7 / 24
テディベア
しおりを挟む
「つまんない」
エマはそう言うなり、手にしていた着せ替え人形を絨毯に放り出し、不機嫌そうに頬を膨らませた。
壁を一面淡いピンク色に塗られたエマの部屋は、たくさんのおもちゃやぬいぐるみで溢れている。
同じ年頃の女の子なら誰しも羨むような、それはそれは可愛らしい部屋だった。
でもエマにとってはちっとも嬉しくなかったし、おもちゃやぬいぐるみが増えれば増えるほど、ますます寂しさに取り囲まれてゆくように感じてしまうのだった。
だからユーリが真新しいテディベアを恭しく持ってきたときは、思わず窓から放り投げたい衝動に駆られた。
「それ、いらない」
エマはむすっとした顔をして、そっぽを向く。
ユーリは立ち止まるとテディベアに視線を落とし、それからテディベアを部屋の一角を占領するぬいぐるみたちの中に座らせようと、丁寧に押し込んだ。
「何かおやりになりたいことはございませんか、お嬢様」
ユーリは自身よりもはるかに小さな主人の様子を、注意深く観察する。
エマは亜麻色の髪を胸の下までゆるく三つ編みにして、頭にはティアラのようにキラキラ輝くカチューシャをつけていた。
花柄のシフォンのワンピースはふんだんにフリルがあしらわれ、胸元には華奢なレースのリボンが添えられている。
ふんわりとしたシルエットが彼女の愛らしい顔立ちをより一層、引き立てていた。
睫毛は長く、瞳は見事なマホガニー色でぱっちりとしており、これで笑顔をたたえていれさえすれば本物の天使に見えたに違いない。
「もうおうちのなかはあきたの。おそとにいきたい」
その言葉にユーリは顔色一つこそ変えなかったが、同時に二つの要求に板挟みにされ、わずかに息苦しさのようなものを感知した。
「申し訳ありませんが、旦那様に屋内で過ごすようにと言いつけられております」
エマは父親、と聞くなり眉間にしわを寄せて癇癪を起こす。
「またおとうさまのいうことをきかなきゃいけないなんていや! わたしはおそとにいきたいの!」
ユーリはなだめるように説得した。
「旦那様はお嬢様の身を案じてそうおっしゃられるのです。どうかお怒りにならないでください」
しかしエマは首を横にぶんぶんと振って、聞き入れようとしない。
「そんなのうそよ! いつだっておとうさまもおかあさまもわたしをひとりぼっちにしておうちのなかにとじこめるんだわ。ぬいぐるみなんかもらったってわたし、ちっともうれしくないのにどうしてわかってくれないの?」
そう言うなりエマは、声を上げてわんわん泣き出した。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、泣きすぎてしゃっくりが出たが、全く気にせず感情を爆発させる。
ユーリはしばらく見守って、泣き声も切れ切れになるエマをそっと抱き上げた。
優しく背中をさすり、落ち着くまで辛抱強く待つ。
ようやく泣き止むと、エマはユーリの耳元で呟いた。
「……わたし、さみしかったの。おとうさまもおかあさまも、わたしのことをきらいになったんじゃないかって」
ユーリはエマを抱いたまま、あやすように返事をする。
「旦那様も奥様もお嬢様のことを、とても大切に想っておられます」
「……ほんとう?」
「はい。いつもお嬢様のご様子にお変わりがないかと心配なさっておられます。先程もご連絡がありました」
エマは返事の代わりに鼻を啜った。
「お嬢様の体調は良いか、お怪我をされていないか、朝食は何をお食べになったのか、今、何をおやりになっているのか、それは事細かにお聞きになられました」
「……」
「それから旦那様はこうおっしゃられました。いつも寂しい思いをさせてすまない、けれど私たちがエマのことを世界で一番愛しているのをどうか忘れないでおくれと伝えてほしい、と」
エマは唇をぎゅっと噛みしめ、ユーリの首元に顔を埋めるとその言葉を大事にしまいこんだ。
すると心の中がじんわり温かくなるのを感じ、エマは目を閉じる。
再び目を開けると、澄ました表情を浮かべた。
「あいしてるっていえば、なんでもゆるしてもらえるとでもおもってるのかしら。でもいいわ。わたしはそこまで子どもじゃないから、ゆるしてあげる」
顔を上げ、ユーリを見下ろす。
「それに、わたしにはいつもユーリがいてくれるもの。だから、ちっともさみしくなんかないわ」
ユーリは慈愛に満ちた眼差しで、エマを見つめる。
「はい。わたしはいつまでもお嬢様のおそばにいます。こうしてお嬢様が何不自由なくお幸せに過ごされることが、わたしをわたしたらしめるのです」
エマは嬉しそうに、ユーリを見つめ返す。
「ありがとう、ユーリ。それじゃ、わたしのしあわせのためにおそとへつれてってくれる?」
ユーリはどうしたものかとほんの一瞬だけ迷ったが、すぐに微笑みながら答えた。
「ではご一緒に庭園を散策するのはいかがでしょう。それでしたら旦那様もきっとお許し下さるはずです」
エマはとびきりの笑顔で頷くとユーリから飛び降りて、先程のテディベアを手に取り、ぎゅっと愛おしそうに抱きしめる。
そしてユーリと手を繋ぎ、弾む足取りで部屋を出たのだった。
