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6.緑の蝶の少女
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「ずっと邸に籠りきりでは身体に良くないしね、今日は一緒に出掛けよう」
セレストの兄ブラッドは、寄宿学校の休暇を利用して数週間ぶりに邸に戻っている。葬儀の日以来顔を合わせていなかった妹が心配なのか、しきりに頭を撫でてはあれやこれやと様子を聞き出したのち、出掛ける提案をしていた。
当のセレストはと言えば相変わらずの表情の無い真顔だ。しかし兄のそんな扱いも不快ではないらしく、白い形の良い顎をこくこくと頷かせている。
よくよく見れば左手でこっそりと兄の服の裾を握り締めている。普段大人びている少女の、滅多に見せない歳相応の仕草がやたらと愛らしく思えた。
外出の気配を察知したのか黒い毛玉の子犬はセレストの周りを駆け回っている。見えていないのが不思議なくらい、どこからどう見ても飼い犬の動きだ。
もはや毛玉だった頃の面影が無いほど犬の形をしているのだが、どうも釈然としないので未だに心の中では毛玉犬と呼んでいる。
──そういえば、外に出るのはあの日以来か。
柔らかい日差しが差し込む窓の外に目をやれば、御者や使用人達が馬車の用意をしている。
邸に籠りきりと言っても、家庭教師の授業の合間に敷地内の庭園を散策くらいはしていたのだが、敷地の外に出かけるのは数週間ぶりだろう。
身支度を整えて兄妹が馬車に乗り込むと、前と同じように自分の身体も勝手に馬車の中に移動して座っていた。
今日はセレストの向かいに兄のブラッドが座っているので、俺はセレストの隣である。非常に気まずい。兄妹も、まさか見知らぬ男が同乗しているなんて思わないだろう。毛玉犬はいつのまにかセレストの膝の上で丸まっている。
「今日はね、ベッカー邸に向かうよ」
「ベッカー侯爵の……兄さまのご婚約者さまのおうちですね?」
「そう、きちんと顔を合わせるのは初めてかな。リズがね、お前に是非会いたいって色々用意してくれてるんだ」
セレストは頷くと唐突に深呼吸を初めた。かと思えば胸元で手を組んだり指先をくるくるしたり。楽しみなのか、それとも緊張しているんだろうか。
目的の邸にたどり着いて馬車を降りると、玄関先から少女が駆け寄って来た。
セレストより年上、ブラッドよりは年下に見える。歳の頃は12、3歳くらいだろうか。
「お待ちしておりましたわ! ようこそわが家へ!」
底抜けに明るい少女の声を響かせた後で、声の主はぜぇはぁと息を切らせている。
金色のふわふわの髪にエメラルドグリーンの瞳をした、セレストとはまた違った意味で人形のような少女だ。
「気が早いよリズ…中で待っていてくれてよかったのに」
「だってブラッドさま、わたくし楽しみでもう、待ちきれなくて」
リズ、と呼ばれた少女はぷぅと頬を膨らませる。これまたセレストとは対照的な表情豊かなお嬢様だ。
仕方がないので紹介は先に済ませてしまおうという兄の提案で、少女たちは居住まいを正す。
「ごきげんよう、はじめまして。わたくしベッカー家の長女、エリザベス・ベッカーと申します」
「わたくしは、マグダネル家の長女、セレスト・マグダネルともうします。お招きにあずかり光栄でございます」
少女たちは互いに淑女のようにドレスの裾をつまんで礼をする。マナー教育の賜物か、幼いながらもどちらもとても様になっていて、小さなレディ達のやりとりはどこか微笑ましい。
「さあ、堅苦しい挨拶はここまでにして、中に参りましょう? お茶もお菓子もたくさん用意してますのよ」
エリザベスは花が綻ぶように笑うと、するりとセレストの片腕を抱き邸へと促した。
しかし客間に通されてから、おかしな事に気付いた。
──は?? なんだあれ? 外からついてきた、ようには見えないな……迷い込んだにしては数が……
エリザベスの金色のふわふわの頭のまわりを5、6匹の、光沢のある緑の羽の美しい蝶がひらひらと舞っていた。
セレストの兄ブラッドは、寄宿学校の休暇を利用して数週間ぶりに邸に戻っている。葬儀の日以来顔を合わせていなかった妹が心配なのか、しきりに頭を撫でてはあれやこれやと様子を聞き出したのち、出掛ける提案をしていた。
当のセレストはと言えば相変わらずの表情の無い真顔だ。しかし兄のそんな扱いも不快ではないらしく、白い形の良い顎をこくこくと頷かせている。
よくよく見れば左手でこっそりと兄の服の裾を握り締めている。普段大人びている少女の、滅多に見せない歳相応の仕草がやたらと愛らしく思えた。
外出の気配を察知したのか黒い毛玉の子犬はセレストの周りを駆け回っている。見えていないのが不思議なくらい、どこからどう見ても飼い犬の動きだ。
もはや毛玉だった頃の面影が無いほど犬の形をしているのだが、どうも釈然としないので未だに心の中では毛玉犬と呼んでいる。
──そういえば、外に出るのはあの日以来か。
柔らかい日差しが差し込む窓の外に目をやれば、御者や使用人達が馬車の用意をしている。
邸に籠りきりと言っても、家庭教師の授業の合間に敷地内の庭園を散策くらいはしていたのだが、敷地の外に出かけるのは数週間ぶりだろう。
身支度を整えて兄妹が馬車に乗り込むと、前と同じように自分の身体も勝手に馬車の中に移動して座っていた。
今日はセレストの向かいに兄のブラッドが座っているので、俺はセレストの隣である。非常に気まずい。兄妹も、まさか見知らぬ男が同乗しているなんて思わないだろう。毛玉犬はいつのまにかセレストの膝の上で丸まっている。
「今日はね、ベッカー邸に向かうよ」
「ベッカー侯爵の……兄さまのご婚約者さまのおうちですね?」
「そう、きちんと顔を合わせるのは初めてかな。リズがね、お前に是非会いたいって色々用意してくれてるんだ」
セレストは頷くと唐突に深呼吸を初めた。かと思えば胸元で手を組んだり指先をくるくるしたり。楽しみなのか、それとも緊張しているんだろうか。
目的の邸にたどり着いて馬車を降りると、玄関先から少女が駆け寄って来た。
セレストより年上、ブラッドよりは年下に見える。歳の頃は12、3歳くらいだろうか。
「お待ちしておりましたわ! ようこそわが家へ!」
底抜けに明るい少女の声を響かせた後で、声の主はぜぇはぁと息を切らせている。
金色のふわふわの髪にエメラルドグリーンの瞳をした、セレストとはまた違った意味で人形のような少女だ。
「気が早いよリズ…中で待っていてくれてよかったのに」
「だってブラッドさま、わたくし楽しみでもう、待ちきれなくて」
リズ、と呼ばれた少女はぷぅと頬を膨らませる。これまたセレストとは対照的な表情豊かなお嬢様だ。
仕方がないので紹介は先に済ませてしまおうという兄の提案で、少女たちは居住まいを正す。
「ごきげんよう、はじめまして。わたくしベッカー家の長女、エリザベス・ベッカーと申します」
「わたくしは、マグダネル家の長女、セレスト・マグダネルともうします。お招きにあずかり光栄でございます」
少女たちは互いに淑女のようにドレスの裾をつまんで礼をする。マナー教育の賜物か、幼いながらもどちらもとても様になっていて、小さなレディ達のやりとりはどこか微笑ましい。
「さあ、堅苦しい挨拶はここまでにして、中に参りましょう? お茶もお菓子もたくさん用意してますのよ」
エリザベスは花が綻ぶように笑うと、するりとセレストの片腕を抱き邸へと促した。
しかし客間に通されてから、おかしな事に気付いた。
──は?? なんだあれ? 外からついてきた、ようには見えないな……迷い込んだにしては数が……
エリザベスの金色のふわふわの頭のまわりを5、6匹の、光沢のある緑の羽の美しい蝶がひらひらと舞っていた。
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