どうやら俺は悪役令嬢の背後霊らしい

遠雷

文字の大きさ
4 / 19

4.黒い毛玉が増えた

しおりを挟む
 幽霊らしきものになってから更に数日が過ぎた。頭を悩ませることは幾つかあれど、取り立てて大きな事件の無い穏やかな日々が続いていた。

 とはいえ先日夫人の葬儀を終えたばかり。穏やかと言えば聞こえは良いが、邸を覆う静寂はかつての女主人を悼む物悲しさの象徴にも見えた。セレストも、邸に仕える使用人たちも、果たして寡黙なのは元からなのか、哀しみが尾を引いているのか。

 セレストはあの日以来、泣いている様子は無い。己を律しているのか、無表情の人形じみた顔が余計に悲しくうつる。

 何ともやるせない心地でいる中、ここ数日やけに気になっている事があった。


 セレストの足元、少し離れたところに黒い小さな毛玉が落ちている。親指の先くらいの大きさのそれは、一見すると女性のドレスやケープなんかの飾り紐につけられている毛糸で出来た玉房に見える。

 初めに見つけたのは葬式から帰った夜だったか。着ていた服から取れて落ちたのだろうと思ったが、気づいたところで知らせる術が無い。
 いずれ侍女なりが拾うだろうと気に留めずにいたのだが、一向にその様子が無い。

 床に落ちているのなら、生真面目なこの邸の使用人たちが掃除の際に見落とすとは思えない。

 そもそも気になり出したのは、その毛玉が何故だか常にに転がっているからだ。自室に廊下、ダイニングルーム、どこにでも、まるでセレストについて来ているように傍にある。使用人たちに見えていない様子といい、自分の置かれた状況に似通っている。

 得体の知れない毛玉にじっと視線を送る。

 ──ただの糸くずではなかろうが……まさか悪霊や死霊の類ではないよな……?

 見たところ禍々しさは感じないが、真っ黒な色あいから不吉を連想してしまい、無害と断じてしまう事ができない。
 ただでさえよくわからない男の幽霊に付き纏わられているというのに。セレストはおかしなものを呼び寄せてしまう体質でもあるのだろうか。


 ◇◇◇


 他に出来る事もないので、毎日毛玉の観察を続けている。初めに親指の先ほどの大きさだったそれは、日が経つにつれ少しずつ大きくなっていった。今や拳程の大きさに成長した毛玉は、相変わらずセレストの周りをころころと転がっている。そう、ある程度の範囲を、まるで意志があるようにころころと動いているのだ。

 ──お前、毛玉のくせに、ずるくないか?

 動くこともままならずに、セレストの着替えや湯あみの時間が来る度に精神修行のような気分を味わっている身からすると、どこか釈然としない。

 ついにはぴょんと跳ねたかと思えば、セレストの肩に乗っている。

 ──……は?? 触れられるのか??

 自分と似たような状況だと思っていた毛玉だ。
 壁や物に触れようとすれば、すり抜けてしまうのだから、当然のごとく人の身体にも触れられないと考えていたので、その光景に動揺してしまう。

 思わず自身の手を凝視して、それから目の前に立つ少女に視線をうつす。
 整えられた艶やかな黒髪が美しい、形の良い後頭部が見える。

 ──いやいや、だめだ。これは、触れられるかどうかの問題ではない。

 苦悶しながらも手を引っ込める。

 それから侍女のマーサがセレストの身支度を整える時のことを思い出してみる。彼女は髪を梳いたり結わえる為にセレストの真後ろに立つ事もある。そういう時は大抵、この身体はすすすっとマーサとぶつからないように勝手に位置を変えるのだ。そこに己の意志は介在していない。

 その夜、湯あみの後でセレストの濡れ髪を梳いて乾かすマーサと、己の手を交互に見ながら悩んでみたが、”触れられるかどうか試す”のは諦めた。マーサもまた、年嵩であっても女性だ。

 ──俺は、俺は紳士的な幽霊でありたい……。
 
 家令や男性の使用人が近くまで来る事があれば試せるのだが、この邸の使用人たちはとても分をわきまえていて、そんな機会はありそうにない。

 後日、深夜にこっそりとセレストの寝顔を見にやってきた父親の肩に、心の中で詫びながら手を伸ばしてみたが、残念なことにすり抜けてしまった。気づかれた様子は無い。
 
 むしろ得体の知れない誰かの手が触れたなど、気づかれたら彼にしてみれば怪奇現象である。まだ憔悴の色が濃い彼を思えば、余計な不安を与えずに済んで良かったのだと納得する事にした。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢(濡れ衣)は怒ったお兄ちゃんが一番怖い

下菊みこと
恋愛
お兄ちゃん大暴走。 小説家になろう様でも投稿しています。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした

茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。 貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。 母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。 バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。 しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

忘れるにも程がある

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。 本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。 ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。 そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。 えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。 でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。 小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。 筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

処理中です...