エマはそう言うなり、手にしていた着せ替え人形を絨毯に放り出し、不機嫌そうに頬を膨らませた。
壁を一面淡いピンク色に塗られたエマの部屋は、たくさんのおもちゃやぬいぐるみで溢れている。
同じ年頃の女の子なら誰しも羨むような、それはそれは可愛らしい部屋だった。
でもエマにとってはちっとも嬉しくなかったし、おもちゃやぬいぐるみが増えれば増えるほど、ますます寂しさに取り囲まれてゆくように感じてしまうのだった。
だからユーリが真新しいテディベアを恭しく持ってきたときは、思わず窓から放り投げたい衝動に駆られた。
「それ、いらない」
エマはむすっとした顔をして、そっぽを向く。
ユーリは立ち止まるとテディベアに視線を落とし、それからテディベアを部屋の一角を占領するぬいぐるみたちの中に座らせようと、丁寧に押し込んだ。
「何かおやりになりたいことはございませんか、お嬢様」
ユーリは自身よりもはるかに小さな主人の様子を、注意深く観察する。
エマは亜麻色の髪を胸の下までゆるく三つ編みにして、頭にはティアラのようにキラキラ輝くカチューシャをつけていた。
花柄のシフォンのワンピースはふんだんにフリルがあしらわれ、胸元には華奢なレースのリボンが添えられている。
ふんわりとしたシルエットが彼女の愛らしい顔立ちをより一層、引き立てていた。
睫毛は長く、瞳は見事なマホガニー色でぱっちりとしており、これで笑顔をたたえていれさえすれば本物の天使に見えたに違いない。
「もうおうちのなかはあきたの。おそとにいきたい」
その言葉にユーリは顔色一つこそ変えなかったが、同時に二つの要求に板挟みにされ、わずかに息苦しさのようなものを感知した。
「申し訳ありませんが、旦那様に屋内で過ごすようにと言いつけられております」
エマは父親、と聞くなり眉間にしわを寄せて癇癪を起こす。
「またおとうさまのいうことをきかなきゃいけないなんていや! わたしはおそとにいきたいの!」
ユーリはなだめるように説得した。
「旦那様はお嬢様の身を案じてそうおっしゃられるのです。どうかお怒りにならないでください」
しかしエマは首を横にぶんぶんと振って、聞き入れようとしない。
「そんなのうそよ! いつだっておとうさまもおかあさまもわたしをひとりぼっちにしておうちのなかにとじこめるんだわ。ぬいぐるみなんかもらったってわたし、ちっともうれしくないのにどうしてわかってくれないの?」
そう言うなりエマは、声を上げてわんわん泣き出した。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、泣きすぎてしゃっくりが出たが、全く気にせず感情を爆発させる。
ユーリはしばらく見守って、泣き声も切れ切れになるエマをそっと抱き上げた。
優しく背中をさすり、落ち着くまで辛抱強く待つ。
ようやく泣き止むと、エマはユーリの耳元で呟いた。
「……わたし、さみしかったの。おとうさまもおかあさまも、わたしのことをきらいになったんじゃないかって」
ユーリはエマを抱いたまま、あやすように返事をする。
「旦那様も奥様もお嬢様のことを、とても大切に想っておられます」
「……ほんとう?」
「はい。いつもお嬢様のご様子にお変わりがないかと心配なさっておられます。先程もご連絡がありました」
エマは返事の代わりに鼻を啜った。
「お嬢様の体調は良いか、お怪我をされていないか、朝食は何をお食べになったのか、今、何をおやりになっているのか、それは事細かにお聞きになられました」
「……」
「それから旦那様はこうおっしゃられました。いつも寂しい思いをさせてすまない、けれど私たちがエマのことを世界で一番愛しているのをどうか忘れないでおくれと伝えてほしい、と」
エマは唇をぎゅっと噛みしめ、ユーリの首元に顔を埋めるとその言葉を大事にしまいこんだ。
すると心の中がじんわり温かくなるのを感じ、エマは目を閉じる。
再び目を開けると、澄ました表情を浮かべた。
「あいしてるっていえば、なんでもゆるしてもらえるとでもおもってるのかしら。でもいいわ。わたしはそこまで子どもじゃないから、ゆるしてあげる」
顔を上げ、ユーリを見下ろす。
「それに、わたしにはいつもユーリがいてくれるもの。だから、ちっともさみしくなんかないわ」
ユーリは慈愛に満ちた眼差しで、エマを見つめる。
「はい。わたしはいつまでもお嬢様のおそばにいます。こうしてお嬢様が何不自由なくお幸せに過ごされることが、わたしをわたしたらしめるのです」
エマは嬉しそうに、ユーリを見つめ返す。
「ありがとう、ユーリ。それじゃ、わたしのしあわせのためにおそとへつれてってくれる?」
ユーリはどうしたものかとほんの一瞬だけ迷ったが、すぐに微笑みながら答えた。
「ではご一緒に庭園を散策するのはいかがでしょう。それでしたら旦那様もきっとお許し下さるはずです」
エマはとびきりの笑顔で頷くとユーリから飛び降りて、先程のテディベアを手に取り、ぎゅっと愛おしそうに抱きしめる。
そしてユーリと手を繋ぎ、弾む足取りで部屋を出たのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる