寧に封をする。それからもう一枚便箋を取り出した。
「こっちは……何て書こう。手紙っていうより、もはや報告書よね……」
どんよりと深い溜息をつく。こちらの宛先はアッターイルの辺境を支配する高位貴族家の一つだ。差出人無記名でも受け取ってもらえるように、まずは封筒に印を書いた。
祖国ヴィサルガの事情を知る数少ない外部の協力者だが、今したためている手紙の受取人はなかなかに厳しい人物だった。
『民の為を想うなら、君はここに居るべきではない』
そう言って、通行手形と最低限の路銀を用意してくれた。
──身分を偽って平民として暮らしても、護られて身を潜めているだけじゃ何も出来ないものね……。
彼の人物の真意はわからない。元王族の責務を果たさない事への苦々しさか、それとも一人残されたアカシャへの憐憫か。
旅をして見識を広めるべきだと、護衛も付けない一人旅に送り出してくれた。
本当に危険な時だけ発動する、守護の誓約魔法も掛けてくれた。
アッターイルの皇族の血を受け継ぐ者だけが使える希少なものだ。
「あの人は、第二の心臓のことを知っていたのかな? ……いや、もし知っていたら別の手段を取るかも……」
ぼそりと独り言を呟いて、ひとまずはモイライに辿り着いた事を記した。
真意がどこにあるのだとしても、恩義のある相手に違いはないのだ。
◇◇◇
街に出て郵便屋に手紙を預けると、アカシャはモイライの東地区を歩き回った。
これからこの街で仕事をするために、地理を頭に叩き込んでいくためだ。少しの物見遊山も兼ねていた。
「あ、そうだ! 食堂のおばさんとリーシャちゃんに……」
立ち寄った店で色とりどりの飴が入った可愛らしい小瓶を見つけ、”シチュー台無し事件”でお世話になった二人に贈る為に購入した。
煤けた鞄を開けてがさごそと仕舞い込んでいると、鞄の中で手に別の瓶が当たる。
茶色い小さな薬瓶だ。思い出したように取り出して、耳元に持ち上げて振ってみる。
カラコロと頼りない音がした。
「う~ん……。買い足しておくか」
アカシャは小さく呟くと、眉間に皺を寄せて再び歩き出した。向かう先は商人街の薬屋だ。
──……そこそこ戻したし、初めての仕事に支障が出たら困るから……液剤も多めに買って、しばらくはそれで様子を見ようか……。
薬屋の棚を眺めながら思案した後で、液剤の入った小瓶をいくつか手に取り薬屋の店主が座るカウンターへと向かった。
「”エンティ・アシュ錠”は取り扱っていますか? あればそちらもひと瓶お願いします」
「……エンティ・アシュ?」
薬師と思しき店主は30代くらいの女性だった。彼女はアカシャの口にした内容に露骨に訝しげな視線を向ける。
”エンティ・アシュ錠”は市井で売られている魔力活性結晶薬の商品名の一つである。
「あんた、魔導士かい? エンティ・アシュを欲しがるってことは、下級ってこたぁないんだろうけど……」
「ええっと、まぁ、そんなところです……」
──う、嘘です。ごめんなさい……。
店主の反応に、内心冷や汗をかきながら、その後訪れた沈黙に耐える。この反応をされるのは初めてではない。
店主の女性はじろじろとアカシャをくまなく見回した後で、ふん、と息を吐いたかと思えば、おもむろにその手を取った。それから労わるような仕草でアカシャの細い手首に触れた。
「……エンティ・アシュは魔力活性結晶薬の中じゃ、一番副作用も軽いし、後遺症の心配も無い。だけどねぇ、副作用が軽いってだけで、”無い”わけじゃないんだ。ったく、こんなに痩せちまって……」
彼女は痛ましげに眉をひそめた。
「あんたみたいな若い娘が、何日も飯が食えなくなったら、後遺症の心配が無いなんて言ってらんなくなるよ。そこまでするくらい必死なんだろうけどさ。あたしらだって、魔導士には感謝してるけどさ、無茶していいもんでもないよ?」
──これは……頑張り屋の駆け出し魔導士だと思われてるパターンだわ……!
目的のものを入手するために、嘘をついている罪悪感を抱えつつも押し黙っているしかないアカシャは、その心境ゆえか自然と両眉が下がり情けない表情になる。
それを見て店主の女性はひとつ溜息をつき、カウンターの中にある棚から茶色い薬瓶と、液剤をさらに幾つか取り出した。
「まぁ、高い薬だ。買ってくれる客はありがたいんだけれどね。液剤を少しオマケしたげるから、なるべくこっちを使いな」
「ええっ!? あ、ええと、すみません! ありがとうございます! でもそちらの分もお代を──」
「いいから、貰っていきな。どうせ常連客にはサービスしてるやつだ」
店主は問答無用で品物を袋に詰めていった。
半ば押し切られる格好で液剤をだいぶオマケしてもらった紙袋はずしりと重い。
それを抱えて歩きながら、アカシャは盛大に溜息をついた。
「はぁぁぁぁああああ。むしろ罪悪感で胃が痛い……」
本当の事など言えないので、ああいう場では相手の”ご想像にお任せする”しかない。
「次から液剤はあのお店で買って、売り上げに貢献しよう……」
しょぼくれながら宿への帰路を歩く。
アカシャが生まれ持った甚大な魔力は、しかし10年の歳月を経て、底を突きかけていた。
初仕事の約束は二日後だ。今のうちに済ませておきたい事はいくつもあった。
「……みんな、今頃何をしているかな……」
カリカリとペンの音を響かせながら呟く。手紙の相手は自治領で現在領主を務めてくれているヴィサルガの元大臣だ。
3年前、生き残ってアッターイル皇国に逃げ延びた重臣達と共に、アカシャの出自と身分を当面の間、隠す事を決めた。
ヴィサルガの姫君は、魔物の大行軍による動乱の中で行方不明──表向きはそういう事になっている。
真実を隠す為でもあり、同時に、守るべき民の生活を建て直さなければならない状況下で、厄介ごとを抱えずに済むように話し合って決めた事だ。
幸い大陸の北東部では、古い神話に由来するアカシャという名はそれほど珍しくは無い。
だから彼女は今、”平民のアカシャ”なのである。
「置き手紙ひとつで飛び出して来たからなぁ……きっと大臣はめちゃくちゃ怒っているわね。……あぁぁあああ」
幼い頃からアカシャの悪戯や無謀な遊びが発覚する度に、大目玉を食らわせてきた大臣の顔を思い出して、顔を覆って唸る。昨日はその名前を拝借して偽装までしかけたのだ、罪悪感で目を合わせられる気がしない。
せめてもの罪滅ぼしに、こうして行く先々から時折手紙を出して無事を知らせていた。差出人は敢えて書かず、内容も曖昧だが、誰からの手紙かは彼らならきっとわかるだろう。
追っ手を出せる余裕など、今の自治領には無いはずで、表立って捜索しようにも秘密が邪魔をする。
一人で解決すると決めて勝手に出てきてしまったアカシャにとって、手紙で無事を知らせる事だけが、彼らに対する精一杯の誠意と謝罪だった。
書き上げた手紙を封筒に入れ、丁寧に封をする。それからもう一枚便箋を取り出した。
「こっちは……何て書こう。手紙っていうより、もはや報告書よね……」
どんよりと深い溜息をつく。こちらの宛先はアッターイルの辺境を支配する高位貴族家の一つだ。差出人無記名でも受け取ってもらえるように、まずは封筒に印を書いた。
祖国ヴィサルガの事情を知る数少ない外部の協力者だが、今したためている手紙の受取人はなかなかに厳しい人物だった。
『民の為を想うなら、君はここに居るべきではない』
そう言って、通行手形と最低限の路銀を用意してくれた。
──身分を偽って平民として暮らしても、護られて身を潜めているだけじゃ何も出来ないものね……。
彼の人物の真意はわからない。元王族の責務を果たさない事への苦々しさか、それとも一人残されたアカシャへの憐憫か。
旅をして見識を広めるべきだと、護衛も付けない一人旅に送り出してくれた。
本当に危険な時だけ発動する、守護の誓約魔法も掛けてくれた。
アッターイルの皇族の血を受け継ぐ者だけが使える希少なものだ。
「あの人は、第二の心臓のことを知っていたのかな? ……いや、もし知っていたら別の手段を取るかも……」
ぼそりと独り言を呟いて、ひとまずはモイライに辿り着いた事を記した。
真意がどこにあるのだとしても、恩義のある相手に違いはないのだ。
◇◇◇
街に出て郵便屋に手紙を預けると、アカシャはモイライの東地区を歩き回った。
これからこの街で仕事をするために、地理を頭に叩き込んでいくためだ。少しの物見遊山も兼ねていた。
「あ、そうだ! 食堂のおばさんとリーシャちゃんに……」
立ち寄った店で色とりどりの飴が入った可愛らしい小瓶を見つけ、”シチュー台無し事件”でお世話になった二人に贈る為に購入した。
煤けた鞄を開けてがさごそと仕舞い込んでいると、鞄の中で手に別の瓶が当たる。
茶色い小さな薬瓶だ。思い出したように取り出して、耳元に持ち上げて振ってみる。
カラコロと頼りない音がした。
「う~ん……。買い足しておくか」
アカシャは小さく呟くと、眉間に皺を寄せて再び歩き出した。向かう先は商人街の薬屋だ。
──……そこそこ戻したし、初めての仕事に支障が出たら困るから……液剤も多めに買って、しばらくはそれで様子を見ようか……。
薬屋の棚を眺めながら思案した後で、液剤の入った小瓶をいくつか手に取り薬屋の店主が座るカウンターへと向かった。
「”エンティ・アシュ錠”は取り扱っていますか? あればそちらもひと瓶お願いします」
「……エンティ・アシュ?」
薬師と思しき店主は30代くらいの女性だった。彼女はアカシャの口にした内容に露骨に訝しげな視線を向ける。
”エンティ・アシュ錠”は市井で売られている魔力活性結晶薬の商品名の一つである。
「あんた、魔導士かい? エンティ・アシュを欲しがるってことは、下級ってこたぁないんだろうけど……」
「ええっと、まぁ、そんなところです……」
──う、嘘です。ごめんなさい……。
店主の反応に、内心冷や汗をかきながら、その後訪れた沈黙に耐える。この反応をされるのは初めてではない。
店主の女性はじろじろとアカシャをくまなく見回した後で、ふん、と息を吐いたかと思えば、おもむろにその手を取った。それから労わるような仕草でアカシャの細い手首に触れた。
「……エンティ・アシュは魔力活性結晶薬の中じゃ、一番副作用も軽いし、後遺症の心配も無い。だけどねぇ、副作用が軽いってだけで、”無い”わけじゃないんだ。ったく、こんなに痩せちまって……」
彼女は痛ましげに眉をひそめた。
「あんたみたいな若い娘が、何日も飯が食えなくなったら、後遺症の心配が無いなんて言ってらんなくなるよ。そこまでするくらい必死なんだろうけどさ。あたしらだって、魔導士には感謝してるけどさ、無茶していいもんでもないよ?」
──これは……頑張り屋の駆け出し魔導士だと思われてるパターンだわ……!
目的のものを入手するために、嘘をついている罪悪感を抱えつつも押し黙っているしかないアカシャは、その心境ゆえか自然と両眉が下がり情けない表情になる。
それを見て店主の女性はひとつ溜息をつき、カウンターの中にある棚から茶色い薬瓶と、液剤をさらに幾つか取り出した。
「まぁ、高い薬だ。買ってくれる客はありがたいんだけれどね。液剤を少しオマケしたげるから、なるべくこっちを使いな」
「ええっ!? あ、ええと、すみません! ありがとうございます! でもそちらの分もお代を──」
「いいから、貰っていきな。どうせ常連客にはサービスしてるやつだ」
店主は問答無用で品物を袋に詰めていった。
半ば押し切られる格好で液剤をだいぶオマケしてもらった紙袋はずしりと重い。
それを抱えて歩きながら、アカシャは盛大に溜息をついた。
「はぁぁぁぁああああ。むしろ罪悪感で胃が痛い……」
本当の事など言えないので、ああいう場では相手の”ご想像にお任せする”しかない。
「次から液剤はあのお店で買って、売り上げに貢献しよう……」
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